第13話 ホーテルはリバーサイ(サイサイサイ)
かなり年期が入った、塗装が毛羽立ったような感じの箱っぽい豆腐建築に、モーテルのチェックインカウンターはあった。
「……らっしゃい」
建物の中に入れば、カウンター越しに果てしなくやる気の無い、妙に汚れたベレー帽を引っ掻けるように被った初老の男性が、全く生気が抜けきった顔を向けて、ボソボソと呟くように言う。そして何事も無かったように、手元で広げている新聞へ視線を戻した。
「ここの運営、どこまであの時代の俳優さんが好きなんだろうなぁ……」
目の前の
「神条さんの事もあるから、許諾取ったんかね?」
「あの当時で既にそこそこの年齢だったから、ご存命かどうか分からんけど。取ったんじゃないの?」
ユーヘイとノンさんがコソコソ話し込んでいると、ダディが人の好さそうな警戒されない表情で従業員に近寄る。ちらり視線を動かし、従業員が見ているのが経済新聞なのを確認してから声をかけた。
「儲かりそうな銘柄はあるかい?」
「……難しいねぇ」
従業員のパーソナルスペース、そのギリギリの場所まで一気に接近し、馴れ馴れしくならない限界、それでいて親しみを込めた声音で従業員に聞くと、死んだ魚のような目に少しだけ生気を戻し、男性は不器用な笑みを浮かべながら、へへへと乾いた声を出す。
警戒はされてないと感じて、少しだけパーソナルスペースに身を寄せて、声を潜めるように探りを入れる。
「最近、リバーサイドは物騒だって聞くけど?」
「……いつもの事さ、いつものね。ミーが子供の頃からこの街は変わらないよ」
滲み出るような疲労感と、うんざりして絶望へと変化した空気を纏う諦念。さも当たり前の事のように扱いながらも、根底には激しい憤りを感じているような、そんな台詞にユーヘイとノンさんはゴクリと唾を飲み込む。
しかし、ダディは同情するでも同意するでもなく、なるほどねと世間話を聞く雰囲気で受け入れ、懐に手を突っ込むと写真を取り出す。
「少し、リバーサイドを住み良い環境にしたくない?」
「……」
ダディの出した写真を一瞥すると、従業員は興味無さそうな表情をして、カウンターをトントンと叩いた。そこには素泊まり一泊三千円と書かれたポップがある。
「ごめん大田。支払い頼む」
「え? お、おう」
ダディがこれこれと指差すポップを覗き込み、ユーヘイが取引画面を立ち上げて支払いを済ますと、従業員は三号室と刻まれたキーホルダーのついた鍵を無言で出した。
「ご協力ありがとう」
「知らんよ。あんたらは宿泊客、それだけ」
ダディが片手を挙げて言うと、従業員はそ知らぬ顔で新聞を持ち上げた。
「そう言う事にしておく。行こうか」
「お、おう」
「はいはーい」
ダディは鍵をクルクル回しながら建物から出て、さっさと三号室へ向かう。
「どういう事よ?」
ちょっと状況に追い付いていないユーヘイが、こそっとノンさんに聞くと、彼女はいぶかしげな目をユーヘイに向けながら説明する。
「だからスナイパーが宿泊していたのが三号室で、金を払えば好きに調べて良いって事でしょ?」
分かってなかったの? という雰囲気で言われ、ユーヘイはそう言う事だったのかと頷く。
「おお、なるほど」
「って、分からない状態で金払ったの?」
「そんなに高くなかったし?」
「……あんたねぇ」
呆れた様子のノンさんと共に、モーテルらしく外と直通のドア、それを開けたダディに続いて中に入ると、かなり殺風景な内装が目に入る。
海外だと一般的なモーテルだが、日本っぽいスケールに落とし込んだからか、ちょっと敷地面積的には手狭で、殺風景な印象も手伝って一時期のカプセルホテルにも見えなくない。
「リアルでホテルとか利用しないから分からんが、こんなんなの?」
「ビジネスホテルっぽい感じはするわね」
「そうだね。本当に宿泊だけって感じかな」
三人は白い手袋をしながら、部屋を見回してスキルの反応をチェックする。
「ほーん……ビジネスホテルなぁ」
天井から床まで視線を回し、ベットのシーツやマットレスを持ち上げたり、色々試しながらユーヘイがぼんやり呟く。
「まぁビジネスホテルなんて寝るためだけにある場所だからね」
