第129話 ゲタを鳴らしてヤツが来る
ギルド『第一分署』が、黄物世界の異変と最大の危機を、案外ほんわかした軽いノリで解決へ導き、それからしばらく後の事――
「YAKUZAプレイヤーの皆さんがクリアーした『粉砕』の影響が出始めている?」
「ええ。これまでいわゆる四天王と呼ばれるフェクサーの最大戦力、あの四人は威圧するような巡回行動を必ずしてました。けど、現在はその姿を隠しています」
「YAKUZAプレイヤーの皆さんに、恐れをなしたみたいな?」
「より正確に表現するなら、警戒、でしょう。そう言ってましたし」
エイトヒルズ方面のセントラルステーション周辺にある、黄物世界でも随一にハイソな雰囲気を持つ洗練された繁華街。その中で一番大きなビルの一角、リアル世界でも出店している、某寄り道する価値のあるガイドブックで星を獲得した事のあるシェフがオーナーを勤めている高級レストランの個室に、カテリーナ・
「言っていた……お父様からの情報?」
今現在の状況に素早く対応して、またぞろ先読みしたようなタイミングで情報収集したのだろうなぁ、そんな苦笑を浮かべつつカテリーナは実父が動いたんだろうと聞けば、光輝は疲れたように目頭を押さえて首を力無く横に振った。
「……まるで私達が来るのを知っていたような感じで、黄物怪職同盟のギルドホームで長閑にお茶を楽しんでいた水田先生からの情報ですよ……」
光輝の言葉に、カテリーナがギョッとした表情を浮かべる。現在のギルド『親愛なる隣人の友』は完全にバラバラで活動をしており、さすがにギルドマスターであるカテリーナとサブギルドマスターたる光輝は、黄物怪職同盟から提供された無線機でやり取りが出来るようになっているが、その動向は完全に分からない状態だ。
さらに言えば、YAKUZAプレイヤー達がクリアーした『粉砕』の余波で、地上は色々と動きが激しく、カテリーナも光輝・赤蕪コンビも個別で対応しなければならない事情が多くて、ここ最近連絡を取り合っていない完全スタンドアローン状態での活動状態だった。
カテリーナがギョッとするのも無理からぬ事だ。
「……どうやってお二人の動きを掴んだんですの?」
「さぁ?」
カテリーナのごもっともな指摘に、光輝は完全に分からんと首を横に振る。そんな二人を横目に、自分の前にあるコース料理があった皿に残っていた鮮やかなグリーンのソースをフォークの先で伸ばしながら、赤蕪が乾いた笑い声を出す。
「うち、水田にーさんって特殊生命体やと思っとるねん」
きっと宇宙の片隅にあるカナ・ダイラ星雲SDN系とかっちゅう星の異星人なんやで、そんな馬鹿げた事を言う赤蕪に、光輝が困ったような表情を浮かべて突っ込みを入れる。
「やめて下さい。自称へっぽこ探偵をそれ以上妙な存在に昇華してはいけない」
光輝の力無い言葉に、カテリーナは苦笑するしか出来なかった。
出会った当初の、あのどこかに消えて居なくなくなりそうな、儚い青年はどこへ行ったのか……
「やっぱり、ユーヘイさん、なんでしょうねぇ~」
わいのわいのとじゃれ合っている光輝と赤蕪を眺めながらカテリーナが呟き、その時の事を思い浮かべながら、しみじみ呟く。
現在でも続くVランナー、Vラバーに対する激しい誹謗中傷。現在はVRゲームの運営とLiveCueの運営が、様々なシステムを構築し、革新的な方法で対策は進んでいる。その恩恵にカテリーナも光輝も、赤蕪も多くのVランナー達は受けているが、それでもやはり香ばしいコメントというのは払拭出来ずにいる。
そのコメントに翻弄されていたのが
「ユーヘイさんもそうですけど、第一分署の皆さんは強過ぎですわね」
水田と光輝とも参加した食事会で改めて思った事は、ギルド『第一分署』の芯の強さだ。
ノンさんの元ネタ公認プレイヤー発言もそうだが、周囲に流されず自分は自分であると貫く事の大切さを学んだような気がする。実際にその果てが、ユーヘイとヒロシ、ダディにトージ、そしてアツミの元ネタさんとのコラボという、ほぼ容認状態にまで行ったのだから馬鹿に出来ない。
「リーナ?」
「っ?! あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてましたわ」
そういう意味では水田さんは救われましたわよね、ちょっと進歩というか進化し過ぎだとは思いますが、などと考えていたところに光輝から声をかけられ、カテリーナは誤魔化すように笑いながら二人に視線を向ける。
「それで、どんな話をしていたんです?」
「あんな? 水田のにーさんが言うには、フクサーの動きが加速する、って」
「動きが加速」
きょとんとした表情で光輝を見れば、彼女は懐から手帳を取り出して、メモした事を読み上げる。
「四天王の動きが鈍化して、その周辺はむしろ活発化している。セントラル地下の決着が、実は四天王の暴走を引き起こすのではなかろうかと懸念している。多分、グランドイベントクエストが発生する前、ネイガーなどが登場した順番が、彼らの元組織での序列なのではないかと推測している。その推測通りなのだとすれば、トップとナンバーツーのネイガーとネイトがドロップアウトした現状、四天王達が自分達の権力増強に、今の状況を利用しようと画策する恐れがある。なのでなるべく早い段階での、四天王サポート部隊が潜んでいるであろう拠点の摘発が求められると考えている。その点を加味して、ギルドマスターには素早い判断をしてもらいたい」
水田先生からの推測よ、と光輝が無表情で淡々と告げた言葉に、カテリーナはひくりひくりとひきつった笑みを口の端に浮かべた。
