第134話 その時の団長

 セントラルで犯罪者の暴走が始まる直前の、ギルド『ワイルドワイルドウェスト』のオフィスでの事――


「やっぱ、ギミック有りきの無敵状態だったかぁー」


 ワイルドワイルドウェストのギルドマスター団長は、YAKUZAのクエスト『粉砕』を配信した『たまっちの野次馬ちゃんねる』の切り抜き動画を確認しながら、悔しそうに頭を掻く。


 切り抜き動画を消して、うがーと叫ぶ団長に、クスクスと笑い声を送る人物が近づく。


「だから言ったじゃん、無謀過ぎないかって」


 団長の様子を見ていた三人いるサブギルドマスターの一人、玉津たまつ リキヤがトレードマークの大きなサングラスを外しながら、よっこらせと団長の横に座る。


「無謀だと途中から分かってたじゃんか……ほい」


 がさごそとスーツのジャケットのポケットに手を突っ込み、ミントシガーの箱を取り出すと、それをタバコを差し出すように箱を揺らして一本箱から飛び出させる。


「お、早速仕入れたんだ」


 その一本をもらいながら、団長はリキヤの素早い行動に苦笑を浮かべる。


「俺らにとっては結構必須アイテムになりつつあんじゃん?」


 自分も箱をとんとんと叩いて一本箱から飛び出させると、口に咥えながらニヤリと笑う。


「確かに。昔のドラマって画面が真っ白になるレベルでタバコをバカスカ吸ってるよねぇ」


 もらったミントシガーを指に挟んで揺らし、サブスクで見た昔の刑事ドラマのシーンを思い浮かべて苦笑を浮かべると、リキヤは咥えたミントシガーをコリコリ音を立ててかじりながら頷く。


「今じゃ考えられないけどな」


 現在の喫煙者事情はとんでもなく厳しい。指定された決まった場所以外での喫煙は罰則があるし、喫煙者というだけで国民健康保険料が高くなるし、国民IDでのヒモ付けが必須な項目で、医療機関での受診料なんかも割り増しになったりと、本当に肩身が狭い世知辛い状態に移行していた。


 今では完全に、喫煙者イコール金持ち、という図式が出来上がっており、そう言った意味ではかつての傍若無人な喫煙者と言うのは駆逐されており、喫煙者に対するイメージそのものは悪くないのだが、いかんせん物凄いお金が必要な嗜好品であるのは間違いない。


 なので喫煙可能な成人である二人も、ゲームであっても喫煙に対するハードルは高く、そう言った意味でも大田 ユーヘイや縦山 ヒロシが始めたタバコっぽい駄菓子で雰囲気だけを醸し出す手法、というのはありがたいアイデアだった。


 更には販売元が売り上げが爆増した恩返しに製作したミントシガーのユーヘイモデルと、ココアシガーのヒロシモデルは、昔の刑事ドラマをロールプレイする上ではほぼ必須なアイテムとなりつつある。


「よぉ、何の話をしてるんだ?」

「さすがに四天王突撃は無謀だったなぁって話。ほれ、YAKUZAプレイヤーのクリアー動画が出回ってるだろ? それを見て団長が悔しがってたんだよ」


 そこへ二人目のサブギルドマスター総野そうの タツキがやって来て、自分のデスクから椅子を出し、背もたれを前にして座る。元ネタが盾樹たてき 弘喜ひろきが演じているだけあり、ヒロシに良く似た顔立ちをしているが、こちらのアバターの方が若い頃に寄せて製作されているので、ヒロシよりかは少し全体的に細身で、顔立ちも頬骨が出っ張っている感じになっている。


「それよりタツキもいるか?」


 リキヤがミントシガーの箱を揺らしながら聞くと、タツキは白い歯を見せて爽やかに笑いながら、スーツの内ポケットからココアシガーの箱を取り出してヒラヒラと揺らす。


「まぁ、タツキならタテさんリスペクトするわな」

「元ネタ同一人物だからね」


 確かこうやって取り出してた、そんな事をブツブツと呟きながら、ヒロシがやっていたように箱をトントンと叩いて、ココアシガーを一本箱から飛び出させる。


「でけた。いやぁ、俺、タバコなんか吸った事ないから、ちょっと背徳感があるなぁ」

「あー、ちょっと悪い事をしてる感じは分かるわ」

「同じく」


 三人で妙に可愛らしい事を話し合っていると、オフィスに新規加入した新人プレイヤーを引率していた三人目のサブギルドマスター、大谷おおや シゲルが帰ってきた。彼はトレードマークの中折れ帽を脱ぎながら、物珍しそうに三人を見つめる。


