第19話 イヤアアアアア! パアァーリイィィィィィィ!
「掴まれぇっ!」
「ちょっちょっちょっちょっちょっ! 待て! 待て! 待て! 待てぇっ!」
「安全運転世界の願いだってぇっ! きゃああああああああっ!」
工場へ飛び込むと、すぐ近くに黒塗りの車が一台停まっており、その影に隠れて二人のYAKUZAが妙に腰が引けた構え方で拳銃を乱射しているのが見えた。そしてユーヘイのスキルインフォメーションが、『逮捕術』に内包されている『手加減』の効果が車での体当たりに適応される、と囁いた瞬間、ユーヘイは躊躇なくアクセルを全開で踏み込んだのだった。
結果――
「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ! 人が飛んだぁぁぁぁぁぁぁっ!」
良い子は絶対に真似してはいけませんという光景が展開された。そもそも現代では自分で運転するという物好きは少ないし、運転自動化に合わせた各種安全装置の登場で、ブレーキとアクセルを踏み間違えた系の事故はほぼ根絶している。なのでやろうとしても出来ないだろう。まぁそもそも、そんな人生一発終了みたいな蛮行をやろうとしないだろうけども。
「ナイス手加減!」
「「どこがよっ!?」」
キュキキキッ! と後輪をスリップさせるようにして停車させたユーヘイが、キラリンと輝く歯を店ながら、グッと親指を立てる。それに仲良く突っ込みを入れるダディとノンさんであったが、ユーヘイがちょいちょいと指差す方向を確認すれば、確かに二人のYAKUZAはぶっ飛んだ割には元気にのたうち回っていた。更に言えば元気に暴言を吐きまくっていた。
「な?」
「「違うそうじゃない」」
二人はあーもーと頭を抱えながら車から降りると、ゴロゴロと転がっているYAKUZAにしっかり手錠をはめる。
「派手にバカスカ撃ち合ってんなぁ」
ユーヘイは吹っ飛ばしたYAKUZAが持っていたトチョカルを拾うと、それをダディとノンさんに手渡す。
「チュートリアルで撃った感じ、かなり狙いがブレる。俺は使ってないけど、予測線を使用した場合左か右か、多分利き手の方に引っ張られる形で五センチから十センチ位の幅でズレが生じるから注意して。弾数は見えてると思うけど八発。もしかしたらそこの車のトランクの中に予備があっかも」
二人は拳銃を受けとると、実にスムーズに構え、それぞれ試しに一発試射すると、なるほどと頷く。
「確かに利き手の方に曲がるわ。ノーズスペシャルだと真っ直ぐ飛ぶのにね」
「使用者制限みたいな隠しパラメーターがあるのか、もしくはそいつの元ネタの風評被害イメージに引っ張られたか」
「ああ、元々は軍用の拳銃だもんね。粗悪なイメージってあれでしょ? 軍用品を闇へ横流しする時に、見映えを良くする為の改造がダメダメ過ぎて、暴発とかが原因だとかってのはネットで見た事あるな」
妙に手慣れた雰囲気で語り合う三人は、一応の確認で黒塗りのトランクを開けると、そこにあった多数のマガジンを回収し、ダディとノンさんとで均等に分けた。
「じゃ俺は裏から回る」
「じゃ私は正面ね」
「へいへい、妻のフォローは旦那の勤めです」
三人はいっせーのせっ! でそれぞれ飛び出した。
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「確かにこんな感じだったわぁ」
あちらこちらに点在する物陰へ素早く、それでいて一切物音を立てず移動するノンさんが、妙にニヤケた表情で呟く。それを後ろからぴったりとついてくる旦那は、仕方ないなと苦笑を浮かべている。
「ヤベェDEKA?」
「うん。格好良かったんだから、本当に」
キラキラと輝く笑顔で、別の男の話をされるのは旦那として業腹ではあるが、さすがにドラマの登場人物へ嫉妬をするのは違うよなぁと、ダディは苦笑をますます深める。
「良かったね、大田が来てくれて」
「うん! 楽しい!」
