第131話 狙ッテナイデース

 唐突に妙な事を口走ったユーヘイに視線が集まり、その事に全く気づかず、これはまた参ったなぁと後頭部を撫で付けながら新聞を丁寧に畳んでデスクに置く。


「はぁ……っ?! うおぉっ!?」


 溜め息を吐いて、改めて周囲を見回したユーヘイは、全員の視線が自分に向けられている事に気づいて、ユーヘイにしては珍しくのけ反るような動きをしながら驚く。


「び、ビックリしたつーの! 何だよ?! お前らホラゲでも始めやがったのかよ!」


 逆ギレ気味にユーヘイが叫ぶと、普段のスタイリッシュかつどこか完成された大人な男という印象から大分幼く見える。その様子が今まで以上に人間らしく見え、そして何より普段とのギャップでとんでもなく面白い。だから全員が耐えきれずに笑い出した。


「ぶふぅっ! ちょっ! ちょっとそれはズルい! ユーヘイ! それはズルいわっ!」

「くっ! くくくくく……せ、先輩でも普通の人間みたいな反応するんですね……ぐふぅっ! ふふふふ、あはははははははっ!」

「ふふふふふ……ユーヘイでもそんな反応するんだな、くくくくく」

「ふふふふふふふ、ちょ、ちょっとごめ、ごめ、くふふふふふふ」


 笑うのは悪いと思っているのか、全員が何とか堪えようとするが、耐えようとすればするほどにドツボにハマっていく状態に陥り、全員が腹を抱えて笑い出す。


 その様子にユーヘイはバツが悪い表情を浮かべて頬を赤く染め、ふてくされたように明後日の方向に顔を背ける。


 本当に珍しい、生っぽいユーヘイの反応にますます笑いが加速し、結局、全員の笑いが収まるまで十数分程かかった。その間、ますますユーヘイの機嫌が急下降していったのは言うまでもない。


「はぁーはぁーはぁーはぁー……まさかVRでここまで苦しく感じるとは思わなかったわ」

「ふぅーふぅーふぅー……なんもここまで作り込まなくても良いですよねぇ、はぁーはぁー」

「ここまで大笑いしたのは久方ぶりだわ、あー気持ち脇腹が痛い気がする、はぁー」


 それぞれ好き勝手楽しそうに軽口を叩き合う仲間プラスカテリーナ達に、ユーヘイがジットリとした視線を向け始めると、ダディが大きくわざとらしく咳払いをして、とんとんとユーヘイの肩を叩く。


「正直すまんかった!」

「うっせばーかっ!」


 すっかり拗ねてしまったユーヘイを全員でなだめ、何とか機嫌を戻してもらうまでに数分かかり、やっと本題に入れた。


「それで、何が予想外だったのよ?」


 微妙にちょっと表情が固いユーヘイに、ノンさんが普段通りの態度で聞くと、ユーヘイはやれやれと肩を竦めながら新聞を広げた。


「これだよ」


 広げた新聞の一部の記事を指差す。そこには『お行儀の良いYAKUZA、地域を活性化させる』という見出しがあった。


「ええっと?」


 その記事を斜め読みしたダディが困惑の声を出す。


「どういう事ですの?」


 ダディの反応を見たカトリーナが、記事を覗き込んで、ざっと掲載されている文書を読み込み、ユーヘイに視線を向ける。


「あ、中嶋いたんだ」


 妙に機械的と言うか、全く表情を動かさずに淡々と突き放すように言うユーヘイに、カテリーナは困った表情を向ける。


「……いえもう中嶋でいいですけど、そしていましたけど、笑った事、怒ってらっしゃいます?」

「キレテナイヨ?」


 実にわざとらしいユーヘイの返しに、カテリーナは半目のジトッとした視線を向ける。さすがにやりすぎたと思ったのか、ユーヘイはコリコリとこめかみを指先で掻きながら咳払いをして誤魔化してから説明をする。


