第187話 大詰め ②
ユーヘイの召喚を受けて、『第一分署』と同盟ギルドが猛烈な勢いで最前線に向かっている頃、当のユーヘイとアツミは必死こいていた。
「前に出たら出たでそりゃぁねぇだろうぉっ!?」
「上手い具合に届かない距離っぽいですねぇっ! ちくしょーめっ!」
奇跡の一撃を食らわした後、仲間を呼び出して余裕をぶっこいていたら、今度は後ろからマシンガンで攻撃をされるという状況に陥っている。
こちらが加速すれば加速し、ギリギリ相手の攻撃が届く距離感を保ち、こちらからの攻撃は届かないという。
そんな状況下で、ユーヘイはバックミラーで相手の動きを予想しながら回避し、アツミが顔を出しすぎないように注意しつつ銃撃を行っているが、やはり絶妙な距離感を保たれて届かない。
「くっ! やっぱり届かないっ! ユーさん! ライフル!」
「元ネタの人的に俺はどっちかつーとサブマシンガンだから買ってねーし!」
「どっちかって言うとタテさんですもんねっ!」
「設定的にも向こうがスナイピングの名手って事になってるからねぇっ!」
「ちくしょーめっ!」
「ごめんねーごめんねーっ!」
冷や汗を流し、必死の形相になりながらも、それでもどこか余裕を感じさせる軽口を叩き合う二人。だが、それは少しでも冷静になろうとしている足掻きであり、だからこそ二人で必死に言葉の応酬をし合う。
だがそれだって限界はある。だから二人は叫ばずにはいられない。
「眷属達ぃーっ! 早くキテキテー!」
「ノンさんキテー! ダディさんキテー! トージ君キテー! タテさんキテー!」
「誰でも良いから早くキテェー!」
だが残念なが、瞬間移動してくるような事は無く、ほな代わりに食らえ、とばかりに後方からマシンガンが吠える音が轟く。
マシンガンの弾丸がアスファルトを削り、蛇のように這いずるようにしてレオパルドのタイヤを狙ってくる。
「くっそっ!」
急ハンドルを切り、大きく車の尻を揺らし、タイヤを激しく焦がしながら回避した。
「結構な頻度でクソゲークソゲーって思っているのに、どうして俺はこんなに頑張っているんだろうなぁっ!?」
「そんなクソゲーがお好きなんでしょっ!?」
「否定出来ない体にされちゃってねぇーっ! ちくしょうめっ!」
「マジな感じに理不尽クソゲーじゃないのが絶妙なんでしょうねーっ!」
「否定できねぇーっ!」
配信を見ていた視聴者達は、『え? これで理不尽じゃねぇの?!』『おれたちのりふじんのほうそくがみだれる』『いやいやいや、もうすんごい理不尽だよ現状』『教育され調教された姿がこちらです』みたいなコメントに溢れる。
だが実際の話をするならば、それがどんなに理不尽に見えようとも、勝利の道筋が一パーセントでも用意されていれば、それすなわちゲームとして成立してしまうわけで、それを嗅覚で感じ取れるタイプのユーヘイみたいなプレイヤーは頑張れてしまう。
実際、今の状況に遭遇した一般的プレイヤーならば普通に心が折れる。だが、こんな状況にあっても『勝ち筋臭』を感じ取っているユーヘイは、ぶつくさ文句を言いながらも自分の感覚を信じて突き進んでいる訳だ。
アツミはそんなユーヘイの感覚を完全に信用しているので、ユーさんが諦めないならそれすなわちクリアー出来る、と疑わない為、本当に理不尽かどうかは判別不能だったりする。
「そろそろマジでキツいんですがっ!」
「がんばれがんばれ♪」
「うおおおおおおおおおっ!」
ギリギリの状況で何とか耐えていると、待望の無線が入って来た。
『随分と派手派手なパーリィナイトをやってるじゃないの』
「「き、きちゃぁぁぁぁぁっ!」」
男前な我らがノンさんの、全くもって男らしいキリリとした無線に、ユーヘイとアツミは片手同士でハイタッチをして叫んだ。その無線と全く同じタイミングに、ラングの車の左右にバイクが顔を出し、後ろに便乗しているDEKAプレイヤーの射撃が始まった。
『待たせたユーヘイニキ! 少しは休憩できるぜっ!』
同盟ギルドのプレイヤーの無線に、ユーヘイはここまで溜め込んでいた疲労を全て出すような、そんな深い深い溜め息を吐き出して微笑んだ。
「頼もしいこった」
「ええ、本当に」
ふーっと冷や汗を拭くような仕草をするユーヘイに、手に持っていた拳銃を引き剥がすように取りつつアツミが嬉しそうに微笑む。
「これで大詰め、ですね」
「あー……」
アツミの一言に、『あ、それフラグ』と言いそうになったが、これ以上の事はさすがに鬼畜運営でも用意してねぇだろう、と言葉を飲み込んで曖昧な笑いで言葉を濁した。
アツミはそんなユーヘイの態度を不思議そうな表情で見つめていたが、後方で派手に行われる攻撃に意識を持っていかれる。
『タイヤを狙いなさい! とにかく足を止めて!』
『『『『はい喜んでーっ!』』』』
「どこの居酒屋だよ、ったく」
無線で行われるコントのようなやり取りに、ユーヘイの態度も普通に戻り、アツミが感じていた違和感のようなモノが消えてしまった。
