第307話 悪計 ①
「ログインした途端に呼び出されたと思えば……大田氏が本調子じゃないから、軽いクエストをお茶濁しにやって、みたいなメールを見た気がするんだけど?」
『第一分署鑑識課』という文字が入った紺色の作業着に、明朝体の達筆っぽい鑑識の文字が入った帽子を被った山さんが、様々な道具の入ったバックを床に置いて愚痴っぽくツッコミを入れる。
「そのハズだったんだけどね。気がつけばイージークエストがグランドクエストなるモノへ進化してまして」
困った困った、そんな様子でヒロシが説明すれば、いつもの事かと納得した様子の山さんが、少しだけ肩を竦めながら周囲を見回す。
「そっちで何か『気付き』は?」
鑑識道具をバックから取り出しつつ、チラリとダディに視線を送る。
「反応したのは銃弾が打ち込まれた場所と、負傷した従業員が倒れた場所、盗まれたショーケースくらい、かな」
「ふーむ」
ダディの言葉に生返事を返しながら、山さんは床をざっと見回す。
「従業員の証言だと、
「はい。情報にもそうありますね」
「これだけ乱射して、空薬莢が一つも落ちてねぇんだけど」
「「「「あ」」」」
山さんの言葉にヒロシ達が揃って声を出す。
「ガラスの飛び散り方としては、間違いなく撃ってるんだが……空薬莢を排出する場所に袋でもくくりつけてたんか? んな面倒臭い事をしてまで空薬莢を回収しないとマズイ何かがあったのか」
床に飛び散ったガラス片を踏まないように注意して動き、撃たれた従業員の立っていた場所を観察する。
「……妙だな」
「何がよ?」
「従業員を先に撃って、そのまま下方向へ銃口を下げてるぞ、これ」
「は?」
「ちょっ、ちょっと待って。じゃぁ、先に従業員を狙った?」
「そうとしか見えないな……ショーケースに埋まってる弾丸の向きからすると、確実に下方向へ向かってる」
「「「「……」」」」
山さんの実況見分にヒロシ達が絶句する中、アツミの近くでパワーをもらい、少し回復し始めたユーヘイが、パチンと指を鳴らす。
「へい! そこのイカす制服DEKA! 負傷した従業員のデータをプリーズ!」
「はっ! 少々お待ち下さい!」
「いいよーいいよー待つよー」
「ええっと、これとこれ、これとこれですね……こちらになります!」
「サンキューッ!」
NPC制服DEKAが持つバインダーを手渡され、ユーヘイがバインダーを広げる。そのユーヘイの肩にヒョイッと顎先を乗せたアツミが、バインダーを覗き込み、ユーヘイとほぼ同じタイミングで『おおふぅ』と声を出した。
「龍王会系列のYAKUZAって、この前のアップデートで必ず爬虫類系統の苗字になるって情報がありましたよね、ユーさん」
「そうだねーあっちゃんや……撃たれたの、
「「「「おーふぅ」」」」
ユーヘイ達の一番近くに立っていたトージに、バインダーを投げて渡し、バインダーを見たトージは顔を引きつらせる。
「蛙山、
撃たれて重症な人物の名前をつらつらと羅列するトージの声を聞きながら、山さんはショーケースの中身を調べる。
「ああ、こりゃぁ……それっぽく偽装はしてるが、盗品だなぁ……SYOKATUのデータベースにある、盗難届が出てる宝飾品に特徴が一致するヤツばっかだ」
「はぁ……盛り上がってきましたー」
ドンドン出てくる情報に、ヒロシは完全なる投げやり口調で、やけっぱちに呟く。
「つまりここは、龍王会のシノギを行う場所であり、従業員は龍王会子飼いの構成員で、扱っている商品も盗品……確かにグランド、大きいクエストだぁねぇ……」
ダディはもじゃもじゃの天パ頭を揉み込むように掻きながら、呆れとも疲れとも取れる苦笑を漏らす。
「ま、大きくなっちまったのは仕方がない。やれる事をやろうぜ」
沈鬱な表情を浮かべる仲間達に、ちょっと気分が軽くなったような気がしているユーヘイが、柏手を叩きながら軽い口調で言う。
