第263話 受難 ⑩

「どうしてこうなった……」

「「……」」

「とっても似合ってるよー良いよー、自分スクショ良いですかー?」


 パブで合流したヒロシ達は、誰かがパブの関係者を装って犯罪者の応対をしなければならず、誰がそれをやるか? となって、四人の中で大人かつ地味なダディがやる事となったのだ。


 なったのだが――


 何故かノンさんが変装用の衣装を一式持っており、それが何故か男性用で、何故か変装用のメイク道具一式も持っていて、色々と期待した感じに旦那様を見つめるという事をしたのだ。これを拒む旦那様な訳が無く、ダディも受け入れて変装をする事になった。


 くせ毛の天パーをワックスで完全オールバックに固め、特殊な樹脂を使って頬にナイフで切られたような傷を作り、ジェントルマンな口ひげを貼り付け、顔全体を少し痩けたような印象にするメイクを施し、完全なるしっぶいバーテンダーを生み出したのだ。着ている衣装も、きっちりかっちりなバーテンダー衣装で、違和感などどこかへ投げ飛ばされてしまった。


 ノンさんからすれば、渋いオジサマであろうが、こんな場末のパブに居て良い人材ではない雰囲気を醸し出しているから、完全にヒットマンかマフィアの構成員にしか見えないという違和感が凄まじい。


 自分が目立ってどうする、そんな言葉が喉元まで出かけていたが、キャイキャイと喜ぶノンさんに何も言えず、宇宙猫のような表情をするダディ。


「やれやれ」


 そんな遠くを見て現実を逃避しているダディから、そっと視線を逸らして、ヒロシはバーカウンターの椅子に腰を引っ掛けるように体重を預ける。


「ここの店主は車の中、か?」


 懐からココアシガーの箱を取り出し、一本口に咥えながらヒロシが聞くと、その隣に同じ体勢で体重を預けたトージが頷く。


「大暴れしてますけどね……まぁ、アメリカタイプの司法取引なんて出来ませんからね、捜査に協力してもらおう、なんてやれませんよ。下手したらこちらの事をバラされかねませんし」


 トージは後頭部を手でジョリジョリ擦り、まだ宇宙猫な表情をしているダディを眺めつつ、鼻から抜くような息を吐き出す。


 ヒロシはそれを聞いて、エフェクトの煙を吐き出しながら苦笑を浮かべる。


「これが元ネタの作中なら、高嶺之宮が誑し込んで、ってトコか?」

「ですね」


 ヤベェDEKAと言えば、登場する男性キャラクターのことごとくが女性に弱い人物が多かった。ヒロシの元ネタである高嶺之宮、ユーヘイの元ネタである大柴下なぞはその典型で、警察車両で女性をナンパする、っていう現代なら絶対クレームが来るであろう事をしていたりした。


 元ネタのそんな作中のシーンを思い出して苦笑を浮かべていたトージは、一瞬間を置いてギョッとした目をヒロシへ向ける。


「……え? やるんですか?」


 ギュインと首を振って自分に顔を向けたトージの額に、ヒロシはやる気の無い突っ込みをペシリと入れて、失笑に近い笑いを浮かべながら首を横に振った。


「やらんよ面倒臭い。口説きたいって感じの女でもないし」


 口の端にココアシガーを引っ掛けるように咥え、フワフワとゆっくり口から煙をまとわせるように吐き出し、ヒロシが肩を竦める。


「……何気に酷くないですか?」


 珍しく女性に辛辣なヒロシの言葉に、トージが意外そうな表情を向けると、ヒロシは小さく鼻で笑って首を横に振った。


「いや、あんな敵愾心バリバリな狂犬みたいな女、口説く気分になるか?」


 現在進行系、ダディのティラノの中で大暴れしているだろう人物の姿を想像し、トージは真顔で頭を下げる。


「さーせん、無理っす」

「だろ?」


 ゲームのNPCらしく外見は相当作り込まれ、美女と呼ぶにふさわしい外面はしているが、怒り狂って暴れている姿は完全鬼ババァ状態だった。確かには口説くとか以前の相手だ、とトージも納得する。


「よし! 良いスクショをゲットしたぜ! ほら! そろそろアタシ達は店から出るわよ!」


 宇宙猫な表情を浮かべたダディを相手に、まるでグラビアアイドル相手にカメラを向けるカメラマンのような動きをしていたノンさんが、物凄くツヤツヤした顔でヒロシ達に言う。