ちょっとした違和感だったからアツミもすぐに忘れ、これまで苦しめられてきた相手を追い詰める仲間達の戦いに集中する。
「わお、さすがにこれだけの数で押せば、装甲車仕様の相手でもボロボロになりますね」
「どう言うダメージ計算式をしてるか分からんけど、まぁ普通に考えれば、考えるな殴れ話はそれからだ、戦法はどんな相手にも有効だからね」
すっかり楽勝ムードに入って余裕を取り戻した二人は、少しだけ気を抜きながら車を流す。
『しゃぁっ! タイヤぶち抜いたったっ!』
そしてついにラングの車両に致命的な一撃を食らわし、スピンさせる事に成功した。
激しく回転しながらすっ飛び、やがてそのままガードレールに衝突して止まった。
「しゃぁっ!」
「やったぁっ!」
その様子にユーヘイはガッツポーズをし、アツミもやったーと両腕を挙げて喜ぶ。
これで終わったとユーヘイはゆっくりとスピードを緩め、安全に停車する。
それは他のメンツも同じく、思い思いの場所に停車した。その中でダディのピックアップトラックが、煙を吐き出す車両に近づき、助手席からノンさんが降りてくる。
ノンさんはいつもの巨大な拳銃では無く、初期のリボルバーを構えて、用心深くラングの車両へと近づいていく。
「さすがノンさん。この状況でも油断無しか」
「さすがに終わりですよね?」
「あー……」
ノンさんの動きに感心をしていると、再び『だからそりゃフラグだって』と突っ込みたくなる台詞を言うアツミ。
ユーヘイが曖昧な笑顔を浮かべて言い淀んでいると、ノンさんがゆっくりと運転席のドアを開く。
その様子を固唾を飲んで見守っていると、運転席を覗き込んだノンさんが、突然そのドアを蹴飛ばす。
『どこにもいない! どこ行ったぁっ!?』
「「はぁっ!?」」
ネックマイクを押さえて叫んだノンさんの言葉に、無線を聞いていたユーヘイとアツミが声をあげ、他のプレイヤー達も困惑の声を出す。すると、車両が停止したガードレールの後ろ手からヘリコプターが上昇してきた。
「マジかよっ!」
開けっぱなしになっているヘリのドア、そこから見える座席に、ボロボロながらも勝ち誇った表情を浮かべたラングの姿が見えた。
ユーヘイが弾かれたようにアクセルを踏み込むのと同時に、ヘリコプターがハイウェイの上を逃げるように動く。
「やり過ぎだってぇのっ!」
咄嗟に動けたのはユーヘイのみ、慌てて合流してきたメンバーが動き出すが、それを邪魔するように合流ポイントからフィクサーの車両が沸き出す。
『ちっ! 往生際が悪い!』
『マジかよ!? 運営性格悪すぎるぞ!』
『これクリアー出来るのか?!』
『知らねぇ! 知らねぇけど動け動け動け!』
フィクサーの妨害を強引に振りきろうと動く仲間達。しかしスタートダッシュを完全に失敗した影響は大きく、ヘリコプターを追うのはユーヘイのみ。
「ユーさんこれは……」
「無理、かなぁ……さすがに」
アクセルを踏み込んで最高速度を出しているが、さすがに空を飛ぶヘリには追い付けそうにない。
ぐんぐんと引き離されていく状況に、さすがのユーヘイも諦めが含んだ口調で呟く。
「クソ、悔しいなぁ……」
他の四天王三人は、完璧に近い対応でタイホ出来た。だが自分が関わったクエストは失敗……その事に心底悔しそうに呟く。
「クエスト失敗、かぁ……あれ?」
小さくなっていくヘリコプターを見上げながらアツミが呟く。しかし、その視線の先に見えたモノを見て、彼女が小首を傾げる。
「……ユーさん、あれ」
「ん? んんー? はっ……ははははははははははっ! あーはははははははははっ! そうだよなぁっ! 元ネタだってそうだったよなぁっ! 分かってるよさすがぁっ!」
アツミが見ている先、そこへ視線を向けたユーヘイがゲラゲラ笑って手を叩いた。
そこにはバイクを運転するトージと、その背後で立ち上がった状態でスナイパーライフルを構えるヒロシの姿があった。
「やっちまえっ! タテさんっ!」
ユーヘイの言葉が聞こえた訳じゃないだろうが、ヒロシが薄く微笑みながらライフルのトリガーを引いた。その一撃は一直線に操縦席のガラスを貫き、パイロットの腕を貫通していく。
ヘリコプターの挙動がおかしくなり、やがてその制御を失って、ブレードの動きが不規則になりハイウェイへストンと落下した。
爆発こそしなかったが、完全にぐちゃぐちゃとなったヘリコプターの残骸へ、ユーヘイとアツミが駆け寄り、血だらけになってそこから這い出そうとするラングの頭に銃口を押し付けた。
「タイホだ、このクソ野郎」
犬歯をむき出しにして笑うユーヘイを見上げながら、ラングは力無く両腕を挙げ項垂れた。
『コングラッチュレーション! クエスト完全クリアー!』
やっと聞きたかったクエストインフォメーションが脳内に響き渡り、ユーヘイとアツミは『パァン』と高らかとハイタッチをするのだった。
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