第298話 旋風 ⑧
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
リョータは感情のない瞳で、痛みと恐怖と絶望に染まりきった直立不動の和治を見つめ、少しだけ頭が冷えるのを感じる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
荒々しい呼吸を繰り返しながら、怒りで意識の外に出してしまったミーコの存在を思い出し、ゆるゆると緩慢な動きでその姿を探す。
『ワン!』
自己主張するように犬が吠え、その声に誘われて視線を向けると、リムジンの近くに自分の体を抱きしめて俯くミーコと、その横で激しく尻尾を振るラブラドールレトリバーの姿を発見した。
リョータはふらふらとミーコへ歩み寄ろうとして、ふとユーヘイの方へ視線を向ける。
「はよ行け」
ユーヘイは油断無く周囲を警戒し、銃口を和治に向けた状態のまま、リョータに向かって虫でも払うような手つきで手を振る。
リョータは多少ムカッとしたが、それよりもミーコが大事と、ゆっくり彼女に近寄ろうとした。
「来ないで!」
「っ?!」
ミーコは小刻みに震えながら、近づこうとするリョータを拒む口調で叫んだ。その叫びに足が止まってしまい、リョータは困惑した顔でミーコを見る。
「ミ、ミーコ?」
「来ちゃダメ」
おどおどしながら声をかけるも、ミーコから出るのは拒絶の言葉。リョータはその場でアワアワする事しか出来ず、視線をふらふらとアチラコチラに飛ばす。
すると、ミーコを守るように座っているラブラドールレトリバーの顔が目に入る。
「っ?!」
その犬が、『こいつ、使えねぇ』と蔑むような表情を浮かべたのだ。ショックと言うより驚いてしまったリョータは、息を飲み込み、助けを求めるよう視線を周囲に向ける。
「はぁ」
二人の様子を見ていたユーヘイは、呆れた溜息を吐き出すと、インベントリからゴム弾を一発取り出し、それをリョータの尻目掛けて思いっきり投げた。
「ったぁっ!?」
パスン! と大きな音を立てて、ゴム弾は見事リョータの尻に命中し、少し涙が浮いた目をユーヘイに向ける。
「っ! っ! っ!」
サングラスをずらし、鋭く睨むような目をしながら、『行け! 行け! 行け!』と顎をしゃくって行動を促すユーヘイ。しかし、リョータはミーコに拒絶されたのが怖くて、なかなかふんぎりがつかずマゴマゴしてしまう。
「ってぇっ?!」
再びパスン! と大きな音を立てて、今度はヒロシが投げつけたゴム弾がリョータの太ももを叩く。何だよ?! とリョータが視線を向ければ、目が笑ってない怖い笑顔を浮かべたヒロシが、『行け! 行け! 行け!』と首を横に振っていた。
「……」
行かなきゃダメ? そうヘタレた気持ちでいると、今度は逆の太ももにペチリとゴム弾が当たる。そちらに視線を向ければ、トージが物凄く呆れ果てた表情で、『は、や、く、う、ご、け』と口パクを繰り返していた。
「……すぅー……はぁー」
誰もが行けと言う。リョータは逃げ道は無いと、大きく息を吸い込み、体からヘタレた気持ちを吐き出すように息を抜いて、恐怖に負けないよう両足に力を入れて前へ出る。
「ダメ」
ミーコの弱々しい拒絶に何度も足が止まりかけ、その度に尻や太ももにゴム弾が当たる。手厳しいユーヘイとヒロシの、ある意味の激励でリョータは何とかミーコの肩に手を置けた。
「ミ、ミーコ?」
リョータがこわごわ声を掛けると、ミーコは小刻みに震える体で顔をあげる。その表情は妙に色っぽく、顔全体が紅潮し、息遣いなども艶めかしく、思わずリョータは生唾をゴクリと飲み込んでしまった。
「見ちゃヤダ」
「え? あ! ご、ごめん?」
リョータの表情に見て、ミーコはショックを受け、弱々しく拒絶をする。その言葉に思わず謝り、肩に置いた手を離そうとした瞬間、風切音が轟き、リョータの後頭部近くをゴム弾がかすめて行った。
「っ!?」
ビキリと固まり、ギリギリ肩から手を離さなかったリョータ。すると、リョータの視界にヒロシがゆっくり移動してきて、わかり易く大きく口パクで言葉を伝えだす。
「……おれは、ここに、いるよ」
すんごい棒読みだったが、その言葉はミーコの耳に届き、彼女は驚いた表情でリョータを見る。
「何で?」
何かに耐えるよう、自分の体をきつく抱きしめ、すがるような拒絶するような複雑な感情を滲ませた声でミーコが問う。
リョータはチラチラとヒロシの方へ視線を向けるが、ヒロシは口パクをせず、厳しい目つきでリョータを見て、どんどん! と強い力で胸を叩いた。
「……」
自分の心に従え、そう言われたと感じたリョータは、震えるミーコの瞳を覗き込むように見つめ、気合を入れるように息を吸い込む。
「ここにいたいから、って理由じゃダメか?」
リョータの言葉にミーコは目を見張り、見守っていたヒロシは満足そうに微笑むと、リョータの視界から消えるよう立ち去る。
「むしろ、ダメな理由を教えてくれよ。じゃないと、何でダメなのか分かんねぇ。俺、頭悪いし」