「今の時間に三人が揃ってるなんて珍しい。何かあったのかな?」


 ギルド最年長であり、アバターも落ち着いたおじ様でもあり、その落ち着いた佇まいから裏のギルドマスターなんて呼ばれているシゲルに聞かれ、団長はイヤイヤと苦笑を浮かべて手を振る。


「何もないから集まってるんですよ」

「ふむ?」


 年功序列とか無関係に接してくれとは言っているが、やっぱり実年齢に見合った落ち着き具合というか貫禄というか、自然と若造である団長達はシゲルに対して敬語になってしまう。そこに一抹の寂しさを感じてはいるが、自分のようなおっさんでも受け入れてくれただけでもありがたいと、シゲルはその感情を表に出さず、なるべく自然な感じで三人に接するようにしている。


「今まで団長が四天王相手に突っ込んでたじゃないですか」

「ああ、そう言えばそうだったね」


 そんなシゲルに、リキヤがニコニコと笑いながら説明する。


「YAKUZAプレイヤーがこの前、四天王と同格の相手を倒したんですよ。それが結構な面倒臭い仕掛けが仕組まれていたらしくて、じゃぁ地上のアイツらにも仕掛けがあるんだろうなぁ、って話をしてんたんですよ」

「ああ、あの戦いは凄かった」


 なるほどと納得しながら、シゲルがうんうんと頷くのを見て、三人は意外そうな視線をシゲルに向ける。


「ん? ははははは、この歳でこのゲームを遊んでるんだよ? その手の動画だって視聴するよ私は」


 そう言われてしまえば確かにそうだな、と三人は納得して、リキヤが食べます? とミントシガーの箱を揺らす。


「ああいや、私もかつては喫煙者だったから、フリだったとしてももう一度喫煙ポーズをするのは抵抗があるんだ。気持ちだけいただいておくよ」


 シゲルがやんわりと断ると、三人はへぇーと声を漏らす。


 かつてのシゲルはチェーンスモーカーで、それが原因で結構な大病を患った過去を持つ。これ以上喫煙を続けるなら、確実に次はありませんと医者から断言され、そこでタバコを断ち切った経緯があり、ポーズであってもフリであっても、もう一度喫煙っぽい行いはしたくない。せっかく断ち切ったのに、また喫煙開始、なんてなったら今度は妻に殺されかねないから、それだけは意地でも回避したいところだ。


 そんなシゲルの内心など分かるはずもなく、リキヤが気楽な感じに団長に聞く。


「んで団長、俺らはどうするよ? 他のメンバーはノービス・探偵プレイヤーと連携している感じだけど、俺ら幹部は四天王と遊んでばかりでぶっちゃけグランドイベントクエストがどう動いてるか分かってないぜ? シゲさん以外」

「あ、俺も分からん。ずっとロックと遊んでたから、今どんな感じで動いてるか把握出来てない」

「いえいえ、私だって新人君達を案内してただけで、イベントから遠ざかってましたから、皆さんと同じ位ですよ」


 三人に聞かれ、またオフィスで休憩中だった幹部級やら初期参加メンバーやらの視線を集め、団長はむーんと唸る。


「いや、僕も全然だわ。これはあれだね、同盟を結んでいるギルドから情報をもらおう」


 団長が素直に告白をすると、全員がやれやれと言った苦笑を浮かべる。これが以前のギルドだったら妙な空気感になっていただろうが、色んな事を乗り越えた彼らの空気は柔らかい。


「どっちにしても『第一分署』さんの後追いになるだろうけどねー」


 そんな仲間達の空気感に、団長はへにゃりと笑いながら、やれやれと肩を竦めて言う。その様子にリキヤが苦笑を浮かべて、おいおいと団長の肩に突っ込みを入れる。


「お前なぁ……確かにそうかもしれんが、もうちょい、こうなんちゅーの?」

「一応、まじ一応、俺ら数だけだったらDEKAプレイヤーでも一番大きなギルドさんなんだぜ? キョージだっけ? そういう、あ、そうそうプライドだ! プライドは無いのか!」