急な出張とかで良く使ったなぁ、とダディがどこか遠くを見る目付きで呟きながら、トイレと一体型のバスルームに頭を突っ込む。
「最近はおしゃんてぃーなビジネスホテルもあるみたいだよ? 女の子でも宿泊しやすい感じの」
据え付けの家具類の後ろ側を覗き込んだり、棚の引き出しを引き抜いてその裏側まで確認したりして、ノンさんがビジネスホテルにお洒落を求めてどうすんだよ、と呆れたように呟くのを、ユーヘイはいやいやと否定する。
「客層を増やさんと。ホテルの営業努力でしょうが」
「そんなもん?」
「いつまでもいると思うなお客様。新規開拓はどんな企業でも必須でごわす」
妙に実感のある口調でユーヘイが言うと、ノンさんが呆れた視線を向けながら、どんな業界でも大変なのね、と他人事のように返す。
「どう? なんか見つかった?」
「んにゃ」
「こっちも。さすがにプロっぽい感じだったし、何も残してないのかしら」
スキルの反応が全く無く、荒らした室内を戻しながら三人がやれやれと溜め息を吐き出す。
「あとは喫茶一橋とショットバーカルマか」
「そうだね」
「しらみ潰しか――ん?」
何かあれば良かったんだけどね、そんな感想を言い合っていると、ユーヘイの『DEKAの直感』が反応し、視線が誘導されて部屋に設置されている時代を感じさせるダイヤル式の電話機に固定される。
「どうしたん?」
「スキルが反応した」
ダディに聞かれて答えながら電話機に近づくと、さらにスキルが反応して近くに置かれているメモ帳が自己主張するように光った。
「……なるほど、こう来るか」
メモ帳に付属している鉛筆で、メモ帳の表面をささささっと擦るように薄く書き込むと、うっすらと文字が浮かび上がる。
「1112SNE-MB?」
メモ帳に浮かび上がった文字をノンさんが読み上げる。
「暗号?」
ユーヘイもサングラスを外し、フレームの耳にかけるモダン部分で唇をつつきながら唸る。
「1と112なのか、11と12なのか、はたまた111と2なのか……それとも単純に1112か」
ダディは拳で額部分をとんとん軽く叩きつつ、うーんうーんと唸りながらブツブツ呟く。それを横目に見ながら、こういうのは苦手なんだよなぁ俺、とユーヘイは苦笑を浮かべながら、胸ポケットに突っ込んだミントシガーの箱を取り出して、その成分表が記載されている部分に目を止める。
「リバーサイド十一号十二号交差駅区画工場……ん?」
なんでそんな部分が気になったのか分からないが、読み上げた事で頭に閃きが走り、表示されたままのナビゲーションマップを見る。
「ダディ、地図」
「え? 車の中だぞ?」
「戻ろう! ノンさんは鍵をチェックインカウンターに返却してきて」
「え? 分かったわ!」
メモを剥がしてダディと一緒にレオパルドに戻り、運転席に座ったユーヘイへダディが地図を投げるように渡す。
「十一号と十二号、そして駅……」
受け取った地図に指を走らせ、十一号道と十二号道が交差する場所を指でなぞって探す。
「なになになに?!」
ダッシュで鍵を返却してダッシュで帰って来たノンさんが、後部座席に飛び込むように乗り込みながら、運転席と助手席の間から身を乗り出して地図を覗き込む。
「11と12、つまりは十一号道と十二号道で、Sは駅、StationのS」
ユーヘイの呟きに二人が納得の声を出す。
「じゃ、じゃあ、NEは?」
「N……N……駅に関係するN?」
そこが分からんのよ、とユーヘイがお手上げと両手を挙げると、横から地図を取ったダディがジッと二つ道交差駅と表記されている場所を見つめて、あ! と声を出す。
「North Exit! 北口!」
「「あっ! NE!」」
地図に書かれている北口通り商店街の英語表記を指差して興奮するように言うダディに、二人はそれだ! と手を叩く。
「MBは何だ?」
「駅の北口、駅に関係する事でMB?」
MBMBとブツブツ呟き続け、しばらくして分からないならもう直接行ってMBが何か分かるようなヒントを探そう! という結論に達し、車で十一号と十二号道路が交差する場所、二つ道交差駅へと向かう事にする。
「まーまーみーみーむーむーめーめーもーもー」
