第188話 やっとこさのフィナーレ(長かったぜ……)

 イベント・アフター・ドラマチック・エピソード


 薄暗い一室。白い煙と甘い香り、そして強いアルコールの匂いに、その部屋は包まれている。


 静かに食器をナイフが擦る音と、声量を押さえた囁くような会話、時折そこにくぐもった笑い声が混じる。


 この一室に集まっているのは、南米を拠点としているマフィアの幹部達による食事会である。いや、今回ここに集められたのは前祝いのような集まりだ。


 極東に位置するイエローリバー・エイトヒルズ。そこを支配しているYAKUZA。今までは、その結束力と戦闘能力の高さが危険すぎて、介入出来る余地も交渉する方法も無かったが、新興勢力が台頭し均衡が崩れた事で潜入する事が出来た。しかも、こちらのほぼ最大戦力とも言える六人を送り込めた、これは勝ち確だと、宴席を開いたという訳だ。


 出された食事も大方食べ終わり、それぞれがゆったりと食後の酒を楽しんでいる中、宴席の中央で葉巻を楽しむ壮年の男性に、宴席の端の方に座っていた若い男が声をかける。


「親父、これで極東の仕事もやりやすくなるわけだが……そこの責任者は誰に任せるつもりなんだい?」


 壮年の男性はこのマフィアの頭領だ。そして若い男性は彼の甥にあたる。つまり若い男性は実力で幹部に成り上がった訳じゃなく、完全に血筋で選ばれた人物だ。彼はそれを特別な事だと思っている節があり、まるで自慢するように時々こうやって全く空気を読まない発言をするのだ。


 まぁ、自分が完全に選ばれた特別な人間である、と疑いもしない人物だから、確実に儲けが出るそこに自分こそが送られると思っているだけなのだが。


 そんな自信満々な、多分彼が思っている通り、我らがボスは派遣してしまうのだろうと予測している他の幹部達は、呆れたような雰囲気でその様子を眺める。


「今回はマリオに任せる」

「は?!」

「「「「……」」」」


 ボスの言葉に甥っ子は低い声を出し、他の幹部達は『おや?』と思い、名を呼ばれた幹部に視線を送る。


「自分が?」

「ああ。あそこは難しい立地だ、経験の浅い者に任せるには不安が残る。その点、マリオならば経験豊富で任せるのに不安はない」

「……ご期待に答えられるように」

「頼む」


 組織でも一番の古株、ボスの右腕と言っても過言ではない男マリオは、男らしい笑みを浮かべてボスの言葉に頷く。


 そうなると面白くないのは甥っ子の方で、そのやり取りを忌々しそうに睨み、八つ当たりをするように酒を飲む。他の幹部達はボスの懸命なる判断に感服しながらも、クソ生意気で大した実力もない甥っ子の惨めな姿に溜飲を下げる。


 まったりとしたリラックスタイムが続き、それぞれが担当する仕事の話などで会話が弾み、そろそろ良い時間だからお開きにしようか、というタイミングで部屋に慌ただしくボスの秘書のような役割をしている男が入ってきた。


「ボス」


 明らかに顔色の悪い男の様子に、ボスはただ事ではないと判断、すぐに何があったのかを問いかける。男は少し躊躇しながら、ボスの耳元で、たった今入ってきた情報を報告した。


「……事実か?」

「はい。インターポールの協力者からの情報です。奴はこれまでガセネタを報告してきた事はありません」

「……」


 ボスは手に持っていた葉巻を灰皿に置き、節くれだったシワだらけの手で、少し後退気味になってきた前髪を押さえるようにして掻き上げる。


「ボス?」


 ただ事ではない雰囲気のボスに、マリオが確認するように声をかけると、ボスは深々とした息を鼻から吐き出し、重々しく口を開く。


「送り込んだ全員が、現地の警察組織に逮捕された。それと我々が使った侵入経路をオーガ(鬼皇会の海外での通称)に潰されて介入出来なくなった。それとインターポール内部にも査察が入り、協力者の身が危ないらしい。今後、そこからの情報は望めなくなるだろう」

「「「「……」」」」


 ボスの口から語られる事実に、幹部達は言葉を失う。いや、一人だけ別の意味でヒートアップする者がいた。


「親父! 俺が行って何とかしてやるよ! だから兵隊を貸してくれ!」


 甥っ子が威勢良く吠えるのを、幹部達は呆れた様子で睨む。さすがのボスもこれには呆れたのか、秘書の男に目配せをし、男はスタスタと甥っ子に近寄ると手加減抜きで拳を顔面に叩き込んだ。


