第18話 マジでやめろーや

 イエローウッド区の場所的には二号一条と二号二条付近。正式な区画的には二号一条北と南という区分で分かれる所在地になるそこは、半分繁華街半分住宅地みたいな感じの場所であった。


 雑多な統一感が全く存在しない店が立ち並び、ちょっとした小道に迷い込めば生活感溢れる住宅街と、まるで迷路のような作りになっている。


「わりとこういう感じ、好きかもしれん」


 ミントシガーを口に咥え、サングラスをかけながら言うユーヘイに、ダディは分かる分かると頷く。ただ、ノンさんだけは不機嫌な顔をしていた。


「そろそろ機嫌直しなよ」


 妻の姿に苦笑を浮かべながらダディが言うと、ノンさんはブーと口を尖らせる。


「私も車中泊したかった」


 現在の場所に到着した時、完全に夜中の時間帯でさすがにこの状態で聞き込みは出来ないよね? という話になったのだが、その時に実は車が宿の代わりになるという仕様を知ったユーヘイが、車中泊すっか? と提案したのだ。


 その際にさすがに旦那がいても、他の男と雑魚寝は不味いとユーヘイが判断し、近くにあったビジネスホテルへ泊まってくれとお願いしたのだが、ノンさんが凄まじくごねた。それはもう、お前は子供か! と突っ込みを入れるレベルで、車中泊車中泊! 私も車中泊したい! しーたーいー! とジタバタしやがったのだマジで。


 最終的にユーヘイとダディによる強制連行で、ビジネスホテルへ放り込むような形で無理矢理宿泊をさせたのだが、一夜明けてからずっとこの調子で、私はとても不機嫌ですぅ! という状態を維持し続けている。


「クエストクリアーしたら、功績ポイントで現金化も出来るから、そうしたら少し大きな車を買おう? クエストばかりじゃ無いだろうし、観光しながら車中泊も出来るだろうし。な?」

「……絶対?」

「絶対絶対、だから機嫌直して、な?」

「……分かった」


 結局惚気るんかーい、とユーヘイは苦笑を浮かべ、周囲をグリルと見回す。


「どう回る? 三人一塊で回るっていうのも効率悪いんだが……無線無いのがなぁ」


 ちょっとした異国情緒満載な町並みに、少しワクワクした感じでユーヘイが確認すると、ダディは天パーをわさわさ掻きながら、渋い表情を浮かべる。


「そんぐらい支給しろよ、って突っ込みを入れたい」


 ノンさんの最もな言葉にユーヘイも同意せざるを得ない。実は持ち運び出来るDEKA用の無線機は、自費で購入しないとならない仕様となっており、そのお値段も十万円とかなりお高い。ユーヘイはチュートリアルでの報酬のお陰で買えたが、ダディ達は全く手が届かないレベルに高い買い物なので、実質使えない状態である。


「ステータスプレートの時間に合わせよう。二十分刻みでここに集合という形で分散しようか?」


 ここは効率を重視しようとダディが提案し、ユーヘイとノンさんも同意する。


「じゃ、聞き込み開始」

「うぃー」

「はいはい」


 三人はそれぞれ別方向に分かれて聞き込みを開始する。ユーヘイはお店を中心に、ノンさんは歩いてる人を中心に、ダディは住宅街を回るように動く。だが、大きな問題が三人に立ち塞がる。


 二十分後――


「「「マジかー」」」


 三人はがっくりした様子で頭を抱えた。この近辺の一般市民がDEKAへ向ける感情というのがかなり悪く、ほとんど会話にならずに終わっていまい、そもそも聞き込みが成立しない状態なのだ。


「何とか聞き出した感じだと、犯罪者を野放しにしているDEKAに話す事はない、って感じだったな」


 全く聞き出せなかったユーヘイとノンさんとは違い、どんな手練手管を使用したのか、ダディは実に多くの情報を仕入れていた。ダディが落ち込んでいるのは、犯人逮捕に直接繋がるような情報をゲット出来なかったからだったりする。


「初ログインの俺に言われてもなぁ」

「「誠に申し訳ありません」」

「いや、責めてる訳じゃないからな」


 黄物怪職同盟のテツの推測を信じるなら、現在のゲーム状態はDEKAプレイヤーの失敗が積み重なった事が要因となり、ちょっと勢力図がおかしくなっているらしい。そうであるのならば、その影響をモロに受ける形となる一般市民NPCの対応が塩対応になるのも無理からぬモノがあるのだろう。


