第193話 真面目に相談事が出来ない奴ら

 薄暗い、狭い密閉された空間に、紫色の煙が充満している。


 唯一の明かり取り用の小さい窓から、煙を切り裂くように光が差し込んでいる。あまり照明としては役に立たないその光を浴びて、紫煙の中に浮かび上がる白いかんばせ……


「かちかちかちかちかち」


 傍らにある、むき出しの電球がついたデスクランプのスイッチを、消したりつけたりを繰り返し、その白いかんばせが自分を見つめる。


 カエルとヘビを足して女性らしさを加えたような、今にもその口を開いて、二股に割れた長い舌をちろちろ出し入れしそうな、そんな雰囲気があるそいつが、ゆっくりと自分に顔を近づけてきた。


「吐けぇ……」


 バサリと広げた扇子に、『気持ち良くなれるぞぉ』という文字が見え、取調べを受けている側の自分は、居心地の悪さに身動ぎをする。


「さぁ、吐けぇ……」


 かちかちかちかちかち! 鬱陶しいレベルでデスクランプをつけ消ししながら、にゅるりにゅるりと擬音が聞こえてくるような動きで近づいて来た。


「か、勘弁してくださいよ刑事さん。俺は何もやってねぇんすから」


 懐から取り出したミントシガーの箱、今はイベントアイテムによって完全にタバコの箱にしか見えないそれを手に、トントンと叩いて中身を取り出そうとするが、両手が震えて上手く取り出せない。


「吐けぇ……」

「だから俺はやってねぇって言ってるじゃないか! 勘弁してくださいよ! 刑事さん!」


 ふはぁーと口を開け、マジで二股に割れた舌先が見えそうな、そんな雰囲気を醸し出し、目だけは完全に死んだ状態の、それこそ殺人サメのようなハイライトが消えた目が近づいてくる。


「いい加減にしなさい」

「「あいてぇっ?!」」


 黙って見ていたダディが、盛大な溜め息を吐き出し、イベントアイテムでゲットした巨大ハリセンで二人の頭をスパーンと叩く。


 はい、ユーヘイとノンさんによる寸劇である。


 メールの事を思い出したユーヘイが、相談がある、と二人に伝えて取調室に引きこもったのが三分前。メールの事を全く言い出せず、脱線しまくってノンさんによる、怪奇女優茜直伝二代目ノンさんの取調べごっこ、に突入していたのだった。


「全く、すぐに悪のりするんだから」


 取調室に充満する無味無臭の紫煙を消し去り、ダディが呆れながらデスクに腰掛けてユーヘイを見る。何せ現在、完全に配信をストップしている状態だから、この悪ふざけは完全にこの三人しか見てないのだ。何が楽しゅうてこんなごっこ遊びに付き合わなければならないのか、ダディの目はそう語っていた。


「本題に入りなさい」

「あはい」


 にこやかに笑っているが、目が完全にマジなダディの圧に負けて、ユーヘイがメールの内容を伝える。


「は?! 株式会社サラス・パテの社長からメールが来て、そことコラボだぁ?!」


 ユーヘイより先に、アツミの正体を見抜いていたノンさんが正気か?! という視線をユーヘイに送る。だが、ダディはそれがどのような意味になるのか分からず、どういう事よ? と妻に視線を向け、それを受けたノンさんがアイドルポーズをし、それだけで何の事かを察した。さすがのオシドリ夫婦である。


「断りなさいよ!」


 何考えてるのマジでっ! という鋭い目付きで吠えるノンさんに、ユーヘイは無表情に首を大きくゆっくり横に振る。


「無理」

「はぁ?! 何? アンタ、弱味でも握られてるの?」

「相手はブラッディ・ブラッド・クイーンだぞ?」

「「……マジで?!」」


 ユーヘイが告げた名前に、二人は少し青ざめた表情で目を丸くする。


 ブラッディ・ブラッド・クイーン。スペースインフィニティーオーケストラにおいて、絶対に関わってはいけないプレイヤーの一人である。


 大デミウス。非常識と常識を履き違えた怪物、教授プロフェッサータツロー。そして皆殺しの流血女帝ブラッディ・ブラット・クィーン。この三人は絶対に関わってはいけないトップスリーと言われている。その常識を知っているノンさんとダディは、あわあわと酸欠したような金魚のように口をパクパクさせる。