「昨日、お前らから連絡が来る前にセントラルの地下のお友達が来てたんだよ。具体的には門松かどまつとか川中かわなかとか内竹うちたけとかな」

「ええ、それはもちろん配信をアーカイブで確認して知ってますが」

「……マジで見てるんだな……」

「それは推し活は大切ですもの!」

「さいですか……なら具体的にどんな事があったか分かってるだろ?」


 お前、マジかよという表情を浮かべるユーヘイをさっくり無視し、カテリーナが前日に視聴した配信内容を思い出す。


「ええっと、フィクサー達の動きの影響で表通りの軽犯罪が増加傾向にあって、それの抑止力目的で地下のYAKUZAプレイヤーの皆さんに地上へ出てもらって、お食事観光をしてもらうついでに睨みを利かせる、でしたっけ?」

「そうそう」


 新聞の内容は、四つの区画でそこそこ有名な食事処に、明らかに堅気には見えない感じの客層が増え、店側が戦々恐々と対応していたのだが、彼らは別に騒ぎ立てるでもなく脅したりするでもなく、ただただ美味そうに出された食事を楽しみ談笑し、挙げ句の果てに気前良く心付けまでして店を後にしていく、と言う記事だ。


 そんなNPC最大手の新聞社の記事になるとは思っていなかったダディが、思いっきり困惑の表情を浮かべているところへ、ユーヘイが新聞をめくり別の記事を、指先でトントンと叩く。


「こっち、読んでみ」


 ニヤリと笑ってユーヘイに言われてダディが真っ先に記事の内容を確認し、うわぁ、と呻くような声を出す。その声に興味を引かれた面々がその記事を覗き込む。


「星流会に激震が走る?」

「面白い事になってるぜ?」


 記事のタイトルを読んだノンさんに、ユーヘイがニヤニヤ笑いながら言い、それを受けてヒロシが記事を読み上げる。


「星流会の動きが激しい。最近の妙な組織的犯罪集団も後手後手に回った感が強い星流会は、唐突に増えた新興と思われるYAKUZA集団の対応に苦慮している。だがしかし、そのYAKUZA集団は別に悪さをしているわけではなく、ただ単に食事を楽しんでいるだけであり、星流会が恐れているような活動をしている様子は見られていない。だから星流会と言えど何も出来ず、むしろ困惑が広がっている状態だ?」


 困惑した感じのヒロシに頷き返しながら、ユーヘイは再び新聞をめくり、今度は別の記事をトントンと叩いた。トージがそれを読み上げる。


「えーっと……最近、各区画の治安の良くない裏路地などで星流会と組織的犯罪集団との衝突が増えているようだ。地下からやって来ていると思われる新興のYAKUZA集団に対応するために、星流会が広く警戒網を展開しているようで、そこに組織的犯罪集団が引っ掛かっている感じである?」

「な、面白い事になってるだろ? そして予想外だろ? なぁ、ダディ」


 ニヤニヤと意地悪い感じに笑うユーヘイに水を向けられ、ダディが何とも言えない表情で苦笑を浮かべる。


「旦那様旦那様? 狙った? 狙った?」


 ユーヘイに負けず劣らず意地悪く笑いながらノンさんに突っ込まれ、ダディはギギギギギと音が鳴りそうな動きで愛する妻を見る。


「狙ッテナイデース」


 ダディの言葉を聞いた一同は、ユーヘイの時に負けず劣らずの笑い声を出すのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゲーム内掲示板スレッド


【折角だから】イリーガル探偵になりたくて No.89【この赤い拳銃を選ぶぜ!】


・赤い探偵

このスレッドはノービス探偵職の準ユニークジョブであるイリーガルに拳銃を入手するためにはどうすれば良いかをあれこれ言い合うスレッドです

今のところ、このスレッドの情報でイリーガル探偵になれたプレイヤーはおりません、残念ながら

みんなで格好良い探偵になるために、情報を提供をお願いします




・赤い探偵

で? で? かの黄物ゲーム界における特異点、第一分署の山さんが言ってた事はどうだった?


