第112話 さぁ! お祭りだ! ③

『コングラッチュレーション! 第六SYOKATSUプレイヤーさん達が初めてクエストをクリアーしました! ギルド「第一分署」の縦山 ヒロキさんが救援要請を初めて成功させました! 双方に特別ボーナスがプレゼントされます! おめでとうございます!』


 そのクエストインフォメーションを聞いたユーヘイが、ひゅーぅと口笛を吹く。


「さすがバイクの機動力は違うな」


 ユーヘイが楽しそうに呟く様子を、助手席で見ていたプレイヤーがオドオドしながらチラ見する。


 助手席に座っているプレイヤー、キャラクターネーム『団長』という人物の救援要請を受けたユーヘイは、彼を助手席に乗せてカーチェイスを行っていた。


「DEKAのソロプレイとか、気合い入ってんじゃん」


 チラチラ見られているのは気づいていたので、少し居心地の悪さを感じながらユーヘイが切り出すと、団長は気まずそうに視線をさ迷わせる。


「……?」


 名前こそ団長と特徴的だが、アバターはプリセット(※1)に少し手を加えた凡庸な感じで、何かこだわりがあるようには見えないが、ソロでDEKAをプレイするなんてドMなプレイスタイルを貫くなんて凄いね、という感じに言っただけだったのだが……どこに気まずさを覚える要素があったのか、ユーヘイが首を傾げる。


「おっとっ!?」


 視線を前に戻せば、追っていた軽トラの荷台に乗った犯人が、荷台の荷物を道路へぶちまける。それを軽く切り抜け、ユーヘイは手慣れた様子でシフトレバーを操作し、レオパルドのエンジンが獣のような咆哮をあげる。その瞬間、グン! と体全体に強烈なGが襲ってきた。


「ぐっ!?」


 団長が苦しそうな呻き声を出し、ユーヘイは涼しい顔でハンドル操作を行う。


「来るんじゃねぇ! あっち行けっ!」


 タンクトップにニッカポッカ、完全に肉体労働者のイメージぴったりな服装をした男性が、必死の形相で手に持ったダンボールをこちらへ投げてくる。


「へい団長、そこにスピーカーに繋がってる無線機があるから、言ったれ言ったれ。車を止めて大人しくタイホされろってよ」


 ニヤリと笑いながらそんな事を言うユーヘイに、団長は困惑の表情を浮かべながら無線機を手に取り、小さな声で止まりなさい、車を止めなさい、と指示を出す。


「ちっせぇちっせぇ! もっと腹から! ワンモアセッ!」

「と、止まりなさい! 車を止めなさい! 今すぐ車を止めなさい!」

「良いぞ! 良いぞ! その調子!」


 ユーヘイの言葉にのせられて、団長がひたすら吠え続けると、もう逃げられないと観念したのか、車が道路の脇に停車し、乗っていた男達が両手を挙げて降りてきた。


「良し。俺は後ろで見張ってるから、団長が手錠をハメてくれよ」

「え? あ、は、はい!」


 車を停車し、いつでも拳銃を抜けるようにしながらユーヘイが言えば、団長は困惑しながらも、その指示に従い男達に手錠をかけていく。


『コングラッチュレーション! 第三SYOKATSU所属プレイヤーさんが初めてソロでのクエストを達成しました! ギルド「第一分署」の大田 ユーヘイさんが初めて救援要請のカーチェイスを成功させました! 双方に特別ボーナスがプレゼントされます! おめでとうございます!』


