第212話 忌まわしき……

「「「「ちょっとそれは無いだろぉっ!?」」」」


 強制ログアウトを食らったプレイヤー達は、見ていた映像に思わず非難轟々な叫びを浴びせる。


 ユーヘイの冒涜的なナニカな敵、ダディの少年雑誌をとっかえひっかえするヒャッハー世紀末、ノンさんのそして誰も居なくなった、村松のヴァイヲなハザードと、無茶苦茶な状態に叫ばずにはいられなかった。


「あくまで黄物っちゅうゲームの範疇で無茶苦茶な鬼畜クエストをクリアーするから、すげぇっ! ってなるのに、こんなんねぇよ」

「これってウィルス攻撃で引き起こされたバグ? っちゅうかこんなデータがあったって事?」

「いやいやいや、ここの運営が『ノリ』が良いからって、こんなデータ用意してる訳ないだろう?」

「わっかんねぇよ? やりそうな運営ではあるし」


 憤慨した様子で侃々諤々に言い合うプレイヤー達に、まだ映像を見ていた他のプレイヤーが『うえぇ』と呻く。


「どした?」

「ユーヘイニキが『さいきょうおれえでたぁー』じゃねぇかって言ってる」

「「「「ちょっ!?」」」」


 VRゲーマーなら誰もが蛇蝎の如く嫌うツール『さいきょうおれえでたぁー』。この憎むべきツールによって、これまでどれだけの良作傑作ゲームが潰されて来たことか。それを知っているだけにプレイヤー達のボルテージがヒートアップする。


「『オモイカネ』は何してんだよ! 折角黄物が復活して盛り上がって来たってのに!」

「いやいや! それよりこれを仕込んだバカ野郎に天誅を下すのが先だろうがい!」

「どうにかならないの?」

「一番簡単なのは、『さいきょうおれえでたぁー』がインストールされたプログラムの格納場所を特定して、そこを完全に抹消。そこから復旧ってのが一番簡単だけど……」

「そうなると残ってるユーヘイニキ達も巻き込まれるから無理」

「だよなぁ……つーてっと、地道にツールのある場所を探して、そこから出てるプログラムをブロックして、って言う面倒な作業か?」

「うぃ。VRゲーム運営にお勤めのSE達が発狂すると言われている作業だす。ちな、かつては一番多い退職理由だったらしいZO、もうあんなクソな作業はしてたまるか、って皆辞めていくらしいZE☆」

「「「「うわぁ……」」」」


 どうにもならんて事じゃないか、プレイヤー達が頭を抱える。そんな中、心配そうに映像を見ていた女性プレイヤーが声をあげた。


「ヒロシニキとあっちゃんの映像が消えたんだけど……」

「「「「なぬ?!」」」」


 その声に二人のライブ映像を確認する。確かに二人の映像は真っ暗で何も映し出されていない。


「どうなってるんだ? これ」

「……いやこれ禁止エリアに入った時の反応じゃねぇ?」

「ゲームでの最重要な情報に規制が入る?」

「そうそう、それ」

「VRでそんなんあんの?」

「『さいきょうおれえでたぁー』に入ってるプログラムの方にあるんじゃね?」

「承認欲求頂戴頂戴の構ってちゃんだろう犯人に、そこまで『こだわる』部分なんかあんのかよ?」

「あるかもしれんだろ?」


 どんどん追い詰められていく状況に、その場にいるプレイヤー達は、確実にいるだろう神様に祈りを捧げつつ、このゲームがこんな事で潰されないよう願い続けるのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「っ!?」


 唐突に目の前が真っ暗に染まり、しかしちょっとした段差から落ちたような感覚が足の裏に伝わった瞬間、ヒロシは手に持つオートマチックの銃口を周囲に油断無く向け、口をぽかぁんと開けながらサングラスをずらす。


「……どこだここ……」


 ヒロシがいるのは、どこまでもどこまでも続いているような通路。等間隔に白色灯のランプが並べられ、所々に掠れた文字で大きく数字が書かれ、その近くには両開きの大きな扉がある。


