第261話 受難 ⑧

 ダディ達がレオパルドを確保した頃――


「そろそろ、合流の時間か?」


 ユーヘイのオートマチックで遊んでいた太った男が、かなりゴツい見た目をした腕時計を見て、アツミのリボルバーを弄ぶ細身の男に聞く。


「そうだな……ふふふ、あの女は馬鹿だからな、価値の低い宝石でも喜んで働いてくれる。今頃、大急ぎでかき集めた物をアイツに渡してる頃だろう」


 リボルバーの銃口を指先でなぞりながら、細身の男が皮肉に歪んだ表情で、全てを見下すような笑顔を浮かべる。太った男は肩を震わせて笑いながら、オートマチックの銃口をユーヘイとアツミに向け、ペッと唾を吐き捨てた。


「そうすれば、この間抜けなDEKA共とはお別れって事、だな?」


 オートマチックのトリガーを引くポーズをし、自分に酔っ払ったような、恍惚とした薄ら笑いを浮かべる太った男。そんな相方に細身の男は首を横に振る。


「いや、始末は専門の奴らに任せるさ。俺達は新しくを手に入れたから、これから仕事はいくらでも楽に進められる。金の心配もしなくて良くなる」


 リボルバーを舐めるように指先で撫でつけ、まるで万能の力でも手に入れたような、手に入れた暴力装置に魅入られたような、自分の世界に入り込んだように細身の男が、リボルバーへ愛を囁くように語りかける。その様子に太った男も、手に持つオートマチックで無闇矢鱈に狙いをつける仕草をして、ゲラゲラと笑う。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 確かに確かにさえあれば、アイツラもこっちの足元を見て買い叩くとかしなくなる、か?」

「そういう事だ」


 犯罪者二人の独白に、ユーヘイとアツミは全く反応を示さず、むしろユーヘイなどは呆れた様子で男二人を眺めていた。しかし、その評定の裏側で、ユーヘイの後ろ手で縛られた手は静かにゆっくりと、この状況を打破するための行動を行っていた。


 実は二人共、ダディやヒロシの無線がしっかりと聞こえており、『第一分署』の仲間達が着実に自分達の居場所へと近づいて来ている事を聞いていたのだ。


 だから仲間達がここへ到着した時に、彼らの邪魔にならないよう、ユーヘイは動いていた。


「……ユーさん、少し肌に当たった気がする。多分、もう少し」

「あいよ」


 ボソボソと二人に聞こえない小声で囁くアツミに、ユーヘイも小声で返事を返す。ユーヘイはアツミの手首を縛っているロープを、隠し持っていたナイフで静かに切れ込みを入れていたのだ。


 そのナイフはユーヘイの元ネタリスペクト装備である。


 元ネタである大柴下 キョージは事ある事に『育ちが悪くて、ガキの頃は色々と悪さをしてたモンでね』と言っては、鍵開けの道具だったりナイフだったりを使ったりしていた。ユーヘイはそれらを実に忠実に再現しており、アイテムもスキルもリスペクトして準備していたり習得してたりするのだ。


「……あ、切れた……」

「OK、このままナイフを渡すから、奴らに見つからないように足のロープに、いつでも引きちぎれるような切れ込みを入れておいて」

「……ユーさんは?」

「ナイフならまだまだありまーす」

「了解」


 ユーヘイは器用に手の中でナイフを回し、アツミの手に柄の部分を握らせると、縛られた手を何度かパキパキ鳴らし、手首を縛るロープに隙間を作って腕を捻る。すると袖口に隠し持っているナイフがスルリと落ちてきて、ユーヘイはそれを当たり前のようにキャッチし、折り畳んである刃を引き出す。


「……ユーさんがずっと余裕だったのって、これがあったから?」


 ずっとうつむいて背中を丸めていたアツミは、大きな動きをしなければ全く怪しまれないポジションにあった。だから開放された腕を器用に折り畳むよう体の側面へ動かし、バレないよう静かにロープへ切れ込みを入れる。その作業を地道に行いながら、チラリと手に持つナイフへ視線を落としながらユーヘイに聞いた。


