第257話 受難 ④

 駄菓子屋からの情報を元に、アップデートで追加された新しい食事が出来る店に向かうヒロシ達。他方、ノンさんとダディはやっと調書の作成が終了し、混沌極まるSYOKATU駐車場からピックアップトラックを出すところであった。


「タテさん、町村、こちらも合流する。今、どこにいる?」


 ノンさんに運転を任せ、ダディが無線で呼びかけると、すぐに応答が返ってくる。


『イエローウッドのアップデートで追加された場所に向かってる最中。レオパルドの事だが、ユーヘイが事件に巻き込まれている可能性が高い、と言うか多分確定してる』

「「はぃ?」」


 ヒロシからの返答に、ノンさんとダディは一瞬顔を見合わせて、ノンさんは慌てて運転に集中する。そんな嫁の姿に苦笑を向けながら、ダディは無線に問い掛けた。


「詳しく」

『レオパルド自体が山さんの悪ノリの結晶だ。そうなれば鍵を直接ゲットしてなければ動かせないだろう、って思い至った。だからまずユーヘイに無線を入れたんだが無反応。システムでログインしてるかどうか確認すればログイン中。これはもう確定だな、と思ってヤツが行ったんじゃないかって駄菓子屋で聞き込みをしたんだが、どうやらユーヘイとアツミが一緒に行動してるらしくてな。一応アツミにも無線を入れてみたんだが、こちらも無反応。こりゃ確定だ、ってなって二人が何かに巻き込まれた可能性があるだろう、二人が向かった新しく食事が出来る場所へ向かってるのが今』

「「……」」


 ヒロシの説明にダディは天然パーマの頭を撫でつけ、運転しているノンさんは懐からパイプタイプの禁煙パイポを取り出し、吸口をガジガジ噛みながら、鼻から荒々しく息を吐き出す。


 ダディは通信が繋がっていない無線マイクを指先で数回叩き、ヒロシの推察を頭の中でまとめてから無線に向かって口を開く。


「……そっちは任せて大丈夫?」

『大丈夫だが、ダディはどうする?』

「こっちはレオパルドを追う。その推理が正しいなら、レオパルドに乗ってるヤツが大田と浅島の行方を知ってるかもしれない」

『ああ、なるほど、OK、こっちはこっちで進捗があったら連絡をする。そっちはそっちで問題があったら連絡をよこして欲しい』

「了解。そっちを頼む」


 ダディが無線のマイクを無線機のフックに引っ掛けると、運転をしていたノンさんが柑橘系の匂いがする溜息を大きく吐き出した。


「なーんで毎回毎回アイツは事件に巻き込まれるんだろうねー」


 禁煙パイポを上下に大きく揺らし、呆れた様子で吐き捨てる嫁に、ダディは苦笑を浮かべながら嫁をなだめるよう、その細い肩に片手を置く。


「そりゃ、名探偵に行く先行く先で殺人事件を引き起こすな! って言ってるようなもんでしょう?」

「……くっ! 凄い説得力じゃない!」

「でしょ?」


 夫婦の他愛ない掛け合いのような軽口であったが、この二人の配信を見ていたリスナーが、『ユーヘイ歩けば事件に遭遇』というハッシュタグを作り上げ、それがSNS上で爆発的に認知され拡散されるのだが、もちろんゲームに入り込んでいる二人は預かり知らない事である。


「こっちはこっちでしっかり仕事をしましょうかね」


 ダディは再び無線機のマイクを手に取り、SYOKATUの通信室へ無線を入れる。


「こちら分署302」

『分署302どうしましたか?』


 通信室に専従で詰めているNPCのカナちゃんの涼やかな声が聞こえ、ダディは少し微笑みを浮かべる。このカナちゃんの元ネタの方は女優業を廃業されており、使われているモデルは完全オリジナル。なので声も御本人では無くてプロの女性声優さんが声当てをしているのだが、この声優さんが映画等を中心とした吹き替えを専門にやっている硬派な役者さんで、ダディは何気にファンだったりする。もちろん嫁が横にいる状態で、他の女性にデレデレした姿を見せる事は無いが、内心ではかなーり喜んでいた。


