第262話 受難 ⑨

『……どーもー、強盗犯に捕まった間抜けなDEKA二人組でーす』

「「おいおいおい」」


 ダディに指定された場所へ向かっている途中、その無線が入りヒロシはトージと顔を見合わせて苦笑を浮かべた。


「こちら縦山。アツミ、無事なんだな?」


 ヒロシはネックマイクを起動させて無線をつなげながら、通信の内容的に何とも言えない表情で確認をする。


『お恥ずかしながら、五体満足でーす』


 ヒソヒソと実に気の抜ける内容を告げるアツミに、トージはやはり何とも言えない表情をヒロシに向ける。


「捕まって拘束されている、って感じですかね?」

「多分な」


 アツミの様子に切羽詰まった感じが無く、どちらかと言えば余裕すら感じる口調なので、二人は気が抜けたような溜息を吐き出す。


『場所は分からない?』


 今度はダディから無線が入り、少しの沈黙が入る。


『どこだかわっかんねぇーっす。とりあえずって感じの場所に捕まってまーす』

『『「「……」」』』


 それは一番当てにならない報告だ、情報を聞かされた四人は別々の場所で、半笑いの困惑した表情を浮かべた。


 実に笑える状況に、小さく咳払いしたヒロシが確認をする。


「ユーヘイは無線に出れんのか?」

『ユーさんは相手から直で見られる位置にあるので、あまり派手な動きは出来ん感じです。私は捕まった時からうつむいていたし、ユーさんの背後に隠れるような位置取りだったので、目立たないように気をつければ無線は出来る感じですね』

「なるほどなるほど……すまないが、どうしてそういう状況へ陥ったのか、説明を頼めるか?」

『了解です』


 ヒロシはトージの背中を叩いて止まっていた足を動かし、自分も移動を開始しながらアツミの説明を聞く。


 大方は貴金属店で聞いた通りの状況であり、予想通りに追っていった場所で待ち伏せにあって、不意打ちで意識を飛ばされ拉致監禁された、という流れなのも確認出来た。


 しかし、続く説明にヒロシは『お前がフラグを立てるから』みたいな表情でトージを睨みつける事となる。


『どうやら盗品を買い取ってる組織と荒事を専門としている始末屋みたいなグループがいるらしくて、私達の事は荒事専門のグループに始末を頼むとか言ってます。それとこちらの武器を取られてしまって、それを使って仕事が捗るし、買い叩かれたとしても拳銃で分からせてやるぜ、って感じの会話をしてますね』

「……お前が余計な事を言うから」

「正直スマンかった!」

「本当だよ、ったく」


 ヒロシに突っ込まれて、チョップをするような感じに手を振りながらトージが謝る。トージとしてもまさか本当に状況が悪化するような組織が生えるとは思っておらず、やっぱり自分も第一分署の一員なんだなぁ、みたいな現実逃避に走る。


『はぁ……何でアップデートの新要素を最速で満喫してるんだ? 大田は。しかも状況をより悪化させている感じが、また』


 ダディの呆れた言葉に、目立たぬよう静かに手首を拘束するロープを切っていたユーヘイは、俺が引き寄せたように言われるのは超遺憾、と口を尖らせていた。そしてダディの言葉に一番気まずそうな表情をするのは、フラグを立てたトージだったりする。


 なんだかもう無茶苦茶だなぁ、そう乾いた笑いを浮かべながら、ヒロシは気を取り直してアツミに言う。


「とりあえずもうちょっと我慢してくれ、無線は聞こえてたか?」

『はい、レオパルドを確保したとかは聞こえてましたよ』

「OK、すぐに迎えに行くから、良い子で待っててくれ、ベイビー」

『なるはや、か、ちょっぱや、で頼むぜダーリン』

「ははははは、立派なかぼちゃの馬車で迎えに行くから期待しといてくれハニー」


 ヒロシは無線を切り、本当にすまなそうな表情をしているトージの背中を叩く。


「ほら行くぞ。どうせ類友なんだ、結局は誰かが引き寄せただろうし、遅いか速いかぐらいの差しかないんだから、気にすんなよ」


 結構強く背中を叩かれ、ちょっとつんのめるようにたたらを踏んだトージは、飄々とした表情を浮かべるヒロシの言葉に、まいったなぁと頭を掻く。


 全く可愛い後輩に、ヒロシはニヤリと白い歯を見せて笑いかける。


「それにアップデート直後で周りは阿鼻叫喚状態、なのに俺等だけは通常営業で鬼難易度の事件にぶち当たってる、なんてこれ以上ないくらい、だろ?」

「……それもそうっすね」


 いつもの事いつもの事、そう笑うヒロシにトージも妙な罪悪感が消え、せっかくだからこの鬼畜な難易度の事件を俺は選ぶぜ! と気持ちを切り替えるあたり、完全に『第一分署』していた。