「それもあるけど、奴らが持ってる銃に入ってる弾、ゴム弾だぞ?」

「あ」


 微妙な持ち方しか出来ないナイフで力が入らず、本当に擦るような動きしか出来ない状態をもどかしく思いながら、ユーヘイは呆れたような表情で返事を返す。その返答にアツミはそうだったと小さな声を出した。


「流石に近距離で打たれれば痛いだろうが、何の技量も持ってない、しかも山のスペシャルメンテナンスとスペシャルカスタムをした俺達の拳銃を、そこらの凡百が使いこなせると? 確実に一メートルの距離でも的に当たらんぞ、絶対」

「……」


 ユーヘイのあまりに冷静な言葉に、アツミはがっくりと体から力が抜けるのを感じる。このまま相手に逃げられ、自分達の拳銃が犯罪に使われたら、と戦々恐々としていた自分が全力で恥ずかしい。


 そうなのだ、『第一分署』の人間が持つ銃器は、鑑識の山さんが全力で悪ノリをした結晶なのだ。


 まず前提として、銃器マスタリーと呼ばれるパッシブスキル所持が使用の最低条件となっており、そこから各自が持つマスタリーのレベルに応じたスペシャルメンテナンスが施されている。そして更に更に、それぞれの特色に合わせたスペシャルカスタムがされているのだ。


 実際の話、『第一分署』の仲間内で銃器の貸し借りをしたとして、比較的癖の少ないユーヘイとアツミの銃器だったらそこそこ扱えるだろうが、接近戦を中心としたノンさん、完全遠距離サポートタイプのダディ、中間距離での差し合いをメインとしているトージなんかは自分の銃器以外は扱いきれないだろう。


 昨今ユーヘイ化の激しいヒロシはこの場合、完全なる例外扱いとなるので除外される。と言うか、ユーヘイの薫陶をキメ過ぎて、万能性と言う部分ではユーヘイより勝っているという化け物に変貌を遂げていたりする。


「だから、そんなに怖がらなくても大丈夫さ」

「自分の視野搾取が怖い」

「いやいや、焦ったら誰でもそうなるさ。俺はほら、ちょっと人よりは特殊と言うか、訓練を受けてると言うか」

「……ちょっと?」

「ちょっと、だ」

「……ちょっとじゃないと思う」

「ちょっと、です」


 後ろを振り向けないから、ジットリとした目を向けられないが、口調だけはちょっとジットリさせてアツミがユーヘイに突っ込みを入れる。だが、ユーヘイは頑なに自分は普通とでも言うような口調で、これがスタンダードスタンダードとゴリ押す。


 そんな二人のやり取りを見ていた、現在の様子を映すライブ配信を見ていたリスナー達は――


『ちょっと の 法則が 乱れる』

『ちょっと、って沢山って意味だっけ?』

『ちょっと=無量大数』

『おーい、ちょっと、の定義を誰か調べてくれやぁー』

『お前がちょっとの訳あるかい!』

『貴方でちょっとだったら、俺等はどうなるんだろうなぁー』

『やーい、お前のちょっとはおっかしいぞー』


 等と言うコメントが乱舞したとか。


 リスナーのコメントを受信した訳ではないだろうが、それでもそこはかとなく自分が馬鹿にされたような気配を感じつつ、ユーヘイは扱いきれないだろう暴力装置を手に入れて、神器でも手に入れたような喜び様をしている二人組に、冷たい視線を向ける。


「それに、こいつらが言ってる始末を専門にしてる存在、盗品を捌いてるっぽい存在、それらもしまっちゃおうねーって感じだからな。今は大人しく捕まってよう。それからダディ達に無線、よろしく」

「はーい……わーい、これはトラウマレベルのしまっちゃうおじさんだー」


 アツミは幼少期に見たアニメの、結構強烈なトラウマを植え付けられたシーンを回想し、ブルリと小さく震えながら、片足を縛るロープの切れ込みを入れ終わる。座っている椅子の下でナイフを持ち替え、もう一方のロープを切りながら、バレないようにネックマイクに手を伸ばす。


「……どーもー、強盗犯に捕まった間抜けなDEKA二人組でーす」


 先ほどまでの焦りが完全に消え去り、圧倒的な余裕を手に入れたアツミは、軽い口調で仲間達に現状を伝えるのであった。

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