第152話 スパルタァァァ!
どんな過酷な戦場にあっても、スパルタの戦士は勇敢な表情を浮かべて戦わなければならない。どんなに苦しい状況でも笑顔で死ぬ事が戦士としての矜持であったという。彼らはそういう教育を受け、幾多の戦場に立ったのだ。
自分の脳内に、どこぞの教育番組か、はたまた知識系の配信動画か、どちらかで語られたナレーションのような言葉が流れた。
「っ! よっとっ!」
背中に感じた殺意、それを避けるように体を捻れば、体の横を十分に殺傷能力を宿した拳大の石つぶてが通り抜けた。
「クソがっ!」
追ってくる女が、般若の如き表情を浮かべて悪態を吐き出す。それをチラリと振り返りながら、いやいやこの感覚を鍛えたのは貴女ですやん、とヒロシは心の中で呟く。
一応、ユーヘイとの訓練で相手の気配を感じ取るような技術は教えられた。だが、この鬼ごっこが始まるまで、ヒロシの感覚はそこまで鋭敏ではなかったのだが、度重なる彼女からの攻撃をギリギリで潜り抜けている中で、目覚めてしまったのだ。
ヒロシの脳内に、古代スパルタの戦士教育うんぬんのナレーションが流れたのもお察しだろう。
特に相手の殺意を感じる能力はゴリゴリと目を覚まし、今では相手がどこを狙って攻撃してくるか、その場所までピンポイントに感じる事が出来るようになっていた。
ただ、攻撃が当たる心配は無くなったが、こちらから攻める状況に持っていけず、ヒロシはジリジリと精神的に削られている。
(どうする? 多分、この女みたいな奴が、他の仲間の所にも向かってるだろうな。たまたまトージと俺に差し向けられたと考えるのは、さすがに頭がお花畑過ぎるだろうし)
足元に転がっている石を器用に蹴飛ばし、それをヒロシに飛ばしてくる女。その彼女の攻撃をヒョイヒョイと避けながら、ヒロシは考える。
(理想は俺が彼女を無力化してタイホするのが最上。だけどなぁ――)
ヒロシは肩口で拳銃を構え、二回トリガーを引く。
「なめるなっ!」
女は頭部だけ両手をクロスして守り、そのまま走る速度を緩めずに駆け抜ける。ゴム弾は狙い通りに女の胴体に当たるが、硬質な音を立てて弾かれた。
(鉛の弾でも無理だろうなぁ、ありゃ多分防弾チョッキか何かを着てるパターンだろうし。さっき殴った感触からして、腕にも防弾とか防刃系の防具を仕込んでるだろうからなぁ……あれで、弾丸の衝撃が内部に浸透でもしてくれりゃ勝機もあるんだろうが……どういう肉体をしてるか分からんが、弾が当たっても走り続けるとか、物理法則ガン無視ですもん)
訓練所でゴム弾を当てたダミー人形が、結構な衝撃を受けて崩れ落ちるシーンとか見ているのだが、本当、あの女性はどんな肉体をしているんだろうか。
(多分、ステータス的なアシストが働いているんだろうけど、それにしたって強烈すぎると思うんだが)
ヒロシはちょっとメタい事を考えながら、こちらの攻撃の報復で蹴り飛ばされた石を、ヒョイッと避ける。その石が近くのコンテナに当たって落ちるのを見て、ヒロシの視線が上へと誘導された。
「……」
これもメタい見方だが、こういうDEKAと犯罪者との戦闘を前提としたフィールドなんだろうこの場所は。ここの運営ならば、古今東西のありとあらゆる刑事ドラマ的なアクションをやりきれるように、そのフィールドを整えているハズだ。
ヒロシはそこまで考えて、ニヤリと笑った。
(なるほど、つまりは自由って事か)
確かにヒロシはヤベェDEKAが好きだ。というより、
彼が出演していた刑事ドラマは、ヤベェDEKAだけではない。
ギルド『ワイルドワイルドウェスト』が元ネタとしている刑事ドラマに、まだまだ新人と呼べる時代に出演していた。その時は、ヤベェDEKAとは比較にならないレベルでアクションをこなしていた。
ギルド『第二分署』『第三分署』が元ネタとしている刑事ドラマにも、ファーストシーズンで主人公格として出演している。
それだけではない、彼の長いキャリアは数多くのドラマに出演しているし、アクション映画にも出演している。その事が瞬間的に頭の中を駆け抜け、ヒロシに新しいアイデアをもたらした。
「よっ!」
ヒロシは近くのコンテナの側面を蹴り、その勢いを利用して、ふわりとジャンプしコンテナの上へと移動した。
「な?!」
ヒロシは更に軽やかに、ピョンピョンとコンテナの上をジャンプして進み、これまでの直線的な逃げ方では無く、立体的で複雑な動きで女を撹乱し始めた。
(別に馬鹿正直に、道なりに走って逃げる、なんて事を守らなくて良いわな。これだけこれ見よがしに、アクションして下さいってアスレチックを用意されて利用しないって手はないわな)
女は驚きのあまりその場で足を止め、驚きの表情でヒロシの動きを追いかける。
「この状況でそれは致命だわな」
ヒロシはタン! とコンテナを蹴って空中を飛び、滞空している間に拳銃を構えてトリガーを三回引いた。
「しまっ?! がっ!」
拳銃の発砲音に気づいて動こうとするが、時既に遅く、三つのゴム弾が連続して女の額、こめかみ、側頭部に当たって弾けた。
グリンと白目を剥いて倒れる女に銃口を向けながら、コンテナの上から飛び降り、女の様子を確認する。
「……あー、ごめんな」
気絶して結構な勢いで顔面から倒れたらしく、その両鼻から真っ赤な血を滴り流して、すっかりコミカルな姿となってしまった女に謝罪しながら、ヒロシは手錠を彼女の両腕にハメた。
「ふぅ……俺も、自分のスタイルを自分で見つけなければならないのかもしれないな」
まだ入っているマガジンを引き抜き、新しいマガジンをインベトリから取り出して、拳銃に装填しながら呟く。
その頭に浮かぶのは、逞しすぎる仲間達の姿だ。
完全オールマイティ、ギルドの最強戦力である大田 ユーヘイ。どんな状況でも対応し、驚く程の引き出しを持つ、まさに万能プレイヤー。言うまでもなく化け物一号。
ギルドでもっとも飲み込みの早い、本当の意味で『期待の新人』となった町村 トージ。その成長は凄まじく、ユーヘイが教える技術だけではなく、最近ではノンさんの動きまで取り入れ始めた化け物二号。
完全一点特化型、近接戦闘のみに限ればユーヘイを圧倒する技能を持つ、中野 GAL。さすがにヒロシでは彼女の動きをトレースする事は不可能。完全に歩くフィクションアクションプレイヤーだ。納得の化け物三号。
その他の二人に関して、ダディが直接戦っているシーンをそれ程見てないから評価は出来ないが、それでもユーヘイのあの信頼感から、平凡なプレイヤーではあるまい。アツミに関しては、ちょっと特殊すぎて何とも言えないが……
「俺にはトージのようなリアル技術は無いし、その技術由来のバックボーンも無い。ユーヘイ達熟練プレイヤーみたいな経験値がある訳じゃない……だけど――」
憧れを追いかけた時間だけは、誰にも負けない――
ヒロシがリアルで俳優業をしていた時、目指していたのは、盾樹 弘喜だ。ヒロシは彼のようなマルチプレイヤーな俳優になりたかった。
だから、アクション系のドラマにエキストラでも参加出来た時は、必死になってアクションの演出を盗み見て勉強したし、その指導なんかもこっそり見学したりした。ドラマだからこそ輝くアクション。現実でそんな事をしても輝く事はない、無駄な動き。
「でもそれも、ゲームの中という状況なら……」
ヒロシはニヤリと笑って拳を握りしめる。
ヒロシが決意した事。ユーヘイと並んで歩く為に、ギルド『第一分署』の一員としてある為には、生半可な努力では届かない。それはユーヘイの教えを忠実に守るだけでは、圧倒的に不足している何かがある、という事でもある。
ユーヘイもトージも、そしてノンさんもやっておらず、ヒロシだけがやれる事。それを見つけた彼は、拳銃を持たない左手で頬を軽く叩きながら走り出した。
「ま、それもここを仲間全員で生き残った後にやるべき事だけどな」
ヒロシは悪童のような顔で笑いながら、走ってきた道を戻るのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
セントラルステーションの屋上、本来ならば立ち入る事が出来ない、その場所に『黄物怪職同盟』のメンバーと、
「水田! 『第一分署』の方は他のギルドが連携してどうにかなったらしい!」
「あ! ほ、本当ですか?! よ、よかったぁ~」
ギルドマスターのテツの言葉に、必死で双眼鏡を覗き込んでいた水田は、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
自分がリークした情報、それによって『第一分署』が窮地に立たされた時の彼の動揺は酷かった。そんな水田を
フィクサーの拠点を探り当て、その場所を共有する事で、今回のイベントが進み、もしかしたら『第一分署』へのフォローが出来るんじゃなかろうかと思い、必死に探していただけに、水田は完全に脱力してしまう。
「ま、無理もねぇわな」
テツは苦笑を浮かべながら、DEKAのナビゲーションマップと同等のスキルを持つ仲間に視線を向ける。そこにはフィクサーの拠点と思われる場所がピックアップされており、あとはフリーで動いているイリーガル探偵へ依頼を出して確認してもらう、というところまで来ていたのだ。
まさに水田が、『第一分署』を助けたいが為に努力した結果である。
「ギルマス、どうしますか?」
「あー」
テツはボサボサの頭を掻きながら言葉を濁す。水田には方便として、フィクサーの拠点を特定したら新しい段階へ進んで、結果として『第一分署』が助かるかもしれない、とは言ったが……
「余計に状況が悪化する気がするんだよな」
テツが呟いた言葉に、仲間達が苦笑を浮かべる。
安心と実績の黄物運営。彼らがクエストに優しさを加える事など、ありはしないのだ。きっとここでイベントを進行させれば、プレイヤーに艱難辛苦を! と言わんばかりの流れを押し付けかねない。
「一旦ステイだな。DEKAと探偵の体勢をもう一度整えてから動いても遅くはないだろう」
テツの言葉に仲間達は頷き、水田を屋上から連れ出しながら、撤収作業を開始するのであった。
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