これで正解か、そう思いながらリョータは言葉を続ける。そんなリョータの問いかけに、ミーコは震える唇を弱々しく噛み、湿った吐息を繰り返しながら、口を閉じたり開いたりを繰り返す。
ジッとその様子を見ていたリョータは、色っぽいと感じていたミーコの姿が、だんだんと泣いている子供の姿に見えてきて、浮ついてブレていた心が固まっていくのを実感する。
「ミーコ?」
リョータが優しく聞くと、ミーコは観念したように重たい息を吐き出し、ぽつりぽつりと語りだす。
「あのね」
「うん」
「漢方薬を」
「うん」
「飲まされて」
「うん」
ミーコの語る内容は、実に反吐が出るようなモノであった。周囲を警戒し、静かに様子を見守っていたユーヘイとヒロシとトージとアツミが、その内容を聞いて数発ゴム弾を和治の股間へシュートするレベルで下衆な内容であった。
話の内容をまとめると、ミーコは二次性徴が始まる位から、毎日漢方薬を飲まされて体質を変える事を強要される。それは和博と契約を交わした城ヶ崎の取引先のヒヒジジイからの依頼で、自分の娘をそのジジイ好みの女へ育成する為に必要な行為だったとか。
ジジイ好みの体臭、ジジイ好みの性感帯開発、ジジイ好みのふしだらな女への洗脳……そんな事を実の父親に施された。
痛みが快感に、暴言が喜びに、全ての負の行為が悦びへと変換される、ミーコにとってそれは本当に恐怖だった。何より、いたいけな少女の
だから、いじめられても当たり前だと思うようになった。穢らわしい自分が、綺麗な女の子達から嫌われる、なんて当たり前な事なんだろう、そう思うようになっていった。
何より、ミーコの将来は決定されてしまっている。身も知らぬヒヒジジイの愛人として、それだけを目的とした人生を送る事が決定してしまっていた。だから、いじめに抵抗する気にもならなかったし、リョータが見て見ぬふりをするのも仕方がないと諦めていた。
だって、自分はとても穢れているから。
「……」
「……」
全てを吐き出したミーコは、これで自分は嫌われると諦観に染まった表情で、泣いているような笑っているような表情をリョータに向ける。一方、そんな顔を向けられたリョータは、色々といっぱいいっぱいで、渡された情報をどうやって処理すべきか考えることで手一杯になってしまう。
「ぐぅぐ、ぐふ、ぐふふぇふぇふぇふぇ」
そんな重い空気の中、運営の仕置で直立不動のまま倒れる事も気絶する事も封じられた和治が、唐突に笑い出す。
「そうだ、そんな恥ずかしい体で、普通の幸せな生活が出来ると思うなよ? お前は俺が決めたレールを走ればそれで幸せになれるんだ。どうやってもお前を幸せに出来る人間なんて存在しない。諦めろ、お前は俺の商品だ」
血走った目で、狂ったように体を震わせて、全く状況を理解していない和治が、完全頭の中お花畑理論をぶちまける。
空気が凍りつき、殺気がほとばしり、DEKA四人の銃口が和治の眉間へと向けられる中、ミーコの体を抱き寄せたリョータが、小馬鹿にした表情で和治に宣言した。
「俺が幸せにすれば問題ない」
「え?」
「は?」
ミーコが目を丸くしてリョータを見、和治はポカーンと口を開けて間抜けな声を出す。
「頭の悪い俺は考えるのをやめた。どう考えても七面倒臭い理屈で自分否定しか出て来ないって分かった。んで、そっちのおせっかいなおっさん達がおすすめしてくれた方法、自分の心の従えって方法ならどうすべ? って思ったら、うん、俺がミーコを幸せにすれば全部問題ないじゃん、って結論が出た。だから、クソ親父、てめぇは死んどけ」
会心の笑顔で、これ以上ない位に自信満々に、リョータは和治に向かって中指を立てた。
「ふざけるな、ふざけるなよ貴様。それは俺の商品だとな――ごばぁっ?!」
顔中の血管を浮き上がらせ、頭から血が吹き出すんじゃないかというレベルで怒りに震える和治が、リョータを口汚く罵ろうとするのを、ユーヘイが物理で阻止した。具体的には、開いた口にゴム弾を叩き込むことで黙らせた。
「ぶっ! ぐはっ! あーはははははははははっ! お前最高だなっ! 良くぞ言った! お前は男だ! リョータ!」
ユーヘイはゲラゲラ笑いながら、なおも口を開こうとする和治に、的確なるワンホールショットをお見舞いし続けた。
イエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドライフストーリーズ ~ヤベェDEKAリスペクトロールプレイしてたらすげぇ事になった件~ O-Sun @O-Sun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。イエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドライフストーリーズ ~ヤベェDEKAリスペクトロールプレイしてたらすげぇ事になった件~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます