第253話 厄介事はまとめて来る

 メンテナンスが終了し、尻切れトンボ状態で放置されていたクエストを再開、ユーヘイ達は超絶弛緩した空気の中で一番優しい難易度のクエストをクリアーし、しっかりとコラボを終わらせたのだが……。


「……あんだって?」

『あー、あのですね……他の子達が不公平だと、あんなに楽しそうな事だったら参加したのに、と非難轟々でして』


 コラボはともかく、ウィルス攻撃を受けた時の銃器の仕様はハードだった為、コラボが終わったタイミングを見計らってログインしやがった山さんへ、問答無用でメンテナンスを押し付けていた時に、サラス・パテの社長の姿に戻ったパルティから連絡が入った。


「つまり、他のタレントさん達も『第一分署』と遊びたい、って事?」


 高嶺之宮モデルのサングラスを、メガネ拭きで丁寧に磨きながら、ヒロシがパルティに視線を向ければ、彼女にしてはかなりしおらしい態度で頷く。


「いやいや、残りのタレントさんの総数的に『第一分署うち』だけじゃ面倒見きれないわよ?」


 SYOKATU近くに最近やってくるようになった、キッチンカーで買ってきたケバブのような食べ物をもりもり食べながら、ノンさんは小さく片手を振る。


『それもあるんだけど、やるなら簡単イージーじゃなくて高難易度ハードが良いと言っておりまして』

「「「「おいおい」」」」


 パルティの言葉に、その場の全員がユーヘイへ視線を向けた。


「色々と呼ぶのは俺だけじゃないだろうが」


 その視線が何を物語っているか理解しているユーヘイが、せめてもの抵抗とばかりに反論するが、全員がはいはいと受け流しながらニヤニヤと笑い暖簾に腕押し状態、それを見てユーヘイは面白く無いと舌打ちをする。


 ユーヘイ達のイチャつきを羨ましそうに見ながら、パルティは額を押さえながら溜息を吐き出しつつ、弱々しい口調で呟く。


『そもそも、黄物を始めてもいないから、それはいくらなんでもって言ったんだけど……何せ、あのベリーハードな状況でもがね、それなら自分達は余計に大丈夫だって思われちゃって』

「色々と酷いんじゃない? それ。実際のところ最終局面でのらいちは、かなりお役立ちしてたぞ」


 拭いていたサングラスをデスクに置き、ヒロシが目を鋭くしながら言う。最終局面でのらいちの動きを見ていたヒロシにとって、パルティの言葉はちょっと聞き捨てならなかった。


 確かにユウナと比較してしまえば、ちょっと動きはぎこちなかったし、射撃の腕も劣ってはいた。だが、チームプレーとして見れば、らいちの動き方は誰も邪魔をしていなかったし、要所要所でフォローもしっかりこなしていたのだから、それをみたいな言われ方をされるのは違うと思ってしまうのだ。


『怒らないで。身内ネタのような事だから、ね?』

「……」


 パルティがクスクス笑って両手を合わせるのを見て、ヒロシは小さな溜息を吐き出しながら、サングラス磨きに戻る。


 ヒロシのちょっとした怒りに苦笑を浮かべ、ユーヘイはニヤニヤ笑うパルティを一瞥し、トントンと指先でデスクを叩く。


「んじゃまぁ、そうだな……この後に俺等が休憩を入れるから、その後だったらコラボを受けるぞ?」


 ユーヘイが言うと、仲間達は正気か? みたいな目で見て、パルティはかなり驚いた表情で目を丸くする。


『良いの?』


 助かったという表情を浮かべながら、パルティはおずおずとユーヘイに聞く。するとユーヘイは、妙に優しい表情を見せながら猫なで声で言い放った。


「ああ、喜んで最高難易度へご招待しようじゃないか。だからお前んトコのタレント全員連れて来いや。だけど条件もある。それはお前も村松課長として参加せぇよ? あと旦那も連れて来い。そしたらコラボを受けてやるよ」


