第189話 ちょっとしたサプライズって奴ですよ。 ①

 熱狂とほぼ狂乱のイベントは、予備日を合わせて全てつつがなく終了した。


 イベント終盤にあった告知通り、黄物に小規模アップデートが入り、約半日近くの時間が費やされた。普通ならアップデートをすると新たなバグが発生し、修正のアップデートの修正とか、修正のアップデートで修正したら別のバグが発生したのでそれの修正とか、エンドレスアップデート、最終的には終日メンテナンス、何て事はざらにあるVRMMO界隈で、一発アップデート成功を決めるエターナルリンクエンターテイメント社はさすが一流企業である、と絶賛されたりしていた。


 そんなネットニュースを横目でチラ見ながら、大田 ユーヘイの中の人、権堂ごんどう 大介だいすけは端末のメールから現実逃避するように視線をずらす。


「……あの馬鹿は何を考えてやがんだよ……」


 ネット通販で購入したお一人様専用鍋セット。ちょうど一人分の鍋を楽しめる、卓上コンロの火力を調整しながら、薄味な大人のすき焼き風肉鍋を煮立てないよう注意しつつ、大介は溜め息を吐き出した。


 メールの題名は『面貸せ』。差出人はパルティ・司波。メールの内容は、要約してしまえば『第一分署とうち(株式会社サラス・パテ)のタレントとコラボするぞ。返事はイエスかハイか了解しか許さん』だった。


 アツミの中の人が、実は一世を風靡したVLove、ヴァーチャルアイドルの白井しらい ラリであり、サラス・パテ所属のタレントである事実は大介しか知らない。いや、ノンさんは察しているし、妻の観察を怠らないダディなんかも察しているだろうが、まさかここでコラボしようと提案してくるとか、恐ろしい未来しか見えない。 


 あの会社に所属するタレントには、PONの神に見入られしPONの申し子。その行動から言動全てが撮れ高と言われている華樹かじゅ らいちという不安要素がいるのだ。それだけでコラボなどしたくない。


  いや、見ている分には楽しいし、なんならファンでもあるのだが、それはそれこれはこれ、という言葉がバッチリハマる人物だ。


 もっと言えば、サラス・パテはLiveCueのヴァーチャルアイドルグループ最大手であり、所属タレント全員がチャンネル登録者数百万人を越えている化け物揃い。吹けば飛ぶような自分とは大違いである。


 自分の『関係ないねちゃんねる』の登録者数は、現在九百万人を突破し一千万人目前だ。そして個人Vランナー勢としては国内ぶっちぎりの一位である……という事実は綺麗さっぱり忘れている大介だった。


「もうすぐ合流の時間だが……これ、俺の口から皆に伝えるのか? マジで?」


 ノンさんとダディはスペースインフィニティーオーケストラの元プレイヤーだから、パルティ・司波こと暴虐の鮮血女王、戦場で躍り狂う鬼女というワードを告げれば、大介とパルティは同じクラン(ギルドのような集まり)だったから理解してくれるだろうが、そうじゃないタテさんやトージには説明がしにくい。(ナチュラルに山さんはその存在を忘れられている)


 ブツブツ呟きながら色が変わってきた、ちょっとお高めの国産牛を箸でとり、生卵を溶いた取り皿に潜らせ、口に運ぶもせっかくの国産牛肉の味が分からない。その事に溜め息を吐き出し、大介はコンロの火を止めて鍋に蓋をする。


「あいつ……俺がこうなる事も見越してメールしてるだろうしなぁ……マジ、性格最悪だから……」


 食欲が減退し、ゲームが終わった後に温めて食べようそうしよう、と決めてVR専用チェアに移動する。


「とりあえずは運営のフィナーレを見て……そっから考えよう、うん」


 全ての問題を未来の自分に丸投げし、大介はVRの世界へと旅だった。


 少しだけクラリとした目眩に似た感覚を感じ、その後にフワリと浮遊する感触が全身を包み込む。VR世界に入り込む時に感じる、もはや慣れた感覚を振り払うように目を開ければ、黄物世界の入り口であるロビーにログインしていた。


「まだちょっと早かったかな」


 ロビーには『あと十分でログインが出来るようになります』という、宙に浮かぶ電光掲示板のようなモノが設置されており、ユーヘイになった大介はポリポリと頭を掻く。


「部屋に戻るのも面倒臭いし、今回のイベントで交換出来るアイテム類でも眺めますかねぇ」


 ユーヘイは近くの座れる場所に移動し、システム画面を呼び出して、イベントポイントで交換出来るアイテムが掲載されている、某通販専用のとんでもなく分厚いカタログを呼び出して広げる。