「ダディ達と合流して、ユーヘイの間抜け面を早く見ようぜ」

「へーい」


 いつもの調子に戻ったトージの様子に満足しながら、ヒロシはカツカツと革靴を鳴らしながら歩くのだった。




――――――――――――――――――――


「毎回毎回、俺が特異点みたいな扱いをされるのは、どうかと思うんだよ」


 無線を静かに聞いていたユーヘイが、無線が切れたタイミングで小声で呟く。


「いつもの事じゃないですか?」


 反対側の足を結ぶロープをギコギコ切れ込みを入れながら、アツミが雑な返事をすれば、ユーヘイはじっとりした目つきで天井を見上げ、少し責めるような口調で呟く。


「あっちゃん、最近、俺に対して当たりが強くない?」

「気の所為じゃないです? こんなにユーさんと仲良くなったのに」


 微妙に棒読みな感じの返事に、ユーヘイは軽い溜息を吐き出しつつ、首をコキコキ鳴らす。


「実にわざとらしいんだが?」

「キノセイダヨー」


 すぐに切れるレベルまで切れ込みが入り、アツミは監視者にバレないよう、静かに両腕を後ろ手に回し、少し姿勢を正す。


「それはそれとして、やっぱ、仲間達のレベルが高いって安心しますよね。この分だったら、すぐにでも迎えに来てくれそうですし」

「……」


 アツミの言葉にユーヘイは黙り込む。控え目に聞いてもフラグにしか聞こえず、何となく状況はもっと悪い方向へ転がっていくんじゃなかろうか、という予感がよぎる。


「ユーさん?」

「アーソーッスネー」

「……あ」


 ユーヘイの微妙な反応に、自分の発言がフラグっぽい事に気づいたアツミは、ヤベェという表情を浮かべた。


「……立ちました?」

「あー、類友っていう素晴らしい言葉があってな?」

「……やっちまったー」


 おずおずとユーヘイに確認すると、ユーヘイは全てを諦めたような口調で、答えになってない答えを言い、アツミはそれで全てを察して項垂れる。


 そんなコントめいた事を繰り広げていると、外から車が近づいてくる音が聞こえてきた。


「おい、アイツが戻って来るにしても早くないか?」


 その音に気づいた強盗犯二人が、訝しげな表情を浮かべて視線を音がする方へ向ける。


「……チャカを仕舞え、それとお前はサツを隠すように立て」


 細身の男がリボルバーを雑にジャケットのポケットへ突っ込みながら言うと、太った男鋭く舌打ちをしてオートマチックをズボンのベルトへ挟み、ジャケットで隠す。


「ちっ、面倒な奴らが来やがった」


 細身の男の言われた通り、ユーヘイ達のブラインドになるよう位置取りをする太った男。そんな二人の様子にユーヘイは重々しい溜息を吐き出す。


「フラグ回収早ない?」

「やっぱ、立ってましたかー」

「立ってましたなー」

「わーい、これでユーさんの類友確定だー」

「ようこそ、こちらの世界へ」

「嬉しくないんだよなぁ」

「酷い、アタイとは遊びだったのね」

「元から遊びなんだよなぁ」

「ゲームだからね」


 こりゃ大きく状況が動き出すぞ、そう察した二人は状況の悪化に備えて動き出す。ユーヘイは腕首を拘束するロープを切り、バレないように両足を拘束するロープにナイフの刃を立て、アツミは項垂れた状態でインベトリを呼び出し、予備の拳銃を取り出す。


「さて、何が出るやら」


 入口の方から聞こえてくる足音を聞きながら、ユーヘイはゆっくり慎重に、けれど最速で足を拘束するロープを切っていくのであった。

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