「こうなりゃ地道に脚で探すしかねぇんかねぇ」


 ここら辺、車で流すか? とユーヘイが呟けば、ダディとノンさんは渋い顔をする。大きな主要道路や、ちゃんと整備されている一条や二条などの通りと違い、ここらへんは道がうねっていて、かつ道が複雑に絡み合い車での移動には全く適していない感じなのだ。


「もう一人、主役級の方がいらっしゃったらバイクで颯爽と、って感じが出来るんだけどね」

「それは無い物ねだりだね」

「これでぽーんとログインしてきたら笑うけどね。しかもチュートリアルクリアーしてでしょ?」


 大柴下 キョージの相方、山高やまたか カズキ。もう一人の主役級のキャラクターで、タフでクールなナイスガイである。彼はバイクを乗り回せる人物で、作中はバイク乗りの若者に『良いバイクだね、貸して?』などと無茶苦茶な事を言って、借りたバイクを乗り回すのがお約束であった。


 颯爽とバイクで登場となると、チュートリアルクリアーで貰える車両プレゼントだろうし、そうじゃなくてもクリアーで貰える功績ポイントで買えたりするだろうから、などと馬鹿話をしていると、一人の老婆が険しい表情で近寄って来て、いきなりユーヘイの脚を蹴飛ばした。


「いてっ?! え? ちょっと何?」


 いきなり蹴飛ばされ困惑するユーヘイに、老婆は手に持った杖でユーヘイの首を引っ掛け、グイッと引き寄せると大声で怒鳴った。


「なあーにやってるんだい! こっちは迷惑してるんだよ! アンタ達DEKAだってあっちこっちで言いふらしてただろ! 早く捕まえて来な!」

「ちょ、お婆ちゃん? 落ち着こう」


 相手が老人という事もあり、ユーヘイはされるがままに無抵抗を貫き、そんなユーヘイを見かねてダディがまぁまぁと老婆をなだめながら言うと、老婆は忌々しいと杖を外して、ガンとアスファルトを杖の先で叩いた。


「あーいて」


 杖から解放されたユーヘイは、引っ掛けられた場所を擦りながら小声で呟くと、老婆がギロンとユーヘイを睨みつける。ユーヘイがすみませんと小さく頭を下げると、老婆は荒々しく鼻息を吐き出す。


「それで、捕まえろとは?」


 ダディが絶妙な距離感で老婆に聞くと、老婆も段々落ち着いてきたのか、険しい表情を引っ込め、住宅街の方を杖の先で指し示す。


「あっちにアタシが管理してる借家があるんだが、最近、勝手に住み着いた馬鹿がいるんだよ」

「……どんな馬鹿ですか?」


 これはもしかしてもしかすると、ユーヘイとノンさんは顔を見合わせると、ダディの邪魔をしないよう一歩下がる。それを横目で見ながら、ダディがアルカイックスマイルを浮かべて、老婆に切り込む。


「三人組の馬鹿だよ。大男が三人。前はもう一人出入りしてたみたいだけど、今は三人さ。か弱いアタシみたいな老人では追い出せないし、だからアンタ達が逮捕しなって言ってんのさ」


 ユーヘイとノンさんはキターと手を叩き合い、その二人に落ち着けと合図を送りながら、ダディが更に確認する。


「その馬鹿達、白いワゴン車に乗ってませんでしたか?」

「わごん車? ってのがどんな車だか知らんけど、白い車だよ。こう、コロッとしたような形をしてる」


 三人はよっしゃー! と手を叩き合う。


「場所はどこですか!」

「っ!? いきなり元気になってなんだい、もう……」


 グイッと顔を近づけて聞いてくるダディを不気味なモノを見るような目付きで見ながら、老婆は彼女の借家だという建物の場所をわりと親切に教えてくれた。それはユーヘイが出しっぱなしにしているナビゲーションとリンクし、正確な場所がマップに示される。


