第254話 受難 ①

「いやぁー元ネタっぽいじゃないのぉ」

「何でそんなに嬉しそうなのか」

「いやいや、結構あるあるなシチュエーションだと思うんだよ」

「確かにそうだけども」

「うっせーぞ! ぶちころがすぞ!」

「「へへへ、さーせん」」

「ちっ!」


 黄物ではありふれた廃工場のような場所に、荒縄で後ろ手に両手を縛られ、ご丁寧にも座らされた椅子の足に脚を縛られ、同じ状態で背中合わせで座るアツミに呑気な事を言えば、この原因を作った犯人に血走った目で殺意を向けられて、ヘラヘラ笑いながら全く焦ってない感じに頭を下げるユーヘイとアツミ。


 どうしてこんな状況になっているかと言えば、それは狂乱であったウィルス攻撃が原因であると言える。


 どうやら運営の方でも今回の攻撃は重く受け止められたようで、これまでAI頼りだった部分を是正し、より安心安全なプレイ環境とウィルス等の攻撃に対応するシステムを組む、という事でかなり大規模なアップデートが実行された。


 丸々三日を使ったそのアップデートで、プログラムのシステム面が刷新され、ウィルス攻撃に対する脆弱性なども改善された。そして、せっかく大規模アップデートをするのだからと、ゲームの方にもテコ入れがされたのだ。それがアクティブNPCプログラムである。


 それは定型文的なクエストをただただ実行するだけだったNPCに、大幅なランダム性を持たせ、困窮している自分達で犯罪を行う判断をさせる、つまりは犯罪行為をNPCが勝手に引き起こすという、字面だけ見ると大変ヤバいシステムを組み込んでしまったのだ。


 クエストを受注する事で生成されていた犯罪者NPCが、実際のフィールドに解き放たれ、街のそこかしこで好き勝手に犯罪を起こす……もう完全にここは元ネタのドラマ世界と同じとなった訳である。


 結構心躍る(元ネタを愛するユーヘイ基準)状況ではあったのだが、先日の災難とも呼べるサラス・パテのコラボで疲弊し尽くしたユーヘイは、そんな新要素をやる気にもなれず、せっかくログインしてるのだから車で流すだけでもやるかと街に繰り出した。その時にちょうどタイミング良くログインしたアツミも、アップデートで街に変化があったかもしれないと、ユーヘイのドライブに便乗する形で同行した訳だ。


 ある程度街中を流し、アップデートで追加された要素などを見て回り、どこかで飯でも食ってSYOKATUに戻ろうか、そんな相談をしていたら貴金属店を襲う強盗と出くわしてしまった。


 『おお、これがNPCの自主的犯罪』等と呑気に感動しつつ、そこはDEKA、逃げる犯人を追いかけた。しかし、裏路地に逃げ込まれたのを追った先で、待ち構えていた強盗犯の仲間の不意打ちを受けて頭を殴られ気を失ってしまった。そうして気がつけば、どこぞとも分からぬ廃工場で、実に楽しい状況に陥っている、という訳である。


「さすユー」

「いやいや、あっちゃんも結構持ってると思うんだ」

「いやいやいや、ユー様には負けますわ、ほほほほほほ」

「うっせぇ! 今度ピーチクパーチクさえずったらマジで撃つぞ!」

「あはい、すみません」


 その状況を楽しんでいるユーヘイの額に、ユーヘイから奪った拳銃の銃口を当てて強盗犯が凄む。ユーヘイは一応困った表情を作り、かなり棒読みちっくな口調で謝りながら、表面的にはしおらしく装いつつ頭を下げた。


 そんな全く焦っていないユーヘイの態度に強盗犯は苛立ちながら、アツミの拳銃を手の中でいじくり回しているもう一人を睨む。


「ちっ! チャカ奪ったんだ、ここまで連れて来る事はなかったろうが!」

「馬鹿が。こっちはお前のドジで顔を見られてんだ。そのまま逃げたってすぐに指名手配されて終わりだろうがよ」

「ちっ!」


 銃口でユーヘイの額を弾くように押して、強盗犯は舌打ちをしながら、コンクリートブロックに荒々しく座る。


「そうがなるな。アイツがアシを持ってきたら、場所を移動してそこで始末すりゃ良い。それまで無駄口に付き合ってやれ。せっかくこんなに面白いおもちゃまでくれたんだからな」

「面倒事は早く片した方が良いと思うけどな」

「そういう短気が、お前のミスに繋がったんだが、な」

「……」


 ドラマのワンシーンでも見ているような寸劇に、ユーヘイは感心した目を向ける。そんなウッキウキな気配を背後に感じるアツミは、呆れて諦めたような溜息を吐き出す。


「どんな状況でも楽しんじゃうんだもんなぁ、この人」


 結構な受難だと思うのは私だけ? そんな気分でアツミは天井を見上げた。




――――――――――――――――――――


 リアルの仕事が押しに押して、何とか家の細々とした事を片してから、かなり遅れてログインしたヒロシは、もはや実家の如き安心感を覚えるウェイスタンドアを押して、捜査課のデスクへ向かう。


