第21話 ずしゃあぁぁぁぁぁっ!(土下座)

 クエスト『強奪』を見事クリアーし、DEKAプレイヤー初のクエストクリアーという称号と合わせて色々と特典をもらい、うっはうはだった初日。


 もうこの波に乗るっきゃねぇ! と言う事で正式にギルドを発足。捻りも何もない『第一分署』というギルド名で登録して、これからもよろしくね! と気持ち良くその日は別れた。


 そして本日は初日の翌日。精神的に疲れる仕事を切り上げ、風呂の準備と簡単な夕食の準備をしていると、一通のメールが届いた。


「ん?」


 差出人はエターナルリンクエンターテイメント社。黄物の運営会社からのメールで、件名が――


「ご相談?」


 夕食の定番である肉多めの野菜炒めを手早く仕上げ、週末にまとめて炊いて冷凍してあるご飯をレンジでチンしながら、愛飲しているインスタント味噌汁を作り、それを小さな一人用テーブルへセッティングして椅子に座る。野菜炒めを口に運びながら、スマートホンを操作してメールを開いて読んでみると――


「……なんで運営が下手に下手に謝ってるん?」


 困惑する内容がそこに書かれていた。


 要約すれば、自分達の管理能力が及ばない部分でプレイヤーに過度の負担をかけ、プレイヤーがクリアー出来ない難易度のクエストをやらせてしまって申し訳ない、みたいな内容が書かれており、これからのゲームのアップデートに必要な部分と内容をギルド『第一分署』の皆さんとご相談したい、と締められていた。


「なんでプレイヤーと相談する必要があるんねん?」


 隠し味に昆布茶の顆粒を入れた野菜炒めを、うめぇーとしみじみ噛み締めつつ困惑の表情を浮かべる大介。


「ん? ギルド『第一分署』の皆さん?」


 ずずずっとちょっとお高めのハイパーフリーズドライ(フリーズドライの上位互換みたいな技術です)の味噌汁をすすりながら、あれ? と感じてVR機器の方のメール受信箱を確認すれば、案の定ノンさんとダディ連名のメールが届いていた。


「アンタ、今度は何をやったのって……俺がやらかしたの前提のメールは酷いんでねぇの? ノン様」


 ノンさんの文面はそんなんだったが、ダディの方は良く分からないけど、今の時間帯だったら仕事から帰っているよね? この後のこの時間にでも合流しよう? と提案してあったので、了解と返事を送る。


「黄物の運営ねぇ……相談という名を騙った襲撃だったりして」


 なわけねぇか、とカラカラと笑い、夕食を片付けて風呂に入り、少しだけネットニュースをチェックして、ちょうど良い時間帯までまったり過ごしてからゲームにログインするのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 フワンと浮き上がるいつもの感覚と、パチンとスイッチが入るような意識の切り替えと共にまぶたを開ければ、目の前に真っ白な空間が広がる。


「あれ?」


 VRチェアに座ってシステムを起動しログインしたはずだが、全く見覚えない場所へ転送されたユーヘイが困惑していると、フォンフォンと空気が微かに振動する音がして、しゅんしゅんと二つの人影が転送されてきた。


「あれ?」

「どこよここ」


 昨日とは違う服装、初クエストクリアー特典でゲットしたお洒落な淡いブルーのビジネススーツを着たノンさんと、彼女とお揃いのブルーのリクルートスーツを着たダディが出現し、困惑した様子で周囲を見回し、ユーヘイと視線が合う。


「俺も強制的にここへ飛ばされたから分からんからな?」

「ぐぅっ」


 ノンさんの口が『アンタ』と言い出しそうな形をしていたから、先を読んで言えば、ノンさんは悔しそうな表情で唸る。


「となるとさっきのメールかな?」

「どうなんだろうな」


 ユーヘイはとりあえずミントシガーの箱を取り出し一本口に咥えると、二人にいる? とすすめる。


「これ、結構癖になるわよね。ついリアルで売ってるのを見て買っちゃった」

「あまりスースーし過ぎず、そんなにどぎつく甘い訳じゃないし、口寂しい時とかちょうど良いよね」

「ノリと勢いで買ったんだけど、大当たりだったよ、これ」


 黄物内部で売ってるのってリアルの企業が監修しているガチのガチガチな本物らしいよ、などと雑談をしているとフォンと空気が揺れる音がして、続いてずしゃあぁぁぁぁっ! と砂利が擦れるような音を立てながら人影が三人の前に移動してきた。


「「「何事!?」」」


 歴戦のVRプレイヤーのサガで、困惑しながらも三人が三人とも同時に拳銃を構えて迎撃体勢を整える辺り流石といえるが、銃口を向けた先にいたのは、それはそれは見事なくらいにきっちりと土下座をした、妙にお高そうなスーツを着た多分男性がいた。


「第一分署の皆様。申し訳ございませんでした」


 その男性がやはり男らしい、バリトンボイスで謝罪するのを、三人はお互いに困惑した表情を向け合いながら聞き、敵じゃなかったと構えていた銃をホルスターにしまう。これどうしようか、と三人が困惑しているとノンさんとダディにお前が行けとハンドサインを送られてしまい、渋々ユーヘイが代表して対応する事にした。


「謝罪する気があるのなら土下座はやめた方が良い。土下座は謝罪じゃなくて攻撃だぞ? もうこれ以上謝れないから、これ以上の責はやめろよ、私がここまで謝ってるんだから分かるよな? っていう風に取られる」

