第266話 受難 ⑬
「いやいや困るんですよ勝手にこっちの縄張りに入ってきて……この事は
「……」
場に乱入してきた男が、中村に嫌味たっぷりに言葉を投げつけ、中村の表情から感情が消え去る。男の言葉が中村の逆鱗に触れたのは確実で、しかし何がそうさせたのか分からず、アツミは体を引き起こしてユーヘイの肩に頭を乗せて小声で聞く。
「地雷?」
全くこちらに気を配らない強盗未遂犯達に呆れながら、ユーヘイはアツミの頭頂部をポンポンと叩いて答える。
「黄物三大YAKUZA組織、星流会の大親分、
「あー、そういう」
黄物は専門の用語や複雑な組織、現実とは少し違った形での表現などを多用している関係上、それらをいつでも補完出来るようなアーカイブが充実している。ユーヘイなどはそういう設定を読み込むのが好きだから、黄物世界の世界情勢や組織の力関係、そこに付随する人物紹介なんかもしっかり記憶していたりするのだった。
「ん? あれ? でもベイサイドもイエローウッドもエイトヒルも、ほぼ地上の縄張りって星流会が牛耳っていたんじゃ?」
中村の逆鱗の正体を知って納得しかけたアツミだったが、それならそれで疑問が生まれ、グリンと顔をユーヘイに向けて問う。
「……アップデートで何かあった、んだろうねぇ、これ」
「……うわぁ」
これまでの黄物は、中央セントラルを完全支配している黄物最強YAKUZA鬼王会、地上部分のほぼ全域を縄張りにしている星流会、そして星流会に食いつく新興の龍王会、と言うのが黄物三大YAKUZA組織の常識であった。強大な組織地盤を持つ星流会に、それでも果敢に喧嘩を売れるのは龍王会だけ……なのだがベイサイドに直接ちょっかいを仕掛ける、それこそ相手の逆鱗に触れてヘラヘラ出来るような構成員は龍王会に居ない。何故なら、星流会の構成員のヤバさを、彼らが誰よりも知っているからだ。
伊達に最強YAKUZA鬼王会を、地下世界セントラルから出さないよう、頭を押さえつけている組織力を持っていない。
フレーバーテキストだけではあるが、その手の逸話系のショートストーリーは、プレイヤーが読めるアーカイブで、結構な数量が用意されているし、実際星流会と戦っているノービスプレイヤーなんかは、そのヤバさの片鱗を嫌と言う程目撃している。
某金田◯を元ネタとしてロールプレイしている探偵プレイヤー
『頭の中に爆弾を詰めて、心臓に反物質、血液にニトロ流して、行動を完全なるサイコパスにすれば星流会のYAKUZAとして上位に組み込めますよ』
らしい。
「YAKUZAに新しい勢力が?」
「うーん、どうだろう」
顔を元の位置に戻して溜息を吐き出すアツミの言葉に、ユーヘイは疑問を挟む。
黄物と言うゲームは分かりやすいのだ。
YAKUZAと、語弊はあるがここでは一般犯罪者とするが、一般犯罪者とではオーラが違う。これは特殊な技能、例えばユーヘイやノンさん、ダディが持つ気配察知のようなモノを持っていなくても、普通の人間でも『あ、ヤバい』と察知出来る位の違いがある。これは観光目的というプレイヤーがいるからこそ用意された黄物特有のシステムなのだろう。見えてる危険物には近づかないようにしましょう的な。
その点から見れば、中村が相手にしている男達にそこまでの気配を感じない。感じないのだが……。
「嫌な感じはするんだよなぁ」
「え?」
YAKUZAか否か、そう問われればYAKUZAでは無いと自信を持って言える。だが、YAKUZAよりも面倒臭い何か、とユーヘイの本能が警告を鳴らしている。
「前のイベントで外国のマフィアが、って言うのあったやん?」
「あれも大変だった」
「うん。あの化け物なマフィアの幹部連中より、あの男達から感じる気配の方が面倒臭いって感じてる」
「……マジ?」
「ジャッカル、嘘、つかない」
「誰がジャッカルか……はぁ、マジかぁ……」
ユーヘイの言葉にアツミは目元を片手で覆い隠す。
そんな二人を無視し、男の言葉にキレた中村がタバコを吐き捨て、ズカズカと男に近づき胸ぐらを掴んで釣り上げた。
「おうこら、誰の許可をもらって頭の名前を口に出してんだ? おうこら」
胸ぐらを掴まれた男はしかし、ヘラヘラ笑いを止めず、血走った目を向けてくる中村へ気持ち悪い視線を向ける。
