第136話 巨大なお母さんが暴れだしそうな場所

「ここの運営は、こうどうして何でもかんでも斜め上方向へ全力爆走するんだろうなぁ」

「あー、やっぱりユーヘイのアニキでもそう言う反応になるんですね」

「そりゃ、これ見たら大体俺と同じ反応するだろう」

「あはははははははは」


 地上のセントラルステーションから直通で地下、アンダーグランドへ繋がるエレベーター。そのエレベーターの中から外が見えるよう、ガラス張りになっているのだが、そこから眼下に広がる光景に第一分署の面々は絶句していた。


 ユーヘイ達のイメージ的に、アンダーグランドは限定された空間である、という認識であった。


 クエスト『残響』で関わった時に、大型のトラックが地下へ潜っていたのは知っていたので、限定されているとは言ってもそれなりの広さはあるとは思っていた。


 それに『たまっちの野次馬ちゃんねる』を視聴していたから、限定されてはいるだろうが所々に広々とした空間が用意されているんだろうなぁとは思ってはいた。だがほぼほぼ全ての空間、それ以外の場所はデパートの地下街とか、東京ダンジョンなどと呼ばれている駅ダンジョンみたいな、駅地下的イメージをしていたのだが……


 そのイメージを全力でぶち壊すモノが眼下に広がっている。


 広々と広がっている地下と地上を遮る天井、どのような技術を使っているのか理解不能ではあるが、そこには擬似的な太陽が浮いているし、地上のエイトヒルズと遜色のないビル群に地上と遜色ないレベルの緑地もある。これを見てここが地下だと思う人間はまずいないだろう。


「完全にジオフロント、それも近未来アニメクラスの世界観だよね、ここ」


 呆然とその光景を見ていたダディの呟きに、全員がうんうんと頷く。


 地上が八十・九十年代の街並みを完全再現しているだけに、アンダーグランドの近未来具合が実に酷い。


 緑地以外にも普通に水辺なども存在しており、確かにYAKUZAプレイヤーがダンジョン探索をする冒険者である、という認識もあながち的外れとは言えない。まだここがファンタジーの産物、自然環境まで再現するダンジョンの中だと言われた方が納得出来るレベルだ。


 そんな光景に呆然としている一同へ、道案内を名乗り出たYAKUZAプレイヤーが、面白そうに笑いながら口を開く。


「聞きかじりなんすけど、何かジャパニウム鉱石※1が発見された時期に、実際その無尽蔵なエネルギーを使った地下都市を作ろうって計画はあったらしいんですよ。んで、マジか嘘か分からんですけど、ここの運営会社がその計画に関係してたらしくて、ここはその頓挫した計画の設計図を元に作られたって都市伝説みたいな話があるみたいっす」

「マジでっ!?」

「都市伝説ですけどね」


 道案内をしてくれているギルド『広島焼き』所属プレイヤー、野火のび ショウタが、そのチャラい外見に良く似合う軽薄な笑い顔を浮かべてからかうように言う。


「まぁ、俺らYAKUZAプレイヤーがゲームプレイを始める時に、ここの来歴を教えてもらえるんですが。元々は大戦終戦後に仕事にあぶれたアウトローな奴らを集めて、ここの開発を進めたとか、そいつらが鬼皇会を作ってこの場所を占拠して居座ったとか、たしかそんなフレーバーが用意してあったはずですぜ」

「……完全に無理があるだろうが」

「自分もそう思うっす。まぁ一応、黄物世界にもジャパニウム鉱石の概念はあるし、この世界だとリアルよりも前に発見されてるみたいですから、やれなくもないって感じですがね」

「すんごいこじつけじゃない」

「自分もそう思うっす」


 そんな会話をしながらエレベーターが下っていき、エレベーターはそのまま巨大な建物の中へ吸い込まれていく。


「アンダーグランド、ゼロ区画、通称アンダーグランド市役所へようこそ」


 チンと音を立てて開く扉に合わせ、ショウタが恭しく一礼しながらキザったらしい口調でそんな事を言った。


「市役所?」

「はい、この場所は一応アンダーグランドの入り口に認定されているんですよ。なのでここでは鬼皇会のチンピラ達も入ってこれない安全地帯に設定されているっす。だから新人YAKUZAは、ここで一通りアンダーグランドで生きる方法を勉強する訳です。ようは職業訓練所みたいな感じっすね」