「ぐべぇっ?! があっ!? てべぇ!? だにじやがづっ!」


 鼻と口から血を流し、折れた数本の前歯を口から落としながら甥っ子が叫ぶと、秘書の男は拳に刺さった前歯を抜きながら、冷たい視線で見下す。


「お坊っちゃま、ごっご遊びではありません。これは組織の『仕事』なんですよ?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ん!?」


 明らかに馬鹿にされた口調で言われ、甥っ子が凄むが男は怯みなどせず、呆れた様子で肩を竦めてボスの横へと移動した。


「お前は可愛い甥っ子だがな、お前に任せているのは仕事ではないのだ。お前に任せている仕事は一つとしてない。それこそ誰がやっても一定の成果が出るようなお使いしかやらせていない。この場にお前がいられるのも、俺の甥である、ただそれだけの理由でしかない」

「っ!? お、おだじっ?!」

「お前のごっこ遊びでどうこうできる次元の話ではないし、これはもう誰がどう動こうとどうにもならないレベルの大事件だ。だから黙っていろ」

「……」


 半世紀近く、この一大犯罪組織の頂点に君臨し続けてきた年季は伊達では無く、ボスの一睨みで甥っ子は顔を青くして震える事しか出来なくなる。


「ボス。では奴らは見捨てるので?」

「……オーガとダスト(星流会の海外での通称)のトップに詫びを入れる」

「っ!? よろしいので?」

「切り捨てるのには価値が大きすぎる。それに奴らが担当している地区も、あいつらがいなければ確実に荒れる」

「んんんんんん」


 組織の暴力装置、組織の力の象徴、ネイガー達はそう言う位置付けだった。だから見捨てるという選択肢は存在せず、どうにかして助け出さなければならない。


「……やはり極東は我々にとって鬼門ですね」


 疲れた表情で紙巻き煙草を口の端に咥え、紫煙と一緒に溜め息を吐き出しながらマリオが言えば、ボスも啜るように鼻で息を吸い込みながら頷いた。


「あの国は色々とおかしいからな」


 物凄く実感の籠ったボスの一言に、幹部達は全くだと頷く。


「オーガにダスト、それにドラゴン(龍王会の海外での通称)だけでも頭が痛いのに、現地警察組織まで奴ら並みとか、洒落になってませんね」

「ああ、こちらなら多少の金を握らせればどうとでもなるが……そう言う手合いではないんだろうしな」

「頭が痛い事だ」


 どこか自棄っぱちな空気感が漂い始め、幹部達は口々にイエローウッドライバー・エイトヒルズの魔境っぷりを語り出す。


 幹部達のざわめきを、テーブルを軽くコンコンと叩いて黙らせ、ボスは幹部達を見回しながら口を開く。


「今回の失敗は重たい。完全に一度手を引き、また別のタイミングが来るのを待つ。それで良いな」

「「「「はっ」」」」


 灰皿に置いた葉巻を手に取り、葉巻から立ち上る煙を眺め、ボスは何歳も老け込んだような草臥れた表情を浮かべ、重たい重たい息を吐き出すのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーー


『コングラッチュレーション! イベント完全クリアー達成おめでとうございます! 「粉砕」「集結」「結集」「終局」それぞれのクリアーポイントが規定値SSSランクを越えました! 今回のイベントに参加されたプレイヤー全員に特別報酬がプレゼントされます! この後、小規模アップデートが予定してますが、それまでの間、特殊フィールドや舞台となった場所で振り返りクエストが受注出来ますので、是非ご利用下さい!』


 クエストインフォメーションが全プレイヤーに通達され、その内容にイベントに参加をした全員が雄叫びのような声を出した。


『今回のイベントに参加されたプレイヤー個人の貢献度などは、小規模アップデート後に発表されます。また、その発表に合わせ、今回のイベントで獲得したポイントとアイテムの交換を開始いたします。イベントポイントは来月末までは有効ですが、それ以降は消滅してしまいますのでご注意下さい。今回のイベントに参加して頂きありがとうございます。引き続き小規模なイベントは続きますのでお楽しみ下さい』



 こうしてあまりにも濃ゆい初回イベントとなったお祭りは、フィナーレを迎えるのであった。


「何か色々、スッキリしない部分が無かったか?」

「それは次回イベントで、って事じゃね?」

「それはそれで今回の様な感じになるって事確定じゃないの?」

「うへぇ、勘弁してくださいよ先輩」

「おいおい町村君、何故そこで俺を名指しにするかね?」


 某『第一分署』の皆々様は、ちょっとだけ戦々恐々としていたとかいなかったとか……

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