彼女がこんなに素直に笑って、素直に駄々をこねて、素直に馬鹿をやる姿を見るのも久しぶりだ。本来なら自分がこの表情や仕草を引き出さなければならなかったのだが、どうしても彼女が弱っている姿がチラついてしまって加減してしまい、上手くいかなかったのだ。
今から一年と半年とちょっと前、つまりはSIOのデビジョン・ファースト最終日に彼女は事故にあった。命は助かったのだが、結構重たい後遺症が残り、体が思うように動くまで一年近いリハビリが必要だった。
幸いだったのは、SIO時代に配信をすでにやっており、そちらの広告収入だけで生活できる基盤が出来上がっていて時間はいくらでもあったので、ダディがつきっきりで看病とリハビリに付き添えたのが、予想よりも早い回復に繋がった事だろうか。
だが、問題はその後、意気揚々とVRゲームに復帰して彼女は愕然とした。事故で損傷した神経が原因で、今までのように上手くアバターを動かせなくなっていたのだった。
SIO時代、白兵戦で無類の強さを誇った剣撃の閃姫とまで呼ばれた嫁は、あまりの事に一時期ゲームから引退してしまった。それどころか半分引き籠りな生活を送るようになってしまったのだ。
何とかしよう何とかしようと頑張り、そしてダディは妻が大好きだと言っていた『危険刑事 ~ハードボイルド~』の世界観その物な黄物に巡り合い、彼女を黄物世界へ引っ張り込んだ。そこからも大変だったが……
妻はやっぱり上手く動けないと、戦闘じゃなく頭を使う方で頑張ろうと戦闘から遠ざかってしまった。それも大田 ユーヘイという男の登場で全部ひっくり返されてしまい、ダディとしては半分感謝半分嫉妬といった複雑な心境だ。
「まさかステータスアシストが邪魔してただけだったとか、何だったんだろうね」
「本当にね」
そう、損傷した神経が原因で動けなかったのではなく、事故の情報を読み取ったVRバイザーの余計なアシストが原因で動けなくなっていた、という判明すれば笑い話のような事が原因だったのだ。それが大田セッティングで解消された事で、ノンさんは往年の輝きを取り戻したのであった。
「おっと、正面から二人」
「はーい」
物陰から少しだけ頭を浮かせていたダディが素早く頭を引っ込めながら言うと、ノンさんが素早く上半身を物陰から露出させ、両手で構えたトチョカルを二連射する。
「ぐあっ?!」
「いでぇっ!?」
華麗に銃を持つ手を狙って撃ったのだが、狙いからちょっとズレて、男達の二の腕に命中する。
「やっぱズレるわ」
「それでも当てられるんだからスゴいよ」
「アナタだって出来るでしょう?」
どうだろうね? と胡散臭い笑顔で誤魔化す旦那をジト目で見ながら、ノンさんは素早く男達から拳銃を奪い取り、手錠をはめた。
「車三台だから、十二人? 白いワゴンは三人だから、残り十一人かしら?」
「だと良いよね」
「……違うの?」
「常識的に考えればそうだろうけど……如何せん、ここの運営は信用出来ない」
「……スゴく否定できない」
ノンさんは余計な事しないでよ、と呟きながら回収したトチョカルをダディに手渡した。
「予備の予備の予備くらいは必要かもしれない」
「同感」
ダディは素直に受け取ったトチョカルをベルトに挟み、移動を開始した妻を一定距離を保って追い掛ける。
「でもちょっと楽しいかも」
ニヘラと笑う嫁に、やっとらしくなって来たじゃないか、と嬉しく思いながらダディは慎重に索敵を続けるのであった。
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跳び跳ねるように駆け抜け、片手にオートマチックを持ちながら、工場の裏手を素早く移動し、二階に繋がる階段を見つけ一気に駆け上る。
「あー無線が切実に欲しいっ」
SIO時代の二人の動きを知っているから何とか合わせられるが、普通のプレイヤーだったらまずやらないだろう戦い方だ。
「しかも相手は無限弾倉とかっていうチート」
全く鳴り止まない銃声にユーヘイは苦笑を浮かべる。
「実に楽しいクエストじゃないか」
ペロリと唇を舐め、すっと工場の中へ滑り込む。
「往生せぇやぁっ!」