「……YAKUZAの職業訓練所って……」


 ショウタの説明に苦笑を浮かべながら、彼の背中を追いかけて建物の中を進む。


「お、おい、あれって」

「うっそぉっ! 第一分署の人達だぁっ!」

「えっ!? えっ!? 俺らタイホされるのっ?!」

「バカ、YAKUZAプレイヤーと一般的なYAKUZAは別モンだって言われてるだろ。それにしてもこうして見ると、やっぱ格好良いなぁタテさん」

「「「「せーの、トージくぅ~ん!」」」」

「「「「うおぉぉーっ! ユーヘイニキあいしてまぁーす!」」」」


 アンダーグランド市役所は新人プレイヤーやギルドに所属してないプレイヤーなどが多く、ある意味での待ち合わせ場所としても使われているので結構な数のプレイヤーがたむろっている。そんなプレイヤー達がユーヘイ達を発見して一斉に騒ぎ出す。


「……暇なのか?」


 騒然とする周囲の様子を冷静に流し見ながらユーヘイが呟くと、ヒロシが何とも言えない表情と苦笑を浮かべて、おいおいと彼の肩に軽く突っ込みを入れる。


「そろそろ自覚しよう? 有名人」

「?」


 ヒロシに不思議そうな表情を向けて首を傾げるユーヘイに、何でこいつはこうも自分に対する認識が狂ってるんだろう、と仲間達は溜め息を吐き出す。


 そんな一同の様子を見ていたショウタは、これが自称エンジョイ勢か、と妙に嬉しそうな表情で笑う。


「うちの組の出張事務所はこっちですぜ」


 市役所で大手YAKUZAギルドがほぼほぼ占拠している一角へ誘導し、騒いでるプレイヤー達に悪いなと手を挙げながらショウタが進んでいく。


 市役所の奥まった場所、空気が淀んでいるような重いような、そんな薄暗い感じの通路を抜けると見慣れたギルドのネームプレートを掲げたドアが見えてきた。ショウタは『広島焼き』のネームプレートのあるドアを開き、どうぞと一同を招き入れた。


