第265話 受難 ⑫

 自分達の眼の前で繰り広げられる三文芝居的展開に、ユーヘイとアツミはどうすれば良いか、ベターな選択が出来ないでいた。そうして手をこまねいている間に、まるで雪崩のような感じに状況はドンドンと悪化していく気配を見せ始める。


「ブツは見つかったか?」

「っ!? 兄貴! すんません! こいつ強情で!」


 細身の男に怒声と罵声をぶつけていた男が、自分達の乗ってきた車から降りてきた、明らかに迫力が違う男に、体育会系のような勢いで頭を下げる。


 別のキャラクターの登場に、これ以上の深みは必要ありませんの、みたいな感想を思い浮かべるユーヘイ。だが、状況はノンストップで加速を続けていくのだった。そうしてある意味、今の状況に悶絶をしているユーヘイの前で、三文芝居は新しい展開を迎える。


「そういうのはいらん。ブツは見つけたか? って聞いてんだよ」

「見つかってません!」

「……」


 迫力のある男は懐からタバコの箱を取り出し、一本口に咥える。すると近くに控えていた男がすかさず火の点いたライターを差し出し、それで火を点けるとタバコを吸い込み、勢い良く煙を吐き出して、ヘコヘコしている男の肩を軽く叩く。


「お前、俺のところに来て何年だ?」

「へ? は、はぁ……確か一年と半年くらいだったかと」

「そうかそうか」


 男はタバコを軽く歯で噛みながら笑顔を浮かべると、その笑顔のまま肩を叩いた相手の顔面に拳を叩き込む。


「1年半も居て、お使いすらまともにやれねぇのかてめぇ」

「っ! ぐっ! す、すいやせん!」


 ド派手に鼻と口から血を流し、それでも痛みや恐怖を押し殺して男は頭を下げる。


 そういうのはちゃんとしたドラマの中で、観客がしっかりとあんたらを見たいって思っている状態でやってくんない? とユーヘイは思っていたが、ヤクザドラマは続いていく。


「おい、てめぇ、いつまでもこっちは大人じゃいられねぇんだぜ?」

「……」


 迫力ある男が狂気じみた表情で細身の男を睨みつける。その視線を受けて、細身の男は疲れたようなため息を吐き出した。


「何度も言っているけどな、こっちは強盗失敗してんだよ。成功してりゃ、真っ先にあんたらのところに持ち込んで、湿気た金額で換金してるわ」

「……ほぉ」


 強気な言葉に、迫力のある男はすぅっと目を細めて、まるで瘴気でも吐き出すように煙を口元に漂わせる。


 どうしてそこで皮肉るんだ? つかその強気はどっから出てんだ? ああそうね、俺達の拳銃が根拠になってんだ、って馬鹿野郎! そいつにはゴム弾しか入ってねぇんだよ! と心の中でノリツッコミをするユーヘイ。


 そんな物音を一切立てずにジタバタと暴れる、あまりにも器用な事をやらかしているユーヘイに、アツミが呆れたような口調で突っ込みを入れる。


「ユーさん、動きがうるさい」

「さーせん」


 ジタバタした動きを止め、やってられないと言う表情を浮かべながら、首をベキバキと鳴らしたユーヘイは、睨み合う二人の男を眺めポツリと呟く。


「やっぱ、これってタテさん達が合流して、あいつらとのイチャコラを見てからじゃないと、問題解決にならんだろうなぁ」


 アツミはもぞもぞと動き、ユーヘイの影から少しだけ顔を出し、繰り広げられている三文芝居をチラリと見て、そうですねと同意する。


「買取業者だけですし、荒事専門の人達は違うんでしょうから。それにノンさん達が追ってる相手との関係も気になります」

「だよなぁ」


 無言で視線をぶつけ合い、バチバチと火花を散らす暑苦しいシーンを見て、アツミが正論を言う。それにユーヘイ自身が『しまっちゃう』宣言した手前、面倒臭いから殲滅タイホしてしまおう、と言う訳にもいかないのが痛し痒しである。


「せめてここがどこか分かればなぁ」


 自分達の居場所が全く分からない影響か、マップを広げても自分達の居場所が把握出来ず、更にはヒロシ達のマーカーすら表示されない。これではヒロシ達の到着を逆算出来ず、無線だけでタイミングを合わせて行動を起こす、なんて事も難しい。