「ヤベェDEKAの劇場版衣装はもちろん確保だけど、それでもポイントは余るんだよなぁ」


 今回イベントの目玉交換アイテム、各種刑事ドラマの正式レプリカ衣装はぶっちぎりに高いポイントが設定されているのだが、それすら余裕で支払えるレベルでポイントをゲットしているので、ユーヘイは他にも欲しいと感じるアイテムが無いかチェックする。


「あー、劇場版以外の『ちょいと』とか『もうちょいと』とかの時の衣装もあるんだ。良いね。似てる服を探して着た切り雀は回避してたけど、これがあればローテション組めるな」


 ヤベェDEKAの登場人物達は、妙にお洒落で清潔感がするキャラクター達なので、ゲームとは言え、同じ服をずっと着ているのは抵抗があったのだ。それを回避するために色々工夫はしていたが、今回のアイテムはまさに自分にうってつけな報酬だ。


「それでもポイントは余るんだよなぁ……どうすべ」


 一番最後のイベントクエストが実にヤバイ配分で、しかもクリアーランクが見た事も聞いた事もないSSSランクと言う未知の領域。それまでのイベントで稼いだポイントが霞んだのは言うまでもない。


 そのあまりにあんまりなポイント分配に、『第一分署』全員が苦笑いを浮かべたのは記憶に新しい。まさに『これには仲間達も苦々しくにっこり』状態だった。


「……あ、劇中モデルの拳銃とかあるし……でもなぁ、持てる武器の数って制限が……あれ? これってそこに引っ掛からない? おおっ! マジで! 交換するする! これも決定だな。後で山の奴に調整させるとして……」


 『南部のあらくれ警察』仕様のギラギラしい銀色の銃身をしているショットガンだとか、妙にゴテゴテしたライフルだったりだとかを横目に見ながら、ヤベェDEKA系の武器類にチェックマークを入れていく。


「あとは……うわぁ、小物関係も充実してるし……えっと、見た目を完全に昔の煙草の箱の見た目に変えるお菓子の箱、って何このピンポイントに俺とタテさんを狙い撃ちにしてるアイテム」


 他にも、『特定のお菓子を口に咥えると紫煙のエフェクトが発生するフィルター』だの、『取調室に無臭の紫煙が充満するフィルター』だの、なんちゅーニッチなラインナップしとるんじゃい! という突っ込みを禁じ得ない交換アイテムが大量に存在していた。


 もちろん、せっかくだから全部チェックマークを入れていく。


「お、早いな」

「ん? ああ、タテさんお疲れ」

「お疲れ。待ちきれなくなってログイン……って事はないか」

「まぁ、色々、とね」


 ふらりとヒロシがログインし、ユーヘイの姿を見つけて挨拶をしてくる。早めにログインした理由、コラボの事はダディとノンさんにこっそり相談してから行動に移そう、そう思っていたユーヘイが言葉を濁すと、そこら辺の気遣いと言うか配慮は完璧なヒロシは、何も聞かずにユーヘイの横に座った。


「何見てるの?」

「ああ、今回のイベントで交換出来るアイテムのカタログ」

「……随分と分厚い、ね」

「ラインナップを見る限り、結構な力の入れようよ」

「俺も見よう」


 スルーしてくれた事に感謝をしながら、男二人で静かにカタログを眺めていると、今度はトージがログインしてきた。


「あれ? 早いですね」


 ヒロシと同じような事を言いながら、軽く手を上げながら二人の前に立つ。


「何です、それ」

「今回のイベントのアイテムカタログ」

「……分厚くないですか?」

「気合い入れちゃったんじゃないの。ラインナップ見るに、こんなん俺らくらいしか交換するプレイヤーいないよ、っていうニッチなモンとか多いし」

「……何ですか、その囮捜査用の変装衣装、とび職って」

「ヤベェDEKAであったからじゃねぇの? 他にも謎の爆弾解体技術持ちインド人衣装とかあるし」

「はははのハッさん?」

「良く出てくるなっ!? 多分それ」

「あの話好きです」

「「分かるぅ」」


 男三人で頭を付き合わせながら、カタログを見て、あーだこーだ言い合っていると、ノンさんとダディもログインしてきた。


「あんたら、仲良いわねぇ」

「放課後の男子高校生かっ! って感じだね」

「ああ、あっちゃんが少し遅れて来るって連絡があったわよ」

「「「うぇーぃ」」」

「んで、何見てるの?」

「「「アイテムカタログ」」」

「「分厚くない?」」


 結局、ゲームにログイン出来る時間になるまで、アイテムカタログを見せ合いながら時間を潰し、遅れて来たアツミと合流したタイミングでやっとゲームに入れる時間となった。


「んじゃまぁ、行きますか」

「「「「おう(はい)」」」」

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