・赤い探偵

結論から言えば、買えた


・赤い探偵

きちゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! え! え! イリーガル探偵になった?!


・赤い探偵

あー、それがな、詳しくは自分で確認してくれとしか言えないんだが、そう簡単な話じゃなかったんだよ


・赤い探偵

あるぅぅえぇぇぇ?


・赤い探偵

でもでも! 地上で悶々としてるよりかはマシだよな? な?


・赤い探偵

それはそうだけどな。入手した先が結構な難易度に設定されてる。具体的には言えんけど、DEKAのチュートリアル初期バージョンに通じるモノは感じるかもしれん


・赤い探偵

ま、マジですか?


・赤い探偵

大マジ


・赤い探偵

マジかぁー!?


・赤い探偵

ちなみに俺はちょっと心が折れそうだ


・赤い探偵

マジかよぉ……夢も希望もありゃしねぇ……


・赤いイリーガル探偵

キツかった……


・赤い探偵

お!?


・赤い探偵

おおっ!?


・赤い探偵

おおおおっ!


・赤いイリーガル探偵

詳しい内容は言わん、それでクエスト内容が変更になったらアレだし、難易度上昇なんて事になったら目も当てられんからな。ただ、クリアー出来ない難易度では無かったとだけは言っとく。そして、本気でイリーガル探偵をやりたいなら、ユーヘイニキのチュートリアル動画の立ち回りを見て勉強しろ、これが最上級のアドバイスだと思う


・赤いイリーガル探偵

そっちも勉強になるけど、タテさんのチュートリアルの動きの方が参考になる人の方が多いかも


・赤いイリーガル探偵

自分はタテさんの動画が凄い参考になったな。ユーヘイニキのはちょっと高度過ぎてダメだわ。それとユーヘイニキがトージ君にレクチャーしてる動画、そっちも同時に見とくのおすすめ


・赤い探偵

続々と! あんなに停滞していたのに! 続々と! こんな短時間でイリーガルな探偵が誕生している!


・赤い探偵

うおおおおおっ! すげぇっ! マジですげぇっ!


・赤いイリーガル探偵

ふぅ……女の私でも何とかクリアーできました……うん、キツかった……


・赤い探偵

女性プレイヤーまでっ!? うおぉぉぉっ! 俺も地下に行くっ!


・赤いイリーガル探偵

あ、気を付けろよ? 出来れば地上で観光してるYAKUZAプレイヤーの方にお願いして、連れてってもらえよ?


・赤い探偵

何で?


・赤いイリーガル探偵

驚くレベルの頻度で鬼皇会の下っ端チンピラに絡まれてピンチに陥る


・赤い探偵

マジで!?


・赤いイリーガル探偵

ノービスカテゴリーだから包括スキルだし、イリーガル探偵にジョブチェンジしない限り、戦闘系のスキルをゲット出来ないから、絡まれたらヤバイ


・赤いイリーガル探偵

今なら第一分署さん達のお陰で、たくさんYAKUZAプレイヤーがいるし、彼らも彼らで地上の事を知りたがっているので、結構交渉の仕方で親切にしてくれますよ


・赤い探偵

よ、よし……コ、コミュ障だけど、頑張って声をかけてみる


・赤いイリーガル探偵

あ、今ならギルド『広島焼き』の方々がセントラル付近を中心に観光してますから、彼らに声をかけてみては? 凄く紳士的な方が多いので、凄く親身に話を聞いてくださいますよ?


・赤い探偵

マジで?! う、うし! 行ってきます!


・赤い探偵

あ! 自分も自分も!


・赤い探偵

私も私も!


・赤いイリーガル探偵

どっちにしても嵐を巻き起こすのは、いつだって第一分署の皆さんですよね


・赤いイリーガル探偵

ちゃんちゃん♪ ってね

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