第135話 走り出す事象
「助かったよ、団長」
いつもの如く、気がつけば現れる制服警官達が、タイホした犯罪者を連行する様子を見ながら、ユーヘイが仲間達へ指示を飛ばす団長の肩を軽く叩く。
「や、たまたま、仲間がここの様子を見ていたらしくて、緊急のイベントかな? と思って駆けつけただけなんですよ」
自分を立ち直らせてくれた恩人で、自分が悔やんでいた事を笑い飛ばしてくれた憧れの人物で、まるで頼れるお兄ちゃんみたいに感じているユーヘイに誉められ、団長は少し照れ臭そうな表情を浮かべて謙遜する。
「それでも助かった、ありがとう」
それでもだよ、とユーヘイが微笑みながら真っ直ぐ目を見て礼を言う。
「あー、えーと、ど、どうも」
あまりに真っ直ぐな視線にどぎまぎしながら、ヘコヘコと頭をさげていると、リキヤが軽い足取りで駆け寄ってきた。
「団長、結構な数逃げられた。追うか?」
リキヤが団長に聞き、団長は困ったような表情を浮かべて、少しうかがうような雰囲気でユーヘイに視線を向ける。
「今回のこれ、俺らが引き起こした事じゃないからな? 団長達が好きに動いて大丈夫だ」
ユーヘイはそう言うと、団長の胸に軽く拳を当て、ヒラヒラと手を振って立ち去った。
「うわっ、本物のユーヘイニキだぁ」
立ち去るユーヘイの後ろ姿を見て、リキヤが感動した声色で呟く。その様子に苦笑を浮かべながら、団長は拳を当てられた胸を押さえ、キリリとした表情を浮かべる。
「ワイルドワイルドウェスト! 逃げた犯罪者は追う必要は無い! それよりも周辺の治安の確認を急げ! 他にもここと同じような
「「「「おうっ!」」」」
団長の指示にギルメン達が返事を返し、キビキビとした動きで車に乗り込んでいく。
「リキヤ、僕らは犯罪者が逃げ込んだ方向へ向かう。タツキ! シゲさんと一緒に来てくれ!」
「了解! シゲさん! 新人を集めてくれ!」
「了解した。全員集合! 移動するぞ!」
「「「「はい!」」」」
迷い無く動き出した団長達の様子を横目で見て、ユーヘイは嬉しそうに微笑みを向けながら、ダディの車の方へ向かって歩く。そこにはギルド『タイホするぞ♪』の婦警さんプレイヤーも一緒に集まっていた。
「タテさんの様子は?」
ユーヘイが軽く片手を挙げながら聞くと、ダディが優しく微笑んで頷く。
「大丈夫、もう回復したよ。ただ、一種の酷いVR酔いだから、もうちょっと休むようにってお願いしたところ」
「あれ、結構キツいからなぁ」
「ねー、最初期はアレとの戦いだったもんね」
ダディが適切な感じでヒロシを休ませている事に、だよなぁとユーヘイが頷く。
今でこそVR技術は一般化され、多くの人達が触れるようになって問題なく運用されているが、一番最初に登場したSIOの頃は、結構な弊害が沢山存在した。ヒロシが体験したキャラクターの動きと現実のプレイヤーの齟齬によって引き起こされるVR酔い現象もその一つだ。
今では脳波を測定する事で、色々な弊害を事前に緩和したり、もしくは警告を出したりしてプレイヤーを保護するシステムを積んでいるので、ほぼほぼ駆逐されている。だが、今回のように強いスキルアシストがある場合は、VR酔いは発生しやすい。そして、VR酔いは一般的に弊害だと認識されていないモノだったりする。
VRシステム側の判断だと、システムが検知出来ないちょっとした体調不良、一種の乗り物酔いと判別され、これには一切警告が出ない。これのお陰で、SIOプレイヤー達は必死でVRシステムの方へ体を馴染ませ、大袈裟ではあるがある意味文字通り血の滲む努力をして、大宇宙の激戦を潜り抜けてきた訳だ。実際には爆発したり殺されたり、血が滲むどころの話ではなかったのだが……
そんな元SIOプレイヤーが実戦で編み出した体調回復法を行っているのだ、すぐにでもヒロシの体調は復調するだろう。
あの頃はマジでしんどかった的な会話をしているユーヘイとダディの間に、ノンさんがひょいっと顔を出してユーヘイを見上げる。
「向こうにお礼は済んだの?」
妙に距離感が近いのに苦笑を浮かべ、優しく頭をダディの方へ押し返しながら、ユーヘイが頷く。
「おう、あんがとって言って来たぜ」
ユーヘイに押された部分の髪を整えながら、ノンさんは残っているワイルドワイルドウェストのギルメンに視線を向ける。
「そう。アタシ、彼らの動画好きだから復活してくれて嬉しいわ」
ノンさんの視線の先へ目を向けながら、ユーヘイが顎を撫で付けて呟く。
「俺はまだ視聴した事がないからなぁ、今度見てみるかね」
結構面白いんだよ、そんなユーヘイにダディが動画視聴を勧める。
「ま、暇があったらな」
ダディにヒラヒラと手を振り、トージと話し込んでいる
「よぉ、そっちの誘導も助かったぜ」
ユーヘイが片手を挙げながら二人に言うと、彼女達は輝くような笑顔を浮かべて敬礼をする。
「お仕事ですから」
「それが私達の役割です」
実に婦警さんっぽい模範的な回答に、ユーヘイはそれでも礼くらいは言わせてくれと微笑む。
「ねぇねぇ、そろそろ同盟結びましょうよ」
そこへひょっこり再びノンさんが顔を出し、二人に切り出す。
「あー、私達、ログイン不定期ですよ? 同盟結んでも役に立たないと思いますし」
「戦闘とか本当に無理ですし、第一分署さんの足を引っ張る未来しか見えないと言いますか」
二人がイヤイヤ無理無理と反射的に拒絶すると、ユーヘイがそんな事気にして断ってたの? と驚いた声を出す。
「そんなんこっちは誰も気にしてないけど? つーか、こんな緩い繋がりでそんなガチガチの要望出すわけないじゃん」
「そうそう、こっちは面白いと思ったプレイヤーと仲良くしたいだけだし」
黄物の同盟システムは、ほぼギルド同士のフレンド登録のようなモノだ。相手のログイン状況が見えたり、取り組んでいるクエストのタイトルが見えたり、本当にその程度の機能でしかない。だから、同盟を結んだからと第一分署とがっちり協力してクエストを消化しなければならない、などと言う事は無いのだ。どうやら彼女達はそこを勘違いしていたようである。
その部分をトージが説明すると、彼女達は驚きの声を出して、良いんですか? とノンさんにお伺いを立てた。
「だから良いって言ってんじゃんさ。仲良くしましょ」
どうやら彼女達とも同盟が結ばれそうだと、ユーヘイは嬉しそうに微笑みながらミントシガーの箱を取り出す。
そこにピックアップトラックに乗ったままだったアツミが、助手席の窓から身を乗り出してユーヘイを呼ぶ。
「ユーさん! 無線! 無線! 山さんから無線で連絡が入ってます!」
アツミに言われ、大慌てで車から飛び出し、無線を耳につけていなかった事に気づいたユーヘイは、素早くイヤホンを耳につけ、ネックマイクを装着する。
「こちら大田、どうした山さん」
『無線くらいつけっぱにしとけよ。つけっぱだからって音が聞こえづらくなるって事はないような作りにしたんだから』
「へいへい悪うござんした。ちょっと慌ててたんだよ。んで? どうした?」
ミントシガーの箱から一本取り出し、それを前歯でかじりながらユーヘイが話を促すと、山さんがやれやれと溜め息を吐き出す。
『相変わらず俺への扱いが軽いなぁ……あー、
「っ! マジで!?」
『ああ。あの人すげぇよ、どうやったのか知らんけども、NPCに緊急の連絡網みたいなもん作らせて、そっから署の方に直に電話が来たぜ?』
「……さすが水田先生やでぇ」
ユーヘイが憧れのVランナーを誉めていると、無線を聞いていたノンさんが、うっとりしているユーヘイの背中を軽く叩く。
「どうすんのよ?」
ノンさんに聞かれてユーヘイはダディの方に視線を送る。
「全体へ警察無線を飛ばそう。個人で無線を持ってなくても、警察車両持ちなら聞けるはずだから」
ダディの提案にユーヘイがなるほど頭良いと、ダディへ手を叩いて人差し指を向ける。そのままネックマイクを起動して、山さんに指示を出す。
「山さん、そのまま通信室の方に行って、カナちゃんに水田先生からの情報を無線で飛ばすように指示を出してくれるか?」
『そりゃ構わないけど、文面は?』
ユーヘイがダディに視線を向けると、ダディがネックマイクを起動する。
「星流会とフィクサーに動き有り。各区画で小競り合いが発生する危険性が高まる。特に星流会の本拠地のあるベイサイドで、事件が発生する可能性が高まる。各員は厳重注意をされたしって感じで頼むよ」
『……おっしメモった。この文面でカナちゃんに依頼を出すわ』
「お願いね」
山さんからの無線が切れ、ダディはどうするとユーヘイに視線を向けた。
「とりあえずアンダーグランドに向かおう。それからベイサイドへ行くべ」
「それもそうね。そこはやっぱりカティ達と足並み揃えないとね」
ノンさんもユーヘイの提案に頷き、トージとダディもそうだなと頷く。
「タテさんが復活したらアンダーグランドへ向かおう。君達はどうする?」
所在なさげに立っていたサキとアスカに聞くと、二人は苦笑を浮かべて口を開いた。
「少しここら辺一帯を巡回してからログアウトします。リアルで用事があるので」
「はい、あまり長くログイン出来ないので、すみません」
二人に謝られてユーヘイ達はイヤイヤと首を横に振る。
「リアル大事、むしろそっちを優先するのは当たり前だからね? そっちを蔑ろにしてゲームを優先しろだなんて言わんよ」
「そうそう。何か困った事があったら気軽に声をかけてくれて良いからね?」
「うんうん、同盟を結んだからって強制するような事はしないわよ。だからリアルを大切にしてね」
ユーヘイ達の言葉に安心しながら、二人はそれじゃぁと頭を下げて自分達のミニパトに向かって歩いていった。
二人の背中を見送り、ユーヘイはチラリとピックアップトラックの方へ視線を向ける。そこには後部座席で天井を見上げるよう姿勢で休んでいるヒロシの姿があり、その様子をチェックする。
「後三分くらい?」
呼吸の感じや、脳波でフィードバックされる顔色などをチェックしてユーヘイが呟くと、ダディもヒロシを見てうんうんと頷く。
「そうだね、それぐらいが良いかな」
それから三分後、きっちり元通りの体調に戻ったヒロシを連れて、第一分署は初めてのアンダーグラウンドへ突入するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます