第264話 受難 ⑪

『多分、星流会の下っ端組織の若頭、ってレベルかなぁ……インテリYAKUZA気取ってる感じのチンピラが店に来て、色々言ってから出ていった。そいつがなんでか知らないけど、荷物の受け取りに来た男をキャトっていてなぁ……確実により複雑な感じに事件が骨折したような気配ダダ漏れで、ひたすら面倒臭いアトモスフィアを感じるが……はぁ、追跡してくれ、よろしく……大田をからかえんぞ、これ』

『『「……」』』


 ダディからの無線を聞いた一同は、何とも言えない表情を浮かべていた。


 パブの入口を見張れる位置に居たトージは、寄った眉根をもみほぐしながら、悪い予感が当たった事に溜め息を吐き出す。


「……はぁ……」


 入口を見張っていたからダディが言っている人物達が入っていくのを見ていたし、その時からヤバい雰囲気は感じていたが、どうやら本決まりが確定したようだ。


「縦山先輩の言うところの、これがって事なんだろうなぁ」


 邪悪な感じに黒幕のような演出をされた色々なエフェクトを背負い、ふはははははは! と高笑いしているユーヘイの姿を幻視し、トージはがっくりと項垂れる。


「流石に大田先輩と同じっていうのは、凹むわぁ……」


 ユーヘイの事は嫌っていない。嫌うどころか大好きな仲間である。しかしそれはそれ、これはこれという気分的な物があるのだ。


 もちろん、こうして楽しく黄物というゲームが遊べているのは、保護者として見守ってくれているユーヘイやヒロシのお陰であるし、正しく恩人である認識は持っているのだが、それは別というかなんというか……。


「人間特異点は厳しいっ!」


 そこである。


 いや、トージのライブ配信を見ていたリスナー達が――


『色々、手遅れなんじゃね?』

『いや、遊び始めてすぐにドッペル現象引き当てる奴が何を言うとりますねん? お前はもう完全にユーヘイニキ側やろがい!』

『ブーメランブーメラン特大ブーメラン』

『トージきゅん、流石にそれはお姉ちゃんもドン引きですわぁ』

『気づいてないトージきゅんも可愛いですけども。君はもうすでにユーヘイニキの要素を継承しているんだよ草』


 と言っているように、もう最初期から染まっていたのだが、当人的にはまだまだユーヘイには及ばないと思っていたあたりに、トージの天然性が出ている。


 いや、すでに『第一分署』全員が人間フラグ製造機、厄介事吸引器、見て下さい業界トップクラスの吸引力ですよ? しているのだが、それでもユーヘイ一人に人間特異点を押し付けたい、全員が困ったお年頃なのだ。


 ヒロシは半分受け入れ、ちょっと諦めが入っている感じはあるが、他のメンバーは結構抵抗していたりする。


「これでソロプレイの時に妙な事件とか物とか引き寄せたら……いや待てよ? そもそも今回の事件の発端って大田先輩からじゃないか? それと浅島先輩。という事は、今回のは二人が特異点なのでは?」


 お条際悪く、自分は違うという要素を無理矢理ひねり出そうと唸っていたが、店の入口から件の人物達が出てきて、慌てて余計な考えを吹き飛ばし、エンジンキーを回しながらネックマイクに手を伸ばす。


「こちら町村。店からインテリYAKUZA風の奴らが出てきました」


 トージはバックミラーで髪型を確かめ、デートに向かう若者を装いながら、チラリチラリと男達の様子を伺う。


 男達は店の前に駐車した車の後部座席に、ボロ雑巾のようになった男を放り投げると、インテリYAKUZA風の男が指示を飛ばし、その指示を受けた男二人はペコペコ腰低く応じながら、車の運転席と助手席へ乗り込む。


「……」


 インテリYAKUZAな男は、口に咥えていたタバコを吸い込み、面倒臭そうに煙を吐き出し、角張ったメガネのフレームを直しつつ、周囲を睥睨するように見回してから後部座席へ乗り込んだ。


「男達が車に乗り込みました。これから追跡します」


 トージは手元を見ないで、パーキングからドライブへシフトレバーを動かす。


『OK、こちらのマップにトージのマークが出た。問題なく追跡出来る』

『こちらもよ。見つかるようなヘマするんじゃないわよ?』

『……よし、大雑把に変装状態を解除した。タテさん、すぐにそっちへ合流する』

『お待ちしてます』


 頼れる先輩達の、いつも通りの言葉に緩い感じの笑みを浮かべ、動き出したインテリYAKUZA達の車を、二テンポ遅れで追いかける。


「車が大通りに続く道に入ります。中野先輩の車から見える位置です」

『……Gatcha! 見えたわ! ほぅほぅ……確かにインテリYAKUZAね』


 ノンさんの小馬鹿にしたような口調を聞いて、トージは鼻で笑う。


 と言うか、『第一分署』の面々(自分を除く)だと、ラスボスだろうトップの大親分でもない限り、全員が貫禄で負けるだろう疑惑がある。だから、下部組織の若頭程度なら誰もが物足りないと感じるのは必然じゃなかろうか、等と考えていた。


『トージ、もうちょい離れても大丈夫』

「あはい! 少しペースを遅くします」


 そんな事を考えていると、ノンさんから指示が出され、トージは慌てないようにしながら、少しスピードを緩める。


『ふぅっ、吉田、車に戻った』

『OKOK、アタシは直接追跡せずに、トージのマーカーを追いかけるよう、他のルートから追う事にするわ』

『了解。こちらは町村の後ろに出れるように動く。町村、慌てずに』

「町村、了解です」


 トージは口から息を吐き出し、少し力んだ体から緊張を逃がしつつ、ハンドルを握る手に力を入れる。


「こういう時、心底楽しそうにこの緊張の中で自分を見失わない大田先輩って、変態よなぁ」


 どのような状況にあろうとも、自分らしさを全く見失わずに貫き通せる、そんなユーヘイの背中を思い出しながら、感心したような呆れたような苦笑を浮かべるトージ。


 ライブ配信を見ているリスナー達から、お前も同類や! 的なコメントが大量投下されているが、そっちは全く気にせず見ない師匠ユーヘイスタイルなので、トージの意識に届く事はない。


『よし、町村の後ろについた』

『こっちも別ルートを追っかけるように進んでるわ』

「町村、問題ありません」


 インテリYAKUZAな男達を乗せた車を追って、トージ達は着実にユーヘイの元へと近づいていく。




――――――――――――――――――――


 手首を拘束していたロープを切り、両足を椅子に固定していたロープも切れ込みを入れ、拘束されていた状態の姿勢を取りながら、インベトリから予備の拳銃、リボルバーを取り出した状態で状況を見ていたユーヘイ、そしてやり取りを聞いていたアツミは、何とも言えない表情を浮かべていた。


「随分と舐めた真似をしてくれるじゃねぇか。俺等との取引はもうやらねぇってか?」

「だから言ってるだろうが。こっちは強盗に失敗したから、少しほとぼりが冷めるまで地下に潜るって」

「ほぉ、この期に及んで嘘を吐くか? 随分と偉くなったじゃねぇか? お前らが一端の仕事が出来るようにしてやった恩を忘れやがったのか? おん?」

「だから失敗したって言ってるだろうが。お前のその耳は飾りか? それとも頭にゆで卵しか詰まってねぇのかよ?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!?」

「ちっ、うっせぇな。凄んでも物は取れなかったから出せるモンがねぇっつってんだよ」


 いきなり明らかに堅気じゃない、九割方YAKUZAとしか見えない男達が押しかけて来て、細身の男相手に凄みだした。


 どうやらこの連中が細身の男達が利用している換金相手であるようで、更にその手の荒事の手解きを受けたようである。


「もう、面倒臭いアトモスフィアを感じる」

「いわゆる、やべー気を感じる、って奴ですよね」

「そうとも言う」


 とりあえず状況を見守るしかない二人は、どうにも三文芝居から抜け出せないやり取りを前に、余計な何かを呼び寄せたとうんざりした口調で軽口を叩き合う。


「これって、今、トージ君達が追跡してるインテリYAKUZAな人達と?」

「関係あるだろうなぁ……ダディの説明だと、何か探してたって感じだったから、こいつらの強盗が成功したって勘違いした上で、そのパクったブツを探してるっぽい感じがするね」

「……はぁ、やべー気を感じる」

「同じく」


 強盗は失敗しており、細身の男が言う通り、盗んだ貴金属など存在していない。その存在していない貴金属を出せと押し問答をしているYAKUZAとのやり取りを聞きながら、徐々に緊張感が高まっていく雰囲気を感じ、ユーヘイはいつでも動けるように手の中でリボルバーの安全装置を外すのだった。

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