駅に向かう道中、ノンさんが虚空へ視線を向けながら、ずっとま行を口走りながら、色々な単語を並べて考えに没頭する。それはダディも同じで、ずっと同じ格好で停止し、拳で軽く額を叩きながらブツブツ呟き続けていた。さすがに運転中に考え事は危険なのでユーヘイはしなかったが、それでも信号待ちの時などは口に出して、あーでもないこーでもないと多いに頭を悩ませる。
やがてセントラルステーションと比較すれば小型ではあるが、リアル感覚で言えば確実に巨大駅施設の分類に入る二つ道交差駅に到着し、駅に隣接している駐車スペースにレオパルドを駐車した。
「北口北口!」
駐車と同時に飛び出したノンさんを追いかけるように小走りで駅の中へ入り、天井からぶら下がっている案内板を見て、北口へと向かう。
すれ違うプレイヤーのマークがついた、特に女性プレイヤーにきゃーきゃー騒がれながら、三人が北口に到着すると素早く周囲を見回す。
「MB、MB」
「MB、MB、どこよ~」
「……」
ダディは近くの案内板を見上げ、ノンさんは北口から見える建物などに目を向け、ユーヘイはぐるりと駅の方を見回す。
「看板にMBに繋がるような表記はないよ」
「ここから見える範囲では、MBって文字がある看板とか全然無し」
「……」
ダディがカリカリ頭を掻きながら疲れた様子で、ノンさんはどこか不機嫌そうにそれぞれ教えてくれた。残ったユーヘイは両手を開いた状態で突き出し、そのままの状態で首を固定して、突き出した両手と頭を連動した状態でゆっくりと視線をスライドしていく。
「……あ」
ゆっくりゆっくり左から右へ視線を移動させていくと、改札口のすぐ近くに置いてあるモノに視線が吸い込まれた。
「伝言板……伝言? 伝言、メッセージ……あ! メッセージボード! Message Board! MB!」
「「それだ!」」
駅の伝言板などすっかり消滅してしまったモノに思い当たらず、三人は分かるか! こんなん! と叫びながら、伝言板に駆け寄って書かれている文字に目を走らせる。
「ゆりこ~復縁してくれ~ってここに書くな!」
「猫探してます。恋人募集。サークルに入りませんか……一般のメッセージよね、これ」
「ち、消されたか上書きされたか、もう残ってないのか?」
伝言板に書かれたメッセージは、どれもありふれたモノで、ホテルで見つけた暗号のようなモノは隠されていなかった。
「もう消された後かしら?」
「かもしれないね」
上げて落とされた気分だわ、そんなノンさんの様子にダディも苦笑を浮かべ、ユーヘイは良い線行ってると思ったんだけど、とミントシガーを口に咥える。
「今度こそ喫茶一橋かバーか?」
「そっちに賭けるしかないか」
ダディとノンさんの話し合いを聞き流しつつ、ユーヘイはミントシガーの先を揺らしつつ、伝言板に目を走らせ、あれ? と違和感を覚える。
「ん?」
その違和感の正体を確かめるべく、駅の外から見える看板へと視線を向け、再び伝言板に視線を戻したユーヘイは、ニヤリと笑う。
「みっけ」
「「え?!」」
ユーヘイの呟きに二人が視線を向けると、ユーヘイはトントンと伝言板の一部を叩いた。それは『ゆりこ~復縁してくれ~』と書かれたメッセージに添えられた電話番号だった。
「これだけ桁が違う」
「んん?」
「え? どこが?」
ユーヘイが他の電話番号が書かれてるモノを指差し、それから北口から見える範囲にある企業の看板に書かれている電話番号を指差し、最後に問題となる電話番号を指差す。
「あ! 九桁と十桁!」
掲示板に書かれている電話番号は、リアルでも見慣れた十桁の番号で、ユーヘイが指差す電話番号は九桁だった。
「122-103-253……三番目の数字が若干斜めに傾いてる感じに書かれてるわね」
「はぁ……推理小説バリに頭を使わせてくれるじゃないか」
「なぁ、俺はもっとヤベェDEKA並みにバンバカブッパする展開が続くんだと思ってたよ」
三人はそれぞれに苦笑を浮かべ、ひとまずここで一旦区切ろうか、という話でまとまり、レオパルドに戻ってから車内でログアウトをするのであった。
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