第190話 ちょっとしたサプライズって奴ですよ。 ②

 彼女が遅れた理由――


 真野まの 温香あつかが今日も今日とて、イエローウッドリバー・エイトヒルズにログインするために、株式会社サラス・パテの収録ブースへ向かっている最中の事。


「やっほー」

「あ、社長」

「今日も仲間と一緒に遊ぶ感じ?」

「あ、はい」


 会社が所有しているVR機器は常に最新鋭であり、更には使っている回線なんかも最速で、家の機器を使うよりもこちらを使った方が使用感は良い。


 実際の話、二回目のログインは自宅のVR機器を使用したのだが、物凄くラグを感じてしまいプレイに集中できなかった。


 配信をしていなかったから、収入という点で不安があり、直ぐ様最新鋭のVR機器と回線、それらを支える最新PCを用意するというのは難しかった。それを社長に素直に相談したら、会社の収録ブースを好きに使って良いという確約を貰ったので、今では会社に来ては収録ブースでゲームを楽しんでいる。


 ただ、やっぱり会社の設備を使って遊んでいると言うのは、かなり申し訳無い気分になるので、社長に直接遊びに行くの? と聞かれれば言い淀んでしまう。


 そんな微妙な表情を浮かべている温香に、社長であるパルティ・司波はニコヤカな笑顔を向ける。いっそ、すんごく、胡散臭い笑顔を。


「今度、『第一分署』とウチのタレントでコラボするから、よろしくね?」

「あ、そうなんですね。楽しみにぃ……ふぁあっ?!」


 チェシャ猫のように三日月型の笑顔を浮かべ、ぐふふふふと笑いながらパルティに言われ、さらりと流そうとした温香が悲鳴に似た声をあげる。


「えっ!? ちょっ?! はいぃぃぃっ?!」

「そんなに驚かなくても良いんじゃないの?」

「いやだって、えっと私の事は……」

「温香は『第一分署』側よ?」

「あ、それで良いんですね?」

「だって黄物は温香のリハビリだもの。それとも今すぐ復帰したいの?」

「いえそれはそのぉ……」

「冗談よ。そっちは気長にしましょう。この事を知ってるのは大介、いえユーヘイだけだから、アツミとして言っちゃダメよ?」

「はい」

「うんうん、じゃ、行ってらっしゃい」

「はいぃ」


 特大の爆弾を落として立ち去るパルティの背中を見ながら、温香はノンさんにメールを送る。少し遅れますとメッセージを送り、精神的ショックから立ち直る為に時間を使ったのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


『レディース&ジェントルメェン! 第一回イエローリバー・エイトヒルズの公式イベントが無事終了した記念配信を始めますよぉっ!』

「「「「おっ」」」」


 全員(山さんは本日残業の為不在)が捜査課のオフィスへ入った瞬間に、公式の配信が始まり、『第一分署』の面々はそれぞれのデスクに座って配信画面に集中する。


「今回は鬼灯えらいひとじゃねぇんだな」

「そうだな……で、この人誰?」

「縦山先輩マジですか?! 今、結構人気な芸人さんですよ。マックス寺内てらうちさんです」

「「へー」」

「ちょっ!? 先輩も知らないんですか?!」

「いや、テレビ最近見ないし。見たとしても昔のドラマとかアニメとかのサブスクぐらいしか見ないしなぁ実際」

「サブスク良いよなぁ。好きなドラマとか映画とか見放題だし、繰り返し見ても良いし」

「なぁ。気に入った話とかリピートしまくったりしてるよ俺は」

「分かるぅ」


 ダメだこりゃ、とトージが助けを求めるようノンさん達に視線を送るも、どうやらご夫婦もユーヘイ側らしく視線を逸らされる。ならばとアツカに視線を送るが、彼女もそっと静かに顔を背けてしまった。どうやら自分がここでは少数派であるらしい。


「ナレーション芸っていうジャンルを開拓した人で、そこ繋がりで結構大きな番組のMCとか任されてますよ」

「なんじゃいナレーション芸って」

「自分の語彙力では説明は無理です。でも、聞きやすいでしょ?」

「まぁ、滑舌と言い回しは耳障りが良いとは思うな、確かに」

「ですよね」


 トージの説明を聞きながら配信を見ていると、今回のイベントのテーマが発表された。


『今回のイベントのテーマ、モチーフは「劇場版」でした。どうでしたか? いつもより派手派手な演出やクエストが用意されていたと思います。これらは今回の小規模アップデートで、ノーマルクエストにも組み込まれ、今後はノーマルクエストが超巨大なクエストに進化するルートに派生するようになりますから、是非探してみてください』

