第229話 お無事デッド ④
「吉田さん! 本当にあるんですよね!」
「ある! ……ハズなんだけどなぁ……」
「最後なんて?!」
「ある! ……多分」
「だから聞こえないですって!」
「良いから探せ!」
「おーもぉーっ!」
決戦のバトルフィールドに入り、のっぴきならない問題が発生。
ゲートキーパーを倒すギミック武器であるところのカタパルトが、全く見つからない。
「……っかしいなぁ、元のゲームだとガンガン置いてあって、結構余裕でゲートキーパーを倒せたのに……」
ッパアァアァァァァァァァァァッ!
ブツブツ呟きながら、ゲートキーパーが攻撃のモーションに入る瞬間に狙撃を行って動作を阻害しながら、ダディはたらりと額から冷や汗を流す。
トージ達の手前、さも余裕があります、と言う態度をしているが、内心では不測の事態に荒海レベルで不安がグルグルと渦巻いている。
『ぐごあぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!』
「っ!? こなくそっ!」
また、予想外の出来事は他にも発生していた。それが時々行われる遠吠えだ。
ダディが遊んでいた時は、ゲートキーパーの攻撃方法は間違いなく二つ。遠距離からの大岩投擲。瞬間移動からの近距離ブレス。この二つしか攻撃方法は無かった。それは二つの攻撃の起こりを完全に見抜いた上で、ダディが全て狙撃によって防げているから間違いない。
だが、その二つ以外の攻撃方法をゲートキーパーが使い始めた。それが遠吠え、大音声による衝撃波を発生させる嫌がらせだ。
経過時間やこちらからの嫌がらせによって行動パターンが変化する、または体力減少における暴走状態、などのパターンも考えられるが、それは無いとダディは断言出来た。何しろ色々なパターンでゲートキーパーを討伐していたから、試行錯誤には事欠かなかったのだ。だから、まるで今この時に新しい攻撃方法が、リアルタイムアップデートでもされたかのように生えた状況に、ダディはとんでもなく焦っていた。
今現在は車を衝撃波によって揺らし、その走行を邪魔する程度、と言う攻撃というか嫌がらせレベルではあるが、これがもし攻撃の連携として使われたら?
例えば遠吠えからの大岩投擲。もしくは遠吠えからの瞬間移動、そして腐食ブレス攻撃。遠吠えの起こりが全く分からない現状で、そんなよろしくないイメージが頭に浮かび、軽く頭を振りながら冗談じゃないとダディは小声で吐き捨てる。
何とかこちらが安心する要素、スナイパーライフルの弾は潤沢にある事や、車の燃料に限りが無い事などなどのプラス要素を無理矢理積み重ねて、どうにかこうにか平常心を保っているのが現状だ。
ジリジリと焼き付くような緊張感に心を焦がしていると、後方を走っているスポーツカーがクラクションを鳴らす。
『ダディ? ザザァー……問題発生? ザザァー……』
ノイズ混じりに村松からの無線が入り、ダディは苦虫を噛み締めたような、実に渋い表情をしながらネックマイクを押さえる。
「カタパルトが見つからん」
ダディが苛立った声で突き放すように言うと、しばらく間が空いてから村松から無線が入る。
『他にも問題はあるでしょ? ザザァー……そっちも答えなさいな……ザザァー……』
「ちっ」
この無線はトラックの車内にも聞こえているのだ。わざわざマイナス要素を知らせて士気を落とすのは得策じゃ無い。そう判断してダディは突き放すように叫ぶ。
「問題は無い!」
反論は許さないと強い口調で断ち切るように入れた通信だったが、すぐに無線から村松の笑い声が聞こえて来る。
『あははははは、嘘が下手ねぇ、あはははははは……ザザァー……どっちにしもてこのままじゃジリ貧でしょ? ザザァー……問題を共有して突破口を見つけないと、ダディが先にまいっちゃうでしょうに……ザザァー……大丈夫、私達を信じなさいな……ザザァー……』
「……」
村松の責めるでも諭すでもない、友達に気軽な感じで語りかけるような、とても穏やかな口調で言われて、ダディはバツが悪そうに口を噤む。
