第130話 予想外デース

 ギルド『親愛なる隣人の友』のカテリーナ・中嶋なかじまから、グランドイベントクエスト関係で協力・連携したいと連絡を受けたユーヘイ達であったが、ログイン制限時間の関係もあり、即応出来る状態ではなかった。


 それにリアルの時間的な問題もあり、社会人プレイヤーであるユーヘイとヒロシは、仕事の事を考えれば休憩を挟んでのログインは難しいとあって、結局、翌日に持ち越される事となった。


 そして翌日、決めた時間での合流をしているわけではないのだが、結局は主力であるユーヘイとヒロシに合わせるのが無難とあって、大体同じ時間帯に第一分署の面々がログインを開始し、いつものように捜査課のオフィスに集合する。


「うぃーす、おはよう」

「おはよー」

「おはよう、ユーヘイ」

「先輩、おはようございます」

「お、大田来たね。おはよう」

「ユーさん、おはようございます」

「うっすうっす」


 ユーヘイがログインすると、既に自分以外のメンバーが揃っており、別に遅刻した訳ではないのだが、ちょっとしたやっちまった感を覚えながら、自分のデスクから椅子を引き出して座る。


「中嶋はまだか?」

「半数のメンツがログインした段階で連絡は入れたから、遅くても三十分はかからないとは思うよ」


 ダディの言葉を聞いて、そう言う事ならと自分のデスクに配達されている新聞を手に取る。最近はプレイヤーメイドの新聞だけじゃなく、NPC側の新聞も定期購入するようになり、それを読むのがユーヘイの密かな楽しみの一つになっていた。


 プレイヤーメイドの新聞は、どうしてもクエストやスキル、その他のゲーム的な要素に則した内容になりやすく、毎度毎度その手の内容だけ、というのもちょっと食傷気味であった。なので、黄物世界の一般的な出来事や事件事故をしっかり取材して記載する、NPC新聞社の新聞の方が内容的に面白く、最近ではすっかりそっちの新聞しか読まなくなっていた。


 集中して新聞を読み始めたユーヘイを横目に、ノンさんがダディに視線を向ける。


「どんな協力要請なのかしらね?」


 ノンさんからの問いかけに、ダディは顎先に指を当てながら考え口を開く。


「向こうのギルドの護衛、かな?」

「護衛?」

「そう、護衛」


 ダディは自分が定期購読しているプレイヤーメイドの新聞を手に取り、その一部を見せる。


「結構、フィクサーの連中が派手に動いてるらしいよ」

「へー、どれどれ?」


 ダディの持つ新聞を受け取り、ノンさんがその記事に目を通す。そこには、裏通りのようなあまり治安がよろしくない場所を中心に、柄の悪い奴らが騒いでいる、みたいな記事が書かれていた。


「ほーん……つまり、探偵とは言っても一般人枠のカティ達にとって、今の状況で情報収集に向かうとしたら、やっぱりこういう危険な場所だからアタシ達に守って欲しい、って感じ?」


 ノンさんが新聞をヒラヒラ揺らして言えば、その新聞を受け取ったダディが頷く。


「そうだね。中嶋さんところには、いわゆるイリーガルに武装している探偵も、国家権力に認められた感じの特殊な探偵も所属してないみたいだからね」

「イリーガルの方はそもそも武器を用意してくれる闇武器屋を探さないと無理ってのは聞いてるけど……国家権力の方はスーパーレアレベルのユニークジョブなんでしょ?」


 ユニークジョブを見つけるのも大変って話じゃない? そう言って小首を傾げるノンさんに、トージがいやいやそんなレベルじゃないらしいですよ、と口を挟む。


「学舎でこのゲームやってる友達が言うのは、あり得ないレベルの確率で、奇跡と偶然と幸運に恵まれた、一握りの選ばれし勇者のみがゲット出来る、究極ウルトラレアなユニークジョブらしいですよ」

「そうなの?」

「はい。なんでも確認出来たのは二人だけ、って話だとか」

「……マジで?」

「マジ、です」


 限定的に過疎状態、村八分状態だったDEKAとは違い、そしてただ単純に引きこもっていた世間知らず状態の箱入り息子・娘をやっていたYAKUZAとも違い、サービス開始直後からノービスプレイヤーの数は段違いで多かった。だからこそ、その分多くのユニークジョブの出現率も高かった訳で、そんな状況で現段階でのそのジョブプレイヤーが二人しか確認出来てないというのは、ちょっと異常だ。


 確かに、国家権力に認められた拳銃を所持してる探偵、なんてぽこじゃか出てくる方が異常だが、それでもここはゲームであり、それを押し通せるだけのファンタジー要素は備えている非現実世界なのだ。それでもその数しか確認されていないと言う事は、トージの言う通りなのだろう。


「闇武器屋の方は、あれだな、技術力の問題と、そもそもその拳銃を製造する設備が無いのが増えない最大の要因だろう。ただ、これも灯台もと暗しというか、YAKUZAの大親分達と同じような気がするんだよなぁ」


 うむむと唸りだしたノンさんに、話を聞いていた山さんが口を挟む。


「YAKUZAの大親分達と同じ? そう言う事?」

「いやだってよ、地下に潜れば買えるじゃん、銃」

「……あっ!?」


 山さんの言葉に、ノンさんが声を出し、それを聞いていた他のメンバーも、そりゃそうだと納得する。


「YAKUZAとは条件が違うから、特殊なクエストが発生するような気配は感じるけど、それだって地上でわざわざ闇に隠れ潜むブラックスミスを見つけ出すよりかは安易だろうさ」


 山さんの至極ごもっともかつド正論に、新聞を読み続けているユーヘイ以外のメンバーが頭を抱える。


「うわぁぁぁ……これDEKAプレイヤーも何か見落としてる要素あるんじゃないの?」


 ここに来てYAKUZAとノービス・探偵プレイヤーの今後に関わるような環境変化が引き起こっている事に、ノンさんが戦々恐々とした様子で呟くと、山さんが何を言ってんだかと呆れた視線を向けた。


「そりゃぁ、あるでしょうよ。そもそもこのゲームが本当の意味で動き出したのって、そこの歩く特異点が参入してからじゃん」


 クイックイッと親指で新聞に夢中になっているユーヘイを指差し、山さんが本当に身も蓋も無い事を言えば、一同はもう黙るしかなかった。


「これ、イベントが終わったら、マジで全員で調べまくった方が良いかも」

「そうだね。DEKAでユニークジョブは無いとは思うけど、ユニークなクエストやらアイテムやらはありそうな予感がするね」


 どこか他人事でほのぼのと、それこそ保護者のような目線で大親分達の事を見ていたが、これはちょっと自分達もしっかり確認しないとダメだという結論に達する夫婦。


「僕はそれこそ、先輩の手綱を完全に解放して自由に暴走させた方が、色々なモノを引き寄せてくれるような気がします」


 そんな二人に、名案だとトージがそんな事を言い出し、それに対して囃すような感じに山さんがチャチャを入れる。


「お、トージちゃん、君、なかなかヤツの扱い方を心得てますなぁ」


 えへへ、と照れるトージとそんな彼の肩に腕を回して、うりうりと馴れ馴れしく接する山さんに、ヒロシが呆れた様子で突っ込みを入れる。


「トージ、お前、後でユーヘイに絞められるぞ? それと山さん、ユーヘイの当たりがそれ以上強くなったら消滅しないか?」


 ヒロシのもっともな言葉に、山さんがピシリと固まり、トージも『あ、やべぇ』という表情を浮かべる。


 いつも通りな楽しい会話をしていると、ウェスタンドアが開く音がし、ノンさんがそちらへ顔を向けると軽く手を挙げる。


「いらっしゃい、カティ、ミッチー……ええっと? そっちの可愛い女の子は?」


 ギルドマスターのカテリーナと、サブギルドマスターの内田うちだ 光輝みつてるに笑顔を向けて歓迎をするノンさんだったが、二人の後ろにこのゲームの時代設定的にはかなり攻めた髪色、黒髪の一部、前髪部分を一房赤く染めている特徴的な小柄な少女に視線を向ける。


「あ、う、うち、そ、その、あ、赤蕪あかかぶ ヒョウ他いいます。よ、よろしゅう」


 おっかなびっくりというった表現ぴったりな感じに、ちょっとイントネーションが怪しい、エセっぽい関西弁で少女が自己紹介をする。それを聞いたノンさんは、優しく微笑んで自己紹介をする。


「中野 GAL、ノンさんと呼んでね。そっちが吉田 ケージ、ダディで、町村 トージに縦山 ヒロシ、大田 ユーヘイに浅島 アツミ、そして鑑識の山さんっていう変態」

「うぉーい! ちょっと待ってぇっ! 俺をオチに使わんといてー!」


 ノンさんのあんまりな紹介に、山さんがショックを受けた表情で情けない声を出し、それを見た赤蕪がクスリと笑った。その様子を満足そうに見ながら、ノンさんがカテリーナに視線を向ける。


「協力と連携って話だけど、どんな内容なのかしら?」


 カテリーナは手慣れた感じに、近くの誰もいないデスクから椅子を引き出してそれに座り、シレッとノンさんの横にくっついてニコリと笑う。


「『終結』と『結集』のお手伝いをお願いしたいんですの」

「それはそうでしょうけど……あ、適当なデスクから椅子引っ張って座って。アタシら以外に人はいないから」

「あ、分かりました。ほら、ヒョウちゃんも」

「はいはい」


 ノンさんに促されて、光輝と赤蕪も適当なデスクから椅子を引っ張り出し、カテリーナの近くに寄せて座った。


 んで? とノンさんから促されたカテリーナは、こほんと一つ咳払いをしてから説明をする。


「当ギルドの今孔明様が、フィクサーの動きが活発化すると言ってまして、このままだと

簡単な戦闘スキルすら持ってないわたくし達ではちょっと不安がありまして。そこで第一分署の皆様にご協力と連携をお願いしたいと思いましたの」

「今孔明って……水田さんの事だろうけど」

「ええ、その通りです。ユーヘイ様と出会ってから、進歩というか進化と言いますか、凄いんですのよ」


 他の探偵職の皆さんが、それはもう落ち込みまして、とカテリーナが苦笑を浮かべる。確かに金大平かなだいら 水田すいでんと比較してしまえば、普通の探偵職では太刀打ち出来ないだろう事は想像に難くない。もう金大平 水田という名前のユニークジョブ探偵と化している人物だ。


「話は分かったけど、具体的に何をする、みたいな指示は出てるのかな? その水田先生から」

「いえ、それが……連絡が取れませんの」

「おいおい」

「こう言う時に当たり前のようにグループチャットなりギルドチャットがあると助かるんですけども」

「運営の拘りだもんね、そこはもう諦めるしかないよ。それか、アタシ達みたいに無線を持たせるか」

「……そう、ですわね。このイベントが終わったら導入しましょう」


 カテリーナがそう苦笑を浮かべて肩を竦めると、新聞を読んでいたユーヘイが、妙な片言で呟いた。


「予想外デース」


 一体何事? とユーヘイに視線を向ければ、彼は少しひきつったような感じに苦笑を浮かべているのであった。

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