第255話 受難 ②
苦いコーヒーにヒロシが顔をしかめていた頃のエターナルリンク・エンターテイメント社ゲーム運営部門――
「聞いてないぞ! どうなってる!」
ゲームの挙動を監視していたチーフの一喝に、周囲の部下達は返事も出来ず困惑した状態で、それでも何とかしようと調査をし続けている。
「何で投入した全犯罪タイプNPCが一斉に犯罪へ走った! 誰か説明しろ!」
再びのチーフの一喝に、誰もが気まずそうな表情で目を泳がせた。
そう、こちらが一方的な被害者ではあったが、この手のゲームではありえない超大規模メンテナンスを行った謝罪と、それでもゲームを続けてくれるプレイヤーへの感謝を込めた目玉アップデートが、ゲーム内で不確定要素を加える事でドラマチックな現象を引き起こすためのシステムが、まるで暴走したかのようにゲームを侵食していっている状況なのだ。
かなり追い詰められなければ犯罪行動を起こさないよう調整し、だからこそより人間味のあるドラマが生まれる要素を入れたというのに、蓋を開けてみれば操られたように全ての犯罪タイプNPCが犯罪行為に走るというカオスを前に、誰もが右往左往している。
「チェックは厳密に行ったよな?!」
「は、はい! 通しで二桁回数、細々とだと千は超えてます!」
「ウィルスが残ってるとかか?!」
「いえ! どこからも攻撃は受けていません!」
「なら何でこんな状況になってんだっ!」
自分のデスクを割らんばかりに殴りつけ、チーフが苛立ちを吐き出す。前回のウィルス攻撃で醜態を晒した運営部は、今回のアップデートこそ絶対に成功させようと頑張っていた。それがこれでは、今度こそ会社に愛想を尽かされるかもしれないし、最悪はこのゲームのサービスが終了してしまう事すらあり得る。
「チーフ! システム周りチェック終了! 全く問題なく稼働してます!」
「犯罪タイプNPCのカルマ値を確認終了! こっちも異常ありません!」
「サーバー内部のチェック完了! 問題ありません!」
次々と届く報告は、その全てが正常に動いている事を教えてくれる。ならば何故このような状況になっているのか、困惑ばかりが増えていく。
「問題らしい問題が無いじゃないか! なら何が原因だって言うんだ!」
最近、可愛い娘に『パパの頭、ちょっと薄くなった?』などとガチに心配され始めたチーフが、その頭を思いっきりこねくり回しながら叫ぶ。
そんな運営部の混乱状況を見かねたのか、ウィルス事件後から過保護なフォローを控えているAI、GMちゃんが運営部のメインモニターにポップアップすると、根本的な事を指摘した。
『確認しますけど、犯罪タイプNPCの所持金、ちゃんと設定してますよね?』
「「「「……」」」」
GMちゃんの指摘にその場の全員が一斉にキーボードを叩き出し、全ての犯罪タイプNPCのインベトリを確認、そして全員が悲鳴のような叫び声を出す。
「「「「所持金ゼロじゃねぇかぁぁあぁぁあぁぁっ!」」」」
今回の目玉である犯罪タイプNPCが犯罪行為を行う条件はシンプルである。それは自分達の所持金がゼロになったタイミングで犯罪を引き起こす。つまりそれが犯罪タイプNPCの困窮という訳だ。
「そりゃぁ全員一斉に犯罪行為をしますよねー」
「最初からガス欠だったら犯罪するっきゃねぇわなぁ」
「なぁーんだアホみたいな理由だったんだ」
「良かった良かった、システムはちゃんと正常だったんだねー」
「「「「HAHAHAHAHAHAHA!」」」」
「ばっかもおぉぉぉおおおぉぉぉん!」
「「「「すいませんでしたぁっ!」」」」
現実逃避気味にコントっぽい事をやりだす部下に特大の雷を落とし、チーフは自分が持つ権限の全てを使って、全プレイヤーに向けた緊急のクエストを発動する。
「突発のクエスト発生、報酬はアイテム交換チケット、レベル制限無し、DEKA、ノービス、YAKUZA全てのプレイヤーが受注可能……全プレイヤーよ! 黄物世界を守れ!」
