第267話 受難 ⑭
「……いいぞ、そのまま潰し合え……星流会もカラスも、こっちを見下しやがって……」
中村達と男達の緊迫した状況を睨み、ユーヘイとアツミを背後に隠している強盗未遂犯の男が呟く。
「……カラス、ねぇ……」
ユーヘイはいつでも動けるように準備しつつ、愉悦しまくって満面の笑顔を横っ面に貼り付ける男をチラリと見る。
「YAKUZAの中村さんを挑発しまくってるのが、カラス、と?」
アツミはインベトリ内に用意してあるリローダーをガンベルトへ装着しながら、後頭部でユーヘイの肩を叩く。
「でしょうな。始末屋のカラス、ねぇ……厨二病っぽいかほりがプンプンしやがるぜ」
「そういう点で言うと、やっぱりカラスさんはイリーガル探偵の皆さんの相手、っぽいですね」
「まぁ、イリーガル探偵がダークヒーローっぽいからねぇ」
「✝漆黒の翼✝」
「おやめなさい」
アツミの言葉に苦笑を浮かべつつ、イリーガル探偵で最大規模のギルド、そのギルドマスターをやっている人物の顔を思い浮かべ、ユーヘイはうんうんと頷く。
すっかりイリーガル探偵と言えば不動って具合に定着した感じはある。
「格好良いからなぁ、あのお方」
ギルドマスター不動の元ネタ、偉大なる俳優の姿を思い浮かべ、その人の真似をする気持ちはとても良く分かる、とユーヘイは共感する。そしてダークヒーローに憧れるのも良く分かってしまう。
ユーヘイは
だが問題は、彼の独特の美学と言うか、役者道と言うか、そういう部分を凡人がやると厨二病全開になるのが問題であるのだが……。
「それもまた良し」
好きなものは好きなのだから仕方がない、ユーヘイはうんうんと頷き、睨み合っている中村とカラス、そして空気に徹しているもう一人の強盗未遂犯を見てから、ゆっくり立ち上がると拳銃のグリップを思いっきり小太り男の後頭部へ叩き込んだ。
「っ?!」
小太り男は一撃で意識を飛ばされ、ゆっくりと膝から崩れ落ちようとする。それを素早くユーヘイが受け止め、ヒョイッと軽々持ち上げて物陰に隠れた。その背後に隠れるようアツミも何気に連携して動く。
「あっちゃんは上へ。多分どこかに登れる場所があると思われる」
「アバウトな……了解」
ユーヘイは自分で切ったロープをつなぎ合わせ、それで小太り男の両手両足を縛り、自分達が使っていた椅子も物陰へ移動させながらアツミに指示を出す。その指示を聞いたアツミは、少し呆れた表情を浮かべながら、音を立てずに素早く移動を開始する。
アツミの動きを目で追い、小太り男のズボンから自分の拳銃を取り返し、用意してあった予備の拳銃をガンベルトに収め、首のネックマイクに手を伸ばす。
「こちら大田、ダディ」
『こちら吉田、どうした?』
「YAKUZA屋さんと闇の組織、カラスって名称らしいんだけど、がドンパッチやりそう。今、拘束状態から抜け出して自由に動ける形で対応をしようとしてる」
簡潔に自分が置かれている状況を手早く説明すると、無線越しに思いっきり溜息を吐かれた。
『……大田、あれ程引き寄せるな、と』
心底呆れたように言われ、ユーヘイは表情を消した棒読みをする。
「俺のせいじゃねー俺のせいじゃねー」
『などと先輩は供述しており』
クスクスと笑いながらトージに言われ、ユーヘイは少し唇を尖らせて片眉を持ち上げた。
「言ってくれるじゃねぇか、この愚かな生命体」
『恐縮です』
「褒めてねぇよ」
『これも先輩の教育の賜物です』
「褒めてねぇんだよ」
トージとの軽口の応酬で、ユーヘイは気が抜けたように体から力を抜き、呆れた笑顔を浮かべる。
「で、そっちはどうよ?」
『ベイサイドに入って郊外の方に向かって……あらん? あんな工業地帯のような場所ってあったっか?』
『アップデートで追加されたんじゃない? ベイサイドでも捕物をやろうとするなら必須だし、廃工場』
『いや、ヤベェDEKAも毎回毎回、そう言う場所でドンパチやってるわけじゃ……やってますね』
撮影内容の関係上、結構派手に火薬を使い、それなりに爆音を出すから、銃撃戦などがある場合は確実に廃工場、もしくはヨットハーバーとか港などなどが定番の場所だ。ある意味、サスペンスな劇場とかで東尋坊の崖っぷちに立ち、それまでの罪を自白するようなモノである。
「って事はそろそろ合流か?」
『だと良いけど……おん? ああ、合流だな。明らかにYAKUZAが好きそうな感じの車が大量に止まっているのが見える』
「OK。あっちゃんはどうだ?」
『上に登って、ベストなポジションを探してます』
「OKOK。ダディ、相手は建物の出入り口近くで睨み合ってる。YAKUZA屋さんが……十二人。カラス君が……八人だな。YAKUZA屋さんは全員拳銃装備。カラス君は素手だけど、武術の心得があるっぽい」
『こっちはYAKUZA三人にボロ雑巾一人』
「ボロ雑巾は除外だから、合計でYAKUZA屋さんは十五人か」
『そっちのYAKUZAと仲間とはまだ言えんぞ?』
「どっちにしてもタイホだ」
『そうとも言うけど、まぁ、臨機応変に行くしかないか』
『ある意味いつも通りって奴ですね』
『毎回毎回行き当たりばったりだからねぇ、アタシら』
『全てユーヘイが悪い』
「ひどない? タテさん」
ニヤニヤ笑っているだろうヒロシの一言で、無線越しに笑い声が聞こえてくる。ユーヘイはやれやれと肩を竦め、心地好いいつもの空気感にやる気を滾らせる。
しばらく目を閉じ、状況が動くのを待っていると、車が停まる音が聞こえ複数人の足音が近づいて来た。
「あぁん? なんでカラスがここにいやがる?」
姿を表したインテルYAKUZA風の男が、素早く周囲を見回し、カラスと呼ばれている男達を睨みつけて、ペッと唾を地面へ吐き捨てる。
「おやおや、今度は杉山さんの登場ですか……やれやれ、星流会は暇な人間が多いようで」
「あ゛?」
心底呆れたようにカラスの男が言うと、杉山と呼ばれた男の額に太い血管が浮かぶ。怒りを通り越した殺意をみなぎらせる杉山に、中村が鋭い口調で言う。
「杉、手を貸せ」
中村の言葉に杉山は胡散臭そうな目を向け、かったるそうな雰囲気を隠しもせず、煙に巻こうとする。
「どういう状況か分からねぇんだが? それにお前を信用すると思うのか?」
杉山は懐からタバコの箱を出し、ゆっくりとタバコを取り出しながら、中村に感情のない視線を向ける。中村は苛立ったように舌打ちを一つすると、不本意な事を隠しもせず、吐き捨てるように言う。
「貸し一つだ」
中村から出た言葉に、杉山は咥えたタバコをポロリと口から落とし、珍獣でも見るような目で中村を凝視する。
「ほぉ」
「文句はねぇな?」
「ああ、文句はない」
杉山はニヤニヤと笑いながら、懐から拳銃を取り出してカラスに向けた。
「悪いな、死ね」
「やれやれ、困った人達ですねぇ」
十五の銃口を向けられているのに、カラス達は焦りもせず不気味な程冷静な態度でおどけて見せる。
「その余裕もいつまで保つかな?」
「星流会に喧嘩を売った事を後悔させてやる」
高まる緊迫感、チリチリとひりつくような殺気が膨れ上がり、一触即発の気配が高まる。
『大田、こっちも準備OKだ』
ダディの無線を聞いたユーヘイは、奪い返した拳銃の調子を確かめ、マガジンを引き出して中を確認、マガジンを戻して安全装置を外し、ユーヘイはペキペキと首を鳴らす。
「いっちょ、派手に行こうか」
ユーヘイはニヤリと笑い、静かに集中を開始するのであった。
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