第20話 これを待ってたぜ!(スレ住民の総意)

 インスタントダンジョンと一緒に消え、気がついた時には第一分署のオフィス、自分のディスクに座っていた。


「これ、困惑せんか?」

「困惑っていうか、完全に置いてけぼり?」

「……どんなセンスしてるんだかね」


 自分達のディスクに座り、何だか分厚い始末書と顛末書と報告書を書かされている風なユーヘイらは、勝手に手に持っていたボールペンをクルクル回しながら苦笑を浮かべる。


「ざっと目を通した感じ……あの廃工場の持ち主からの苦情かこれは。あとは、おっと俺を蹴ったお婆ちゃんからの感謝の言葉のメモも混じってら。ふむふむ、タイホーしたYAKUZAの調書? ああ、俺らがやらなくても自動オートなんね。ええっと、あとは連続強盗犯の調書に、俺らが書いた体になっている顛末書、始末書、報告書だな」

「「……ちょっと何でその速度で目を通せるんだ」」


 速読レベルで、本当にパラパラと弾いてるような感じにしか見えない速度でそれぞれの書類を眺めながらユーヘイが呟くと、二人は唖然とした様子で突っ込みをいれる。


 阿呆な上司の阿呆な無茶振りと、全く役に立たないその上役の重箱の隅をつつく指摘の嵐から、自分より下の立場にある同僚やら後輩を守る為だけに身に付けた能力である、等としたり顔で説明するわけにもいかず、なんと言ってもVR界隈での暗黙ルール『リアルの事情の持ち込みはご法度』を守る為に、ユーヘイは微妙な表情を浮かべて色々とね、とだけ答えるのだった。前回の激昂という失態もあるので、今更感はあるがそこはしっかりしなければならないのが暗黙というヤツだ。


 ダディもノンさんもそれなりにVR歴は長いので、ユーヘイ最大級の失態だった『クソ上司云々』に関係してるんだろうなぁ的な雰囲気は感じたが、そこを掘り下げるような無粋はせずに、そーなんだーで済ませた。そこはとても大切な空気読みである。


「大田、中野、吉田」

「「「はい?」」」


 それぞれ曖昧なジャパニーズスマーイルで誤魔化すような空気感を出していると、藤近課長に呼ばれ、困惑しながら彼の前に並んで立つ。


「ありがとう」

「「「……」」」


 並んだのを確認した課長は、まずは深々と頭を下げて三人に感謝の言葉を告げる。いつも厳しい表情を浮かべている課長が、それこそ笑った狸のような満面の笑顔で告げられるその感謝は、三人に大きな満足感を与えた。何より、唐突に場面転換した事で置いてけぼりにされていた達成感が、彼の言葉によってじわじわと爆発するように心で膨れ上がる。


「今回ばかりはKEN警も横槍を入れられないだろう。お前達には余計に事件を複雑にするような事を受け入れさせるような事になった。不甲斐ない上司ですまない」

「「「……」」」


 グッと握り締めた拳で軽く机を叩きながら、眉間にシワを寄せ苦しげに言う課長に、三人の涙腺が少し緩む。ユーヘイは素早くサングラスをかけ、ノンさんはハンカチをちょんちょんと目頭に当て、ダディは鼻をすすりながら天井を仰ぐ。


「これで事件は解決だ。難しい状況、難しい関係性、厳しい対応……お前達は私の誇りだ! 良くやった! ありがとう!」


 にっこりと笑い両手を広げて祝福をしてくれる課長に、三人は咽び泣いた。特にノンさんとダディの喜びはひとしおだった。何回心が折れかけたか、何回憎悪に心が支配されそうになったか、何度このゲームから逃げようかと思ったか。全てが報われた、まさに今がその瞬間であった。


 まぁ、ユーヘイは故人である神条氏の笑顔に、かちょぉぅと咽び泣いただけであるのは、秘密である。あとこのモデル、エモいとも思っていたりするのも秘密だ。


『コングラッチュレーション! クエストクリアーしました。リザルトを確認して下さい。おめでとうございます』


 そのタイミングでクエストインフォメーションが入り、何だかもう色々と台無しにされた気分になり、それぞれグシャグシャの顔で笑い合う三人だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゲーム内掲示板スレッド