「分かりました。縦山先輩はレオパルドですよね?」

「ああ、ダディが運転してくれるからね」

「アタシはあの女がうるさいだろうから、黙らせる為にティラノ、ね」

「自分は自分の車ですね。じゃ、吉田先輩、ここはお任せします。何かあったら無線をお願いします」


 トージは裏口の扉を開けてダディに呼びかけると、彼は宇宙猫の状態で片手を挙げて応じる。それに苦笑を向けながら、トージは裏口から出て自分の車に向かう。その後をノンさんが続くが、出ていく前にダディの姿を焼き付けるようジットリネットリ見てから、未練でも断ち切るように出ていく。


「色々大変だな」


 そんなノンさんの姿に苦笑を浮かべ、ヒロシがトントンとダディの肩を叩いてから裏口に向かい、頑張れと軽く手を振りながら裏口の扉を閉めた。


「はぁ、やれやれ」


 妙に色々と疲れた気分になりながら、ダディはバーカウンターの中に入って、近くに置いてあったグラスを手に取ると、適当な布で拭き始める。その姿は完全に格式高いバーのマスターであった。


 この店の店主が供述していた約束の時間まで、ひたすらカウンターの中で同じグラスをキュッキュッキュッと拭いていると、入口のベルが鳴る。


 カランカランカランカラン――


 カウベル寄りも高音な感じの音が店内に響き渡り、ダディは少し表情を作りながら、店の入口の方へ顔を向ける。


「まだ準備ちゅ――」

「うぐぅっ?!」


 しっかりバーのマスター的な感じに言おうとしたが、入口からボロ雑巾のような状態になった男が転がり込んできて、その後ろから明らかに堅気じゃない雰囲気の男が三人入ってきた。


「あん? てめぇは誰だ? ここは女が経営者をしてたろ?」


 三人組の一番後ろに立っていたインテリ風の男が、ダディを訝しげな目で見ながら言う。


「今、ママは用事で外してます。自分は今日から手伝いを任された雇われです」


 ちょっと面倒臭い雰囲気を敏感に察知したダディは、バーのマスター的対応から雇われ従業員的対応へ変更し、インテリ男にペコペコと頭を下げながら説明する。


「ええっと、ママに用でしょうか? しばらく戻ってこれない用事らしく、お待たせする形になると思うん、ですけど」


 ダディは怯えた感じの表情を浮かべ、オドオドした視線を放り込まれた男性に向けながら、微妙に震えた声で聞くと、インテリ男は小さく舌打ちをしながら、近くのボックス席のソファにドカリと座る。


「じゃテメェで良い」


 インテリ男は他二人の男に視線を向けると、そいつらは慣れた感じにタバコを差し出し、素早く火を点けて、インテリ男の後ろに立ってダディを睨みつける。


「店主から客が来るから何かを渡せって言われてねぇか?」


 インテリ男はタバコの煙を吐き出し、ナチュラルに睨みつける目でダディを見ながら聞く。


「あ、はい。自分が留守の間に客が来るだろうから、これを渡しておいて欲しい、って」


 ダディはバーカウンターの中に隠すように置いていた買い物袋を、カウンターの上に置く。それを見たインテリ男は背後の二人に視線を向けると、男二人はカウンターまで近寄ってきて買い物袋の中身を床へぶちまけた。


 買い物袋の中身は、大半が食べ物と飲み物で、他はちょっとした日用品なんかが混じった違和感無い物しか無い。


 床にぶちまけた品物を確認し、男二人はインテリ男に首を横に振る。それを見たインテリ男は小さく舌打ちをすると、バーカウンターの後ろを指差す。


「一番良い酒を持って来い」


 インテリ男の言葉にダディは素直に応じ、酒瓶の中でも一番装飾が派手派手しい物を選ぶと、磨いていたグラスに注いで、小さなアイスメーカーから氷を取り出して数個浮かべ、それを男二人の前に差し出す。男の片方がグラスを持つと、それをテーブルに置いてインテリ男の前へ押し出した。


「……」


 インテリ男はグラスを持ち上げるとゆっくり口にグラスをつけ、酒を喉に流し込むと薄く笑う。


「分かってるじゃねぇか」


 酒の質に満足したのか、インテリ男は嬉しそうに呟き、男二人に視線を向ける。男二人はその視線に頷くと、苦悶の表情を浮かべて呻くボロ雑巾状態の男を無理矢理立たせ、店の入口に向かっていく。


「店主に伝えておけ、次に頼み事をされる時は、相手を見て選べ、ってな。今回はこいつに免じて許してやる」


 インテリ男はグラスに残っていた酒を飲み干し、ダディに向かってグラスを向けると薄く笑ってソファから立ち上がる。


「邪魔したな」


 インテリ男は他二人の男に顎をしゃくると、彼らは店から出ていった。


「……これは……大田の事を言えないなぁ……」


 男達が消えた店内を見回し、ダディは疲れたような溜息を吐き出すと、首元のネックマイクに手を伸ばして状況が悪化した事を伝えるのであった。

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