第305話 胎動 ⑤

 ユーヘイ達が相談の上、簡単なクエストを選択した時の運営大本営――


「まぁ、今の状態を考えれば、そういう選択をするのも、間違いではない」

「しっかしにゃー、ふとぅーこの状態でゲームってなるかにゃぁー?」

「無意識の抵抗、なんじゃね?」

「にゃるほどぉー、まぁ、らしいっちゃらしいわにゃ?」

「そこで気合と根性を発揮するのはどうかとも思うけど……いい加減、抜け出したいって気持ちの発露、なんだろうな。もしくは、相手を本気で気に入ってるか」

「後者じゃにゃ?」

「良い娘さんだもんなぁ、実際」


 専用のブースで神速のタイピングをしながら、床に届きそうな銀髪の、寒気がするような美しいかんばせを持つ、男性的だが女性にも見える人物が、実に絵になる姿で微苦笑を浮かべる。その人物の隣、やはりこちらも怖気おぞけがするレベルの美貌を持ちながらも、持ち前のいい加減さで台無しにする人物が、やる気のない表情で軽薄な笑い声を出す。


「それでトト様? そんなに気合を入れてクエストを改造するのはなにゆえ?」

「パルティに頼まれたからには、双方ハッピーになってもらいたいやん?」

「ちょーち気合入れすぎちゃいますにゃ?」

「普通普通、これくらいなら余裕余裕」

「なるほど、こうやって大田さんは色々な運命力に翻弄される、と」

「やだなぁ娘ちゃん、そんなな事するわけ無いじゃん。彼のは完全に天然よ?」

「……うっわ、マジだ!? え? なんですの? 妙な悪神にでも魅入られて?!」

「にゃーそのレベルだから笑えないにゃねぇー」


 銀髪の男性にしなだれかかる妙齢の美女が、成熟した外見とはかなりギャップのある、童女じみた仕草で甘える。男性は美女をまるで子供のようにあやし、用意された専用PCの性能を超越した能力を発揮させつつ、ユーヘイ達が受領したクエストを事細かくアップデートしていく。


「これで終わり、と。思兼、そっちは?」

『真野 温香の調査は終了。懸念すべき事項が数項見つかる。権藤 大介の調査も終了。小さな問題が発生する可能性がある。憂慮すべき項目を提示する』

「助かる。デミウス」

「あいあい、ジジイとかおっさんとか、気合い入りまくりよ」

「……釘刺しとけよ?」

「にゃはははははは! 無理にゃー!」

「一応やっとけって!」

「にゃはははははは! オイラだって怒ってるんだぞ? 無理にゃー!」

「……あーごめん、大ちゃん。これも持っちゃったデメリットとして受け入れてくれ」


 大きなモニターに『プログラム、アップデート終了』の文字が点滅し、監視していたユーヘイ達のクエストボードの名称が変更される。


 ――グランドクエスト『胎動』――


 その様子を確認した銀髪の男性は、ゲラゲラ下品に笑うもう一人の男を面倒くさそうに見ながら、少しでも気持ちを落ち着けようと、ニコニコ笑う美女の頭を撫でるのであった。




――――――――――――――――――――


 エイトヒルズの超高級店舗が並ぶ一角。海外でも有名な高級ブランドのヴァーチャル店舗も並ぶそこで、事件のあった宝飾品店はあった。


「お疲れー」


 規制線を張って制服DEKAが立つ現場に、DEKA手帳を見せながらヒロシは店に入る。


「ご苦労さまでーす」

「お疲れ様」

「うぃー」

「ちょっと、シャンとしなさいよ。お疲れ」

「ごめんねーちょっと調べさせてねー」


 更にユーヘイ達も規制線を超えて店に入る。


「……あ、れ?」


 真っ先に違和感を覚えたのはアツミだった。


「えっと?」


 まず目に入ってきたのは、天井や壁、ショーケースに穿たれた銃弾の跡。更には大量では無いものの、そこそこ飛びっ散った血痕。


「……イージー、なクエスト、だよな?」


 明らかに凶悪事件、明らかにイージークエストっぽくない状況に、黒い革手袋をしながらヒロシがトージを見る。


「縦山先輩も受ける時、間違いないように一緒に確認したじゃないですか。もちろん、イーじぃぃぃぃぃいいいいっ!?」


 ヘラヘラと笑いながらトージがクエストボードを確認すると、彼は素っ頓狂な声を出しながら目を丸くする。


「あ、浅島先輩。さっき、詳細確認した時って」

「え? ちゃんとイージーなクエストだ……だったんだけども? うぇっ?!」


 あまりにも妙な反応をするトージに、アツミも自分でクエストボードを立ち上げ確認するが、その内容に目を剥く。


「ほぉほぉ、グランドクエストとな? クエスト難易度は不明、というか変動するために計測不可能と。しかも、途中リタイアにはペナルティが発生し、黄物全体へ深刻な影響を及ぼす場合があります、と」


