第161話 プランB ②

 大型バイクに跨がったウィズを、『ワイルドワイルドウェスト』が誇る三人のサブギルドマスターが見事な連携で地下道へと誘導していく。


「ちっ、小賢しい!」


 ウィズが苛立ちながら、バイクに乗っている総野そうの タツキに向かって拳銃を乱射する。しかし、そうはさせじと大谷おおや シゲルの装甲車がすぐさまフォローに入り、鉛の弾を全てその装甲で受け止めた。


「くそがっ!」


 完全に手玉に取られている状況にウィズが悪態を吐き出す。


 悪態を吐き出すのも無理はない。こちらの行動を全て読みきった上で行動をしてるような節が、先ほどからちょいちょい見られる。


 しかもテレパシーでも使っているんじゃないのか? そう疑わずにはいられない絶妙な連携で完全に動きを制限され、あからさまに罠だと感じている地下道へと、その入り口近くまで追い詰められていた。


 何とかその誘導から外れようと、無茶な運転で強引に道を切り開こうと足掻くが――


「なっ!?」


 まるで今このタイミングに合わせたように、他のDEKA達が一斉にウィズへ向けて支援射撃をする。


 ギルド『ワイルドワイルドウェスト』は黄物のDEKAギルドで最大勢力を誇る巨大ギルドだ。一言に幹部と言っても、その数は他のギルドの追従を許さないレベルで層が厚い。


 そんな他のギルドの最大戦力のような人材を遊ばしておくほど、『ワイルドワイルドウェスト』ギルドマスター団長は優しくない。


「クソがっ!」


 玉津たまつ リキヤが運転するスポーツカーに誘導される形で、ついにウィズが地下道に潜り込んだ。


「良くやった! プランBの第二フェーズへ移行! ご指名を受けた幹部諸君! さぁ! 我々の出番だ!」

『『『『おうっ!』』』』


 そのスポーツカーの助手席で団長がネックマイクを操作して、渇を入れるように吠えると、その通信を待っていた幹部達が気合いの入った返事を返す。


「リキヤ! 絶対に後ろへ行かせるな!」

「おうよ! 縦山 ヒロシ改造道場のアクションを見せてやらぁっ!」


 リキヤが団長のオーダーに叫び返し、クラッチ操作をしてシフトレバーをガッコンガッコン激しく入れ換え、そのまま車体をグリンとドリフトする。


「っ!?」

「はっはーっ! 良いツラ晒すじゃねぇかっ! ざまぁみさらせ!」


 車体前方をウィズに向け、そのまま激しくシフトレバーを操作し、物凄いスピードでバックを始める。


「へいへーい! ウィズちゃんビビってるぅ!」

「まぁ、リアルでこれやったら普通にビビるよね」

「マジレスはノーセンキューだっ!」

「というか、タテさんはどこに向かっているんだろう」

「間違いなく! 彼も立派な『第一分署』のメンバーだったってこったぁ!」

「あそこの貴重な一般枠だったのにねぇ、すっかりご立派になられて」


 驚愕の表情を浮かべてこちらを凝視するウィズに、それはそれは爽やかな笑顔で手を振りながら、団長は乾いた笑い声を出す。


 事の始まりは、ユーヘイブートキャンプ中のヒロシの一言であった。


『俺は独自路線を行く。だけど残念ながら、俺にそれを形にする能力は無い。だからユーヘイ、俺がイメージする俺のスタイルを構築するのを手伝って欲しい』

『良いよー』

『軽いな、おい』


 という流れでヒロシ改造計画が始まり、ヒロシがイメージする漠然とした、言語化不可能なあやふや口頭説明を、何故か解析出来てしまうユーヘイが形にし、それを相棒へ落とし込むという作業を始めたのだ。


 最初、ああいつもの『第一分署』クオリティだ、と誰もが思っていたのだが、これに食いついたのが『ワイルドワイルドウェスト』のメンバー達であった。


 縦山 ヒロシの元ネタ、盾樹たてき 弘喜ひろきが長年演じてきたアクション俳優としての部分、それを抽出してプレイスタイルに落とし込む、というその試みは『ワウルドワイルドウェスト』のメンバーにとって無視できない事だった。何しろ彼らが目指すDEKAとは、盾樹が所属していた中二病全開芸能プロダクションが中心となって製作された刑事ドラマであり、彼らが目指す場所もまたヒロシが見ている場所と同じであったから。

 

 そして彼らは入門する。ヒロシ改造計画の道場へ。


 何もかもがド派手で、中二病心をビンビンに尖らせ、男の子の魂を全力で満たす、そのアクションの真髄をゲットしたのだ。


 ドラマ『南部のあらくれ警察』と言えば、毎回やたらと全力を出すカーチェイス。やたらと近未来的な技術を注ぎ込まれた警察車両という名前のオーパーツな車。そして飛び交う銃弾と爆発と爆発と時々ヘリコプターからの、何故かショットガンによる狙撃……そういった荒唐無稽超ご都合主義なプレイスキルをインストールしてしまった訳である。