「「「「……」」」」

「そこで俺を見るのはやめれや」


 司会者の説明で一斉に自分を見つめる仲間達を、ユーヘイは鬱陶しそうに手を振りながら苦笑を浮かべる。


「いやだって、なぁ?」

「ですよ、ねぇ?」

「諦めなさいな、ねぇー」

「否定できない、だろ?」

「ユーさんごめんなさい!」

「お前らは……」


 口々に好き勝手な事を言う仲間達に、ユーヘイは握り拳を持ち上げながら、わざとらしくワナワナと震えさせる。そんな遊びの後ろで、公式配信は進んでいく。


『今回はノービス、DEKA、YAKUZAプレイヤーと、垣根を越えた協力も見所でした。これらはこれからも継続して運営が力を入れて交差させていく事をお約束いたします。せっかくこれだけ作り込まれた世界があり、一つの場所だけで完結してしまうのは勿体無いですからね。じゃんじゃんとクロスしていくクエストを作っていく予定です。あ、想定する人数が増えるのが予想されますので、用意されるクエストは全て高難易度になるとの事です。心して挑んで下さい!』

「「「「……」」」」

「天丼やめーや」


 公式配信で発信される事全てにユーヘイが『やらかしそう』で、やはり仲間達は分かっていてもユーヘイを見ずにはいられなかった。


 そんなにやらかしている実感の無いユーヘイは、理不尽なモノを感じながら、面倒臭そうに手を振る。


『それではここからは、今回イベントでの色々な事を発表して参ります。まずは大活躍したYAKUZAプレイヤーの皆さんにピックアップした動画を作りましたので、こちらをご覧になって下さい! どうぞ!』


 妙に凝ったタイトルロゴが表示され、どこかで聞いた事のあるBGMがバックに壮大な感じで流れる中、トップギルドのYAKUZA達が登場していく。それは完全に昔の任侠映画のノリであった。


「毎回思うが……ここの運営の愛が重い」

「仁義無きか、これ」

「俺はあんまり任侠映画って得意じゃないから見てないけど……多分そうなんじゃないのかな」

「いやまぁ、『広島焼き』の連中なんか、マジで元ネタこれだろうけど」

「そうですよね。親分、角松さんとか、まんまですよね」


 こちらの『第一分署』と同盟を結んだ、『広島焼き』『月島会』『松竹組』の面々が出ている動画は、どっからどうみても昔のヤクザ映画まんまだ。なんならVシネ系も多少混じっている感じがするし、これだけでも映画として成立するようなインパクトがある。そんな才能の完全なる無駄遣い的動画を見続け、再びマックス寺内が登場する。


『はーいはーい、すんばらしいぃーですね! こちらの動画は、イベント中に公式が随時加工して配信していた動画とは別バージョンとなっております。こちらはこちらでこの配信後から公式ホームページでいつでもご覧になる事が出来ますから、何回でもリピート再生してくださいねぇ! ではお待ちかね! YAKUZAプレイヤーの皆さんのポイントランキングを発表して参ります! 全てのプレイヤーのランキングを発表するのは時間的に無理なので、ベスト三十までの発表となります! ポイントは主に今回イベントへの貢献度が基本となりますから、ランキング上位にいるプレイヤーはそれだけ今回のイベントを楽しんだプレイヤーだと言う事になります! ではではまず三十位から――』

「おいおい、なんだよランキングって」

「聞いてないが?」

「また荒れそうな事を……」

「この手の事ってやっかみとか発生するから面倒臭いんだよねぇ」

「……困りましたね」


 今回のイベントで競争するような要素がなかったから、この手のイベントでポイント集計後からのランキング発表は無い、と踏んでいた『第一分署』の面々は呆れた溜め息を吐き出す。


 今回の事で、ほとんどのDEKAプレイヤーとは協力関係になってはいるが、それでも妬み嫉みと言うのは発生するモノで、ましてや数値として実際に比較されては心穏やかではないプレイヤーというのも出てくるだろう。それを予見して、ユーヘイ達は困った表情を浮かべる。


 しかし無情にも、公式配信は進行されて行くのであった――

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