第128話 ええ、も、も、もちろん、そそそそ、想定の範囲ですよ by運営

 ユーヘイ達がテイクアウトで持ってきた、ちょっとおしゃれなランチボックスと言った感じの、彩り豊かな洋食詰め合わせを無言で掻き込む大親分三人。


「そこまでか?」


 スパイシーな香辛料に、肉質を柔らかくするような工夫をしたのだろう、ジューシィーで柔らかな鳥の胸肉を蒸し焼きにしたモノに、甘酸っぱくも甘い感じのタレをかけたアジアンテイストなサンドイッチを口に運びながら、ユーヘイがなつめに聞けば、彼はもりもりサンドイッチを食べつつ肩を竦める。


「んぐっ……いやさ、地下だと決まったNPC以外で料理作る存在がそもそも少ないんだよ。俺が行きつけにしてるバーだって、物凄い通いまくってやっと軽食関係を作ってくれるようになったくらいだしさ。しかも、地下って基本的に居酒屋が中心だから、酒とつまみ中心で洒落た料理を出す店ってほぼねぇーし、味は濃いし大雑把だしって感じだからYAKUZAプレイヤーで好き好んで食事するヤツって少数派なんだよ」


 若者らしい旺盛な食欲を見せながら、なつめが地下の食事事情を説明すると、凄く嫌そうな表情を浮かべてヒロシが唸る。


「うわ、そりゃ……ああなるか」


 ガツガツと食事を口に突っ込むようにして食べている三人に同情の視線を向けて、ヒロシが呟けば、なつめがうんうんと頷く。


「しかも食事しても何かプラスになる、それこそDEKAで言う食事バフみたいなモンもないから、ますます食べ物関係に無頓着になるんだわ。まぁ、俺は地上に出てすぐにカティさんにレストランへ連れてってもらったから、こっちの食事が物凄く充実してるってのは知ってたし、ちょくちょく気晴らしに地上に出て食事はしてたよ」


 なつめが二つ目のランチボックスに手を伸ばしながら言うと、大親分三人がずりぃーぞ! と叫ぶ。そんな三人に、なつめが呆れた視線を向けて、思いっきり冷たい声色で突き放す。


「んな事言ったって、お前らYAKUZA最強! アンダーグランドマイホーム! やっふぅー! みたいな状態だったろうが。確かゴルフに地上へ食事に行こう、みたいな誘いを受けて蹴った前科があるじゃねぇか」

「「「ぐぅっ」」」


 痛い所を突かれたと胸を押さえる三人を何となしに見ていたダディが、ユーヘイ達から報告のあった事、小さな犯罪があちこちで増加してるかもしれない、という状態をどうやって切り抜けようか、それを考え唸っていたのだが、突然『きゃちゃぁ!』と叫びながら手を叩いた。


「それだよ! それ!」


 ダディは三人が食べているランチボックスを指差しながら叫んだ。


「YAKUZAプイレヤーって、そこそこ所持金って持ってる感じ?」


 ニヤニヤと気色悪いくらいに満面の笑顔を浮かべながら聞いてくるダディの質問に、角松かどまつ けんはたじろぎながら、どうだろうと川中かわなか ショウに視線を向ける。


「それなりに持ってるはずだ。YAKUZAはそもそも装備とアイテムに金が掛かるスタイルだから、クエスト報酬も雑魚敵からの報酬かつあげも高めに設定されている」


 川中の返事にダディはますます笑顔を深め、良し良しと頷く。


「何を思い付いたのよ?」


 ハニーマスタード大好きノンさんが、ハニーマスタードドレッシングがたっぷりかけられているサラダを口に運びながら聞けば、ダディは自分が持っていた鯖を素揚げして、バルサミコ酢ベースのソースがたっぷり染み込ませたモノを葉物野菜たっぷりにパンで挟んだサンドイッチを持ち上げる。


「YAKUZAプレイヤーの皆さんに、地上でグルメ観光をしてもらおう!」

「「「「はい?」」」」


 これぞ名案と叫ぶダディに、ユーヘイを除く全員がキョトンとした表情で首を傾げる。


「なるほどなぁ。今のイベントの状態なら、裏通りはノービスと探偵、彼らに協力しているDEKAプレイヤーが監視している状態だから犯罪は起きにくい。今はむしろ繁華街の方が心配って状態だ。そこにYAKUZAプレイヤーが大勢押し掛けてくれば抑止力としては最上級、か?」


