第304話 胎動 ④
数日前、サラス・パテ自社ビル内、収録スタジオ――
「え!? ラリ先輩が歌うのっ!?」
「そそ! これから収録だって!」
「えっ! 見に行かないとっ! どこ?!」
「二番!」
温香が歌うとなって、その日のサラス・パテは上に下にの大騒ぎになっていた。
そも、サラス・パテに応募をしようと考えた現在のタレント達は、白井 ラリという歌姫Vラブに憧れた訳で、事情はしようがないとは言え長い長い休止からの、リハビリと称されているが事実上の復活とあり、それはもうお祭り騒ぎとなっていた。
「まぁ、こうなるよねぇー」
外から聞こえるドッタンバッタンな騒音を聞きながら、誰よりも早く、誰よりも素早く、誰よりも迅速にコントロールルーム、音響機械などの機材が入っている、主に技術スタッフが詰める場所に、すっかりリラックスした様子でソファーへ陣取るらいちがいた。そして我が物顔で、ずぞぞぞぞぉーとストローで紅茶をすすりながら、後方〇〇面的な感じに頷く。
「そこは同期の絆だよねぇ」
らいちと同じく、温香にラブコールを出したジュラも、らいちが用意したスナック菓子を食べながら、役得役得とばかりにらいちの隣に陣取っている。
「いやぁーライブツアーが昨日で終わってよかったぁー。こんな重要な瞬間に休んでる場合じゃないわー」
サラス・パテでも音楽特化のタレントである、やはり温香とほぼ同期な
「休まなくて大丈夫なの? 喉、キツくない?」
銀河と同じく音楽特化タレントである
「こんな時に休んでる場合じゃねぇ!」
「いや、お前は休めよ」
「こんな目出度い日に仲間外れとか、らいちっちに人の心は無いんか?」
「いや、人の心があるから休めって言ってんじゃん。別にここで聞かなくても、どっちにしろ動画は公開されるんだし」
「ライブ体験って重要だと思いませんか? 華樹さん」
「分かるけど。あんた、別日に大きな箱でのライブが控えてるでしょうが」
「堪忍やねーさん、今日だけは今日だけは許してつかーさい」
ぽんぽんと軽快に交わされるやり取りに、ジュラは苦笑を浮かべて二人の間に入る。
「ままま、銀河ちゃんはお口にチャック。声を出さないで喉を温存しよ? らいちっちもそれなら文句は無いでしょ?」
「うっ、うん」
「(無言でブンブンと首を縦に振る)」
「今日は凄く良い日なんだから、喧嘩はしないでね? らいちっちが銀河ちゃんを心配してるのは分かるけどね」
「別に心配はしてねーけど、ま、ジュラちゃんがそう言うなら仕方がないにゃー」
らいちが勝ち誇ったようなドヤ顔で銀河をチラ見すると、見られた銀河はムカッとした表情を浮かべたが、すぐに鼻から大きく息を吐き出し、隣に座るコムギに寄りかかった。
「本当、二人は仲良しだよねぇ」
コムギがのほほんと言えば、全く同じタイミングでらいちと銀河が首を激しく横に振る。
「うん、そーゆートコだと思うんだけど、私」
ジュラが苦笑を浮かべて突っ込むと、二人は凄く嫌な顔をして引き下がる。
そんないつも通りなサラス・パテの日常を繰り広げていると、レコーディングブースに温香が入ってきた。
「白井 ラリさん入りまーす」
「ギャラリーは静かにして下さいね?」
「「「「はい」」」」
機材関係を調整する技術スタッフに注意を受けたメンツは、素直に返事をして静かに様子を見つめる。
『ぷぅるるるるるるるるるるるるる』
スタッフが気を利かせたのか、レコーディングブースの音がコントロールルームに聞こえ、温香のリップトリルをする音が聞こえてきた。
更に大きく口を開けたり、『あ、い、う、え』と丁寧に発音を繰り返したり、歌う前のストレッチを十分に行いながら集中していく。
「行けますか?」
そろそろ十分に温まって来ただろうタイミングを見計らい、技術スタッフの一人が声を掛けると、温香は頭に引っ掛けるようにしていたヘッドフォンをきっちり耳に装着して、コントロールルームのスタッフに頷き返す。
