第127話 イベント中とは言えど、やるべき事をやるべし

 YAKUZAの大親分達の相手はダディ達に任せる事にして、ただオフィスでダラダラしているのもちょっと時間が勿体ないという感じになり、ダディの車、ピックアップトラックのティラノに、ユーヘイとヒロシ、トージにアツミ、そしてなつめというメンバーで少し街中を流そうぜ、という話の流れになった。


 なつめがほとんど決まったルートでしか、地下と地上を行き来しない、という事らしいので、ならついでに観光でもしようぜ、という流れになった感じだ。なつめが動けば、それはなつめの恋人でもあるアップルにも伝わるし、一石二鳥じゃね? という理由もある。


 そんなこんなでオフィスから抜け出し、署の駐車場へと向かった。


 ちょっとしたドライブに参加するのは五人だ。ユーヘイとヒロシ、トージにアツミ、そしてなつめである。


 車に乗り込む際なつめなら大丈夫そうだが、一応の保険としてアツミには助手席に座ってもらい、運転はユーヘイが担当し、後ろに野郎三人で固まってもらう事で落ち着いた。


 そしていざ出発と車を走らせると、窓側の席に陣取ったなつめが、妙に感動した様子で窓に張り付くようにして外を眺め始めた。


「地上での移動は基本徒歩だったから、こうやってAI制御じゃない、人が運転する車に乗るのって新鮮だわ」


 ルートはエイトヒルズからイエローウッド、そして最終的にはベイサイド辺りで食事でもしてカラー署に戻ろうか、という感じで走らせているのだが、なつめは嬉しそうに窓に張り付いたまま、そんな事を口走る。


「地下って乗り物無いの?」


 ちょっと子供っぽい感じになってしまっているなつめに、ニコニコと笑顔を向けていたトージが聞くと、なつめはどうだろうと首を傾げる。


「今回のイベントでネイガーがバイク乗ってたから、多分あるとは思う。だけどYAKUZAの基本スキルにドライブ関係のスキルは無かったから、俺らYAKUZAに乗りこなせるかどうかは分からんね」


 乗れたら格好良いけども、そう言って苦笑を浮かべるなつめに、ユーヘイがおいおいと突っ込みを入れた。


「いやいや、前のクエストの時に、こっちから物を運ぶトラックとか地下に入ってるはずだろ? なら地下に無くても地上から持ち込めば良いわけじゃん。それに運転だって地上に教習所ってあるぞ?」


 ユーヘイの言葉に一瞬フリーズし、マジかぁと小さく呟きながら、音を立てて額を叩いてなつめが項垂れる。


「……うわぁ、俺もあいつらの事、とやかく言えねぇ……」


 なつめが言うあいつらとは、先程『第一分署』と同盟を結んだ三つにYAKUZAギルドの大親分達の事である。彼らは先程まで挑んでいたクエストで色々と悟り、自分達から見聞を広げようと地上に出てきたばかりだ。そんな三人に『何を今さら』と斜に構えていたなつめは、あいつらの事言えねぇじゃんと地味にダメージを受けていた。


「そんな衝撃を受けた! みたいな反応しなくても」


 ヒロシが苦笑を浮かべながら、懐に手を入れてココアシガーの箱を取り出し、タバコを取り出すようにトントンと指先で箱を叩いて一本を器用に箱から出し、それをなつめに差し出す。


「……だって、結構あいつらに偉そうな事言っちゃったし……」


 少しションボリした感じでなつめは呟きながら、ヒロシのココアシガーを受けとる。


「お前、結構スマートに生きてそうに見えて、えらく面倒臭い生き方してるよなぁ」

「うっさいなっ!」


 カラカラとユーヘイが笑い、ヒロシと同じように懐からミントシガーの箱を出して、ひょいひょいっと箱を勢い良く振って、やはりタバコのように一本を器用に取り出して口に咥えた。