 ユーヘイがダディの狙いを説明すれば、その通りとダディが会心の笑顔を浮かべ、手に持っていた鯖サンドイッチをパクリと食べた。


「地下と比較すれば地上はグルメスポットとして間違いなく最上級、そこへYAKUZAプレイヤーが観光でやって来れば、小賢しい軽犯罪者程度ならビビって萎縮するって感じか」


 深煎りしたコーヒーのブラックで口の中をさっぱりさせたヒロシが、良く考えるよ、と爽やかなな笑顔を浮かべて頷く。


「あー、確かにYAKUZAプレイヤーさん達って結構外見が分かりやすくイカツイですもんね」


 フォークに刺した洋風唐揚げのようなモノを揺らし、トージがうんうんと頷く。


「なつめさんを見てると違和感バリバリですけどね」


 アツミが甘いカフェモカをチビチビ飲みながら、ニヘラと気が抜けたような笑顔を浮かべる。


「そいつと比較されれば、どんなプレイヤーだってむさ苦しいヤツになるわ」

「なつめと比較しないでいただきたい」

「何でお前YAKUZAやってんの? ってプレイヤーと一緒にされるのはちょっと」

「うるせぇよっ! 黙って食えよお前らっ!」

「「「へーい」」」


 アツミの感想に反応した三人の言葉に、少し顔を赤くしたなつめが吠え、彼らはニマニマ訳知り顔で笑いながら微妙に間延びした声で返事をする。


「さすがにDEKAとノービス、探偵にガッツリ協力してくれって言われても、YAKUZAプレイヤーの人達も素直に受け入れづらかっただろうから、この手の緩やかな手伝いなら気軽に参加してくれそうだよな」


 ユーヘイが苦笑を浮かべて言えば、ヒロシもそうだなと頷く。


「やっぱりDEKAとYAKUZAだと、ちょっとハードルは高そうだしな」

「本来なら敵対してるような関係ですもんね。まぁ、面白い人が多いのは分かるんですけども」


 トージが夢中でご飯を食べている三人を見て苦笑を浮かべる。


「ま、それはそれとしてだ。どうやってYAKUZAプレイヤーを動かすんだ?」


 ユーヘイが手に持ったコーヒーの紙コップを揺らし、ダディに視線を向ける。


「そこなんだよねぇ。このゲームってチャットないから」


 ダディの言葉にユーヘイ達は苦笑を浮かべた。


 そう、実は黄物にはチャット機能が無いのだ。普通のVRゲームならば実装されている機能がこのゲームには存在しない。何故ならセカンドライフも目的の一つに入っているから、リアルに限りなく近い状態である、らしい。


 運営にいくら不便だ、あり得ない、と訴えてもこれだけは絶対に変えようとしない部分だったりする。その代わりにゲーム内掲示板スレッドがあるじゃないか! と言っているが、ここで情報のやり取りをすればクエストを失敗する可能性大なので、完全に雑談オンリーの場所と化しているのだが、運営は完全にスルーを決め込んでいる。


「なんだ、そんな事か」


 ユーヘイ達のやり取りを見ていたなつめが、ユーヘイの背後に視線を向けて、ズビシ! と指を突きつけて叫んだ。


「おーし! てめぇら! 仕事だぞ! 地下から出てきて地上で飯を食え!」


 なつめの唐突な行動に、何をしとるんじゃ君は、と呆れた視線をユーヘイが向けるが、ダディはなるほどと手を叩いた。


「そうか、配信を見ている人に手伝って貰えばいいのか! 見てるYAKUZAプレイヤーの皆さん! ご協力お願いします!」

「なるほどそう言う事なら……ほらアンタらの出番よ、とっとと地上に出てきて観光しなさい、食事の質は保証するわよ」

「ええっと、この配信を見ているYAKUZAプレイヤーさん達、そういう事なので、犯罪防止のご協力をお願いします」


 ギルド『第一分署』からの要請に、多くのYAKUZAプレイヤーが即座に動いた。大きな騒動にはなっていなかったが、確実に火種にはなっていた、爆弾が爆発するカウントダンが始まる前のそれを彼らの働き(観光)によって未然に防がれる事になる。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 運営は慌てていた。