これ絶対後で
――――――――――――――――――――
『運営からのお知らせです。突発のイベントクエスト、緊急クエストが発動しました。現在イエローウッドリバー・エイヒトルズ内で、爆発的に犯罪が増えています。DEKAはその犯罪者をタイホ、ノービスは通報もしくはイリーガル探偵は無効化した上でSYOKATUへ連行、YAKUZAは無効化した上でSYOKATUへ連行して下さい。レベル制限は設けておりません、誰でも参加が可能であり、誰もがアイテム交換チケットをゲット出来る機会となっております。是非こぞってご参加下さるようお願いします』
運営からの一方的な通達の後、ピコンと耳元で音が鳴り、クエストボードが視界内に出現する。そのクエスト
「黄物世界を守れ! って、おいおい」
残っていたコーヒーを一気に飲み、手に持っていた新聞をデスクへ放り投げ、緊急クエストの受領ボタンをタップした。
『クエスト参加を受領しました。貴方の健闘を祈ります』
GMちゃんの声に苦笑を浮かべ、ヒロシはギシギシ鳴る安物の椅子から立ち上がる。
「町村くーん、アッシーお願い」
ブツブツ文句を言いながら調書のミニゲームを終わらせていたトージに声をかけると、緊急クエストの受領ボタンを押して苦笑を浮かべながら立ち上がり、デスクの上に置いていたジャケットを羽織る。
「何だか祭りが続きますよね、これも先輩クオリティーなんでしょうか?」
「さすがに何でもかんでもユーヘイのせいにするのはどうだろうと思うけどな」
「そうですよね、今回は規模がちょっと大きいですし」
「ここから変異して難しくなったらユーヘイのせいにしようぜ?」
「縦山先輩の方が酷くありません?」
そんな無駄口を叩き合いながら外へ向かおうとすると、鑑識棟へ通じる渡り廊下からダディが顔を出す。
「タテさん、町村」
「「ん(はい)?」」
二人を目敏く見つけたダディが二人を呼び止め、困惑した表情で周囲を見回す。
「大田と一緒じゃないのか?」
「俺が来た時には捜査課にユーヘイはいなかったぞ?」
「自分はそれどころじゃなかったので」
「マジか……」
ダディは天然パーマな髪を掻きながら、重たい息を吐き出す。
「今な大田のレオパルドらしき覆面パトカーが、パトランプ回して暴走してる通報が来てるんだよ」
「「……」」
ダディの言葉にヒロシとトージはお互いの顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべる。
「早速っぽいな」
「先輩、何をやったんでしょうねー」
乾いた笑い声を出し、ヒロシはダディに視線を向けて問う。
「場所は?」
「イエローウッドからベイサイド方面へ向かってるとはあったが、正確な場所は分かってない」
やれやれと言った感じに釘を横に振るダディ。そんなダディにトージが小首を傾げて聞く。
「無線はどうなんです?」
「切れてるらしくて通じない」
トージはやべぇなぁと言う表情を浮かべ、ヒロシに視線を送る。ヒロシはサングラスをかけながら小さく頷く。
「トージはとりあえず車を回せ」
「は、はい」
ヒロシが手を振ると、トージが走って外に飛び出し、その後姿を見送りながらダディに聞く。
「ダディはどうする?」
「こっちは嫁待ちかな」
ダディは取調室に視線を送ってから肩を竦める。
「なら問題があったら無線で、こっちはレオパルドを追うから」
「了解。お互い頑張ろう」
「おう」
ヒロシはダディにサムズアップをし、ウェイスタンドアを押し開けて外に飛び出す。
「しっかし、本当、祭りが多くなったよなぁー」
かつての黄物の状況と今の状況の大きな違いに苦笑を浮かべ、ダディは妻が取り調べをしている部屋のドアを開くのであった。
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