「あのタバコ吸ってる男って、やっぱりYAKUZAですかね?」

「多分。ダディが無線で言ってた星流会の下部組織の若頭、ってのと同じくらいじゃないかな?」

「……そんなに怖そうに見えませんけど」

「うん、すっかりあっちゃんもだぁねぇ」

「……何か嫌だなぁ、それ」

「手遅れ手遅れ」


 アツミの感想にユーヘイがヘラヘラ笑って言うと、彼女は疲れたような溜息を吐き出し首を横に振る。


 ドッペル現象を切り抜けて、ますます逞しく成長したアツミは、相手の力量を感じ取れるレベルまでになっていた。それは確かにユーヘイが言う通り、『第一分署』側へ来ちゃった事を意味している。


 別に廃人プレイをしている訳じゃないし、プレイする時間も常識の範囲内、何なら他のプレイヤーよりも健全で安全マージン(体の負担を極力押さえるプレイ時間)を取っているくらいだが、『第一分署』っぽいねーと言う言葉は受け入れ難い。


 それはざっくり一言で言えば、『ユーヘイ(のイメージ)が悪い(フラグ的な意味合いで)』となる。流石にユーヘイレベルには至っていない、とトージのような無駄な抵抗をアツミもやっている訳だ。


「おっ」


 そんな無駄な抵抗を心の中でやっていると、ユーヘイが小さい声を出す。その声につられて、視線を二人の男に向ける。


「あら」


 迫力ある男の方が我慢出来なくなったのか、細身の男の胸ぐらを掴み、至近距離に顔を近づけて凄みだしていた。


「随分と舐めた口を叩けるようになったじゃねぇか、カズ」


 カズと呼ばれた細身の男は、面倒臭そうに鼻を鳴らし、男が咥えるタバコを口からもぎ取って地面へ投げ捨てる。


「クセェんだよ、中村」


 地面に投げ捨てたタバコを踏み潰し、カズは迫力のある男、中村を睨みつける。しばらくその距離で睨み合っていたが、中村の方が先に胸ぐらから手を離し、新しいタバコを取り出しながら、虫のような感情の無い瞳をカズに向ける。


「強盗はしくじったのは本当か」

「だから何度も言ってる」

「……」


 中村の無機質な瞳から目を逸らさず、尖った瞳で睨み続けるカズ。そのまま睨み合いはしばらく続き、中村の方が表情を一変させた。


「そうか……これからも俺等のところを使うって事で良いんだな?」

「……もう少し値段を勉強してくれりゃぁ、すぐにでも頷く」

「ふっ、言うじゃねぇか」

「いつまでも使い捨ての下っ端やってられねぇからな」

「そうかい……次にまとまったブツを持ってきた、対等な取引相手として見てやるよ」

「そうかい。期待しないで待っててくれや」

「ふん」


 中村は部下の男を手招きしタバコに火を点けさせると、煙を吐き出してニヒルな笑みを浮かべて、車の方へと歩き出す。


「あ、やばい」

「このままだと向こうを逃がしちゃう」

「あーどうすべか」

「どーしましょ?」


 もうちょっと揉めるかと思っていたら、案外すんなり矛を収めた中村陣営。このままだと何事も無く立ち去ってしまう。ここで手出しせずに放置したらタイホは難しい。かと言って強盗未遂犯以外を問答無用でタイホしても、明確な犯罪行為をしていた訳ではないから、即釈放されてシャバへ戻ってしまうだろう。


 動くべきか動かざるべきか、ユーヘイ達が迷っていると、砂利をガリガリと擦るような音をさせて数台の車が中村達の車の真後ろに止まった。


「……なんだろう、また状況が複雑になっていく気がするんだけど」

「なっていく、じゃなくて、なる、の間違いだと思うの」

「おっさん、お腹いっぱいだお」

「こちらも、ぽんぽんぱんぱんだお」


 ユーヘイとアツミの見ている前で、新しくやってきた車から、明らかに堅気ではない連中が降りてくる。


「こんな場所で何をやってるんです? 中村さんよ」

「ちっ、面倒臭い奴らが嗅ぎ回って来やがったか」


 全く目が笑っていない男が中村を呼ぶと、中村は苦虫を噛み潰した表情を浮かべてタバコを投げ捨てた。


 『タテさん達、早くやってこないかなー』などとユーヘイは現実逃避をしながら、『なんでこれで正式なクエストが発生しないんだろうか』と運営に呪詛を吐き出しつつ状況を見守り続けるのだった。

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