第303話 胎動 ③
かなりフニャフニャな状態のユーヘイに運転は酷である、と判断されダディ運転のピックアップトラックに収容された。
リアルの体の状態とゲームでの体の状態はイコールにはならない、ならないのだが精神的なモノは結構引っ張られる。それこそアツミの男性恐怖症だとか、他にも高所恐怖症、閉所恐怖症、集合恐怖症などなど、動かしているキャラクターに紐づけられるバットステータスが無いけれど、リアル本人の精神的トラウマにひっぱられてバットな状態になる、なんて事はあるあるである。
そうじゃなくてもVRゲームはリアル体調に引っ張られやすいから、ユーヘイが運転してうっかり事故を起こす、なんてDEKAにあるまじき重大事になりかねないので、安全確保の為の処置とも言う。
「本当に大丈夫なの?」
助手席に座って、最近イエローウッドで流行っているベッコウ飴を口の中で転がしながら、後部座席でぐったりしているユーヘイにノンさんが視線を向けると、ユーヘイは弱々しく手を上げてヒラヒラと振る。
「まぁ、VR空間にいる方が落ち着くってのはVRゲーマーあるあるだし、自分もその気があるから否定は出来ないが……リアルで寝た方が良いんじゃ?」
トージが運転するレオパルドの尻を追いながら、チラリとバックミラーでユーヘイの様子を確認しつつ提案する。
「素直にすんなり眠れれば良いんだけどねー」
ユーヘイにしてはかなり間延びした口調で、やや投げやりに叫びながら、クワッと大口開けて欠伸をする。
「どーも、夢の事がチラついちゃって、目を閉じただけで夢の内容が浮かんじまって、どーも寝にくい感じがしてなー」
克服した過去ではあるものの、やっぱり当時の心境をぶり返されるのはしんどいし、当時の精神状態へ戻されるのもしんどい、だから多少睡眠に対して忌避感的なモノを感じ始めており、どうも睡眠に対するモチベーションが上がらないというのが今のユーヘイだ。
「……ねぇ、それ、本当に過去の事になってる?」
カラカラと口の中で飴を転がしながら、ノンさんが少し鋭い視線をユーヘイへ向ける。
「んあ?」
再び大口開けて欠伸をしつつ、ユーヘイは怪訝そうな目をノンさんへ向けると、彼女は心の奥を覗き込むような、どこか闇深さを感じる瞳で自分を見ていた。
「な、何だよ?」
サバサバして軽活な、爽やかな大人の女性と言う感じのノンさんから、まさかそんな目を向けられるとは思っていなかったユーヘイは、ちょっとビビりながら聞き返す。
「いや、アタシも同じような事をやらかした身分だから偉そうにモノは言えないんだけど……アンタ、自分に言い聞かせてるだけで終わらせてない? それ」
「へ?」
「何も感じない、思い出す事も少なくなった、記憶から完全に風化したから、ってだけで過去の事って克服されないわよ?」
「……」
ノンさんの言葉にユーヘイは口を閉じて瞳を泳がせる。
「アンタのリアルだから本来なら首を突っ込むべきじゃないって分かっているけども、でも今が楽しいし、この状態が出来るだけ長く続いて欲しいから言うけど、確実にそれ終わってないわよ?」
「……」
ノンさんに断言されて、ユーヘイはペチリと額を叩くように押さえて、がっくり項垂れる。
「言葉を重ねて、時間を重ねて、言い訳を重ねて、鈍化して風化するのを待って、ああ終わった事だしってやるのは、本当にヤヴァイわよ? 実体験者から言わせて貰えば。ドッペル関係もマジで大きなトラウマ系しか向き合えないから、小さく重ねた事は自分で向き合うしかないのよ、マジで。んで、アンタの夢関係が女性関係のアレコレだったとしたら、アンタはきっとその事で引っ張られる事がリアルで起きてるって事なんじゃないかしら?」
とんでもなく実感が籠もったノンさんの言葉に、ユーヘイはノロノロと顔を上げて、どこまでもこちらを真っ直ぐ見る彼女の瞳を見る。
「なんだかんだでアンタなら大丈夫だろう、って確信はあるけれど。無理そうならいつでも相談に乗るから、旦那共々」
