第17話 DEKAとノービスとYAKUZAと

 変人達から情報を引き出そうと乗り出したユーヘイを、一人の女性プレイヤーが引っ張り、近くのベンチへと誘導した。


「まずはこちらを見てください」

「お、おう」


 全力どんちゃん騒ぎをしていた筆頭、黄物怪職同盟の副会長を名乗るふくよかな女性、もっとぶっちゃけるならば完全に古き良き近所のおばさんテイストな印象のプレイヤーカロンが、先程までの醜態はどこに行ったの? と困惑するレベルの変貌をしながら、キリリと教師然な雰囲気で広げた地図を指し示す。


 それはこのゲームの全体図で、そこには妙な書き込みがされている。セントラルステーションの周辺に赤いマーキング。リバーサイド四分の三とイエローウッドの一部の青いマーキング。エイトヒルズ、イエローウッドの大部分、ベイサイド、リバーサイドの四分の一に広がる緑のマーキングと何かの分布図のような感じだ。


「野鳥の分布図?」

「あら嬉しい。私、バードウォッチャーですの」

「ああ、そう」


 上品にコロコロと笑う近所のおばちゃんという、かなりギャップのある姿を見せるカロンに、思わず胡乱な目を向けながらユーヘイが気のない受け答えをすると、カロンはこほんと咳払いをする。


「失礼。説明をしますね」

「おう」

「赤が鬼皇会、緑が星流会、青が龍王会、それぞれの影響力が及ぶテリトリーです」

「おん?」


 かわべりのシンジから聞いていた情報と、カロンの情報の差異にタツローが、あれ? という表情を浮かべると、カロンはコロコロと笑う。


「鬼皇会のテリトリーはセントラルステーションと、ですよ?」

「……マジ?」

「はい。黄物最大最古のYAKUZA組織の異名は伊達ではありませんわ」


 YAKUZAプレイヤーの皆さんが挑む下克上がどれ程困難か、実に良く理解出来ますわ、などとコロコロ笑うカロンに、ユーヘイはやや呆然と地図を見下ろす。そんなユーヘイにカロンが続けますわね、と説明を続ける。


「星流会が地上での一大勢力として君臨し、外様の龍王会が何とか食らいついている状況である、という感じが見て分かりますでしょ?」

「全くもって」

「ですが二つの組織にはスタンスの違いがあるんです」

「ほう?」


 カロンは緑の範囲をなぞる。


「星流会はインテリYAKUZAですの。オラついてる龍王会のような直接的行動を良しとしませんのよ」

「……そっちの方がコワない?」

「怖いですね。ですからノーブルの探偵職の方々、調査員の方々、それに我々のようなニッチ職のプレイヤーなどで抵抗してますの」

「……マジ?」

「大真面目ですわ」


 構図としてはYAKUZAが鬼皇会、ノーブルが星流会、そしてDEKAが龍王会ですね、と事も無げにカロンが言う。それがこのゲームの敵対組織の構図であるようだとも。


 そこまで説明してカロンは困ったように笑い、おっとりした仕草で頬に手を当てながら溜め息混じりに続ける。


「運営にとって誤算だったのは、DEKAプレイヤーが全く増えなかった事。それによりDEKA関連のクエストが超高難易度に跳ね上がった事。その為にクエストの失敗的判定をトリガーとするギミックが一斉に動き出し、この世界全体の治安悪化という状態に陥った事でしょうね」

「運営さぁぁぁぁぁぁん!」


 駄目の駄目駄目じゃねぇか! とユーヘイが吠えれば、周囲の同盟メンバー達も全くだと頷く。


「本来ならば、DEKAが外様の龍王会の対処をしつつ、ノービスが星流会の関連するようなクエストをやり込み、YAKUZAプレイヤーが淡々とアンダーグランドを攻略する、という感じだったのでしょうが、龍王会が台頭し始めてしまった」

