第256話 受難 ③

 ダディと別れ、正面入口から外へ移動したヒロシは、その場の光景に一瞬フリーズし、ゆっくりとサングラスをずらして周囲を見回す。


「任意? 強制?」

「うっせぇボケ! 現行犯だっつってんだよ!」

「弁護士を要求しますぅー黙秘権を使いますぅー」

「好きにしろや! とっとと歩けボケ!」

「暴力反対、オレ達にも人権はあるんだ」

「はいはい、人権人権」


 駐車場には見た事も無い数の警察車両が駐車されていて、多くのDEKAが手錠をした犯罪者を半ば引きずるようにして歩いてる姿が、そこかしこで繰り広げられていた。


「こいつはまた」


 とんでもない大事の予感にヒロシが冷や汗を流していると、トージの車、スカイハイが近くに止まりクラクションを鳴らす。ヒロシはサングラスの位置を直し、小走りで助手席側へ回って乗車する。


「お祭り騒ぎになってますね」


 シートベルトを装着するヒロシに、トージがどこか他人事のような口調で言う。


「随分と冷静じゃないの、町村君」


 シフトレバーを操作して滑らかに走り出した車中、ヒロシは懐からココアシガーの箱を取り出し、一本口に咥えながらトージに皮肉を言う。


「あははははー……先輩に鍛えられましたから」


 ヒロシのからかいに乾いた笑い声を出し、どこか宇宙の果てでも見ているような、虚無的表情で遠くへ視線を向けながら溜息混じりに言う。その言葉にこれまであったアレやコレやを思い出し、ヒロシもエフェクトの煙を吐き出しながら、頷く。


「……そう考えると大した事無いのか?」


 今の状況と常に直面する鬼難易度クエストとを比較し、ヒロシが苦笑いを浮かべて首を傾げれば、トージは左手をハンドルから外し、人差し指を宙空で回しながらニヤリと笑う。


「少なくとも他のギルドを巻き込んでますし、ノービスもYAKUZAも動いてますから、時間はかかるかもしれませんが、に比べれば楽じゃ無いっすかね」


 そう言われてしまえば確かに楽かもしれず、ヒロシは口に咥えたココアシガーを揺らして、トージの右肩に軽く裏拳を入れる。


「お前も言うようになったなぁ」

「恐縮です」


 『褒めてねぇんだけどなぁ、どっちかってぇとユーヘイ化に近いんだけども』と、ヒロシはそんな事を内心で呟きながら、エフェクトの煙を外に向けて吐き出した。


「それでイエローウッドから攻めますか? それとも向かってるって言ってたベイサイドにします?」


 トージの確認にヒロシが口を開きかけ、しかし妙な予感を覚えて口を閉じ、その妙な予感を確かめるよう、両手合わせに組んだ親指を眉間へ押し当てる。


「なぁ、あのユーヘイがみすみす自分の車、しかも完全限定仕様の大事なレオパルドを、そこらの犯罪者に盗ませると思うか?」

「え?」


 とんとんと眉間をリズミカルに叩くヒロシに、チラリと視線を向け、トージは言われた言葉を咀嚼し、『あれ?』と呟く。


 確かにおかしい。ちょっとした事で離れる場合でも、ユーヘイは必ず鍵を外していたしドアのロックもしっかりやっていた。そもそも、あの車のセキュリティは山さんの悪ノリが山盛り積み込まれていて、普通に鍵がなければ動かす事も出来ないはずだ。


 と、言う事は――


「縦山先輩、もうすでに厄介な事に巻き込まれてるって事っすか?」


 そう結論づけるしか無く、スンと表情を消したトージの言葉に、ヒロシは深々と溜息を吐き出す。


「やっぱそうなるよなぁ」


 予感の正体にヒロシはサングラスを外して目頭を押さえる。そんなヒロシの姿をチラ見しながら、トージは首をコキコキ鳴らした。


「まずは無線を試します?」

「ああ、杞憂だったと笑い話になる事を期待したいところだけど」


 ヒロシはネックマイクに手を伸ばし、無線を立ち上げる。


「おーいユーヘイくーん、あっそびましょー」


 多分無駄だろう、そう思いながら無線に呼びかけるが反応無し。念の為にシステム画面を立ち上げてフレンドリストを調べれば、しっかりユーヘイがログインしているのは確認出来た。つまりは無線に出られない状況にある、と推測される。