 ユーヘイの言葉に仲間全員が人の悪い笑顔を浮かべてパルティを見る。アツミだけがちょっと気の毒そうな表情をしているが、目は笑っていた。


 カニ谷ことパルティの旦那から、実は今日、会社の重要な会議があって、その前にこんな疲れるような事をやらされてついてない、みたいな愚痴を聞かされていたのだ。それを知っていてユーヘイが交換条件として突き出した訳で、だからパルティも即決出来ずに言葉を濁す。


『ええっと……私も旦那もこれから会議がありまして、その終了時間はちょっと不明と言いますか何と言いますか……』

「ならコラボは無しな。俺達だって普通に遊びたい訳だし、何かと気を使うコラボなんてお前のゴリ押しじゃなけりゃ受けなかった訳だし」

『うぐぅっ』


 実際、有名なタレントさんとプレイするのは相当気疲れした。普段のままのプレイは出来たとは思うが、それでもそれなりに配慮しながらゲームを遊ぶと言うのは、かなり面倒臭かったのだ。だからユーヘイとしては断れるのなら断りたい提案だし、会社の会議という名目があれば断り易いだろうと思って交換条件を突き出したのだった。


「どうする?」


 断ってもええんやで、そんな菩薩のような表情を浮かべて微笑むユーヘイを、パルティは恨めしそうな表情で睨みながら、がっくりと項垂れる。


『……相談させて下さい』

「なるはやでな」

『ううっ、鬼めぇ……善処いたします』


 これで断れるだろう、そう会心の笑みを浮かべるユーヘイに、ヒロシが苦笑を向ける。


「遠回しのお断り、お疲れ」

「ありがとう。ま、マジで重要な会議っぽいから流れるだろうさ。さぁて、俺も食おうっと」


 ノンさんの前に並んだキッチンカーで購入した食べ物を見て、両手を擦り合わせながらユーヘイが選んでいると、アツミが一番軽そうなガレットの野菜クレープ巻きのようなモノを取りながら、ユーヘイに同情するような視線を向けた。


「コラボ、頑張りましょうね」

「へ?」


 妙に確信したようなアツミの言葉に、ユーヘイが間の抜けた声を出す。するとそのタイミングで再びパルティの通信が入った。


『やってやるわよ! 休憩って一時間よね?! ちゃんと休んでしっかり働きなさいよ! こんちくしょう!』


 涙目でやけくそ気味に叫ぶパルティの言葉を聞いて、ユーヘイはガレットをかじるアツミを見上げる。彼女は女神のように優しい表情で、同情に満ちた微笑みを浮かべていた。


 彼女は知っていた。パルティはぶかのためならば、自分がデスマーチをする事になろうとも、その願いを叶えてしまう皆のお母さんである事を。


「がんばりましょう」

「……マジかー」


 ユーヘイはアメリカンサイズのバーガーを手に取りながら、ギシギシ悲鳴のように鳴る椅子に体重を預け、疲れたように天井を見上げる。


「カオスな事になりそうだ」

「やっぱり先輩は持って来ますよね」

「はいはい、ユーヘイクオリティー」

「よ! 一級フラグ建築士!」

 

 勝手な事を好きに言う仲間達に反論も出来ず、ユーヘイは死んだ目でバーガーをかじった。


 サラス・パテ全タレント三十四人。

 クエスト難易度ハード。

 仲間は新規キャラクターで、課金装備だけが異様に充実している。

 そうして挑んだクエストは、人数だけは大量にいたためごちゃごちゃしまくり、それでも何とかメインのストーリーを進めていったのだが、その物語が何度も何度も連鎖チェインしまくり、最終的に最高難易度の中で一番難しい難易度まで上昇、激しい戦闘につぐ戦闘で全員ボロボロになりながらも、それでも何とかクエストクリアーに導いた『第一分署』の人々に、配信を見ていたリスナーは同情の涙を流したとか何とか。


「絶対コラボなんてするもんか」


 フォローしまくって一番ボロボロになっていたユーヘイの背中には、それはもうむせるような哀愁が漂っていた。そして、吐き捨てた言葉には万感の想いが込められていたのだった。

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