第14話 龍卜会の影
軽く昼食を食べ、少し腹ごなしに買い物を兼ねた散歩をして、ついでに夕食の準備と風呂のタイマーまで設定し、準備万端でログインするとダディとノンさんはまだログインしていなかった。
「ちょっと早く来すぎたかな」
配信をスタートしてミントシガーを口に咥え、車から降りて伝言板へ向かう。そこにはちゃんとログアウト前の状態が保たれており、しっかりと暗号が残されていた。
「基本、ドンパチ前提の脳筋だぞ俺は……今度は何だよ……推理モノじゃなくてファンタジー刑事ドラマカモンだぜぇ」
前歯で削るようにミントシガーを噛りながら、残された九桁の数字を睨んでいると、トントンと背中を叩かれた。
「はい?」
素直に振り返ると、そこには妙に厳つい縦にも横にも大きい男性プレイヤーが立っていた。何だろう? と小首を傾げていると、そのプレイヤーはガバリときっちり九十度の角度で頭を下げ、ありがとうございます! とバカデカい声で礼を言ってきた。
「兄貴のテンプレートのお陰でクエストクリアー出来たっす! もう辞めようかなって思ってたっすけど! 兄貴のお陰でこの大好きな世界を裏切らないで済みました! ありがとうございます!」
「は、はあ?」
何のこっちゃ? と首を傾げるユーヘイを置き去りに、その男性プレイヤーは何度も何度も頭を下げ、挙げ句には紙袋一杯のミントシガーまで手渡して来る。
「え? お、おい?」
「応援してます! マジ、リスペクトっす! ありがとうございました!」
男性プレイヤーはそれだけ言って、爽やかですっきりしたような笑顔を浮かべると、じゃ! としゅたしゅた走り去ってしまった。
「なんじゃい? ありゃ?」
紙袋一杯のミントシガーを覗き込みながらユーヘイが呆然と呟くと、ケタケタと笑い声が聞こえてきた。
「さすが有名人」
「格が違った! って感じかしら?」
そこにはログインしてきたダディと、こちらを見てケタケタ笑うノンさんがいて、ユーヘイは有名人って何だよ? と首を傾げる。
何も分かっていない様子のユーヘイに、ノンさんは紙袋から一箱ミントシガーを失敬し、そのセロハンを剥がしながら説明した。
「ほら、うちらにステータスアシストとかの設定、ユーヘイの使い勝手が良いパラメーターを教えてくれたじゃない?」
「ああ、教えたね」
「あれ配信に乗っかてて、今あの設定、大田テンプレートって呼ばれて神降臨とかの騒ぎになってるのよ」
「……はぁ?」
あんな設定、誰だって出来るだろう? と呆れた表情を浮かべるユーヘイに、二人は似たような苦笑を浮かべる。
「無理よ。あそこまでプレイヤーが動きやすい設定は、私達でもやれない。多少はマシ程度で終わると思うわ」
「またまたぁーそんな大袈裟なぁ」
「冗談じゃなくて本当の事だぞ?」
「……マジ?」
「「マジ」」
あまりに二人が本気口調で言ってくるので、どうやら本当に騒ぎが起こっているらしい事を察し、ユーヘイはマジかーとひきつった表情を浮かべた。
「まぁ、素直に受け取っておきなさいな。YAKUZAプレイヤーだったけど、システム的な警告が出てないなら、これは賄賂じゃなくて善意の贈り物って判断されたんだろうし」
剥いだセロハンをポケットに突っ込み、一本ミントシガーを取り出して口に咥えたノンさんが、ニヤリと笑って言うとユーヘイは微妙な表情で紙袋へと視線を落とす。
「……ああ、賄賂とかってのもあるんだ」
あれ? だとするとてっつぁんにワンカップ連打ってやばたにえん? と、自分の過去の行いに戦慄するユーヘイの肩をポンポンと叩き、ダディがニヤリと笑う。
「どこでどうやって判断してるかは不明だけど、警告とかが出てないなら大丈夫だって。多分だけど、汚職レベルのどぎつい感じじゃなければ許されるんじゃないか? じゃないと俺らDEKAは買い物出来んし」
「ああ、確かに」
プレイヤー同士でのトレード、取引も見ようによっては賄賂に見えてしまう。それがDEKAだからノービスだからYAKUZAだからと、職業で禁止されていないのなら、大丈夫だったんだろう、とユーヘイは胸を撫で下ろす。
「それより、これよこれ。何か閃いた?」
伝言板をコンコンと叩いて聞いてくるノンさんに、ユーヘイは外人のようなリアクションで肩を竦めて見せる。
「オレ、キホン、ノーキン。シンキング、フトクイ、デース」
「何で片言? まぁ、私も人の事は言えないからなぁ」
困ったわね? 困ったねー、と二人が能天気に言い合っていると、ダディが見る角度を変えながらボソリと呟く。
「三番目の数字、というか書き方がアルファベットに見えない?」
「ん?」
「はい?」
ダディに言われて伝言板に視線を戻した二人は、ダディを真似て見る角度を調節しつつ、言われた事を意識して見る。
「……一つ目がSか? 二つ目が多分W?」
「三つ目も3ではあるけど……Eかしら?」
「12S-10W-25E?」
「ますます分からん。つーか、最後の5が微妙に横にずれてるのも意味があるんかいな?」
うおおおお! わっかんねぇ! とユーヘイが頭をバリバリ掻きながら吠え、ダディもしきりに後頭部を掻きながら唸り続ける。そんな中、一番最初に考える事を放棄し、虚ろな目で駅の案内板を見ていたノンさんが、あれ? と声を出す。
「どしたん?」
「んんー、ちょっと待って、ちょっと待ってな、ちょっと閃きそう」
じっと案内板を眺めていたノンさんが、方角じゃない? と呟いた。
「前の数字が何か分からないけど、もしかして最初のSってSouth、南じゃない?」
ノンさんが指差す先には案内板があり、そこにはそれぞれ西口、東口、南口の表記があり、それぞれに英語表記も書かれていた。
「12南? 12を南……十二号道を南か?」
ぼそっとユーヘイが呟くと、三人は慌てて車に駆け戻り、助手席に放り投げっぱなしの地図を拾って十二号道を指でなぞる。
「違うか? 十二号道はこの駅で止まってる」
地図で確認すると、エイトヒルズ区を北に伸びる十二号道の出発点がここ二つ道交差駅である。駅から下に続く道はあるが、それは一条通りと表記されていた。
「いえ合ってると思う。十二号道から見た方角で南に行けって事じゃないかしら。だってほら」
ノンさんがリバーサイド区一条通りを南下するようになぞって行くと、それはやがて十号道と交差する。
これは当たりか? そうニヤリと三人は笑い合いながら、ダディが確認するように呟く。
「10W……方角だからWest、西か? 十号道を西」
十号道を西方面へ進んで行くと、二条通りにぶつかる。
「2は二条か? じゃぁ5は何だ? それにEはこのパターンだとEastだろ? 二条は北と南にしか進めないぞ? 脇道にそれろって事か?」
あーもー頭使うの面倒臭い! 一気呵成にやりてぇ! とガリガリ頭を掻くユーヘイ。ノンさんもそれには同意と頷き、咥えたままだったミントシガーをバリバリかみ砕きながら咀嚼する。
「……んんんんん」
一人地図をジッと睨みつけていたダディが、十号二条の拡大地図のページを開いて妙な声を上げ、そしてあははははと笑った。
「どうしたどうしたどうした?」
「ついに頭がオーバーヒートした? 膝枕しようか? ダーリン?」
「これだよこれ! ここ!」
地図の一部をトントンと叩くダディ。叩いている場所を覗き込むと、そこには二条五区画と記載されていた。
「25Eは、二条五区画で終わりって事だよ。EはEastじゃなくてEND、おしまいじゃないかな?」
「「はい! 天才!」」
ユーヘイがこれをあげようとミントシガーの箱を二つ手渡し、ノンさんが良くやった良くやったと、ダディの肩を優しく揉む。
「とりあえず行ってみるか?」
「「賛成!」」
レオパルドのエンジンを動かし、しっかりシートベルトを締めて、三人は暗号が指し示すと思われる場所へと向かった。
駅から一条通りを南下し、交差する十号道を西へ進み、大きな橋を一つ渡って二条通りと交差する場所を、暗号通りに五区画のある方向、つまりは南下していく。
リバーサイド区らしく倉庫や中規模の工場などが目立つ場所をゆっくり南下していくと、やがてとある看板が目に入ってきた。
「「「バーゆりこ……」」」
あーそこに繋がるのね、と薄暗くなって看板に明かりが点る様子を見ながら、あの何とも言えない文面もしっかり意味があったんだ、と三人は何とも言えない気分で呟いた。
「気を取り直して、情報収集に参りますか」
「そうね。次に繋がる情報があると良いんだけど」
「そうだね」
車から降りて、半分倉庫と同居しているような、そんな店構えの『バーゆりこ』の入り口に向かい、クローズドの札が掛かっていたが、それを完全に無視して中に入る。
「すいません、まだ準備出来てないんですよ」
中は店名から想像できない洋風な感じで、大きなカウンターがあり、バーテンと向かい合うように座るような感じになっている。そしてカウンターの中には、開店準備を進めている少し厳つい雰囲気のバーテンがいた。
「ああ、ちょっと聞きたい事があって」
ユーヘイが悪いね、と言いながら懐から写真を出す。
「ここに来たと思うんだけど」
バーテンは写真を一瞥すると、先ほどまでの愛想が引っ込み、やや憮然とした雑な感じに写真を弾く。
「知らないな」
バーテンの対応に三人は目を合わせ、ダディが懐から警察手帳を取り出す。
「ご協力お願い出来ませんか?」
「……」
警察手帳を見たバーテンは馬鹿にしたように笑うと、話す事は無いとしっしと手を振る。
「来たんだな?」
「知らねぇよ。これから忙しくなるんだ帰れ。それとも営業妨害で訴えれば納得すんのか? ええ! DEKAさんよっ!」
バーテンの叫び声が響くと、店のバックヤードに繋がると思われる扉が開き、そこから確実に堅気じゃない雰囲気の、古き良き刑事ドラマに登場するチンピラっぽいにーちゃん達がワラワラと出てきて、バカスカ煙草をふかしながら、てめぇらはニワトリか? と突っ込みを禁じ得ない動きでガンを飛ばしてくる。
「帰んな。それとも川底に沈むか?」
一際ジャラジャラとゴールドの服飾を身に付けた男が一歩前に出て、低い声で脅してくる。その男の着ているスーツの襟には、金ぴかのバッチがついていて、とぐろ巻く龍に卜の文字が刻み込まれていた。
しかしそんなの関係ないね、と男達の口調に不機嫌になったユーヘイが、ギャンと眼光を尖らせて威圧する。
「あ゛あ゛あ゛ん゛?」
「「「「っ!?」」」」
本気の威圧を受けたチンピラ達が、腰が引けたように一歩下がる。
「どうどうどう。お邪魔しましたー」
「上等じゃねぇか! こっちは面倒臭い知恵比べしてフラストレーション溜まりまくりなんじゃい! ぶっ飛ばしてやんぞごらぁ!」
「はいはい、お薬の時間ですよー」
鬼の形相で威圧しまくるユーヘイを、両サイドから押さえたダディとノンさんに邪魔されて、そのまま店の外まで連れ出される。
やんぞごらぁ?! 表に出やがれドサンピン共が! という怒声を残してユーヘイ達が消えると、プレッシャーから解放された男の一人が、数人のチンピラに目配せをして顎をしゃくった。
「「「「へい」」」」
チンピラ達はバックヤードに戻り、それを見送った男は、震える手で懐から煙草を取り出すとゆっくり火を点けて、震える息と共に紫煙を吐き出した。
「……ったく、うちの兵隊としてスカウトしたいレベルじゃねぇか……」
男は皮肉を張り付けた笑顔を浮かべ、気持ちを落ち着けるように何度か煙を吸い込み吐き出しながら、上に連絡を入れとけよと他のチンピラに指示を出すのだった。
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