第15話 かわべりのシンジ


 キレッキレなユーヘイを店から連れ出し、なんとか二人でなだめすかす。


「気持ちは分かるけど、いきなりキレるなよ」

「びっくりしたわ。いやまあ、あのYAKUZAの言い方とか態度がカチンと来たのは理解出来るけど」


 ユーヘイは車に寄りかかって大きく息を吐き出すと、物凄い淀んだ瞳で薄く笑い、吐き捨てるように呟く。


「すまん、会社のクソ上司に瓜二つな言い方と表情で自制が効かんかった」

「「わーお」」


 まさかの理由に二人は顔を見合わせ、この陽気な男をあそこまでキレさせる上司とは一体? と想像してシャレにならないイメージが思い浮かび、慌てて首を振ってイメージを追い出した。


「しかしこれであのスナイパーが、龍卜会が雇ったプロだってのは判明したな」


 ダディが落ち込んでいるユーヘイの肩を揉みながら、とんとんとスーツの襟の部分を叩く。


「分かりやすい記章で助かったけど……完全にこちらもマークされたわよね?」


 あ、責めてる訳じゃないわよ? どっちにしても旦那が警察手帳出してた段階で警戒されただろうし、とノンさんがフォローを入れるが、ユーヘイはますますズーンと落ち込む。


「そろそろ戻ってこーい。どっちにしたってリバーサイドは龍卜会の影響が強くて、まともな聞き込みは出来ないだろうし……さて、どうするか」


 徹底的な自己嫌悪に入ったユーヘイを無理矢理運転席に突っ込ませ、ダディは助手席に、ノンさんが後部座席に座ろうとして、ノンさんが悲鳴を出す。


「どうした?!」


 落ち込んでいたのはどこへ行ったのか、素晴らしい反射速度で懐の拳銃を引き抜いたユーヘイが、銃口を後部座席に向けると、そこには自由放浪者の男が、へへへへと前歯が何本か抜けた歯を見せながら、両手を挙げて愛嬌ある笑顔を向けていた。


「誰?」


 すわYAKUZAの待ち伏せかと、瞬間的に戦闘態勢に入ったユーヘイが、若干気が抜けた口調で誰何すれば、男はへへへと笑いながら向けられた銃口をそっと上へそらす。


「かわべりのシンジっていうケチなヤツでさ、ユーヘイのにーさん」


 放浪者シンジの言葉に、ユーヘイは銀行前で出会ったテツという老人を思い出し、拳銃を素早くしまう。


「テッつぁんが言ってたシンつぁん?」

「へへへへへ、つぁんがなんかは知らんですが、多分テツのオヤジが言ってたつーのはオイですぜ」


 何もしやせんぜ? と凄い形相で自分を睨み付けるノンさんに向けて両手を挙げるシンジ。ノンさんは何度かダディとユーヘイに視線を向け、ダディに首を激しく横に振って見せると、ダディは苦笑を浮かべて助手席から降りて後部座席に向かい、ノンさんはそそくさと助手席に乗り込んで極限まで端っこに寄って距離を取る。


「で? 何の用だ?」

「それより出発しません? ヤバイですぜ?」


 ユーヘイの問いかけにシンジはヘラッと笑いながら、ちょいちょいとバックミラーを指差す。ユーヘイがチラリとそれを確認すれば、黒塗りのゴツい車が数台向かってくるのが見えた。


「ここでドンパチはさすがに不味いか」


 ユーヘイはエンジンを動かし、素早く周囲を確認してから急発進する。


「このまま進んだ先にある南西二条駅へ向かって、そこからベイサイド区へ出やしょう。そこからは龍卜会も手出しできませんぜ」


 体を丸めて隠れるようにしながら、ヘラヘラ笑ってシンジが指示を出す。その言葉にユーヘイはミントシガーを取り出しながら、ニヤリと笑いかける。


「やけに詳しいじゃねぇかよ」


 ユーヘイの言葉にシンジは歯が抜けた隙間をヒューヒュー鳴らして笑う。


「へへ、ただ盗み聞きが得意なだけのドブネズミってだけですぜ、にーさん」

「そういう事にしておくよ」


 平然とシンジとやり取りを楽しんでいるユーヘイを、どこか信じられないような目で見るノンさん。そんなノンさんをダディは面白そうに眺めて何も言わない。どうやらノンさんはこの手のキャラが苦手なようだ。


