第16話 黄物怪職同盟

 様々な人達がワンカップ片手に大騒ぎしている様子を、ちょっと離れた場所で眺めているユーヘイ達。そんな三人のところへ少し顔を赤らめたテツが寄ってきて、ユーヘイの横に腰かける。


「良い奴らだろ?」


 へへへへ、と笑いながらグイッとワンカップを傾けるテツに、ノンさんがジト目を向ける。


「そりゃ他人の財布で飲むタダ酒は美味しいでしょうが」


 否定はしねぇよ、ちげぇねぇしな、とテツは飄々と受け流し、半分程になった酒をちゃぷちゃぷ揺らしながら、いい気分だと周囲を見回す。


「最初は観光目的だったんだぜ? ちょっと普段とは違う事、違う格好、違うアプローチで楽しんでみるかって、このゲームをはじめたわけよ」


 テツはくくくくくと含むように笑いながら、傑作じゃねぇかと楽しげに語る。


「すっかり自由放浪者って職業が気に入っちまってよ、今じゃベイサイドのオヤジなんて大層な呼ばれ方されてるんだぜ? 笑っちまうぜ」


 残った酒を一気に飲み干し、かぁーっと息を吐き出すテツに、ユーヘイは紙袋から新しいワンカップを手渡しながら、んで? と問いかける。


「情緒のねぇヤツだな。ちったぁ老い先短いじじいの話くれぇ聞いてけよ」

「けっ、どう見てもあと百年は生きそうなヤツが何を言いやがる。で? かわべりのシンジなんて立派な二つ名持ちの一般住民NPCまで使って俺達をここに呼び出した用向きは?」


 かぽっと蓋を開けながら、テツはつまらんヤツだな、きっと女にモテないだろう? などと余計な事を良いながら、騒いでいる仲間達を見回す。


黄物怪職同盟きぶつかいしょくどうめい

「あん?」

「わしらのギルドだよ。まぁ、ゲームのシステムに登録した集まりじゃなくて、あくまで緩く情報交換をしながら、当たり障りのないお付き合いをしましょうや、ってくらいの集団だけどな」


 なんじゃそりゃ? と首を傾げる三人に、テツはニヤリと笑って説明した。


「実にこのゲームは特殊でな。と言ってもわしも詳しくないが、このゲームのノービス、一般人プレイヤーが就職できる職業というのは、本当に無数に存在するんだわ」


 わしの自由放浪者もしっかりした職業という設定じゃしな、そんな職業あってたまるかって感じじゃが、と笑い飛ばすテツに、ユーヘイ達は気の抜けた返事しか返せなかった。


「他にもバードウォッチャーだのシーウォッチャーだの、もっとニッチになればマンホール認定士だとか、電柱愛好家なんて職業もある」


 どこに需要があるんだ……と呆れた様子の三人に、テツは酒を飲んで踊ってる男女数人を指差し、あいつらがその職業やっとるぞ? と笑いながら指差す。


「なるほど、だから怪しい職業の同盟な訳ですか?」

「お、ダディのにーちゃんは話が分かるじゃねぇか。あまりにニッチな職業だからよ、クエストの切っ掛けを見つけるのも大変でな。だから俺達は緩く繋がりを持って、お互いが持つ情報を遣り繰りしてるって訳だ」


 これがなかなか馬鹿にならねぇんよ、とバカ騒ぎをしている仲間達を愛おしそうに眺めながら、ワンカップをすする。


 テツは仲間達、公園、夜空、真っ暗で見えないが寄せては返す波音をさせている海と視線を巡らせて、手に持つ酒をくるくる回す。


「わしらのギルドは緩いがな、必ずと言っても良い共通する感情ってのがあってな」

「あん? 何だよいきなり」

「聞けって。わしらは本当にこのゲーム世界を愛してる」

「……お、おう」


 キリリとドヤ顔で言うテツ。ユーヘイ達は唐突すぎる告白に、少し面映ゆい物を感じながら、茶化すような場面じゃないだろうと、静かに続きを待つ。このゲームを気に入り出している自分達も、すぐにテツと同じような感情を持つようになるだろうから、もちろん馬鹿にはしない。


「最近、この世界ゲームの治安が体感出来るレベルで悪化しているのに気づいているか?」

「え? そうなの?」


 ユーヘイは本日が初ログインで、体感するも何も経験値が圧倒的に不足しているから、ダディとノンさんに確認するよう視線を向けると、二人は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げていた。


「そりゃそうか。二人は生き残った最後のDEKAって事で、涙ぐましい努力をしてたしな。あんたらの配信動画好きだぜ? ちょいちょい視聴してるよ」

「「……ご視聴ありがとうございます」」


 どうやらダディとノンさんもLiveCueで配信をしていたようだ。そんな事は全く知らなかったユーヘイは、ほーんと緩い返事をしながら、テツに向けて顎をしゃくる。


「ち、本当に面白くない男だな」


 ユーヘイの催促に、空っぽになったワンカップの瓶を揺らして見せる。ユーヘイはその瓶を受け取って、溜め息混じりに新しいモノを手渡す。


「自由放浪者の仕事は放浪する事なんだが、やっぱり大通りというよりかは裏路地とか小道を中心に放浪するわけだ。すっとよ、表側だけじゃ見えないモノが見えてくるんだ、これがな」

「そこからだと治安が悪くなってるのが分かるって感じ? テツさん」

「ああ。初ログインから現在まで、わしが目撃しただけで、軽い犯罪ならしょっちゅうだな」

「……」


 ノンさんの問いかけに答えるテツを、ユーヘイは胡乱な目付きで見る。どこか奥歯にモノが挟まったような感じに言ってる様子が、とても怪しく見えた。


 そんなユーヘイの様子に気づいたテツが、居心地が悪そうな表情を浮かべ、やや憮然とした口調で文句を言う。


「何だよ」


 その態度に何かあるなと確信したユーヘイは、とっとと吐けと促す。


「何か隠してるだろ」

「……ちっ! 本当にお前、絶対女にモテないだろ!」


 かぽっと蓋を開けて半分程一気に酒を煽ったテツは、大きく息を吐き出しながら、申し訳なさそうな表情でダディとノンさんを見て、それからユーヘイを睨みつける。


「あくまでわしの推測じゃ。そしてここにいる仲間達全員が多分そうじゃないかと確信はしているが推測の粋から出ていない仮定の話であると先に言っておくぞ」

「おう」

「リアル四ヶ月前程から急激に治安が悪化をはじめた」


 何のこっちゃ、とユーヘイが首を傾げていると、それを聞いたダディとノンさんが顔を見合わせ、困惑しつつ心当たりがあるような表情を浮かべ、まるで祈るような眼差しをテツへと向ける。そんな二人に、じゃから推測の粋を出ておらんと言ってるじゃろ! と少々強い口調で言いながら、ユーヘイにわかりやすっく説明する。


「リアル四ヶ月程前、減少を続けているDEKAプレイヤーを引き留めようと、そこの二人が個人でイベントをやったんだよ。まぁ今いるDEKAプレイヤーでクエストクリアーを目指しましょう、っていう緩い感じのイベントだったがな」

「……」


 ダディ達の表情とテツの語りで、何となくオチが見えたユーヘイは、困ったように額に手を当てる。


「イベントは失敗。クエストは序盤の段階で失敗認定をしてクエストその物が消滅した……ここら辺からちょいちょい犯罪が増えたような感じがしている」

「推測だろ?」

「推測で仮定の話だ、無論」


 話を聞かされたダディ達の表情は暗い。そんな二人を眺めながら、ユーヘイはうーんと唸る。


「つまりだ、クエストの結果が黄物全体の何らかの決定事項に影響を与える、という感じか?」

「そうだと思うぞ。実際、大田セッティングのお陰で、セントラルのYAKUZAプレイヤーが一気に攻勢に出て、あそこら近辺の治安が一気に初期の頃に戻ったからな」

「……それのどこか推測で仮定の話なんだ? ぜってぇ確定事項じゃねぇかよ」

「公式からの発表があったわけじゃねぇ、だからわしらプレイヤーがいくらピーチクパーチクさえずったところで、全部推測で仮定だろうが」

「詭弁じゃねぇかよ」


 二人のやり合いを聞いていたダディ達がますます落ち込む。そんな二人を見かねたユーヘイが、リカーショップでついでに買った缶のコーヒーと缶のスポーツドリンクを渡しながら、ヘラッと笑う。


「クリアーすりゃ問題ねぇよ」

「「……そうかな」」

「そうだよ。それにやり直せないゲームはねぇよ。失敗したってやれるまでやり続けりゃ良い。特に俺らはそうやって進んで来ただろ?」


 ユーヘイの言葉に二人は弱々しく笑いつつも、しっかり不安そうな表情を消して頷く。


 ユーヘイの言う通りだが、三人が三人共に夢中で遊んだSIOという大ヒットゲームとて、順風満帆で常に満足度が高い状態を維持していた訳じゃない。時期によっては、今の黄物よりもっと鬼畜な状態だった頃だってあったのだ。少なくともこの三人は、史上最悪な時期を乗り越えた経験を持っている訳だし、その経験を踏まえれば今回の状況は正直まだまだ温いと言えなくもない。ドングリの背比べ臭くはあるが。


「よー言った!」


 二人を励ますユーヘイの頭をポンポンと叩き、テツはおーいと仲間達を呼び寄せる。


「わしらも協力するぞ。何より、わしらはDEKAがクエストをクリアーするところが見たい」


 ぞろぞろと集まったニッチな職業を選んだ変人達が、テツの言葉にそうだそうだと同意する。


「やはり、DEKAとノービスとYAKUZA、それぞれが活躍してこその、イエローウッドリバー・エイトヒルズだとは思わんかね?」


 テツが悪戯を思い付いた悪童のような表情で、ニヤリと笑いながら気障ったらしいウィンクをかます。


「言ってろ」


 ユーヘイはお手上げだよ、とオーバーなリアクションで肩を竦めながら、ニヤニヤと面白そうに笑っている変人達へと突撃した。


「おーし、てめぇらが知ってる事を全部吐け」

「「「「おろろろろろろ」」」」

「そのノリは大好物だが、そっちじゃねぇ」


 ノリの良い変人達の言動に苦笑を浮かべつつもミントシガーを口に咥え、彼らが持つ情報を聞き出す作業に入る。


「今度こそリベンジ出来ると良いな」


 そんなユーヘイの背中に視線を向けたまま、ワンカップで唇を湿らせながらダディとノンさんに語りかけるテツ。


「そうですね。今回は規格外が居ますから」

「負ける気はちょっとしないです」


 カションとユーヘイから渡された缶コーヒーと缶スポーツドリンクのプルタブを開け、それをゆっくり口に含みつつ、二人は完全に吹っ切った様子で微笑む。


「出来ればDEKA仲間が増えてくれると嬉しいんですけど」


 予想以上に甘かった缶コーヒーに顔をしかめながらダディが言うと、テツは苦笑を浮かべた顔を向けながら、それは難しいんじゃねぇか? と断言した。


「ですよねー」


 これでクエストをクリアー出来たとして、うわすげぇ! 俺(私)もDEKAやりたーい! と思うような人間がポンポン現れるとは思えない。それくらいには厳しい現実ちっくな仕様を見せている訳だし、本当にもうちょっと運営には頑張ってもらいたいと願わずにはいられない。


「でも、ユーヘイの関係ないねちゃんねるだったら、もしかしたらがあるかも」

「ああ、ログアウトして確認した時、あまりの同時接続視聴者数にドン引きしたよな」


 二人の動画もユーヘイの動画に引っ張られる形で登録者数が激増していた。その効果があればもしかしたら、と思ってしまうのも無理はない。


「ま、まずは目の前のクエストクリアーを目指そうぜ?」

「はい、今回はありがとうございます」

「援助、助かります」


 ギブアンドテイクだろ? 二人の感謝の言葉に、テツは手に持つ酒を揺らしながらニカッと子供のように笑った。

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