「前から通報が来てた分署303の追加情報はないか?」


 仕事仕事、そう意識を切り替えながらダディが聞くと、しばらく間が空いてから返答が来る。


『ベイサイドでの目撃情報が多数来てます。目撃情報の多くは東側の郊外に集中しています』


 カナちゃんの情報を聞きながら全体マップを呼び出し、ベイサイドの東側郊外を拡大してチェックすると、そこには昔ながらの小規模な商店街があった。そしてダディはそこを知らない。カナちゃんに確認するように問い掛ける。


「それは東町とうちょうみなと通りの事かな?」

『はい、その近辺での目撃情報が多いです』


 東町湊通りは今回のアップデートで追加されたマップだ。ダディはその事に少し引っかかりを感じながら、通信相手のカナちゃんに礼を言って無線を切る。


「……」


 中空に投影されている黄物のマップを眺め、小さくうなりながら天然パーマの頭を撫でるダディに、ノンさんがチラリと横目で見ながら、ダディの太ももを軽く叩く。


「どうしたってばよ?」


 ノンさんに聞かれたが、ダディはすぐに返事を返さず、無線機のチャンネルをいじって連携しているギルド『タイホするぞ♪』に通信を入れる。


「どうも第一分署の吉田です。今、大丈夫ですか?」

『はいはい! 夏木です! どうしました?』

「ちょっとお聞きしたい事があるんですけど」

『はい、何でしょう?』


 ダディが色々と話を聞き、夏木がそれに返答する。ノンさんは何も聞かずに黙ってそれを聞く。やがてダディは満足そうに夏木に礼を言って無線を切り、再びチャンネルを操作し、今度は『第二分署』へと無線を入れる。


「どうも第一分署の吉田です。今、大丈夫ですか?」

『え? 吉田さん?! あ、村脇っす! また事件ですか?!』

「ああいや、ちょっと聞きたい事がありまして」

『はぁ、聞きたい事、ですか?』

「ええ」


 無線に出たサブギルドマスターの村脇に、夏木と同じような話を振り、彼から返答を聞く。話の内容を聞いたノンさんは、ダディが何を確認しているのか理解し、ニヤリと笑って車の速度を上げてベイサイドへと向かう。


「ありがとう助かった。今回も大変そうだけど、お互い頑張ろう」

『毎回毎回お祭り騒ぎで休んでる暇ねぇっすけどね。ま、これはこれで最高にDEKAしてますから、ありっちゃありですけども。あ、また何かあったら協力するんで、いつでも声掛けして下さい』

「その時はお願いします。んじゃありがとう」

『お役に立てたのなら幸いです。じゃ、また』


 無線を切ったダディの胸に、ノンさんが軽く拳を入れる。


「新規アップデートされた場所を中心に、今回の犯罪者は事件を起こしてる」


 ノンさんがニヤリと笑って言う。それを聞いたダディは、両手を軽く挙げて『降参』と苦笑を浮かべた。


「当たり。何か妙だと思ったんだよ」


 ヒロシがユーヘイの巻き込まれた場所が新しいエリアだと言う言葉。カナちゃんからの報告。そして夏木と村脇に確認した、犯罪者をタイホした場所。そのどれもがアップデートで追加された場所である。


「アタシが行きずり犯罪者を捕まえた場所も、確かにアップデートで追加された場所だったし」


 ノンさんが禁煙パイポを上機嫌に揺らすのを見ながら、ダディは右手の人差し指を立てて、それをくるくる回し、考えをまとめるように言う。


「確かに今、祭り状態ではあるのだけれど、もっと混乱しても良いレベルなのに混乱していないのは、多くのプレイヤーが真っ先にアップデートで追加された場所の確認やら観光やらをしてたから。んでその場に多くのDEKAプレイヤーもまたいて、なんだかんだ迅速に対応出来てしまったから、祭り状態で落ち着いた」


 SYOKATU駐車場で目撃した状況だったならば、もっと大混乱が発生してても可笑しくない。だと言うのに、街中は少し騒がしい雰囲気はあるが通常通り。ならば祭りを引き起こしている奴らが、特定の場所に集中しているのではなかろうか? ダディはそう考えた。だから他のギルドに問い合わせをしたのだ。


「大田と町村にも共有しとかないと」

「アタシはこのまま東町湊通りへ向かえば良い訳ね」

「よろしこー」

「はいはい」


 ダディは少しおどけながら、ヒロシとトージに無線を入れるのであった。

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