「おはよう」


 電話番をしているNPCのタエちゃんに片手を挙げて挨拶をし、自分のデスクの椅子を引いて座る。デスクには自分が契約しているプレイヤーメイドの新聞からNPCの新聞が、主にNPC新聞だが三日分小山となって積み上がっており、それに苦笑を向けながらとりあえず一番上の新聞を手に取って広げる。


「おやまぁ、アップデート中もこっちでは普通に時間が流れてたのね」


 手に取ったのがNPC新聞社の新聞で、その内容を軽く流し読みして、呆れたような感心したような声で呟く。


「そんな呑気にしてて大丈夫ですか?」

「ん?」


 いつもならこちらからアクションをしなければ反応しない、と言うかクエストとかそういう場面でなければ動かないタエちゃんが、手慣れた様子でデスクにコーヒーカップを置きながら苦笑交じりに言う。


 犯罪者NPCにランダム性を持たせた、ってのは聞いたけども、普通のNPCの挙動にも影響が出てるのかしら? そんな事を考えながら、出されたコーヒーカップを手に取って礼を言ってから口をつける。


 コーヒーをすするヒロシに微笑みかけながら、タエちゃんが聞き捨てならない事をサラリと告げた。


「ここ数日で犯罪件数が増えたって、藤近課長がKEN警本部に呼び出されて大変だったって、KEN警から帰ってきた課長が愚痴ってましたよ?」


 口に含んだコーヒーを吹き出しそうになるも、それを何とか飲み込みながら、ヒロシは目を丸くしてタエちゃんを見上げる。


「リアリー?」

「はい」


 クエスト関連でKEN警と言う単語は出てきたが、まさかの日常会話的な事で出てきた事に動揺し、これはちょっと洒落にならんのではなかろうか、そう思いながらヒロシは手に持つ新聞に視線を落とす。


「……まさか、とは思うが……」


 これまでのNPC新聞の記事はフレーバー的な側面が強かった。クエストを受けていない場合は、それなりに新聞という体裁をした記事を記載されているだけで、実際にはそこに書かれた犯罪は起こっていない、あくまでも世界を形作る風味づけでしかなかった。だが、今回のアップデートによって追加された要素ならば、風味づけだと思っていた記事が実際にあった事になる可能性が濃厚になるわけで、新聞を埋め尽くす犯罪の記事が、実際にあった事件となる訳で……。


「やべぇ」


 現状を完結に示す言葉を吐き出すヒロシに、NPCなのに妙に生々しい仕草で同情的な視線を向けるタエちゃん。


「ガチのヤベェDEKAワールドじゃないですか、やだー」


 この状況でも自分の相棒はそれはもう良い笑顔で突き進むんだろうなぁ、あはははーと乾いた笑いを浮かべる。そんなヒロシの姿を取調室から出てきたトージが見つけ、ちょっと安心したような表情を浮かべて笑う。


「縦山先輩、おはようございます」

「おはよう、クエスト中か?」

「あははははははーだったら良かったんですけどねー」

「ん?」


 トージは疲れた表情で自分のデスクに寄り掛かる。


「自分が一番でログインしたみたいで、クエストやるにも全員参加の方が良いかなぁ、って思ったんでアップデートで変わった部分がないか外に出たんですよ。そしたら、新しく出来たお店で強盗に出くわしてタイホして、いつもだったらNPC制服警察官が迎えに来てくれるはずが、自分でSYOKATUに連れてこないと駄目で、犯罪者NPCが抵抗しまくって大変で、更には調書まで自分でやらなくちゃ駄目で」

「お、おう」


 死んだ目で早口にまくしたてるトージに、ヒロシがドン引きしながら頷くと、ウェイスタンドアが開く音がして、怒鳴る声が聞こえて来た。


「俺じゃねぇって! 誤認逮捕だって!」

「やっかましい! とっとと歩け!」

「弁護士を呼べよ! 黙秘権を使わせてもらう!」

「現行犯タイホだっつってんのよ!」


 悪人面をしたヒゲの男の背中を押して、ノンさんが怒鳴りながら歩いていく。その様子にヒロシは手に持つ新聞へ再び視線を落とす。


「こりゃぁ、どえらい事になってんじゃないの?」


 コーヒーカップを傾け口に含んだ、タエちゃんに淹れてもらったコーヒーが、滅茶苦茶苦く感じて、ヒロシはうなりながら顔をしかめるのであった。

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