「あの、何かそれ、新しくなりました?」

「おっ、気づいた? 俺ら結構バカスカ消費すんだろ? それが配信で拡散されたとかどうとかでよ、どうも意図せずコマーシャルになってるらしくて、ゲーム内もリアルでも馬鹿売れしてるんだって。そのお礼です、ってメーカーさんの方からユーヘイモデルとヒロシモデルの二パターンの、なんちゃってタバコケース仕様の箱を作ってくれたんだよ。もっとっぽく配信映えしますよ、って感じで」

「「「……」」」


 なんて事無い、本当に世間話でもするように、実にかぁるぅ~くとんでもない事を口走るユーヘイに、トージとアツミとなつめは呆れた視線をヒロシに向ける。


 視線を向けられたヒロシは、首をブンブンと横に振って、イヤイヤイヤと弁明をした。


「俺はちゃんとヤバイ事だって気づいてるからな? ユーヘイと同じにするなよ。メーカーの人に何回もメールで、大丈夫ですか? これ本当にいただいてよろしいんですよね? 大丈夫ですよね? ってしつこく確認したし。なんなら運営の一番偉い人に直接メールして、これ権利関係で何かヤバイ事になったりしませんよね? って確認したからな」


 ヒロシがココアシガーの箱を揺らしながら、どこか遠い目をしてそんな事を言う。そんなヒロシをバックミラー越しに見ながら、ユーヘイがカラカラと笑う。


「タテさんは気にしすぎなんだよ。メーカーの人も言ってたじゃんか、もうガンガン食べてください! もうそれだけで幸せですっ! って。メーカーの人がそう言うんだからそうなんだよ」


 あ、ダメだこいつ。ユーヘイ以外の全員の心が、その瞬間完全に一致した。


 社会人として百戦錬磨なのに、どういう訳か、ゲーム内だと妙な部分で欠けているというか、抜けているというか、信じられないくらいのPONをかます男、大田 ユーヘイ。自称エンジョイ勢である。


「ま、まぁ、お菓子の事はいいや。エイトヒルズはビルばっかりでつまらないから、早くイエローウッドに行こうぜ」


 もうこれはユーヘイという人物の特色なんだろうなぁ、そう無理矢理納得させたなつめが、話題を少々強引に方向修正すると、ユーヘイがオールラィと返事をする。


「ちょっと面白いルートで行くから、楽しみにしててくれや」

「あいさー」


 なつめのお陰で社内の妙な雰囲気は払拭され、トージとなつめが中心になってしゃべり、それにアツミやヒロシが時々のっかり、たまにユーヘイが突っ込みを入れながら、エイトヒルズからイエローウッドへ入る。


 エイトヒルズの二条通りからイエローウッドの二条通りへ入ると、すぐそこは巨大なアジア街のような雰囲気の場所に出る。今回のアップデートで変化した街並みの一つで、正式名称はオリエンタルロードと呼ばれている通りだ。


「うわぁ、すっげぇ」


 唐突に変化した街並みに、なつめが口をぽかぁーんと開けて、ちょっと馬鹿っぽい顔で感嘆の声を出す。


 なつめが感動して見入るのも無理もない。このオリエンタルロード、完全にシルクロードスタイルの建築様式を取り入れている。つまり入り口が中華っぽい建築様式で、そこから徐々にトルコとかあっち方面の影響を受けた建築様式へと変化していくのだ。もう完全に一種のテーマパークのような場所である。しかも商店街のような場所でもあるので、色々と目移りしそうな面白い品物が、あっちこっちに飾られていて見ているだけでも面白いのだ。


「今はイベントの最中で、観光目的のプレイヤーも多いからゆっくり見て歩けないけどな。イベントが終わって一段落すれば、ゆっくり見て歩くのも良いんじゃないかな。それこそYAKUZAプレイヤー引き連れて、観光なんてぇのも面白いかもしれねぇぜ?」