「調子出てきたじゃない」
アツミを肩に乗せたままのユーヘイに、ノンさんがニヤリと笑って言えば、ユーヘイは自然体な笑顔を浮かべてウィンクを返しつつ口を開く。
「なんか気分が軽くなったような? お前らとゲームやってるから復活したかな?」
楽しげに言うユーヘイに、ノンさんは『こいつはこう、サラリとこっちが照れるような事を言うから質が悪い』みたいな表情を浮かべて肩を竦める。
「なら、アンタも働きなさい」
照れ隠しのように突き放す口調で言えば、ユーヘイはアツミの頭をポンポンと叩いてから、肩を下にずらして立ち上がる。
「山さん、鑑識関係のスキルの反応で気になる場所は?」
「スタッフエリアだね。こっちはNPC鑑識が出した情報とあまり差が無い」
「了解。こっちはちょいと店の表を見てくる」
「あいあい」
ユーヘイはヒロシとトージに合図を出し、アツミが差し出した手を掴んで立ち上がらせて、店の外へ出ていく。
「随分と大事になって来たな」
店の外に出て、外していたサングラスを掛けながらヒロシが呟く。
「まぁ、いつもの俺らと言えばその通りだし、なっちまったもんなやるしかあんめ?」
「……急に元気になったな」
「なんか、妙に気分が良いな、マジで。変なモンでも憑いてたのかしら? 誰か除霊的なサムシングをしてくれちゃったのかしらね?」
「知らんがな」
ニシシと笑うユーヘイに、ヒロシは『第一分署』らしい空気感が戻ってきたと、嬉しさを感じながら白い歯を見せて笑う。
「それで先輩、外に出たその心は?」
いつものユーヘイクオリティに、トージは指示を出して下さいと尻尾を振る。
「エイトヒルズは一応、星流会の縄張りだろ?」
「はい」
「だったら一番怪しい第一容疑者候補は?」
「……あ」
「どこかで監視してるヤツがいるぞ、多分」
ユーヘイの言葉に、ヒロシが、アツミが、トージが一斉に素早く周囲を見回す。
「野次馬の中、薄汚れた中年が目を逸らした」
「向かいのビル、非常階段で見ていたビジネススーツの男性、こちらの視線に気づいてゆっくり逃げます」
「こっちは怪しいのは見当たらない」
ヒロシ、トージ、アツミの順で報告し、ユーヘイはヒロシとトージの背中を叩く。
「ビジネススーツは任せる。こっちは中年を請け負う」
ユーヘイのオーダーに二人は一斉に走り出す。
「あっちゃんは俺と」
「はいはい」
残った二人はヒロシが見つけた中年男性に近づく。
「っ! まてっ!」
野次馬に近づくと、目星をつけていた中年男性が急に慌てたように走り出した。すぐにそれに気づいたユーヘイが、野次馬をかき分けるようにして道を作り、男性を追う。
「あ、やっべ!?」
男性恐怖症のアツミには厳しいじゃん! そう思って後ろを振り返れば、ちゃっかりユーヘイを上手く盾にしてついてきたアツミがおり、驚いて目を丸くする。
「はいはい、追わないと逃げられる」
「っ! そうだった!」
アツミに背中を叩かれて、ユーヘイはドタドタと走る男性の姿をロックオンし、一気に加速する。
「取ってて良かった、走る関係のスキル」
加速するユーヘイをアツミも追い、軽快な足取りで走る。
「うーん! やっぱ刑事ドラマっぽさと言えば、走って犯人を追う! だよね」
妙なところで妙な感動をするアツミに、ユーヘイは振り向かずに笑みを浮かべた。その気持ちはとてもよく分かる。
「ドラマだと、体力的な意味で女性が走る場面は無いけど、そこはゲームだから不可能を可能にするのは良いことだ、うん」
背後から聞こえる規則正しい足音を頼もしく思いながら、ユーヘイはぐんぐん加速して逃げた男性を追うのであった。
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