「とっとと死にさらせっ!」
チラリと銃声がする方向を見れば、YAKUZAが罵声を上げながら、片手撃ちなんぞをしているのが見え、更に視線を動かせば、青い顔して必死に銃を撃っている中年男性が三人が見えた。
「あっちが連続強盗犯か……しかし、YAKUZAの数が多いな」
物音を立てないように物陰へ頭を引っ込め、手に持つオートマチックの安全装置を外す。
「ふぅ」
ミントシガーを一本取り出し口に咥え、滑るように強盗犯の方へと走る。
「っ!? 後ろっ?!」
さすがに走っている音に気づかれ、強盗犯が慌てて後ろを向くが、それよりも早くユーヘイは勢いを殺さずスライディングをするように滑り込み、その状態で銃を撃つ。
「あがぁっ!?」
「いぎぃっ!?」
「ぎゃあぁっ!?」
さすがにユーヘイに合わせた調整をしたカスタム仕様のオートマチック、感動するレベルで弾が狙った場所へと飛び、強盗犯の二の腕を掠めて、その痛みで彼らは手に持つ拳銃を落とした。
「よし、これで終わったりしなかなー」
二の腕を押さえて動かなくなった強盗犯に手早く手錠をはめるながら呟くが、クエストが終わる気配は無く、ですよねーと苦笑を浮かべる。
「となればYAKUZAもタイホせぇって事だよな」
分かってる分かってる、そうだよねーうんうん、とタハハハと力無い笑顔で落ちてるトチョカルを拾い、適当に遮蔽物から銃口だけ出してバカスカ撃つ。
「当たりゃぁしないだろうけど、牽制にはなるだろう。それに――」
そろそろ来るよな、と呟くユーヘイの言葉通りに階下のYAKUZAが騒ぎ出す。どうやらダディとノンさんが到着したようだ。
「アニキ! 後ろにもいやがるっ!」
「ちっ! おい! こっちに集まれ! ライフル持ち! こっち来い!」
あーライフル持ってるのいるんだ……とユーヘイが遠い目をしていると、ドタドタと走ってくる音がし、吹き抜けになっている二階の両サイドからYAKUZAが顔を出す。その様子を、そっと物陰から顔を出して確認すると、ユーヘイはギョッとした顔をして、慌ててトチョカルを投げ捨て、両手でオートマチックを構える。
「ライフルじゃねぇっ! それは軽機関銃って言うんじゃっ!?」
なんちゅーもんを持ち込んでるんじゃい! などと叫びつつ、うおおおおおおっ! と遮蔽なんか捨ててしまえとばかりに走る。
「ちっ! こっちにもいやがるのかよ!」
取り回しの悪い機関銃を向けようとモタモタしている間に、ユーヘイはYAKUZAの両足に弾をぶちこみ無効化する。そのまま流れるように手錠をはめ、反対側にいるもう一人の軽機関銃持ちへ連射する。
「ノンさん! ダディ! 早く!」
反対側のYAKUZAが泡をくって隠れた隙に、落ちてた軽機関銃を持ち上げ、それを適度に乱射しながら叫べば、階下から次々と悲鳴が上がる。
持っている軽機関銃の弾が無くなるまで撃ち続け、弾が無くなってからはオートマチッックを構えて牽制をする。
「こっちは終わった! そのままで!」
「おう!」
油断無く拳銃を構えていると、別の階段から二階に上ってきたダディが上手く死角を突き、軽機関銃持ちの背後から拳銃を突きつけて無効化した。
『インスタントダンジョン内に敵対する勢力がいなくなりました。DEKAプレイヤーに戦闘不能者、無し。確保すべき犯人、軽傷で確保。敵性組織龍卜会のYAKUZA、全無効化。YAKUZAの死者、無し……リザルトへ移行します』
ダディが軽機関銃持ちに手錠をかけた瞬間クエストインフォメーションが鳴り響き、その内容を聞いた三人は、終わったぁっと脱力して座り込んだ。
「キツかったぁ……」
「いや、クリアー出来て良かったよ」
「やったぁー!」
ゆっくりと消滅するインスタントダンジョンと一緒に消えていく自分達の様子を楽しげに眺めながら、三人はそれぞれが感じている達成感に身を委ね、終わったという確かな事実に心を震わせるのであった。
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