「確定、ですか?」

「確定、だろうなぁ、コレは」


 ヒロシはココアシガーを押さえながら、口を半開きにして天を仰ぎ、湿った息を吐き出す。


「イエローウッドへ」


 絞り出すような声でトージにオーダーを伝えれば、トージは苦笑を浮かべて頷く。


「了解。イエローウッドのどこに行きます?」

「まずは駄菓子屋のレディに聞き込み、かな」

「ああ、先輩方行きつけの」

「まだまだメーカーからもらったヤツは大量にあるんだけどな、意識して金を使わないとマジで死蔵しちまうから」

「分かります。中野先輩がやたら銃器を買うのもそれ対策ですし」

「ダディの警察車両コレクションも、な」


 これから訪れるだろう面倒臭い何かを、意識的に考えないようにしながら、車はイエローウッドに向かう。


 向かう道中、ひっきりなしにパトランプを鳴らす警察車両が走り回り、それはイエローウッドの区画に入ってから変わらず、トージとヒロシはそれを他人事のように眺める。


「お祭り状態ですね」

「ああ、ある意味の大型イベントのレベルか?」

「そうですね。もしかしたら規模は前回のマフィア系の奴より大きいかもしれませんね」

「……あれより、も?」

「DEKA、ノービス、YAKUZA、マップ全体」

「……うわちゃぁ……」


 毎回毎回黄物はよぉ、ヒロシはココアシガーの端をガジガジかじりながら、ブツブツ呟く。


 呪詛すら吐き出しそうな雰囲気のヒロシをまるっと無視しながら、トージはやれやれと肩を竦めながら車を走らせ、しばらくしてイエローウッドで最も大きな駄菓子屋の近くに車を停車する。


「縦山先輩、到着しましたよ」

「お? いつの間に」

「妙な圧を出している間です」

「……」


 トージの突っ込みにヒロシは気まずそうな空気を出しながら、素早く車から降りて駄菓子屋に向かう。


「待ってくださいよ」


 トージも鍵をしっかり外してドアをロックし、ついでに助手席側のドアも確認してから、先に進むヒロシの背中を追うように小走りで近寄る。


 現実では駄菓子屋を利用する、なんて事はなかった。現実的な問題として駄菓子屋自体が絶滅危惧種的店舗であったから、トージの生活圏内に駄菓子屋は存在していなかったというのも大きい。だがしかし、ここに来る度に『懐かしい』と感じる事には毎回驚く。実際、駄菓子屋を利用した事は無いのに、どうして懐かしいと感じるのか、と毎回考えてしまう。


 そんなトージの様子に気付く事無く、ヒロシは店番をしている顔馴染みのお婆さんに、笑顔で近づき、片手を挙げながら声をかける。


「こんにちわ」

「おや、いらっしゃい。ついさっき、いつものお兄ちゃんが彼女連れでやって来たよ?」


 ヒロシを見上げたお婆さんは、人好きする笑顔を浮かべて、とんでもない事を口走った。


 ユーヘイの彼女って誰だよ、そう思いながらヒロシがお婆さんに問いかける。


「彼女連れ、ですか?」

「ええ、ええ、髪が長い、すごくキレイな女の子よ」


 クスクスと上品に笑って言うお婆さんの説明に、トージが小さく声を出して手を叩く。


「あ、浅島先輩じゃないですかね?」

「ああ!」


 トージのひらめきにそれなら納得とヒロシが声を出すが、すぐに頭が痛いような仕草で額を押さえる。


「つー事は、あっちゃんも巻き込まれてるって事かよ」

「あー、そーなりますかね」


 厄介事確定、そんなアナウンスの幻聴が聞こえたような気がするヒロシは、気を取り直してニコニコと癒やしの笑みを浮かべるお婆さんへ、『いつもの』と言いながら一万円札を手渡す。


「はいはい、いつもありがとうねー」


 お婆さんはココアシガーのカートンを数個、何も無い空間から取り出し、それを目の前のテーブルへ置く。ヒロシはそれをインベトリへ放り投げながら、お婆さんに問い掛ける。


「そいつらはどこに行くとか言ってなかった?」

「ええっと確か、新しく出来た食事が出来そうなお店を探す、みたいな事を言ってたかしらね。だからデートをしてるんじゃないかって思ったのよ」


 チャーミングな笑顔を浮かべるお婆さんの言葉を聞き、ヒロシとトージは顔を見合わせてから、ちょっと悪い顔でニヤニヤと笑う。


「どーなるんだろうねーあいつら」

「どーなるんでしょーねー楽しみではあるんですが」


 二人の反応に、お婆さんはおやおやと笑いながら、うんうんと分かってますよーと頷くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る