「行きまーす。カウント入れまーす」
そして伝説は目撃される。
ボイストレーニングや普通の筋トレすら遠のき、全てに萎縮して行きてきたブランクありまくりの、錆びついていたはずの歌姫は、それら全てを吹き飛ばす表現力で歌った。
「……やっば」
現サラス・パテを代表する歌姫である銀河は、小さく呟き、彼女に寄りかかられているサラス・パテの両翼と言われている歌姫コムギも、今までにない白井 ラリの歌声に魅了される。
「……ラリちゃんが、帰ってきた……」
彼女が一番苦しい時、一番大変な時期を見守る事しか出来なかったらいちは、その歌声にハラハラと涙を流し、どこか噛みしめるように呟く。
「……やっぱり凄いよ、ラリちゃん……」
自分の持ち歌だけど、まるで温香の為に作られたような、そんな気分にさせられる完全に白井 ラリ色に染められた曲を、ジュラはうっとりと陶酔したように聞き惚れる。
「やっぱり、少しばかりのブランク如きじゃ、白井 ラリの芯は折れないわよねぇ」
多くの娘達を引き連れて、コントロールルームの入口で仁王立ちをするパルティは、レコーディングブースで気持ち良さそうに歌う温香を見て、満足そうな表情で頷く。
「でも、やっぱり、こうなったか」
パルティは苦笑を浮かべて、少しばかり困ったような表情でこめかみを細い指先で叩く。
温香が歌う曲はラブソング。歌詞の内容は、身近な男性の事を好きだった事に気付く、そんなシュチュエーションの曲である。
歌を歌唱する際、登場人物を想定して、その人物が相手に抱く感情を乗せて表現をするわけなのだが、その場合は登場人物を自分、気持ちを伝える相手をイメージする訳なのだが――
「はぁ……相手も結構拗らせてるわよ、温香」
パルティはすぐに温香がイメージした相手が、ユーヘイである事を感じた。と言うか、歌っている今、どんどん自覚していっているらしく、表現力と呼ぶには結構艶めかしい感情がのっかていっている。まさに恋い焦がれた乙女らしい、一途な気持ちが歌声を伸びやかに響かせている。
「確かに、あの子ならふさわしいんだけども」
パルティは知っている。ユーヘイは女性に少しでも好意を抱くと、防衛本能が働き、かつて体験した手酷い過去の記憶を悪夢として見る事を。その気持ちが強く強くなればなるほど、その悪夢がドンドン悪化の一途を辿っていく事を。そして結局、その好意をさっくり捨てて、何事も無かったように振る舞うようになってしまう事を知っている。
ある意味でのトラウマ回避であり、ある意味での現状維持である。
かつてスペースインフィニティオーケストラで、ユーヘイに想いを寄せる女性プレイヤーがいて、ユーヘイもその女性とはオフイベントなどで顔を合わせていて、自分の外見を恐れずに接してくれていたから、それなりに良い雰囲気になっていた事があった。だが、気持ちが高まるにつれ、ユーヘイは悪夢にうなされるようになり、それはやがて私生活にも影響を与えるようになり、ゲームから長期離れる事に繋がった。告白やら付き合うやらまでは行っておらず、ほぼ無言でゲームから離れてしまい、女性の方が自分が嫌われてしまったと勘違いし、ゲームを引退。戻ってきたユーヘイは後からその事を知ったのだが……。
『そうなんだ。それは残念だね』
そう言った彼は、どこか達観したような、深く諦観したような、見ているこっちが辛くなる表情をして、自分の気持ちを封印するように無かった事にしたのをパルティは目撃している。
「どっちも良い子なんだけども……うーん、少し昔の仲間に頼み込もうかしら?」
パルティはちょっと決意の宿った顔をして、昔馴染みの顔を数人頭に思い浮かべながら、誰から声をかけようかしら、と薄く微笑むのであった。
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