 口に咥えたミントシガーを揺らし、ユーヘイがニヤリと笑いながら言う。それを聞いたなつめは、少し嫌そうな顔をして不満気な声を出す。


「必然的に、あの三人がついて来そうで嫌なんだけど……」


 うんざりした表情を浮かべるなつめに、ヒロシが白い歯を見せながら笑いかける。


「そういう交流も面白いだろうさ」

「そういうモンかなぁ?」

「そういうモンだよ」


 うーんと渋い顔をして唸るなつめは、ヒロシの言葉から逃げるようにして外に視線を向け、ちょっと抜けていた表情が急に鋭く険しい物へと変貌した。


「ユーヘイ兄さんストップ!」

「うおっとぉっ?!」


 なつめの叫び声に急ブレーキを踏んだユーヘイが、何事だよ? と後ろを振り替えれば、なつめが窓から一点を凝視して目付きをますます鋭く尖らせる。


「スリだ」

「あん?」

「え!? どこっ!」

「おいおい」

「どこ? どこどこ?」


 なつめが睨み付けるようにして見ている場所に他の四人が目を向ける。そこには明るい雰囲気の通りに不釣り合いな、ちょっと薄汚いサマーコートを着て、ツバが妙に広い野球帽のような帽子を被った人物が、あっちにふらふらこっちにふらふらと歩いては、通行人にぶつかり、難癖をつけながら歩いている姿が見えた。


「帽子にコートか?」

「そっちは囮、本命はぶつかって難癖の後」

「……あっ!」


 なつめの説明を聞いた直後、コートの男が観光している感じのプレイヤーにぶつかり、がなり立てる男にオドオドと頭を下げているプレイヤーの死角から近づいた別の男が、プレイヤーが持つ手提げバックに手を突っ込む様子がバッチリ見えた。


「クエストが無くてもイベント中であっても犯罪は無くならないってがっ!」


 ユーヘイが素早く路肩に車を停車させると、それを待っていたようにトージが猟犬のように飛び出し、その後ろをなつめが追う。


「あっちゃんは俺と一緒に! タテさんは自由に動いて!」

「はい!」

「おう!」


 ユーヘイの見ている先でトージがバックに手を突っ込んだ男をロックオンし、そんなトージが走り寄ってくるのに気づいた男が慌てて走って逃げ出す。


「待てっ!」


 トージが鋭く叫んで走る速度を上げる。


 逃げ出した男の近くにいたコートの人物が、トージの視界から逃れるように自然な動きで人混みに紛れ込むが、トージをブラインドにして走っていたなつめが、コートの人物をしっかりと追いかける。


 ユーヘイがチラリとヒロシの方へ視線をむければ、彼はすでになつめのフォローに回るようにして動き出していた。


「あっちゃん、こっちだ」

「はい!」


 なら自分達はトージのフォローに入るか、そう判断したユーヘイが走り出す。アツミもしっかりユーヘイの背中を追いかける。


 色々なクエストの反省から、しっかりレベルも上げ、各種ステータスも見直し、それに合わせてスキルのレベル等もテコ入れをしている彼らに隙は無く、当たり前のようになつめもステータスやスキルは充実しているので、スリは簡単に捕まえる事が出来た。


「DEKAの仕事を助けるYAKUZAって」


 なつめはそんな事を言いながら笑っていた。そしてユーヘイ達は、イベント中でもDEKAとしてやるべき事は変わらんのだなぁ、と苦笑を浮かべていた。


「なんかDEKAっぽいな」

「クエストじゃないですけど、こういう突発的な感じも良いですよね」

「ま、被害に合った人達からしたら堪ったモノじゃないけどな」


 タイホしたコートの男とスリを実行した男は、結構なスリを繰り返していたらしく、所持していた紙袋からは大量の財布が出てきた。


「これ、フィクサーだのイベントだのって前に、こういう小さい事件が多発してるんじゃねぇの?」


 何となく言ったユーヘイの言葉に、全員がまさかーという表情を浮かべるも、ここの運営なら普通にやってきそうだと真顔になる。


「……これ一旦署に戻って、ちょっとダディに相談した方が良くね?」


 不安になってきた一同は、それもそうだと署に引き返す事にした。だが、せっかくここまで来たのだからと、近くの少し洒落た感じのカフェで適当なテイクアウトを見繕い、ちょっとだけ観光した気分になって来た道を引き返すのであった。

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