「兎に角頼んだよ」


 老婆は言うだけ言うとそのまま人混みに紛れて消えていった。残された三人はニヤリと笑い、車に乗り込む。


「まず身元を確認しよう。芙斎ふさい みつるだっけ? 三人組の誰か一人でもその名前に反応したら逮捕って事で」

「そうだな。冷静に慎重に」

「でも逃げられないように、車は寄せておこう? ここで逃げられてクエスト失敗とか笑えないしね」

「「怖い事を言わない」」


 そろそろクエストクリアーが本当に見えてきたと、三人が明るい表情で笑い合い、ユーヘイがエンジンを動かすと、ゆっくりと車を移動させる。


「ええっと、ナビによると――」


 チラチラと視界内に映り込むマップを確認しながら進んでいくと、いきなりぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ! とけたたましいタイヤが擦れる音と、エンジンを思いっきりふかす獣の咆哮に似た音が響き渡り、白いワゴンが曲がり角から飛び出してくる光景が見えた。


「……おろ?」


 あまりの事に呆然となっていると、そのワゴン車を追いかけるように、黒塗りのゴツい車が三台飛び出してきて、猛然と白いワゴンを追いかけ出した。


「……おろろろろ?」

「っ! ユーヘイ! 追え!」

「っ!? オーライ!」


 一瞬呆然自失となっていたユーヘイに、一早く正気に戻ったノンさんが運転席をボコボコと叩いて叫び、それで正気に戻ったユーヘイが思いっきりアクセルペダルを踏み込んだ。


「ダディ! パトランプ!」

「っ! これやってみたかったんだよ!」


 クラッチを素早く踏み込み、ガガッとシフトレバーを動かしながらユーヘイが叫ぶと、ダディは妙に嬉しそうな顔をして、足元に置いてある赤色灯を取り出し、車の天井ルーフにしっかり乗せた。


「いーな! いーな! 私もやりたいな!」

「また今度ね!」


 ノンさんが変なところでうらやましがり、それをバッサリ切り捨てたユーヘイは猛然と追いかける。


「奴ら何モンだ?」

「龍卜会か星流会か」

「星流会はないんじゃない? 功を焦った龍卜会の下っ端にジュース一本!」

「それじゃ賭けは成立しないんじゃないの?」

「だーね……っと! そう来たか!」


 しっかり掴まれ! とユーヘイが叫ぶと、二人は慌ててアシストグリップと呼ばれる取っ手に手を伸ばす。そのタイミングですぐ目の前を走っていた車の窓が開き、どう見ても堅気じゃない奴らが拳銃をバンバンと撃って来た。


「これ! 龍王会と星流会の抗争に発展しないか!?」

「知らねっ! 口開くな! 舌噛むぞ!」


 射撃予測線が縦横無尽に走り回り、目がチカチカするレベルで深紅の光が乱舞する様子にユーヘイは舌打ちをしながら、器用に射線から逃れる。


「撃っちゃ駄目?!」

「撃っても当たらん! 無駄に弾を使うのは避けた方が良い!」

「っ! そうか! ごめん! 考え無しだった!」

「良いって事よ! 意見は大事!」


 小刻みにシフトレバーを操作し、付かず離れず白いワゴン車と黒塗りの車三台を追い続けていると、突然インフォメーションが鳴り響いた。


『逃走する犯人を追い掛け、条件を満たす距離を走ったのを確認しました。これによりインスタントダンジョンが発生します。DEKAクエスト、ラッシュパートに移行します』

「「「なにぃぃぃぃっ!?」」」


 まさにそんなの聞いてないよ! 状態になりつつ、白いワゴン、黒塗りの車三台、そしてレオパルドを巻き込み、走っていた二号線からチュートリアルで見たような、廃墟区画へ強制的に転送された。


「ちょっちょっちょっちょっちょっ!?」


 アスファルトからいきなり砂利道へ飛ばされた影響でタイヤが滑り、ユーヘイは必死の形相で滑る車体を建て直そうと悲鳴を上げる。だが目の前では、そんなユーヘイを嘲笑うように、飛ばされた影響を全く受けなかったワゴンを、当たり前のように黒塗りが追う。


「クソ運営君さあぁぁぁぁぁぁっ!」


 あまりの理不尽に思わずユーヘイが叫ぶ。


「気持ちは分かる! 分かるが堪えて!」

「ここで妙な介入されたら洒落にならないから耐えて!」

「だああああああっ!」


 滑る車体を何とか制御し、遥か前方を走る四台を猛然と追い掛ける。


「絶対クリアーすっぞっ!」

「「おうっ!」」


 前の四台が一際大きな廃墟工場に飛び込むのを確認し、レオパルドはそれに続くように工場へと飛び込んだのだった。

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