 クエストインフォメーションを聞いたユーヘイが、ラッキーと呟いて、懐へ入れていた手を戻す。


「お疲れ! ソロでDEKAはキツいだろうから、仲間を見つけられると良いな!」


 ユーヘイはそう言って運転席に乗り込もうとしたが、団長が急にユーヘイに向かって深々と頭を下げてごめんなさいと叫んだ。


「あん?」


 何、急に謝ってるの? とユーヘイがキョトンと小首を傾げると、団長はポツリポツリと自分の事を語りだした。


 実は以前、ワイルドワイルドウェストというギルドのギルマスをしていた事。このアバターは二代目で、もう一度やり直そうと思って出直してきた事。そして、自分達の引き起こした事が原因で、第一分署や黄物怪職同盟、親愛なる隣人の友、多くのYAKUZAプレイヤーに迷惑をかけただろう事を団長は懺悔でもするように語って項垂れた。


「第一分署さんが受けたクエスト『残響』もそうですし、カテリーナさん達が受けた『神楽舞』、テツさん達の『白日の下に』、YAKUZAプレイヤーの皆さんの『鏡花水月』も……きっと多分、俺達が馬鹿をしたから起こったクエストで……その責任を取るためにギルドを解散して……それでも、やっぱりここで遊びたくて……」


 苦しそうに悲しそうに、切なそうに語る団長の言葉を、ユーヘイは困った表情で頬を掻きながら聞いていた。そして、やれやれと溜め息を吐き出すと、スタスタ団長に近づき、その背中を勢い良く叩く。


「たぁっ?!」

「真面目君かっ!」


 叩かれた背中を押さえ、目を白黒させる団長の額を、人差し指でビシビシとつつき、ユーヘイが呆れた表情と口調で言う。


「君は馬鹿か?」

「え? あ? え?」

「肩の力を抜きなよ、もっと回りを良く見ないと、君が責任を感じてたクエストを受けた俺らは、一度だって受けた事を後悔した事はねぇぜ?」

「……」


 背中を丸めて怯えるような表情を浮かべている団長の腰をポンポンと叩き、無理矢理背筋を伸ばしてまっすぐに立たせ、ユーヘイはニヤリと笑う。


「もしかしたら君達が引き起こした事で、あのクエストが発生したのかもしれない。でもな? そのクエストの内容を確認して受けたのは俺達なんだよ? ここまでは良い? OK?」

「は、はい」


 とんとんと自分の胸を軽く握った拳で叩かれつつ、ユーヘイの言葉に団長は頷く。


「んでだ。黄物のクエストってのは受けたら破棄できません、ってシステムじゃない。いつでもどこでもクエストは破棄する事が出来る。ここも良い? OK?」

「は、はいぃ」


 叩く手を止めて、団長の鼻先で指を振りながらユーヘイが言うと、団長が怯えたような声を出す。その様子にやれやれと呆れた表情を浮かべながら、ユーヘイが団長の両肩に手を置いて、いたずら小僧のように笑う。


「俺達は『残響』をいつでもどこでも破棄する事は出来た。でもやらなかった。それはな? 『残響』ってクエストが面白かったからだ」

「え?」


 心の底からビックリした表情を浮かべる団長に、ユーヘイはタンタンと肩を叩いて手を離す。


「確かに胸糞悪いストーリーだったし、中嶋とか水田先生、テツのとっつぁんがいなかったと仮定したら、あれはマジでとんでもなく難解で鬼畜なクエストだったろうさ。でもそれでも俺達は破棄しなかったと思うぜ?」


 ニヤニヤと楽しそうに笑うユーヘイに、団長は絞り出すような声で聞いた。


「……ど、どうして?」

「どうしてだと思う?」


 迷子のような表情を浮かべる団長に、これ以上は意地が悪いか、そう一人ごちてユーヘイは団長に指鉄砲を向ける。


「苦しみも怒りも憎しみも、楽しんでこそのVRだろ?」


 パンと放たれた言葉に、団長はストンと座り込んだ。


「それにだ、ここはゲームの中だぜ? 誰かが引き起こした事が影響して、別のデカい何かが襲ってくる、なんて当たり前な事だろう? そんなの誰も気にもしないさ。だから団長が責任を感じる必要もないし、君らが引き起こしたバカ騒ぎだっけっか? それも誰も責めてないだろ? そういう事さ」