「おーい、誰か組長知らね? 第一分署の皆さんが組長に用事だってよ」


 全員が中に入ったのを確認してショウタが声を掛けると、部屋の奥から角刈りの厳めしい表情をしたプレイヤーが顔を出す。


「組長なら地上で観光中だ。どうも第一分署の皆さま方、いらっしゃい」


 そのプレイヤー、文原ふみはら ブンタンがどうぞ座ってくださいとソファに案内してくれた。


「あれ? サブマスは行かなかったの?」

「観光に積極的じゃない攻略目的の奴らだっているからな、一応、そういう奴らに何かあった時の為に何人かの幹部級と一緒に留守番してんだよ」


 ショウタの言葉で、このプレイヤーが『広島焼き』のサブギルドマスターである事を知り、ユーヘイ達はマジマジと彼を見る。


 確かにギルドマスターと彼が並べば、完全に昭和任侠映画の銀幕スターにしか見えないだろう、そんなアバターの寄せ方をしていた。


「それで、第一分署さんがわざわざアングラまで来てどうしたんです?」


 DEKAプレイヤーもノービス・探偵プレイヤーも、今は結構忙しい時期ですよね? そうブンタンに聞かれ、ダディが説明する。


「こちらのクエストを進めるのに有効な手段じゃないか、という方法を考え付きまして、それで是非同盟をしているYAKUZAプレイヤーの方々に協力をしてもらおうかと」


 具体的な方法を説明しようとした時にドアが開いて数人のYAKUZAプレイヤーが入ってきた。


「あ、マジでこっちに来てた」

「おお、マジで本物の第一分署さんだ」


 どやどやとやかましく二人の男性がソファに近づいてきて、ブンタンに親しげに手を挙げる。


「ブンさんチース」

「ショウタも戻って来てたんだな、チース」


 二人はそれぞれ『月島会』のサブギルドマスターの志沢しざわ ジンと、『松竹組』のサブギルドマスター司場しば コウと名乗り、ユーヘイ達を見回してペコリと頭を下げた。


「皆さんって、あれっすよね? カテリーナ・中嶋さん達と話し合いしてた事を伝えに来たんですよね?」


 ジンが申し訳なさそうに言うと、ダディが不思議そうな表情をして頷く。


「あーやっぱり。実はですね、最近、ウチらも配信関係を意識するようになりまして、その一環として皆さんの配信を視聴するようになったんすよ。んで、第一分署さんと親愛さんの様子も見てたらしいんすわ、ウチの頭達」


 ジンが強面に妙な愛嬌をのせた笑顔で説明すると、コウが三角形に剃ったような眉毛をへにょりと下げて、ヘコヘコと頭を下げる。


「アニキ達について行った奴らが連絡を寄越しまして、もう皆さんが話し合った状況で勝手に動いているらしいんすよ」

「「「「は?」」」」


 コウは続けて説明し、どうやら彼らが治安の悪い場所へ入り込んだ段階で、妙な具合にNPCが動き出し、気がつけば暴動のような感じの騒動が巻き起こり、あれよあれよという間に雪崩のような感じで事態が駆け抜けていったらしい。


「セントラル広場の狂乱、あれアニキ達の勇み足で起こった事故らしいっす。マジで申し訳ねぇ!」

「こっちもすんませんでした!」

「おいおいおいおい! 聞いてねぇぞ!? ちょっ!? おい! ショウタ! お前聞いてねぇのかよ?!」

「無理言うなし。俺らはDEKAとか一部のノービスプレイヤーと違って連絡手段がねぇじゃねぇか。どうやって知るんだよ」

「ぐぅっ……第一分署の皆さん、何か凄い大迷惑をウチの頭達が掛けたようで申し訳ない」


 三人のサブギルドマスターに頭を下げられ、ダディが慌てたようにまぁまぁとなだめる。


「確かに驚きましたが、こっちに被害は出てませんから、どうか頭をあげて下さい」

「いや、でも、結構な規模だったじゃないですか、そこはしっかり謝らせて下さいっす」

「こっちも同じく。マジですまねぇ!」

「ああもお! ちょっと大田にタテさんも笑ってないで止めてくれよ!」


 ダディに懇願されユーヘイが口を開く。


「まぁ、提案したのは俺だし、結果としては俺の見込みが甘かったとも言えるからさ、ここはお互い様って事で手打ちにしようぜ?」

「そっちがそう言ってくれるなら」

「すんません、アニキはよぉーく言って聞かせますんで」

「こっちの頭にもキツく言っておくのですんません」


 このままだと永遠謝り続けそうな雰囲気のある三人に、気にするなと言いながら、ユーヘイが仲間達を見る。


「となると、次はベイサイド行きか?」

「そう、なるね」


 アンダーグランドでの予定が簡単に終わり、次は騒動が起こりそうな場所に移動という感じとなった。その会話を聞いていたショウタが、ベイサイドに何があるんですと聞いてくる。


「DEKAのお仕事クエスト、かな?」


 せっかくアンダーグランドに来たのだから、色々と案内をしますよ、と申し出るブンタン達の提案をやんわりと断り、第一分署は少し急ぎ足でアンダーグランドから立ち去った。そして、金大平かなだいら 水田すいでん直々に注意しろと警告を受けたベイサイドに向かって移動を開始するのだった。




※1 こちらの日本の、道端に落ちているような石全てがエネルギー結晶体となっており、特殊な装置を使ってそのエネルギーを引き出し、電気エネルギーへ変換して使っている。最近では変換した場合のロスが多すぎるから、ジャパニウム鉱石本来のエネルギー、ジャパニウムエネルギーを直接使う装置が普及しつつある。

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