 リキヤが行っているドライブテクニックも、ユーヘイが冗談でやり始め、それ良いじゃんとヒロシが習得し、なら車もそれ専用に改良しないとおもんいないじゃんねと山さんが改造を施し、バックで百キロ余裕ですみたいな構造へと魔改造したのだ。もちろん、リキヤ所有のスーパーカー、愛称『エックス』も全力改造されている。


「へいへーい! カモンカモンカモンカモン!」


 じっとりと緊張から冷たい汗を流しながら、それでも余裕だしという表情で、来い来いとウィズに手招きするリキヤ。しかし、そのサングラスに隠された瞳は、必死でバックミラーに固定されている。


「ファッ○! イエロー○ンキー!」


 リキヤの挑発に、ウィズはこめかみにぶっとい血管を浮かべながら、オートマチックを連射する。


「左チョンチョン!」

「あいさ!」


 ウィズの銃口の向きを見ていた団長がリキヤに指示を出すと、リキヤは団長の指示通りにハンドルを二回小さく左へ小刻みに揺らすよう動かす。


「ちっ!」


 防弾仕様ではあるが、煽る目的で完全に避けてみせると、ウィズは奥歯を噛み締め首に野太い血管を浮かべながらアクセルを捻った。


「食いついた」

「おう! 掴まってろ!」

「いつでもどうぞ」


 リキヤが再び同じ操作をし、クルンと回転させて車体を戻し、今度は全力で逃げる。団長は後ろを振り返ってウィズがついてくる事を確認し、ネックマイクを操作する。


「ちゃんとついてきてるよね?」

『誰に言ってる誰に。団長直々のオーダーを俺らが違える訳ねぇだろ』

『そうそう。俺達もヒロシ兄貴の道場に入門した同門だぜ? そんなヘマしねぇさ』

『しっかり道を塞ぐ形で追ってる。心配しないで先行してくれ』

「了解。頼もしいねぇ」


 プランB。それはエイトヒルズ側からの誘導が難しいと判断された後、ベイサイドからウィズを誘導してエイトヒルズへと引っ張る作戦だ。


 団長はこれを第一、第二、第三と大きく区分したフェーズを個別に設定していた。


 プランBの第一フェーズ。団長と三人のサブギルドマスターによるウィズの挑発。そしてウィズにわざと足を用意し、それに乗せて地下道へと誘導する。


 第二フェーズ。六車線程もある地下道でウィズが戻らないように、リキヤによる挑発行動。その間に後方から追いかけてきた、第一線級だと戦力を評価された幹部による、道を塞ぐようにして追走。


 今のところ団長が描いた図面通りに作戦は進んでいる。


「ここまでは上手く進んでる、と」


 団長は緩く笑いながら、車両の警察無線を切り替えて、テツがいる作戦本部へ連絡を入れる。


「こちら団長。作戦本部どうぞ」

『おう、上手く誘導したみてぇだな』


 今日のこの作戦の為に、この地下道には専用の増幅器が設置されていた。なので地下でもクリアーに音声が聞こえる。もちろん、この地下道を管理している市役所に許可を受けて設置してあるので安心安全だ。


「不動の方はどう?」

『ああ、ダディの負担が大きかったが、すぐにノンさんが援護に来てくれたから膠着状態まで戻せた。ただ、フィクサーの奴らとイリーガル探偵との戦力差が思ったより開きがあってな、ちょっと旗色が悪い』

「……エイトヒルズに初心者系のDEKAプレイヤーが多く回されてますよね? 彼らに手伝ってもらうのはどうですか? イリーガル探偵に前面で頑張ってもらって、初心者DEKAに後方から支援してもらえれば行けません? 彼らも何だかんだでユーヘイさんのブートキャンプに参加していたはずですよ」

『ちょい待ち……今、水田の兄さんに確認した。それで動かす』

「了解。無線をこちらで入れますか?」

『いや、本部にもDEKAはいる。彼の無線から呼び掛ける』

「了解、お願いします」


 団長とテツとのやり取りを聞いていたリキヤは、面白いと笑う。


「エイトヒルズに回ってるのはソロが多いんだっけ? 策士やねぇ」

「さぁ、何の事やら」

「へへ、そう言う事にしておくよ」


 リキヤの言葉にすっとぼけた態度で誤魔化す団長。そんな彼の照れ隠しにリキヤはニヤニヤ笑いをプレゼントする。


 この手のゲームだと、何か一つでもきっかけがないと仲間を作るのが難しかったりする。実際リキヤはソロ専が長く、団長から声をかけられなかったら、今もソロか、もしかしたらこのゲームから引退していたかもしれない。


 こんな大規模なイベントを体験して、それでもソロをやっているような筋金入りの陰キャには、ちょっとした荒療治も必要だろう。リキヤはそんな事を考えながらアクセルをベタ踏みする。


 そんな何もかも分かってますよ、という空気感の仲間に団長は困った表情を浮かべながら、ネックマイクを操作した。


「さてそろそろ地下道を抜けるよ。第三フェーズ、派手に暴れようじゃないか。アーユーレディ?」


 団長の無線に、仲間達の雄叫びが帰ってくる。プランB最終フェーズはもうすぐそこまで迫っていた。

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