【朗報!】第一分署を見守る会【やったぜ! 第一分署!】


1.朗報! 一般人

ここは生き残ったDEKAプレイヤー『第一分署』の皆さんを見守るスレです。誹謗中傷などせず、温かく寛容な心で応援しましょう。



679.朗報! YAKUZA

エモい


680.朗報! 一般人

エモい


681.朗報! 一般人

エモ――ってもう良いか


682.朗報! 一般人

いや、実際にエモいもんなぁ……特にさ、俺、ネキのチャンネルは良く見てるからさ、楽しい! ってとこから涙が止まらねぇ……


683.朗報! YAKUZA

頑張ってたもんなぁ、ネキ。もちろん、ダディもだけどさ。もうあの二人が咽び泣いてる状態ってだけで感無量っちゅうか


684.朗報! 一般人

つーか課長にその言葉を言わせるかよ。運営君さぁ!


685.朗報! 一般人

まぁまぁ、自覚があるっちゅう事は修正する意志があるっちゅう事やし……チラチラ


686.朗報! YAKUZA

いやDEKAクエもそうだけど、大概他の職業のクエも修羅だぞ?


687.朗報! 一般人

まぁ、ノービスとかYAKUZAの場合、DEKAとは違って豊富なマンパワーっちゅう最終兵器があるってだけやし


688.朗報! YAKUZA

それな


689.朗報! 一般人

そこらも修正して欲しいなぁ……探偵職の友達とか頭抱えてる事多いしさぁ


690.朗報! YAKUZA

こっちも似たようなモンだ。ただ、頭数だけは多いからやれる事も取れる方法も豊富ってだけだし。どうあってもクエの難易度が高いから心が折られるプレイヤーが続出するっつう


691.朗報! 一般人

でも黄物怪職同盟のテツの親父さんじゃないけど、あの法則の通りだったら、少しは緩和されるんじゃ?


692.朗報! 一般人

いや一回クエストクリアーした程度で改善しねぇだろうよ。セントラルの状況が一変したのは、YAKUZAプレイヤーの豊富なマンパワーによる力業だし、DEKAプレイヤーは三人やぞ?


693.朗報! YAKUZA

コンバートもなぁ……あの三人と一緒に遊ぶっつうのはそそられるが……こっち以上の難易度で、あの化け物三人と肩を並べてプレイとか敷居がなぁ


694.朗報! 一般人

実際、最後のラッシュパートなんかあの三人だったからクリアーできた感じだよな


695.朗報! YAKUZA

なぁ。スゴかった。走る以外、一切音をさせないで動くとかどうなってんだよ


696.朗報! 一般人

DEKA(元特殊部隊)


697.朗報! 一般人

マジでそれだから困る。ってか、運営君さぁ、どこの世界に軽機関銃持ちのYAKUZAがいるんだよ


698.朗報! 一般人

ででで、でってでー。黄物のYAKUZA組織


699.朗報! YAKUZA

こっちでも一番火力が出るのが、改造ソードオフショットガンだっちゅうのに。何だよ、あのライトマシンガンはよぉ


700.朗報! 一般人

てめぇら! 早く動画に戻れ! 押せ押せ押せ押せ!


701.朗報! 一般人

おん? おおおおっ! オーディエンスポインツ! 今こそシューティングゲームで鍛えたこの連射で!


702.朗報! 一般人

うおおおおおおおおおおおおっ!


703.朗報! YAKUZA

てめぇら! 魂を燃やせぇ!


704,朗報! YAKUZA

はいよろこんでー!




