第133話 想定外と予想外を越えて、今、必殺の超混沌(ある意味の神回です)

「トージィッ!」

「先輩はそっちをっ!」

「タテさん!」

「ちっ! 止まれっ!」


 本当に最初は気楽な感じであった。


 忙しくなるのは自分達が正式に、同盟を結んでいるYAKUZAギルドに話を通して、そこから彼らが動き出した頃、少なくとも半日、遅ければ翌日持ち越し案件だろうと高を括っていたのだが……


 ユーヘイ達は全く把握してない事ではあったのだが、まさかまさかの、リアルタイム配信視聴をキメてた同盟相手が、これまたまさかのフッ軽を発揮し、第一分署が正式な会合を求める前に動き出してしまった。


 それ自体は別に責めるような事ではないし、むしろ『素早く動いてくれたんだ、ありがたいねぇ』で終わる話だ。


 終われば良い話だったのだ、これが。


 そもそもユーヘイが『高レベル帯のYAKUZAプレイヤーにお願いして』と言った理由は、もし万が一にでも星流会やらフィクサーやらに絡まれたとして、高いレベル帯のプレイヤーならあしらうなり逃げるなり出来るだろう、という意図でもって言ったのだ。協力してもらう以上、協力してくれる側の安全に配慮するのは当たり前の事だから、これも間違ってはいない。


 だが、ここで大きな誤算が発生する。高いレベル帯のYAKUZAプレイヤーが、どやどやっと治安の悪い場所へ踏み込んだ瞬間、今までフィクサーと星流会までだったら耐えられていた中位層の犯罪者、一番厄介なレベル帯の犯罪者が浮き足立って表に出てきてしまったのだ。


 高いレベル帯のYAKUZAプレイヤーの筆頭である、門松かどまつやら川中かわなかやら内竹うちたけやらは知らぬ事だが、彼らは既にある種のオーラを纏っている。これはゲーム的なシステムなのだが、彼らは大規模ギルドのギルドマスターで、つまりはYAKUZA組織の組長という扱いなのだ。


 そう、YAKUZA組織の組長というオーラを纏っている訳なのだ。


 つまりどういう事かと言うと……龍王会なり星流会なり鬼皇会の頭領、まさにドンクラスの存在が、彼らの縄張りを荒らすチンケな犯罪者をいてこましにやって来た、と勘違いしてしまった、とそういう感じである。


 厄介な犯罪者集団が、暴徒になってしまうのも無理もない条件が揃ってしまったのだ。


 その結果、第一分署がセントラルに到着する頃には、その厄介な犯罪者達がヤケクソの自暴自棄状態で暴走をしている、という場面に遭遇してしまう。


 まさに阿鼻叫喚状態のそこへ、ユーヘイ達が突っ込み、素早く暴れている馬鹿をタイホしまくっているのだが、困った事に対処してもしても後から後から湧き出す状態へ突入。ノンさんがヤケクソ気味に『フィーバータイムじゃボケェッ!』と叫ぶ程度には混沌と化していた。


「ちょっとユーヘイ! これアタシ達だけじゃ対応出来ない!」

「わぁーってるよ! わぁーってるけど! それでも今はここで踏ん張るしかねぇっ! トージッ! 後ろっ!」

「っ!? ちぇりぁっ!」


 非殺傷ゴム弾を装填している拳銃を使えば良さそうだが、こうも多くのNPCと観光プレイヤー、ノービスプレイヤーが入り乱れている状態で、拳銃なんぞをバカスカ撃って、万が一にでも流れ弾がぁっ!? みたいな状況になれば洒落にならない。なので、ユーヘイはひたすら合気っぽい技術で、ノンさんはSIO時代に培った剣術を警棒を使って披露し、トージはリアルで嗜んでいる空手と柔道を、ヒロシはスキルで習得したボクシングを使って対応に追われている。


 ちなみにアツミはさすがに相手がむさ苦しい男が多いとあって、ダディがいつでも動かせる状態にしてあるピックアップトラックの中で待機している。


「くっそ! 押し潰される!」


 ユーヘイはまだ良い。合気っぽい技術だから、掴みかかって来るような動きはむしろ是非に投げてくれと言ってるようなモノだし、基本相手の攻撃を利用しているだけなので、そこまで体力を消耗しないし、動きも最小限で済む。


 プレイヤーとして廃人に近いノンさんも、これまでの経験から体力配分をコントロールして、ユーヘイ並みに動き続けられるだろう。


 だが問題はトージとヒロシだ。特にヒロシが不味い。


 何しろヒロシはリアルでボクシングをやっていた訳じゃない。これまで戦闘と言えば銃撃戦がメインだった。それと肉弾戦も、カジノでやった喧嘩に毛が生えた程度だったので、ユーヘイも教え込むのを忘れていたのがとてつもなく痛い。


 現在のヒロシはスキルアシストを高くして、そのアシストの力で無理矢理動いている状態だ。これは本当に物凄い勢いでスタミナを消費する。数値的なスタミナも、その動きを強制的にさせられている脳みそ的にも。


「これマジでヤバイわよ!」

「分かってるって! でもどうするよ!」


 暴徒と化して襲いかかってくる犯罪者を、手品のように腕を引っ張っただけで投げ飛ばし、きっちり腹に蹴りを叩き込んで意識を刈り取り、その腕に手錠をハメるユーヘイへノンさんが叫び、それに彼が叫び返す。


 完全に修羅場であった。


 いつもならわいわいと賑わって楽しげなセントラル広場は、よく分からん小汚ない格好をした犯罪者が奇声をあげて駆け回る運動場と化しており、NPCも観光プレイヤーもノービスプレイヤーもあまりの事に冷静に動くことが出来ず、右往左往していて避難が出来ていない。これで一般人がゆっくりとでも避難をしてくれていれば、ユーヘイ達ももうちょっと自由に動けるのだが、この状態ではここで粘るしか選択肢が無い状態だ。


「先輩! 縦山先輩がっ!」

「っ?!」


 一番真ん前に立って、誰よりも多くの犯罪者を投げ飛ばしているユーヘイに、トージが悲鳴に似た叫び声を浴びせ、ユーヘイがチラリとヒロシがいる場所を確認すれば、彼はぐったりした様子で片ひざをつき、肩で激しく呼吸を繰り返している。


「ちっ! 早い! ノンさん!」

「無理だってっ! こっちも手一杯!」


 ユーヘイがヘイトコントロールしているから何とか保っている状況で、そことスイッチ(ポジションの入れ換え)をせぇと言われても無理だとノンさんが叫ぶ。


「だぁー! もぉっ! 運営君さぁー! もうちょいDEKAプレイヤーに優しさをくれよっ!」


 言っても無駄だと知りつつも、叫ばずにはいられず、そんな叫び声を出しながらヒロシの方へ敵が行かないように、今まで以上に無理を重ねていく。


 その状態で粘るが、やはり数の暴力は凄まじく、徐々に押されていく。


 もう相手の攻撃を受け流すだけで精一杯で、無力化が甘かった相手は復活し、暴徒の勢いが増していく。さすがのユーヘイでも、このゲーム初のデスを体験するのかもしれないと覚悟を決めた。


 その時――


 オォォォオオオォォォォォォォー!

 オォォオォオォォォオオオォォォォー!


「ん?」


 遠くの方からアレンジしたサイレンの音が聞こえてきた。いつも自分達が使用するサイレンとは全く違う音に、少し困惑を浮かべていると、その困惑が更に増す出来事を目撃した。


 ウオォオオォォォォォォォォッ!


 サイレンとエンジンの爆音が合わさったかと思ったら、群衆の壁を飛び越えるようにしてド派手な真っ赤なスポーツカーが数台、セントラル広場へと文字通り飛び込んできた。


「うっそぉっ!?」


 スポーツカーは見事な着地をすると、そのまま暴徒と化している犯罪者の集団の方へ突っ込み、一旦犯罪者を怯ませる。そしてスポーツカーは犯罪者達が固まっている場所のギリギリ近くでドリフトをかまして停車すると、中から紫色のサングラスをした青年が飛び出した。


「ワイルドワイルドウェスト! 犯罪者を鎮圧する! 続けっ!」

「「「「おうっ!」」」」


 サングラスをした青年は団長で、彼が率いるギルド『ワイルドワイルドウェスト』が、かつて迷惑をかけた(と彼らは思っている)ギルド『第一分署』を助けにやって来たのだ。


『市民の皆さん落ち着いてください。大丈夫です落ち着いてください。これから我々が皆さんを安全に誘導しますので、こちらの指示に従って下さい』


 更に婦警ロールプレイをしているギルド『タイホするぞ♪』も、自分達が出来る範囲の事をしようとやって来て、動けないNPCや観光・ノービスプレイヤーの誘導を行ってくれる。そのお陰で、彼らが塞いでしまっていたメイン道路の壁が消え、そこから次々と車両が広場へと飛び込んで来た。


「第一分署さんのフォロー第一! ワイルドワイルドウェストの邪魔をするな! 俺らはサポートに回れ!」

「地面に転がってる奴らを運べ! 動ける場所を確保しろ! 無理のない範囲で無力化を頼む!」

「タテさんのフォロー入ってくれ! レベルが低くてスキルも少ない新規組は、向こうの婦警さんの指示を聞いて市民の誘導をしてくれ!」


 少ない少ないと言われてはいるが、それでもそれなりの数のDEKAプレイヤーはいる。そのほぼ全てのDEKA達が、苦境に立たされていたユーヘイ達を救おうと駆けつけて来たのだった。


「おいおいおい、スゴいじゃんか」


 ユーヘイが感動していると、そんなユーヘイに団長が軽く片手を挙げる。


「ひゅーっ! 格好良いぞっ!」


 ユーヘイの声が聞こえたのか、団長は少し照れたように口をムニムニ動かしながら、苦戦をしているギルドメンバーの方へ走っていった。


 ユーヘイはそれを見送りながら、片ひざをついているヒロシに駆け寄る。


「タテさん、気分は大丈夫?」

「あ、あぁ……酷い二日酔いの朝みたいだ」

「分かるぅ、スゴい分かるぅ」


 VRゲーマーなら誰もが一度は体験する症状。特にスキル関係に振り回されて脳を酷使すると現れる症状を聞かされ、ユーヘイは嬉しそうにニマニマと笑った。


 最初期のVRゲーマーはこの状態を『ガス欠』と呼ぶ。そして『ガス欠』を体験したVRゲーマーを一人前と評価する風潮がある。だからユーヘイ的にはヒロシが一人前になったと、それを祝福するようにニマニマと嬉しそうに笑ったのだ。


「大丈夫そうですか? タテさん」

「ああ、大丈夫大丈夫。このまま動かさないようにして、ジッとしてれば一分位すれば元に戻るよ。君達もこんな症状が出たら試してみると良い」

「あ、はい」


 ヒロシのフォローに回った、前に救援要請をしてヒロシが来ちゃったプレイヤー集団が、ユーヘイの言葉に微妙な表情を浮かべて頷く。ゲームをやっていてこんな症状になるのかな? と彼らは疑いの目で見ていた。


 しかしこの後日、ちょっとハードなクエストを体験し、この時の助言を心底ありがたく感じるのだが、それは未来の話だ。


「さすがにこの数なら、どうにかなるわね」


 ノンさんが警棒を仕舞いながら、ユーヘイに歩み寄る。そんなノンさんを追うようにしてトージが近づき、着ていたスーツの乱れを正しながら、疲れた声でユーヘイに言う。


「毎回トラブル多すぎません? 先輩」

「……何故に俺に言う?」

「いえ、他意はありません。他意は」

「バリバリありそうな言い方してくれるじゃねぇか、この愚かな生命体が」


 ごくごく自然にヤベェDEKA空間を作り出すユーヘイ達に、周囲で動いているDEKAプレイヤー達は、うんうんと頷いて張り切って犯罪者を制圧していった。


 DEKAプレイヤー達の素早い動きもあり、その後、暴徒化した犯罪者は二割程度逃がしたが、八割をタイホする事に成功するのであった。

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