「……どこからそれほどの情報を?」
カテリーナのごもっともな反応に、赤蕪がケタケタ笑って言った。
「あんな、自分の足で調べた、言うっとったで?」
「はっ!?」
「うんうん、うちも最初に聞いた時、ねーやんみたいな反応したわ」
アルカイックスマイルで、美味しそうに日本茶を飲みながら、実に淡々と平坦な口調で水田から直接語られた二人からすれば、ワンクッション入った状態のカテリーナの方が羨ましい。彼から直接聞いた時は、思わず自分の耳を疑った程だったし。
「……フィクサーの動きと、これまでの四天王の巡回ルート、そして『粉砕』クリアー後からの騒がしい地点、なんかを総合して俯瞰し、そこから重点的に調べるべき地点を割り出した、とは軽く言ってたわ」
「……進化し過ぎですわね、我がギルドの今孔明様は……」
「孔明の方が、自分そんな化け物ちゃうわ、ってお断りをしてきたりしそうやけど」
「「……」」
赤蕪の言葉に沈黙と、それから重々しい溜め息を吐き出しながら、カテリーナは光輝を見る。
「水田さんを除いたメンバーを一回召集しましょう。これは相当緻密に動かないと、それと出来れば『第一分署』の皆さんとも連携したいですわ」
「そうですね。うちのギルドには武装系の探偵はいませんから」
光輝が言う武装系探偵とは、完全にフィクションでその存在を許された、いわゆる警察機関から特別に拳銃の所持を許された探偵、というユニークジョブの事を言う。イリーガルな手段でイリーガルな拳銃を持つような探偵職もここに含まれるが、光輝が言っているのは前者である。
このままフィクサーの動きが加速すれば、それは暴力装置が暴走しているとも言えるわけで、それに対処するにはやはり一定の武力、この場合は銃器のような力を持つDEKAプレイヤーと協力した方が賢明だ。
「おお! 生ユーヘイニキや生タテさんに出会えるやん!」
ギルドのツートップの深刻さとは裏腹に、赤蕪はのんきにそんな事を言って喜ぶ。そんな素直な赤蕪を羨ましそうに見ながら、カテリーナはどうやってギルドを動かそうか、多くの問題に頭を悩ませるのであった。
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「やっぱり増えてますか?」
「ええ、良い迷惑ですよ、全く……いやね、DEKAの皆さんが努力してるのは理解してるんですよ、でもこうも迷惑をかけられるとねぇ」
ベイサイドでも珍しい、かなりレトロな町並みをしている場所、港湾ハッピー裏町と呼ばれている区画で、金大平 水田は聞き込みを行っていた。
聞き込み相手は、この区画で昔(ゲーム的なフレイバーとして)から営業をしている立ち食い蕎麦屋の店主だ。
この蕎麦屋はカウンターが通りに面した形で設置されており、常に通りを店主が見ている状態である。なのでここら一帯の異変に店主が気づきやすく、グランドイベントクエストが始まってから、水田が情報屋として利用しているのだ。
「妙な奴らがうろちょろしてるし、良く分からんゴロツキが回りの住民を威圧してるし、本当、迷惑だよ」
店主はそう言って、水田が注文した月見そばを差し出す。水田はその器を受けとり、カウンターに置いてある箸立てから割り箸を取っ手、パキンと割る。
「……星流会とか龍王会、もしくは鬼皇会の下っ端って事は?」
水田が声を潜めて聞くと、店主は無い無いと手を振る。
「もしもその三つのどこかの奴らだとしたら、ここら一帯はもっと荒れてるよ」
店主はゲームのフレーバー的な部分、それこそ龍王会が星流会へ激しい抗争を繰り広げていた頃からこの場所で蕎麦屋をしていた、という背景があるので、彼がそう言うのであればそれは正しいのだろう。
また、常日頃からヒューマンウォッチングをしているような状態で、彼自信も人間観察を好む部類の人間であるから、見る目も確かだ。そんな彼が龍王会でも星流会でも鬼皇会でも無い、と言いきるのなら間違い無い。
「……フィクサーの動きが活性化し始めた……予想より少し早い、かも」
ソバを箸で掴み、少し汁から露出させて冷ましながら水田が呟く。彼がこうやって地道に調査をしていく仮定で、フィクサーの動きを大体読めるようになってきた。なので彼はそろそろ大きくフィクサーが動くだろうという予想はしていたのだが、その予想よりもタイミングが早いように感じていた。
「やっぱり『粉砕』クリアー時にインフォメーションで言っていた、修正、って部分なんだろうなぁ、これ」
ちゅるちゅる麺をすすり、海のダシ、煮干しやら鰹節やら海草だとか、海関係のモノを大量に使った風味豊かな味に目を細め、水田は美味しいという感嘆の息と面倒臭いという呆れた息を混ぜながら吐き出す。
「また難易度が上昇するんだろうか?」
喉越しを楽しみながら飲み込み、月見部分の生卵を箸でつつきながら揺らし、水田が困ったなぁと苦笑を浮かべる。
黄物以外のゲームであったのならば、その難易度上昇は完全にゲームをボイコットするレベルでの悪い要素なのだが、水田もすっかり飼い慣らされ、しょうがないなぁ、程度で流す程度には染まってしまった。
そしてそれは多くの黄物プレイヤーが受け入れてしまった、まさに黄物名物と称されるべき現象である。
「……頑張って糸口を見つけないと、なぁ」
まぁそれはこれからの課題で、今はこの月見ソバを楽しもう、そう考えて食べる事に集中する水田なのであった。
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