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ええっと総合評価がA。ラッシュパート、タイホは固定給だって言ってたわよね。調査深度がSSS? Aが最高じゃないの? とと、鑑識の妙技? 鑑識?! ちょっと! 鑑識も自前で用意すんのっ!? しかも無効って!」

「市民の支持、住民感情かな。これはAだね。これらを踏まえての総合評価A判定なのね」

「……GMちゃん、一回のクエストクリアーポイント二千位って言ってなかった? 何だよこれ、チュートリアルより多いじゃねぇかよ……んん? オーディエンスポイントォ? なんぞこれ。これが押し上げてる感じか?」


 結構スタイリッシュな感じのデザインで、ユーヘイがチュートリアルで見た簡易的なものよりも豪華なそれを見ていた三人が、それぞれの反応をしている。


「なぁなぁ、このオーディエンスポイントってなんぞ?」


 ユーヘイが表示されている部分を指差しながら聞くと、号泣したとは思えない綺麗な顔に戻っている二人が、生暖かい視線を向けてくる。


「なんだよ?」

「アンタ、自分の配信チャンネル確認してる?」

「あん? してねぇけど? 誰も見ないだろ?」

「「……」」


 二人はスゴく微妙な表情をして、良いから確認してみ、と伝える。


「なんだよ。こんなおっさんの配信なんて誰も――」


 オプションから配信関係の項目を呼び出し、自分の現在配信されているパラメーターを見た瞬間、ユーヘイがピシリと固まった。


「あんた、今、LiveCueで時の人よ?」

「ランキングぶっちぎりで一位だし。よ! 有名人!」

「うわっ!? 何か大好きなVラブの方からコメントがががががが!?」


 LiveCueで活躍している配信者は二通りの呼ばれ方をする。ユーヘイやノンさん、ダディ的な、ただひたすらゲームを垂れ流してそのままの状態を配信するのをVランナー。様々な活動をしつつそれ専用のアバターを用意して、事務所に所属したりしてタレント的活動するいわゆるヴァーチャルなアイドルであるVラブ(ライブと恋人的なをかけている説があるらしい)と呼ばれている。


 ユーヘイが精神にダメージを受けた時、何もかも忘れてバカ笑い出来る、それこそ笑いの神に愛されてるんじゃなかろうか、と思わせる可愛くも面白いVラブの方からのメッセージに、どうするよおいぃ!? 的な反応をしているのを、二人は半笑いの表情で眺める。この自覚無き改革者のお陰で、自分達の配信も爆発的に登録者数が増えたのだから、本当に笑えない。


「オーディエンスポイントは同時視聴してくれているリスナーからの投票システム。つまりはお前の動画面白いやんけ、評価したるわっていうポイント」

「マジ?! うわっ! ありがとうございます!」


 お前、そのありがとうは確実に推しのVラブに向けただろう、と突っ込みを禁じ得ない輝かんばかりの笑顔に、二人はやれやれと呆れた溜め息を送る。


「こっちもありがとうございます。このポイントを使ってスキルを充実したいと思います。ありがとう」

「ありがとねー! 出来ればDEKAプレイヤー志望の方が増えてくれると嬉しいでーす! まぁ、無理だとは思うけどね」


 自分達を撮影している不可視のカメラを出現させ、それに向けて感謝を捧げる三人に、それぞれのチャンネルのコメント欄が加速する。それを目で追いかけていたユーヘイが再び悶えた。


「ぐがぁっ?! は、箱全員きちゃ……」


 コメントを見るに、どうやらユーヘイが熱心に見ているVラブが所属する箱、つまり運営会社の方で打ち合わせをしていて、その休憩時間にユーヘイ達の配信がSNS、インターネットコミュニティのランキングを席巻したのを見て、どんな感じなん? という感じで打ち合わせに参加しているタレント全員での視聴が始まりファンになりました、という流れだと書かれており、良い歳したおっさんがガチに恥じらって悶えるという醜態をさらしていた。


「ほらほらユーヘイ、そろそろ切り上げましょう?」

「グネグネしてないで。ちょっと気持ち悪いから」

「うーあーうー、お疲れっしたー!」


 こうして色々と伝説に残る事となる第一分署の、伝説の幕開け、後にユーヘイによって『初日』と名付けられる最初の事件の幕が閉じるのであった。

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