 サブギルドマスター二人から突っ込まれ、団長はムンズと胸を張って言いきった。


「無い! んなもん前の解散した時に投げ捨てた!」


 そこは力強く言い切る場面じゃねぇだろ、三人のサブマスターが苦笑混じりに呆れていると、オフィスにドタドタと駆け込んでくる数人のギルメンが、大声で叫んだ。


「ギルマス! セントラル広場がやべぇ!」

「突発クエストが発生した感じだ! 明らかにヤバイ感じの奴らが暴走してるように見えた!」

「まだ俺ら無線買えてないから、現場に数人残して知らせに戻ってきた!」


 悲鳴のような叫び声を聞いて直ぐ様団長が立ち上がり、素早くクエストボードを確認する。


「緊急クエスト無し。クエストじゃない。警察車両持ち! 移動準備!」

「「「「おうっ!」」」」


 団長の指示にそれまでだらけていたメンツが、スイッチが入ったように動き出す。


「突発イベントか?」


 サングラスをかけ、懐の拳銃を引き抜いて素早くチェックをしながらリキヤに聞かれ、団長は分からんと首を横に振る。


「他の車両持ちは街に出て流してるんだろ? 無線で呼ぶか?」


 リキヤと同じように、自分の拳銃のチェックをしていたタツキの提案に、団長はやめておこうと返す。


「もしかしたらそっちでもイベントが発生してるかもしれない。こっちはこっちで動こう。シゲさん、新人の中で動けるようになってる子達をピックアップして連れてきて」

「了解、すぐに連れてきます」

「お願いします。ワイルドワイルドウェスト! 出動するぞ!」


 団長の呼び掛けにオフィスが揺れるくらいの声量で、仲間達が吠えた。それを頼もしく感じながら、団長はオフィスから飛び出した。


「団長はこっちだ!」

「いつも悪いね」

「お前、運転ヤバイんだもん」

「いつもすまねぇ」


 団長より先にオフィスを飛び出していたリキヤが、真っ赤なスポーツカーを署の入り口に回し、団長を向かい入れる。その時に軽口を叩きながら、団長は助手席に座った。それと同時位にタツキが後部座席へ滑り込みドアを閉めた。


「飛ばすぞ! 掴まってろ!」


 リキアがそう宣言するのと同時に、グンと体が座席にめり込むようなGが発生し、スポーツカーが物凄い勢いで加速する。団長は手慣れた様子で、ダッシュボード付近にあるグローブボックス(荷物なんかを入れられるところ)を開く。


「サイレン鳴らすよ」

「頼む」

「へいへい」


 物凄く古いレトロな感じの装置、色々なスイッチなどが配置されているそれを動かすと、スポーツカーのサンルーフが動いてパトランプがせり出し、けたたましい改造されたサインレンが鳴り響く。


「リキヤは凝り性だよなぁ」


 その様子を見ていたタツキが苦笑を浮かべると、リキヤが小馬鹿にしたように笑う。


「マシンなんたらこそ我々の元ネタの花ってもんよ」

「いやまぁ、そこは否定しないけども」


 時代背景に全く合ってないスーパーマシンやら機械やらが登場するのは、彼らが元ネタとするドラマの醍醐味である。そこに強いこだわりを持つリキヤの言い分も分かるには分かるのだが、それにしてはここに功績ポイントを突っ込み過ぎな気がしないでもない、とタツキは思う。


 そんな雑談をしている間にセントラル広場入り口までやって来たのだが……


「うげ、群衆でこれ、入れないぞ」


 人の壁が出来上がっており、どうにも中に入れない状態になっていた。


「……仕方ない、後で皆でポイントを出し合おう!」

「おん? 何をするつもりだよ」

「ここはワイルドワイルドウェストらしい登場の仕方をしようじゃないか!」


 団長が楽しそうに笑いながら指示を出し、それを聞いた仲間達は、また始まったと苦笑を浮かべる。


 団長の指示に従った平べったい形をした警察車両を持つ仲間が群衆の壁近くに待機し、とある特殊な機構を有するスポーツカー達がそれを踏み台にして群衆の壁を飛び越えた。


 空を飛んだスポーツカーは、車を跳ねさせる機構を搭載しており、それを利用して群衆の壁を飛び越えたのだ。


「ひゃっはー!」


 空を飛んで嬉しそうにはしゃぐ団長を見て、やっぱり本質的な部分では前のままだな、と二人のサブギルドマスターは苦笑を浮かべる。


 こうしてワイルドワイルドウェストの素早い介入のお陰で、第一分署は助かり、また他のDEKAプレイヤー達の動きもあって、かなり不味い状態であったセントラル広場は無事に鎮圧されたのだった。

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