「っ!? し、失礼しました!」


 ユーヘイの言葉に男性はバネのように立ち上がり、ビシリと気を付けの体勢で固まる。


「んで? 主語を抜かれて全く理解出来ないんだが、一体何に対する謝罪だろうか?」

「っ!? 重ね重ね失礼致しました! 説明させていただきます!」


 何かこれって俺が一方的に責めてるように見ねぇか? と不安になって後ろの二人を横目で確認すれば、ニヤニヤと面白そうに笑って傍観していた。あ、これは絶対こっちに関わらないスタンスや、とユーヘイは色々と諦めながら男性の説明を聞く。


 どうやら男性はエターナルリンクエンターテイメント社の結構な重役であるらしく、黄物の総合責任者の立場にいるらしい。彼の説明によると、黄物のゲーム部分の監修を全部自立型AI達に任せて作らせたらしく、それが原因で今のようなゲーム難易度になってしまったのだとか。


「八十年代九十年代の世界を学習させる為に、色々なドラマを見せたのがそもそもの敗因でして」

「はぁ……」

「いやぁ、まさかヤベェDEKAフリークに育つとは思ってもいませんでした」


 あははははははは! と朗らかに笑う偉い人。つまりAI達は台本ありきのドラマをゲームで再現しようとしたらしく、ドラマの登場人物(当時のとんでも設定な警察物)のようなプレイヤーが、バッサバッサとクエストをクリアーしてくれるよねー、という体で作ったらしい。


 そりゃぁ、あの難易度にも納得の出来だし、なんであんなに展開が深く深く広がって行ったのかも理解できてしまう。確かにプレイ中は完全にドラマの登場人物になっていた気分だった。


「第一分署の皆さんの経歴といいますか、以前にプレイされていた履歴をAI達が勝手に調べまして。皆様レベルの方々が厳しいと言う難易度である事にAIがやっと気付きまして」

「はあ……」


 AIとは言え、独断でプライベートな部分を勝手に調べてしまった事をお詫びします。申し訳ございませんでした。とどうやら土下座の理由はそこであったらしい。


 別に遊んでいたゲームの履歴位調べられたって痛くも痒くもないのだが、プライベート情報と言えばプライベートな情報だ。三人は素直にその謝罪を受け取った。


「謝罪は理解した。それで相談とは?」

「あ、えっと、そんなにあっさりで?」

「ゲームの履歴程度で怒らんよ。なあ?」

「住所とか電話番号とかが流出した、とかだったらキレるけど、ゲームの履歴程度だったら、ねぇ?」

「プロフィール公開してるプレイヤーだったら即分かるような情報ですし、こちらは問題だとは取りませんよ」

「あ、ありがとうございます!」


 偉い人が気にしているのは、自分達がプレイヤープロフィールを公開していないのだから、それを勝手に調べてこら! 的な事を心配していたのだろう。


 そもそもプロフィールを公開していない最大の理由は、元SIOプレイヤーというのは悪目立ちするのだ。色々と色目や妙なやっかみを受ける事もあるしで、公開して良い事というのはほぼ無い。だから三人はその部分をオープンにしていないのだ。


「で? 相談というのは?」


 気にしてないから話を進めて、とユーヘイが促せば、偉い人はもう一度深々と頭を下げてから相談の事を説明する。


「はい! 大田セッティングを公式にデフォルト設定として使っても宜しいでしょうか、というのと、クエスト関連の調整の要望などをお伺いしたいのです」


 今現在黄物をプレイしている全員が大田セッティングを使用しており、もうそれをデフォルトとしてしまい、そこから個人個人が自由に調節出来るようにしてしまったら良いんじゃねぇの? という案が出たらしく、なら発案者の許諾を取らねばと一番偉い人が出張ってきたらしい。そして今後のDEKA人口を増やす為にもクエスト関連の調整に意見が欲しいという事であった。


「なるほどねぇ。ああ、俺の設定関連は自由に使ってもらって大丈夫だから」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 むしろあんなので感謝されるのが不思議なんだがなぁ、と小声で呟きながらユーヘイは顎を撫でる。


「ただクエストはなぁ」

「うーん」

「難しいよねぇ」


 ユーヘイが苦笑を浮かべ、ノンさんが思いっきり眉間にシワを寄せ、ダディがわっさわさと天パーを揺らすように掻く。


「どうでしょう?」

「正直な話な?」

「はい」

「確かに難しかったし、運営の馬鹿野郎と思った事も多々あった」

「うっ!? は、はい……」

「でもなー……すげぇ楽しかったんだよ」

「へ?!」

「そうねぇ、あれを毎回というのは厳しいけど、あれを難しいからって理由だけでバッサリ切って修正、っていうのは違うと思うわ」

「うんうん、何だかんだ燃えたし、面白かった」


 三人の言葉に偉い人が目を丸くする。その様子にユーヘイらは苦笑を浮かべながら、どういう形にしたらよかんべと考え、ふと思い浮かんだ事を口に出す。


「……そうだな、こういうのはどうかな?」

「は、はい」


 ユーヘイがあーだこーだと案を出せば、ならこうしてこうやってとノンさんがノリノリで口を出し、ならそれをこうしてこうすればと発展案をダディが言うと、二人がそれやりたい! と手を叩いて賛同する。


「素晴らしい! 素晴らしいですよ! 聞いてたなお前達!」


 ユーヘイ達のアイデアに偉い人は感動した様子で叫び、その叫びを聞いた何者かが、この真っ白い空間を優しく揺らした。


「ありがとうございます! いやぁ! やっぱり相談して良かった! あ! そうだった! これは正式に皆様の配信チャンネルへの案件という形を取りますが――」


 報酬という形よりも、恒久的に皆様の益になった方が宜しいかとおもいまして、と偉い人に提案された事に三人は口をあんぐり開けて絶句するのであった。

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