 それを見ているだけでヒロシの胸に、強烈で猛烈な郷愁にも似た感情が生まれる。あまりに強いその感覚に、胸が苦しくなって思わず膝をつく。


「何だこれ」


 息苦しさすら覚える感覚に困惑しながら、ヒロシは浅い呼吸を繰り返し、震える手でサングラスを外しながら周囲を見回す。


「……あれ?」


 そして気づいた。


「まさか……地元の映画館……」


 ヒロシが小学校から中学校くらいまで、熱心に通った地元の映画館。決して恵まれていなかった子供時代、その行き場の無い感情をどうにかするために通った映画館。そして自分が進むべき道を見つけた場所。確かにここならば苦しく感じる息苦しさも理解出来る。


「高校に入学する前に潰れたんだよなぁ」


 息苦しさの正体に納得したヒロシは、なだめるように胸をさすりながら立ち上がり、郷愁とセンチメンタル、そして忌々しい記憶が含まれた重い溜め息を吐き出す。


「ここ黄物の中、だよな」


 手の中にあるオートマチックをくるくる回し、本当に何だってこんな場所に来てるんだか……とうなだれる。


 しかしそのまま立ち止まっていても仕方がない、とヒロシは動き出す。周囲にしっかり注意を払いながら、油断無く注意深く進む。


「……本当、何だってこんな事になってんだか……」


 地元の映画館にはこんなにスクリーンは無かったはずだけど、でも感覚的にここは自分が知っている映画館だと思っているんだよなぁ、ヒロシはそうボヤきながらゆっくり進み、やがて開いている扉を見つける。


「ふぅ」


 扉からはカタカタカタと何かが回っている音がし、ついで微かに揺らいでいるような気配が流れてくる。そんなに気配を感じる事を得意としていないヒロシは少し不安を感じながら、小さく息を吐き出し気を引き締めて、内部へと慎重に歩を進めた。


 内部に入ると、少し黄色く黄ばんだスクリーンにヒロシの、いや倉持くらもち 一樹かずきの子供時代の記憶が流れていく。


「な、んだ……これ……」


 どうして自分の事がスクリーンに映っているのか、そもそもゲームの中にいるのにどうしてこんな現象が引き起こっているのか、あまりの事に混乱しているヒロシに、更なる混沌が這い寄る。


「突発的な事は苦手、アレンジも苦手、そしていつも猿真似ばかりが得意になっていく」

「っ!?」


 唐突に声をかけられ、ヒロシは声がする方へと銃口を向ける。しかし、座席に座っている人物を見て、ヒロシは顔を歪めた。


 そこにいるのは初老の男性。特徴と言った特徴を感じさせない、頑固で偏屈そうな顔をした人物。ゲームのNPCのような雰囲気をしているが、ヒロシは『俺、か?』と鏡を見ているような気分になっていた。


 かつてトージが体験した、ドッペル現象と言う言葉が頭に浮かぶ。


 VR世界に祝福された一握りのプレイヤーが遭遇し、その小さな親切大きなお世話を押し付けられる、迷惑の方が巨大すぎる不可思議現象。自分の生き写し(自分視点)と強制対峙する困ったイベント。


 出来ればもうちょい心の準備が出来ている状態で来て欲しかった、そう思いながら老人を見れば、こちらを見透かしたような目を向けてくる。


「だから誰にも認められない。そして両親からも愛されない。笑える事に愛した女からも見捨てられて、挙げ句に自分が一番嫌っていた人物に寝取られた」


 お前の全てを知っているぞ、まるでそう言っているような物言いで老人が言い放つ。それだけでヒロシの口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。


「お、まえは誰、だ」


 言葉を口に出すのにも苦労しながら問いかければ、老人は皮肉げに口の端を持ち上げ、小馬鹿にしたように肩を小さく揺らして嘲笑う。


「それをわしに聞くかよ」


 ヒロシはぐちゃぐちゃになる感情を誤魔化すように、老人に向かってゴム弾を吐き出す。しかし、何か見えない力に遮られ、途中でシャボン玉のように弾けて消えた。


「無駄な事をする」


 老人の呆れた表情に、かつて自分を育児放棄した父親の姿を見てしまい、ヒロシは感情が更にごちゃごちゃに混ぜ返され、無我夢中でその場から逃げ出す事しか出来なかった。

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