 さっとクエストボードに目を通したノンさんが、ヘラヘラした笑顔を浮かべながら、じっとりした視線をユーヘイへ向ける。


「今回、俺、なぁーんもしとらんじゃん? クエスト選んでねーし、決定もしてねーし。俺は溶けてただけだし」


 ノンさんからの視線を両手を挙げたポーズをしたユーヘイが否定する。


「確かに。今回は町村が選んで、タテさんが良いんじゃないので決定した事だから、大田は関係ないね」


 ダディが困ったような笑みを浮かべて、ユーヘイの言い分を肯定し、ジト目な奥様をなだめるように肩を叩く。


「じゃ、どこで化けたのよ? まだ始まってもいなかったのに」

「さぁ?」

「はぁ……」


 あまりにあんまりな事態に、ノンさんは静かにキレ、ユーヘイはローテンションでぐったり、ダディはやれやれと溜息を吐き出す。


「まぁ、なってしまったモノは仕方がない。ユーヘイは役立たずだから、ここは俺等がしっかりしようじゃないの。ある意味、いつも通りとも言える訳だし」


 白い歯を見せて、身も蓋もない事を言うヒロシに、一同は微妙な視線を向ける。


「それもそうですね。はぁ、いつものですもんね」


 目頭を揉み込むように押さえ、トージは直感系や調査系のスキルをアクティブにするよう意識する。


「ペナルティがあるならやるしかないか……はぁ、お仕事お仕事っと」


 天然パーマの頭を揉み込むように掻きながら、ダディも意識を本格調査へ移行する。


「あっちゃん、このポンコツのフォローお願いね?」

「え? は、はい!」

「アンタは本調子じゃないんだから、少し休んでなさい」

「……すまねぇ」


 さらりとユーヘイをアツミに押し付け、ノンさんもスキルをアクティブにして、事件現場の調査に乗り出す。


「はぁ……あっちゃん、ごめん」

「大丈夫。こっからでも私も調査出来るから」


 外が見える大きな窓ガラスに寄り掛かり、でろんでろんな様子で小さく頭を下げる。そんなユーヘイに輝く笑顔を向け、アツミは気にしてないとその横に立つ。


「ええっと……凶悪事件発生。狙われた店舗で、自動小銃を乱射し負傷者多数。店舗にあった宝飾品をほぼ根こそぎ強奪、金庫に保管してあった特に高価な宝飾品も強奪。ちょうどセントラルで行われる世界宝石展へ出店される品々を、この店舗で保管している事を知った上での計画的犯行だと思われる」

「……随分とごっつい話に盛られてやがる……」

「あはははははは……はぁ……犯人の人数は不明。店舗に侵入したのは三人だが、店舗表には逃走用のバンが停車しており、少なくとも二人の人物が運転席と助手席に座っていた。迷いなく行われたその手口から、かなり計画的な犯行である事がうかがえる、と」

「……プロかアマかって話なら、確実にプロの犯行って事になるか……犯罪者にプロとかあるのか知らんが」

「ですよねー」


 アツミが読み聞かせてくれるクエストの詳細に、ユーヘイはツッコミを入れながら、調度良い距離感で感じるアツミの熱を感じ、じんわりと精神が柔らかく解されていくのを感じる。


 それが大変にありがたく、しかしどうしてそう感じるのが分からず戸惑いながら、ユーヘイも調査用スキルをアクティブにし、荒らされた店舗内を見回す。


「はぁー、こんなに集中出来ない事、滅多にねぇぞ俺」


 いつもなら働く直感めいた感覚が鈍く、五感全てに分厚いフィルターが入ったような状態に、ユーヘイはぼやくように呟く。


「その為の仲間ですよ、ダンナ」

「確かにその通りなんだけど、不甲斐ない」

「たまにはそんな日もありまっせ」

「ふっ、かもな」


 柔らかく微笑むユーヘイに、キラキラと輝く笑顔を向けるアツミ。どっからどう見てもカップルですありがとうございますごちそうさま、な光景に他の四人はやれやれと苦笑を受けべながら、しっかりと調査を進めていくのであった。

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