「許可ぁ? 誰にその許可を貰えばよろしかったんで? 少なくとも中村さんにその許可は出せませんでしょ? 所詮は下っ端の下っ端の下っ端、末端も末端の末端。星光院さんに認識もされていないド三一ですものね?」
「てめぇっ!」
男の言葉に完全にキレた中村が、そのまま男の首をへし折るような勢いで地面へ叩きつけようとした。
だが――
「やれやれ、これだから星流会の下っ端は」
「っ?! ぐわぁっ!?」
男は中村の脇へ鋭い蹴りを入れ、掴む手の力が緩んだ一瞬で手を弾き、そのままの勢いを利用して中村の腕を捻り上げ、彼の肩の関節を外してみせた。そのあまりの早業に誰もが唖然と、手負いの獣のような唸り声を出す中村を見守るしか無かったが、ユーヘイだけは嫌な予感が当たったと舌打ちをする。
「なるほど、始末屋ね……言いえて妙だな」
YAKUZAは確かに暴力装置であるし、恐ろしい存在でもある。だが、それはどっちかと言えば集団の怖さなのだ。彼らの暴力の質としては喧嘩上手程度であり、訓練された兵士のような怖さは持っていない。
だが男の見せた動きは、完全に訓練された暴力であり、人間の体の構造をしっかり理解した者の動きであった。
「ユーさん?」
舌打ちに気づいたアツミが、ユーヘイに視線を向けると、ユーヘイは鼻から息を抜きながら口を開く。
「ふー……あれは完全にその手の、戦闘訓練を積んだ奴の動きなんだよ。つまりは完成した暴力装置、ある意味職業軍人のような存在って感じ」
「……それってヤバいんじゃ?」
「ヤバいよ。下手したらYAKUZAよりも手を焼く存在かもしれないね」
「……もぉ、運営さんはどこまでプレイヤーに苦行をさせるつもりなんだろう」
「いやまぁ、ある程度の壁は必要だけどな」
「壁が高すぎるんですがそれは」
「そうとも言う」
アツミがユーヘイの肩にグリグリと頭を押し付け、ユーヘイもどうどうとなだめるように頭を撫でる。
「どうしました中村さん? そんなに這いつくばって」
「てめぇ」
「威勢だけじゃどうにもならない実力差がありますが?」
「ぺっ!」
悶えている中村を挑発する男の顔が愉悦に歪む。苦しんでいる姿を眺めて、心底楽しげにしている様子から、男の異常性がにじみ出ている。
「うーん、完全なるカスですな」
「感心したように言わんで下さい。これから相手にするかもしれない相手ですよ」
「それはどうだろう?」
「へ?」
ニヤニヤと笑う男を眺めながら、ユーヘイはDEKA関係のクエストにはそんなに絡まないんじゃないだろうか、そう感じていた。どっちかと言うとノービスの探偵職、それもイリーガル探偵の方に関わって行くような気がしていた。
DEKAはどっちかと言えば、ちゃんとドラマっぽいクエストが多い。それはモチーフとなっているのがヤベェDEKAであったり大貴族の警察だったりで、そういったダークな印象が強い要素は入りこまない感覚がある。この手の印象が入り込む余地があるとすれば、それはイリーガル探偵とかそっち方面じゃなかろうか、とユーヘイは予想をつけていた。
「今回のエンカウントは、認めたくないけど、俺らに引っ張られたんじゃないかな?」
「俺ら?」
「俺ら」
「オンリーユー?」
「俺ら」
「ユーさんオンリー?」
「俺ら」
「またまたぁ」
「しつこいなぁ、類友なんだよ君らも充分」
認めたくない事実から全力で目を離すアツミへ、ユーヘイが強調して言っている間に、中村と男の展開が進んでいく。
「実力は違うだろうがなぁ、こっちにはこういうモンがあんだよ!」
中村とその部下達が一斉に懐から拳銃を抜いて、男達に銃口を向ける。
「駄目ですよぉ、そんな玩具を取り出しては。流石にこちらも収まりがつかなくなってしまいます」
男達はヘラヘラと笑い、ジャケットのボタンを外して脇の下を見せる。そこには中村達よりも口径が大きそうな拳銃が吊り下げられていた。
「よろしいのですか? 下っ端とは言え、我々を星流会は敵に回すって意思表示になりますが?」
「……」
中村と男の緊張感が高まって行く。その様子にユーヘイは溜息を吐き出す。
「面倒臭い事になって来たなぁ」
もともと面倒臭いかったのでは? そうアツミは思ったが、呟いたユーヘイの気配が変わった事に気づき、いつでも動けるように姿勢を整え、隠し持つリボルバーのグリップを持つ手に力を入れるのであった。
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