 何しろスペースインフィニティーオーケストラ全盛期、『しっ! 見てはいけません!』を地で行っていた三人だから……


 ユーヘイからしてみれば、愛しの旦那様が仲間達と仲良く遊んでるのをバリバリ嫉妬して周囲に八つ当たりしまくる迷惑な女、という認識しかないので怖くはないのだが、それを知らない側からすれば、無意味に殺戮を繰り返す迷惑プレイヤーとしか見えないだろう。それはそれで間違いではないので否定できないのだが。


「殲滅する悪党あいてはしっかり選んでいたけどな」

「「どこがっ?!」」


 本当にそうなのだが、事情を全く知らない人から見れば、血に飢えた鬼女にしか見えないという……笑いながら相手の鮮血を浴びて、まるで狂ったように踊っていたような女だ。常識を持っている、と言われて信じるプレイヤーはいないだろう。


「つーか、あの株式会社サラス・パテの社長が……アレなの?」


 かつての戦場で鉢合わせした、マジもんの化け物の姿を思い浮かべ、ノンさんがブルリと震える。それはダディも同じで、何故か理由は分からないが、胸の前で十字を切って祈っていた。


「イメージし辛いとは思うが、あれはあれで常識人で、結構なキレ者だぞ? いやキレるのは頭の方な?」

「「マジでイメージ出来ないんですが……」」


 このままでは相談が出来ない、そう思ってユーヘイがフォローを入れるも、全く効果が無く困った表情で頭を掻く。


 ユーヘイの困っている様子を見て、ダディが何とか気持ちを建て直し、薄汚れた天井を見上げながら顎先を撫でる。


「コラボは回避出来ない、と。それで彼女は知ってるのかな?」


 固有名称を出さず、ダディがオフィスの方を親指で差しながら確認してくる。その問いにユーヘイは外国人のように肩を竦めた。


「さすがに知らせているとは思うが……どうなんだろうな。俺とパルティが知り合いってのも知ってるかどうか分からんし」

「まぁ、そこは確認しようがないわね。まさか馬鹿正直に聞くわけに行かないし」

「マナー的に完璧アウトだからねぇ」

「「んだ」」


 冷静さが戻ったのか、ノンさんも考え込み、暑くもないのに扇子で顔を扇ぐ。その扇子には『困った困った』という文字に腹を叩いているタヌキの絵が書かれていた。


「まぁ、ユーヘイの知人関係、っていう風な感じに説明して、詳細ははぶくけどイベントでの活躍を見たサラス・パテから依頼を受けた、みたいにヒロシとトージには言うしかないんじゃない?」

「そうだね。馬鹿正直に全てを話す必要もないからね」

「ああいや、相談したいのはそこじゃない。コラボを受ける受けないは問題じゃなくてだな」

「「はい?」」

華樹かじゅ らいち」

「……っ!? ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「っ!? びっくりした!」


 ユーヘイが相談したい事を口に出すと、ノンさんが思い出したと言わんばかりに叫び、その叫び声にダディがビクリと体を震わせる。


「居たわ! 全世界全てのPONを背負ったPONの女神がっ!」

「だろ?」

「ええっと?」


 事情が全く分からないダディが、頬をポリポリ掻きながら困惑の表情を浮かべていると、ユーヘイとノンさんが説明をする。


「……それはまた」


 華樹 らいちというタレントの特性を聞いたダディが、困ったねという表情で苦笑を浮かべた。


 自然体で現実改編レベルのPONを発揮し、確率宝くじ一等賞をゲットできるような事をPONで発揮する女。それが華樹 らいちというタレントである。


 そんなタレントが、アツミの秘密をPONでバラさないか、ユーヘイが相談したい事はまさしくそこであった。


「……これはもう当事者と言うか責任者を交えて相談した方が良いかもね」

「「え?」」

「いやだから、サラス・パテの社長と直接相談しようよ。彼女の責任問題にも繋がる可能性があるのだし」

「「……」」


 全くもっての正論だったのだが、素直に『うん』とは頷けない二人。ユーヘイ的には、完全に自分の趣味丸出しのこのアバターで会うのが気恥ずかしく、ノンさんは唯一勝てなかった相手と和やかに話せる自信が無く、複雑な表情で唸るのであった。

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