「……だからバランスが一斉に崩れて治安が悪化した、か」

「ご明察。我々もそう考えましたの。実際、我々ニッチ職のクエストというのは本当にマニアックなんですのよ。それが段々とおかしな方向に舵を切られて困ってますの」

「おかしな方向?」


 カロンが悩ましいという表情を浮かべて口にする言葉にユーへイが首を傾げれば、近くに座っていた迷彩服の男性プレイヤーが昨日受けたクエストだけどと口を開く。


「俺は隙間測定士っていう、建物と建物の間を測定する仕事をしてるんだが――」

「ニッチ過ぎやしませんかねぇっ?!」

「まぁ、ノリとその場の勢いで選んだ事実は否定出来ないが……本来のクエストってのは、都市部における区画整理の為の測定って感じのクエストが多いんだ。実際そんなんばっかだったし。だが、昨日のクエストは」


 迷彩服の男性は苦笑を浮かべて、カロンが広げた地図をトントンと叩く。


「各団体の勢力図を測定せよ」

「は?」


 そういう反応になるよな、と男性が苦笑を浮かべる横で、私はヒューマンウォッチャーという街行く人々を観察する事が仕事なんですけども、と小さく手を挙げた女性プレイヤーが、手に持つワンカップに視線を落としながら言う。


「イエローウッドを歩く龍王会の構成員の数を調べよ、っていうクエストが来ましたね」

「……」


 俺も私もいやいや自分も、とその場にいるニッチ職プレイヤー達がこぞって奇妙なクエストの内容を発表する。それらを一通り聞いたユーヘイは、困惑した表情で口に咥えたミントシガーの先っぽを揺らす。


「なんつーか、ノービスプレイヤーに龍王会関連のクエストを押し付けようとしてる?」


 ユーヘイが聞いた情報から導き出した事を口に出せば、同盟のメンバーが『だよねー』と声を揃えて苦笑する。


「だからこの世界を守る為にも、わしらが平和なゲームライフを送るためにも、頑張ってもらわないとなんねぇーって話だな」

「うっせぇな、分かってるわそんなん」

「けけけけけけけけ! おうおう重圧を感じろ、責任感をしっかり意識しろ、そしてとっととこの状態を打破する一手を打ち込め」

「わぁーっとるわっ!」


 面白そうに煽るテツに、ユーヘイは目を三角に尖らせて黙ってろと叫ぶ。そんな仲の良い二人の様子に微笑みながら、ダディとノンさんが手に持つ缶を揺らしつつ、地図を覗き込む。


「これを見せたからには理由があるんでしょうか?」


 ダディがカロンに聞くと、カロンはニコリと笑ってイエローウッド区の一部をゆっくり指先でなぞった。


 それを見ていたノンさんが、じっとその部分を覗き込み、あ! と声を出した。


「微妙に隙間が空いてる?」


 ノンさんの言葉に深く深く頷きながら、カロン達はそれ以上何も言わずに、ニコニコと笑顔を浮かべて三人を見る。その様子にユーヘイはやれやれと溜め息を吐き出し、ダディとノンさんの肩を叩いた。


「助かったよ、顛末は動画で確認してくれ」


 ほら行くぞーと声をかけて歩き出すユーヘイに、ちょっとと慌てて追いかけながらテツ達に頭をペコペコと下げるノンさん、そして深々と一礼してから二人を追いかけるダディと続く。


 そんな三人の様子を見ていたテツは、フンと鼻をならしてワンカップを傾ける。


「本当に可愛げのねぇヤツだ」

「あら、気に入ったの間違いではなくて?」


 口をつけようとしていたワンカップを取り上げながら、カロンが凄みのある笑顔でテツを見る。テツは取られたワンカップを取り返そうと手を伸ばしかけて、諦めたような表情を浮かべながらバツの悪い表情を浮かべる。


「素直じゃありませんこと」


 カロンはそう言うとワンカップを返し、程々になさって下さいね旦那様と残して、盛り上がっている同盟メンバーの輪へと戻っていった。


「はぁ……なんもこんな場所まで尻に敷こうとしなくてもなぁ」


 返してもらったワンカップでチビチビやりながら、テツは楽しそうに盛り上がる仲間の様子に目を細めるのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ちょっと! いきなりどうしたのよ!」


