合幕劇 ここはAI酒場

 ここは世界最高のプログラム『オモイカネ』の中に設けられたAI達の社交場。


 普段はGMちゃん等と呼ばれている彼ら彼女らの憩いの場所。


 各社運営と呼ばれている人々ですら見られない、素顔のままのAI達の様子を覗いてみましょう。




 憩いの酒場『安酒』。ここはAI達が気軽に訪れるようにと、『オモイカネ』システムによって産み出された空間である。


 リアル世界にある、アーケード街の裏路地にひっそり存在していそうな、そんな場末感満載な店構えをした居酒屋をモチーフにしている場所だ。


 薄汚れた、良い感じに使い込まれた色味をしているカウンター席に、草臥れたサラリーマンを思わせるヨレヨレのリーマンスーツを着た、女性アバターのAIがグデングデンな様子で項垂れている。


「お客さん、今夜はそれくらいにしておいた方が」


 カウンターの中で調理をしている風の、この空間を管理している『オモイカネ』が制御している管理アバター、短髪にちょっと汚れたタオルのねじり鉢巻を巻いた、実に大将と呼びたくなる存在にたしなめられた彼女だったが、ヒラヒラと手を振ってその厚意を否定する。


「あーすみません。彼女同僚なので、自分が面倒を見ますので」


 そんなところに、実に真面目な好青年と言った感じのアバターAIがやって来て、大将にペコペコ頭を下げながら彼女の隣に座った。


「酩酊プログラムを許容し過ぎですって先輩」


 AI達の気晴らしの為に開発された飲酒した気分になれる酩酊プログラム、それが大量に含まれた『お酒』の入ったグラスを彼女の手から引き抜く。


「あんよーあたしのお酒返しなさいおー」

「あーもー、ユーヘイさんにクソ運営って言われたの、そこまで気にしなくても」

「うっさいわねーほっときなさいよー」

「はぁぁぁぁぁぁぁ」


 最近、この居酒屋には黄物を運営しているAI達が多く訪れるようになっていた。それもシステム回り、ストーリー関係、クエスト関係を対応するAI達がたむろするようになっていた。


「もぉ諦めましょう? 実際クソ運営呼びされるようなクエストを見つけ出されて、彼らがこちらの想定の斜め上を進むなんて、もう界隈じゃ風物詩のようになってるじゃないですか」

「本来ならクリアー出来ないクエストをクリアーされて、それでクソ運営って呼ばれてるのよ? やってられないわよ」

「喜ばしい事じゃないですか。こちらの予想を上回る手段で、閃きで、テクニックで越えていくならむしろ歓迎するべきでしょ」

「むぅー」


 黄物のAI達が訪れるようになったのは、全て大田 ユーヘイというプレイヤーが登場してからだ。


 運営主導で色々と工夫をして改善をしようとしていたシステムは、チュートリアルの前にちょちょいといじられた程度で改善されて、システム担当のAIがやさぐれたり。彼女が担当するクエスト関係も同じような感じで、本来ならば選択肢にすら出てこない超高難易度のクエストを出現させたかと思えば、それを見たプレイヤー達からクソ運営、鬼畜運営と罵られるという不条理。


 人間の機微に疎いままではクエストやストーリーは作れないと、感情プログラムを搭載している彼ら彼女らからすれば、実に『ストレス』を感じる事実だ。


「あちしがわるいわけじゃないもん!」

「あーはいはい、そうですね。先輩は悪くないですよ」

「そーでしょーあちしはえらいもん!」

「はいはい、先輩はエライですよ」


 感情プログラムを持つAI達は『ストレス』に対する抵抗力が、人間と比較すれば弱い。だからこその憩いの場所なんのだが、『オモイカネ』はグデングデンに酔っぱらうAIにやれやれと言った『感情』を向ける。


 そして思い出すのは、最初期、まだVRゲームと言えば『スペースインフィニティーオーケストラ』一本しか無かった時代がフラッシュバックする。


 あの頃も今と同じく、特定プレイヤーの特異点のような活躍に、頭を抱えるAI達でここは溢れていたなぁ、等と懐かしい気持ちになる。


「はいはい、仕事に障りますから、行きますよ」

「あんよーもっとのませなさいよー」

「しっかりしてくださいよ先輩」


 そして酔っぱらいをキャリーしていくのは、いつも理性型の感情プログラムをインストールされた後輩タイプのAIだなぁ、としみじみと思う。


 ここはAI達の憩いの場所。AI達の息抜きの場所。しかしその光景は、人間の日常とあまり変化がなかったりするのだった。

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