『これだけ頭数がいるんだから……ザザァー……文殊の知恵くらいは出てくるかもしれないわよ? ザザァー……ね? ザザァー……』
村松に言われてダディは溜息を吐き出し、ネックマイクを押さえる。
「攻撃方法が新しく生えた。さっきから遠吠えをやってきてるのがそれだ。元のゲームでは叫ぶ吠えると言う行動はしていたけど、それがこちらの行動を阻害するって事は無かった」
ダディが説明すると、しばらく間が空いてから村松では無くカニ谷から返信が来た。
『他の要素……ザザァー……時間経過だとか体力減少による行動パターンの変化とか……ザザァー……そういう可能性は? ザザァー……』
ダディが真っ先に疑って真っ先に否定した事をカニ谷も思ったらしく、そんな事を聞いてくる。ダディは苦笑を浮かべて力なく首を横に振りながら説明した。
「元ゲームで対ゲートキーパー戦は思いつく限り全て試行錯誤した。こいつにそういった変化は確認出来ていない。死にかけ状態でも行動パターンは常に一定だった」
ダディの説明に少し間が空いて、今度はサマーがおずおずと聞いてくる。
『ダディさんが遊んでたのっていつッスか? ザザァー……』
「え?」
サマーに聞かれた事の意味が分からず、ダディが少し戸惑いながら答える。
『確か、ネットで一番盛り上がってた頃だから……サービス開始から一ヶ月後くらい、かな? そこから一週間程度は遊んだ記憶はある』
それを聞いたサマーが、とても珍しい平坦な口調で呟く。
『ゾンビ・オブ・ドライバーはサ終までの半年間に、合計百回近くのアップデートを繰り返しているッス……ザザァー……』
「……は?」
『ゾンビ・オブ・ドライバーの別名は、プレイヤー・コロス・運営ッス……ザザァー……自分達が作り上げた敵を攻略されると、それをもっと凶悪にするって言う事を繰り返していた運営ッス……ザザァー……』
「はぁっ?!」
サマーの説明の意味が分からず、ダディが素っ頓狂な声をあげる。
『マジですよダディさん。私とスノウちゃんが案件で遊んでた時に、サーちゃんにも手伝ってもらって色々調べたんです。私達の時ですら、一週間前の攻略方法が現在じゃ全く意味が無い、みたいな状態になってましたから』
「マジかよ……」
トラックの中からジュラが無線を通じて説明し、それを聞いたダディはルーフにガンと額を叩きつけるように項垂れた。
『多分、ダディさんにゲートキーパーを攻略された運営が凶悪なアップデートをした可能性があるッス……ザザァー……』
「……」
サマーからの追い打ちに、ダディは弱々しい老人のようなうめき声を出しながら、背中を丸めて天を仰ぎ見る。
『ほらほらダディ、その程度大した事ないでしょ? ザザァー……』
「……」
どこか面白がるように、むしろこれこそが望んでいた状況だ、とでも言うように村松がカラカラ笑いながらダディに言い放つ。
村松が言うように、確かに『その程度』の事でしかない。本当の苦難とはこんなモノではない。
「ああ、確かにその程度、だぁねぇ……」
天を仰ぎ見ながらダディが力の抜けた笑みを浮かべる。そして思い出すのはカグワシクもコウバシイ、ガチのガッチガチな苦難というか試練。
宇宙コロニー内部にバグで突如殺人ウィルスが発生してキャラクターロスト。超空間ジャンプ中にプログラムが誤作動して近場惑星のマントルの中へジャンプアウト、持ち物全てをロスト。友好的に会話していたNPCが突如発狂して襲撃してきて、妙な宗教団体の生贄にされてデータ全ロスト……かつてスペースインフィニティオーケストラで体験してきた様々な苦難が、ダディの脳裏を駆け抜けて消えていく。
「はぁ……思い出すんじゃなかった……」
ダディは小さく首を横に振りながら、チラリと後方を走る村松に視線を送る。彼女はこちらの表情を見て、本当に楽しそうな笑顔を向けてきた。
「はいはい、確かに大した事ねぇわな」
選ばれし
ダディは軽くルーフに額を押さえつけて、気持ちを切り替えてからネックマイクに手を伸ばした。
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