「どうしてベイサイドに龍卜会は手出し出来ないんだ?」


 チラチラと後方を確認しつつ、暇潰しにダディがタツジに聞くと、シンジはへへへと笑ってダディに手の平を向ける。


「……情報はタダじゃないってか……金はないぞ?」


 ダディはそう言うと、足元に置いてあった紙袋からミントシガーの箱を二つ取り、それを差し出している手の平へ乗せた。


「オイ達も金は欲しくねぇんですぜ。テツのオヤジもそうだったでしょ?」


 ミントシガーの箱からセロハンを剥がしながらシンジが言うと、ユーヘイは酒を要求されたなと返す。


「安酒が好きなんですよオヤジは。高い酒は体に合わないっつって」


 箱からミントシガーを取り出し、それを鼻に近づけてすぅーっとミントの香りを楽しみ、シンジはニヤニヤ笑いながらダディに説明する。


「三つの巨大組織があるのは知ってますかい?」

「YAKUZAのか?」

「へい」

「ええっと、龍王会と地下の鬼皇会きおうかいか?」

「それと星流会せいりゅうかいですぜ」

「何それ、初耳」


 ミントシガーを大切に大切に、小さく細かくチマチマと噛りながらシンジが言うと、ダディはビックリした様子で呟く。


「リバーサイドとイエローウッドの一部は龍王会の影響力が強いんです。鬼皇会は言わずもがなセントラルの地下、アンダーグランドがホームグランドですぜ。そしてエイトヒルズとベイサイドを牛耳ってるのが――」

「星流会って訳か」

「へい」


 実に旨そうにミントシガーを堪能しつつ、シンジは更に詳しく説明してくれた。


「龍王会は新参なんですよ。三つの組織で一番若い組織なんです。一番歴史が古くて規模も影響力も強い、武装集団が鬼皇会。政財界まで深くパイプを持ち、構成員も下部組織も巨大な集合体が星流会ってな感じですぜ」

「「「なぁーにそのマフィアつーか巨大犯罪カルテル」」」


 何というか、このゲームのエンドコンテツ(終わりがないようなやり込み、底無し沼に永遠繰り返し遊べる仕組みの事)要素で関わって来そうな感じだが、そんな設定初めて聞いたという感想しか出てこない。


「規模も歴史も違う、そもそも勢力が負けてる龍王会が、その下部組織でしかない龍卜会がわざわざ星流会に喧嘩を売るような下手を打ちませんぜ」


 ただの鴨ネギ野郎に盛大に泥を塗られて、更に恥の上塗りはしませんぜ、とシンジはへへへへと笑いながら言う。


「すげぇ納得した。後で安酒買ってやる」

「うっす、ゴチになるっす」


 これはちょっと良い感じの情報屋をゲットしたかもしれん、とユーヘイはニヤリと笑い、二条通りを南下し続け、やがて見えてきた南西二条駅のロータリーへ侵入する。


「あ、停まった」


 追ってきていた黒塗りの車を見ていたノンさんがポツリと呟く。その声に釣られてダディも確認すると、確かに黒塗りはロータリーに入るギリギリの場所でハザードを点けて停車していた。


「こっから半分位は星流会の縄張りですからね。余程の命知らずか馬鹿じゃなければ近づきませんぜ。まぁ、買い物程度だったら目くじらは立てないらしいですが」


 高級と庶民的の中間の店が多い場所ですからね、そこら辺はさすがに多めに見てるようですぜ、とシンジが笑いながら説明する。


「んでベイサイドに入ってどうするんだ?」


 ベイサイド方面の二条通りに抜けながら聞くと、シンジはへへへと笑う。


「このまま真っ直ぐ進むと、アンダーマウンテンパークつう海の近くにある公園が見えてくるんで、そこに向かって下さい」


 九号道のすぐ近くだから行けば分かります、そうシンジに言われユーヘイはヘイヘイと返事をしながら車を走らせる。


「あ、九号道のすぐ近くにリカーショップがあるんで」

「……何か読めて来たわ……たんまり安酒を買い込むわ」

「へへへへへ、分かってらっしゃる」


 ユーヘイはこの後の展開が何となく読め、苦笑を浮かべながら呟くように言うと、それを耳ざとく聞いていたシンジが、心底面白そうに笑う。


 そのまま二条通りを東方向へ進み、シンジが言うように九号道の近くに、安さの殿堂リカーショップ安田という看板が見えてきた。


「寄るぞ」

「「へいへい」」


 そのままリカーショップの駐車場に停まり、ユーヘイだけ車を降りて、しこたま大量のワンカップと、比較的休めの焼酎の巨大ボトルを買い込み、それを車のトランクに突っ込んだ。


「いやーチュートリアルクリアーデカいわ」


 運転席に乗り込み、使った金額を確認しつつ、まだまだ余裕のある所持金を確認しながらユーヘイ呟くと、ノンさんが反応する。


「どんだけもらったのよ?」

「え? 確か百八十万くらい?」

「「ぶふっ?!」」


 ひゃ! 百八十万?! と驚愕の表情を浮かべる二人に、ユーヘイはそうだよーと軽く答えながらエンジンキーを回して車を動かす。


「何か初クリアー特典とか、あと色々なポイントが加算されてそんな感じになったよ」

「「ああ、初クリアーねぇー……やっぱり初だったんだ」」


 二人がどんよりした感じの雰囲気で呟くのを不思議そうに見ながら、リカーショップの駐車場を出てすぐくらいに、かなり大きな海を望む公園が見えてきた。


「そこがアンダーマウンテンパークです。駐車場も見えてきますぜ」

「あいよー」


 道なりに進むと、確かにシンジが言うように公園が運営しているらしい巨大駐車場が見えてきた。


 時間帯が夜という事もあって、かなり多くの車が駐車しており、多くのカップルが車内でイチャイチャしているのが見える。


「あれ? 黄物って成人対象だっけ?」

「エイトヒルズの高級風俗店と、イエローウッドの繁華街、ベイサイドはどうだったかな、決まった場所でだけ成人指定のサービスが受けられる感じだったかな」

「ほーん」


 国民IDとのひも付け確認する段階で、その手の確認署名をスキップしているユーヘイは、そういえばそっち関連を全く調べてなかったなぁとダディに確認すると、ダディからそんな説明が帰ってきた。


 実はVRでの本格的な商業的風俗サービスを行ってるゲームは多い。何せデータなのでお気楽に楽しめるし、何よりアバターなので実際の肉体的なコンプレックスとは無縁、しかも自在に体を作れるとあって、理想の自分での性体験が可能とあり人気コンテンツとなっている。リアルマネーは必須で、そこそこお高い。だがしかし、受ける刺激も本物と遜色ないレベルで体感できる訳で、これで人気がでない訳がない。


 それらのチェックをこなしていると、お互いに同意が必要であるが、ゲーム内部でもイチャイチャしたいカップルが、気分的に盛り上がって事もある。ユーヘイは彼らを見てそれを思い出したのだ。


「あれさぁ、目撃するとすっごい気まずいんだよねぇ」


 車のトランクから酒の入ったビニール袋と、紙袋を取り出しながらユーへイが言うと、ノンさんが苦笑を浮かべて頷く。


「あー分かる。否定はしないけど。やるならリアルのホテルへ行けと言いたくなる」

「まぁ、ホテル代かからないし、それなりにロマンチックな場所で身バレせず楽しめるらしいからなぁ……特にお金の無い若者にとっては神サービスなんじゃないの?」

「そんなもんかね」


 そんな軽口を叩き合いながら、シンジに連れられて公園の、子供達が走り回るような整備された芝生の広場のような場所へたどり着いた。そこには銀行前でであったテツをはじめ、自由放浪者の集団が待ち受けていた。


「待ってたぜ、ユーヘイのにーさん」


 中央に陣取るように立っていたテツが、ニヤリと笑って、ほれほれと手招きする。


「へいへい」


 車のトランク持ってきた安酒を手渡すと、放浪者達はひゃっほーい! と歓声をあげて、亡者のようにテツの持つ袋に群がったのだった。

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