 ユーヘイはそう言ってウィンクをすると、団長にミントシガーの箱を握らせ、車の運転席に乗り込んだ。


「もう一度仲間達と話してみなって。案外、団長から声をかけられるのを待ってるかもよ」


 ユーヘイは『んじゃ』と、変則的な敬礼をしながら車を出した。団長はヘタリ込んだまま、そのシャンパンゴールドの車体が消えるまで見送り、握らされたミントシガーの箱に視線を落とす。


「もう一度、仲間達と……」


 団長はその箱を確かめるように数回軽く握りしめ、何度か深呼吸を繰り返し、一度ゲームからログアウトした。


 黄物世界ではグループチャットやギルドチャットといった昨日は実装されておらず、フレンドとチャットや会話をしようとすれば、一旦ゲームからログアウトして、そこからVRシステムに搭載されている通話機能を使わなければならない。

 

 VRシステムのマイホームに戻り、黄物のシステムオプションを震える手で呼び出し、そこにあるフレンド一覧を開く。


「あ」


 アバターを初期化してもヒモ付けされている国民IDは同一なので、相手か自分が解除しなければフレンド登録もそのまま残り続ける。そのフレンド達が、一度解散して多くが引退していった仲間達が、ほぼ全員このゲームにログインしているのが分かった。


「……は、はは……はははは……」


 団長は訳も分からず嬉しくなり、ひきつった顔で乾いた笑い声を漏らし、震える指でサブギルドマスターを任せていたフレンドの名前をタッチした。


「……」

『……はい』


 無視されるか、それとも一方的に切られるか、そう思っていた相手が、三回目のコールで繋がり、緊張したような声で返事を返してくれた。


「あ、あの……」

『うん』


 言葉がうまく出ない。出ないけど、多分言わなければならない言葉はきっと――


「ごめんなさい!」

『ごめんなさい!』


 全く同じタイミングで、全く同じ言葉を、全く同じに言った。


 しばらく無言状態が続き、そして団長も相手も気がつけばゲラゲラと昔のように笑い合っていた。


「ごめん、僕が頼りなかったから」

『違う。俺らもギルマスに全部押し付けて逃げただけなんだ。それにユーヘイさんとのやり取りも見てたよ』

「……うん、色々と大きい人だったよ」

『うん、それはもう嫌になるくらい理解させられたよ』


 団長は手に持ったミントシガーの箱を空にかざす。


「またさ」

『うん?』

「また、皆と一緒に遊べるかな?」

『大丈夫。今度は俺も一緒に謝るから』

「大丈夫かな?」

『大丈夫だよ。だって皆、結局、ここに戻ってきたじゃん? 気持ちは一緒だよ』

「……そうだと良いなぁ」

『大丈夫。ユーヘイさんも言ってたじゃん。きっと皆、団長から連絡が来るのを待ってるよ』

「うん、今度こそ頑張るよ」

『違うだろ? 今度こそ一緒に頑張ろうぜ?』

「……あ、ありがとう」

『気にすんなって……ごめんな、団長』


 ミントシガーの箱が歪んで見えた。


 仲間達から責められて流した涙は、今度は嬉しい温かな涙に変わった。この一個百円もしない駄菓子は、これからもずっとインベトリの中で保管されて、団長の宝物となるのだろう。もしくは、新しい門出の象徴として、初志貫徹を忘れないようにするためのシンボルとなるのかもしれない。


「ありがとう」


 その感謝の言葉を聞いたとしても、それを向けた相手は大した事ねぇよと肩を竦めるのだろう。


『さて、何の事だか? それよりも、もっと楽しんで行こうぜ!』


 だから多分きっと、彼なら笑ってそう言うだろう。そんな気がして団長は笑った。




※1 あらかじめ用意されたキャラクタークリエイトのセット。自分で作ろうとすると、何故か不気味の谷現象が引き起こり、結局はプリセットを使ってちょっと調整というのがパターンな気がします。

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