ノンさんは力強い瞳でユーヘイを見ながら親指を立て、ダディもハンドルから少しだけ手を離し、親指を立てた手をブンブンと振る。それを見て、ユーヘイは少し力が抜けたような表情で苦笑を浮かべた。
「すまねぇ」
素直にその好意を受け入れ、小さく頭を下げるユーヘイに、二人はニカリと笑う。
「「なんくるないさー」」
その息ぴったりな言葉に、ユーヘイは体から完全に力を抜いて笑った。
――――――――――――――――――――
「今回の
レオパルドの後部座席でクエストボードと、SYOKATUのデータベースを同時に開いたアツミが、ブツブツと呟きながら
「入店した直後に、先頭の男が天井へ向かって発砲。拳銃の形状はオートマチックで、使われた弾丸は鑑識が回収、8mm弾と判明。ただ、弾丸に線状痕の跡が見当たらず、改造拳銃の可能性が高い……」
ふんふんと鼻息荒く気合を入れつつ、アツミは激しく頷きながら、更に情報を詳しく読み解いていく。
「……凄い気合が入ってますね?」
「だな」
そんな様子をバックミラー越しに見ていたトージが、チラリと助手席のヒロシに向かって視線を送りながら言えば、聞かれたヒロシはどこか楽しげに微笑みながら頷く。
「何か良い事があったんですかね? 浅島先輩」
「さぁな」
トージが小首を傾げながら言えば、やっぱりどこか面白がったようにヒロシは笑う。
「先輩の手助けが出来るのが嬉しいんですかね?」
「それもあるんだろうけどな」
「……ん? それ、も?」
「おっと」
トージは何か知ってるんですか? 的な視線をヒロシに向けるが、ヒロシはどこかとぼけた表情を浮かべながら、トージの視線を切るように外へ顔を向けてしまう。
「むー、教えてくれても良いじゃないですか」
トージが少しむくれたような、不貞腐れたような口調で責めるが、ヒロシはパタパタと手を振って、運転に集中しなさいとばかりに無言でハンドルを指差す。
「はー、本当に先輩と縦山先輩は」
ブツブツと文句を言いながら運転するトージの声をBGMに、ヒロシはクスクスと笑う。
――アツミは、多分、自覚したんだろうなぁ――
実はヒロシもアツミが白井 ラリである事に自力でたどり着いていた。
ノンさんとユーヘイがファンである事、アツミが一番最初にやって来た時のノンさんの動きや、ユーヘイの対応などから導いた答えなのだが、しっかりした確証を得たのは実のところ、先日アップされたリハビリ動画である歌ってみただったりする。
白井 ラリの歌を聞いて、『ああ、これアツミだ』とすぐに気づいたのだ。
歌声も表現力も普段からかけ離れた別人だったし、すぐにアツミだとは気づかなかったし、それはまさに歌姫と言って良い感じだったが、歌の途中の『貴方の事がずっと好きでした』の部分で、完全に理解したのだ。
――だってなぁ、あれ、絶対一人に対して全力で言った言葉だしなぁ――
歌と演技は紙一重。歌とは三分間のドラマである、などと言われるだけあり、やっぱりそこには歌詞の登場人物への感情移入が必須能力になるのだ。
今では距離を置き、それでも演劇に対する熱意は持ち続けているヒロシからすれば、それが演技か素の感情かなど、すぐに分かる。それは耳の肥えた視聴者も同じで、その部分だけのリピート率が高いのも頷けるモノだ。
――あれ、絶対、頭にユーヘイ浮かべて全力で言ったセリフだろ。なんか、ユーヘイが笑ってる姿見えたし、俺――
ヒロシはクツクツと笑いながら、ブツブツと呟いてクエストボードとデータベースを見ているアツミに視線を向ける。
「……恋する女性は美しいよなぁ……」
古今東西、それは真理である。
ヒロシはだいぶ拗らせているユーヘイを思い浮かべながら、頑張れよーとアツミにエールを送るのであった。
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