 駐車場に戻り、車に乗り込むユーヘイへ、後部座席へ滑り込むように乗ったノンさんが、運転席をバシバシ叩きながら聞いてくる。そんなノンさんにチラリと視線を向けながら、エンジンキーを回しバックミラー越しに視線を向けながらユーヘイが逆に聞く。


「四ヶ月前の失敗したクエストって、どんな失敗の仕方をしたんだ?」

「え?!」


 理由を聞こうとして逆に別の質問をされ、しかもそれは思い出したくもない事で、とすっとんきょうな声を出すノンさんの代わりに、ダディが淡々と説明する。


「確か、一部のプレイヤーがゲーム内スレッドから情報を仕入れようとして、それが引っ掛かって一発アウトだったかな」

「なるほどね」


 ニヤニヤと『あの狸オヤジ、本当に実に良く見てやがる』などと呟くユーヘイに、それを聞いたダディは『ああ、なるほどね』と頷き、一人取り残されたノンさんはバシバシと旦那の肩を叩いて怒る。


「だからどういう事だって!」


 ぷりぷり怒るノンさんをなだめるダディを横目に、ユーヘイが車を動かす。だが一向に怒りが収まらないノンさんに、仕方ないなとユーヘイが説明をする。


「つまり俺達がクエストの失敗判定を受けないギリギリの事をしてくれたって事だよ」


 二条通りを東に、イエローウッドに向かう方向へウィンカーを出しながらユーヘイが言うと、その説明にダディがのっかる。


「テツさん達は、ノンさんと自分の動画配信を見てた訳。もちろん何で失敗したかもね?」


 そこまでは分かるだろ? と丁寧に説明するとノンさんは口を尖らせながらコクリと頷く。


「つまり、あれ以上の情報、俺達のクエストクリアーに直接繋がる情報は危険だって、あの狸オヤジは予想したんだよ」

「ここまでの情報は差し出す、こっから先は自分達で調べな、っていうメッセージだね」

「まぁ、ほとんど正解ってとこまで見せてるレベルだったけどな」

「それだけこちらに期待してたって事だよ」

「だーなー」


 ケタケタと笑うユーヘイとダディを不機嫌そうに睨みながら、ノンさんが言われた事を頭の中でまとめ、そこでやっと理解が追い付いてなるほどと唸る。そしてやっと気づいたと悔しそうな表情を浮かべて口を開く。


「つまりあの地図は、イエローウッドの龍王会と星流会の縄張りの隙間、緩衝地帯って事を教えてくれてた?」

「そう。そして龍王会も星流会も表立って手を出せない安全地帯」

「龍王会の下部組織龍卜会もそこでは動けない」

「「「だから犯人が逃げ込むにはうってつけ!」」」


 お互いにお互いを指差しながら、三人はニヤリと笑う。


「手がかりは俺が最初に追いかけた白いワゴン」

「ああ、この状態では車を処分なんか出来るわけがない」

「更に言えば、男三人組でつるんで動いてる怪しい連中ね」

「はあ~ん! 特徴的過ぎて探しやすいわぁ~ん!」


 スナイパーやら龍卜会やら、本当にどんどんと話が深く深く潜り込んで行く状況に戦々恐々とするしかなかったが、どうにかクエストの根幹である連続強盗犯逮捕には光明が差し込んだ気分だ。


「ここからは慎重かつ一気に攻めきろうぜ」

「同感。早くクエストクリアーして安心したい。これ以上の事件はノーサンキューよ」

「だね。それに今回貰えるだろう功績ポイントは絶対スキル関係の充実に繋げよう」

「……頑張って基本レベルを上げた、あのポイントを返して欲しいわ」

「はははははは……はぁ」


 事件クエストの結末までもう少しという場所まで来れた事に安堵しながらも、一行は気まで抜かないよう注意しながら、決意を新たにするのであった。

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