 いつもの如く慌てていた。


「ちょいちょいちょいちょい! 何でフィクサー以外の軽犯罪が爆発的に増加してるんだよ!」

「フィクサー関連のクエストのせいで、表に出てこなかった軽犯罪者の集団が、表に押し出された状態ですね、これ」

「クエスト化出来ないのかっ?!」

「無理です。軽犯罪はランダムエンカウント方式ですから、プレイヤーが遭遇しないとクエストにすらなりません」

「不味い不味い不味い不味い! このままだと住民NPCの不満が爆発して、別の要因でグランドイベントクエストが失敗する可能性がぁっ!?」


 運営が慌てていた原因がそこだ。


 せっかくYAKUZAプレイヤーが頑張って『粉砕』をクリアーしてくれた矢先に、グランドイベントクエスト以外の要因で、イベントその物がオシャカになる状況に陥ろうとしていたのだ、それはもう慌てるだろう。


「まだまだ猶予はありますし、それとなく運営からの追加情報という形で発表するのはどうでしょう? こっちから軽犯罪の取り締まりをしてくれるプレイヤーに補填という形で報酬を用意すれば」

「ナイスだ! それで行こう! 誰だよ! こんなリアルにこのゲームの世界を作ったヤツは!」

「それはもちろん我々ですけども」

「分かってるよ! 俺も関わってるよ! クソが! 毎回毎回胃が痛てぇんだよっ!」


 何とかなりそうな空気になり、上司が少しおかしくなったがいつもの事なので、部下達はスルーして自分の仕事に集中をする。


「……あれ?」


 運営からの告知、その草案を考えていた一人が、ゲーム全体のパラメーターの動きに気づいて声を出す。


「どうした?」


 またぞろ別の問題発生か? そううんざりした表情を浮かべて上司が部下のデスクに近づくと、部下がモニターのパラメーターの一部を指差す。


「……あん? 住民NPCの不満値が少し下がった、か?」

「はい。微増を続けていたのが、急に微減になりましたね」

「……ここは……おい! セントラル近くの繁華街をメインモニターに回してくれ!」

「あはい!」


 上司の指示に、セントラルステーション周辺の繁華街の様子が大きなメインモニターに映し出される。


「こいつは……」


 そこには普段なら地下から出てこないはずのYAKUZAプレイヤー達が、大挙して出歩いている姿が映し出されていた。


「どうなって……」


 本来ならあり得ない状態に、上司が言葉を失っていると、ゲーム内掲示板スレッドを確認していた部下の一人が報告をする。


「ギルド『第一分署』さん達が街の様子にいち早く気づいて、配信を通して協力してくれって呼び掛けたみたいです。YAKUZAプレイヤーに地上で観光してもらって、それで軽犯罪の抑止につながるんじゃないかって配慮をしてくれたようですよ」

「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」」」」


 その報告に、その場にいる全員が力が抜けたように脱力した。


「……マジで何回目だよ、あそこの人達に危機一髪救われるってパターン……」

「本当、何なんでしょうね……我々にとっての神なんでしょうか?」

「いや、厄介事を引き寄せてくれるパターンもあるから神っていうのは言い過ぎじゃねぇかな?」


 どうにかなりそうだ、そう弛緩した空気が流れる。


「これで表立って発表出来ないのが辛いですよね」

「……んだなぁ」


 ざわざわと雑談に興じる同僚を見ながら、上司と部下がそんな事を言う。


「ええ、も、も、もちろん、そそそそ、想定の範囲ないですよ、って我々は後ろでどっしり構えてないとダメですからねぇ」

「どもってんじゃねぇか」

「いやいや、自分じゃ鬼燈かがちさんみたいな笑顔で全部誤魔化す感じは出来ませんって」

「あの人はなぁ……比較に出したらダメな人物だ」

「ですよねぇ」


 こうして運営の肝を急速冷凍した事象は、ちょっとした冗談による気づきをしたユーヘイ達の活躍によって回避されるのであった。

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