第258話 受難 ⑤

 イエローウッドのアップデート新区画、新八しんぱちがい


 コンセプトはカオス。その通りに横浜中華街と上野のアメ横を足して、ごちゃまぜにしたような感じである。


「毎回毎回、しみじみと感じ入るんだが」

「はい?」


 新八しんぱちがい近く、縦列駐車をするタイプのコインパーキングに車を停め、助手席から出てきたヒロシが、大きく深呼吸をしながら苦笑を浮かべるのを、トージがキョトンとした顔で見る。


「ガキの頃、確かに嗅いだ事のある匂い、空気があるんだよ。食べ物屋の匂いだとか、人の匂いだとか、その場所特有の匂いだとか……妙に郷愁を感じるんだよなぁ」

「ああー」


 ヒロシの言葉に、トージは良く分かると頷き返す。


「何なんでしょうね? 自分も駄菓子屋とか行った記憶なんてないですけど、駄菓子屋さんに懐かしさを感じますし、先輩達に付き合って行く喫茶店とかも、なんか実家に帰ったような安心感を覚えたりしますよ」


 だよな、そうヒロシも頷く。


 黄物の人気が低迷していた頃から、ユーザーに絶大な支持を受けていたのが、そこにあるだ。


 町並み、人混み、景観、空気感、匂い。自分が持つ記憶では無いはずなのに、その町並みに懐かしさを感じる。誰も見知らぬ人達なのに、何故か親しみを感じてしまう。見た事の無い風景、景色のはずが泣ける位鮮烈な感情を呼び出す。触れた事の無い空気が、まるで歓迎してくれるように迎い入れ、嗅いだ事の無い匂いなのに郷愁を呼び起こして包み込む。何一つ本物が存在しない、偽りしかないはずなのにがある。頭がバグり散らかしそうになる、そんな感覚が黄物には存在していた。


「確かに新しい場所なんだが、何でこう毎回毎回、中高生辺りで遊びに行ってた感覚になるんだか、頭がおかしくなりそうだぜ」


 ジャケットの位置を調整し、懐からココアシガーの箱を出して、ニヒルに口へ運びながら、ヒロシがやれやれと首を振る。


「縦山先輩だとそういう感覚なんですね。自分は母親と一緒に買い出しに出かけたような、ちょっと特別なお出かけ感と言うか、そんな感じです」


 運転席のドアをロックしたのを確認しつつ、トージが苦笑を浮かべて分かりますと同意すると、ヒロシがエフェクトの煙を溜息混じりに吐き出して、コリコリとこめかみを親指で掻く。


「頭、おかしくなるよな?」

「バグりそうではあるんですが」


 トージとヒロシは互いに顔を見合わせ、お互いに指を差しながら、困った表情で同じ事を言う。


「「嫌いじゃない」」


 全てが偽り、全てが作り物、真実では無くて虚像、それがありありと分かっているのだが、嫌いになれない何かがここにはある。だから、毎回毎回驚くし多少の気持ち悪さを感じなくも無いのだが、なんだかんだで受け入れてしまうのだ。


「はぁ、切り替えて行こう。ユーヘイが巻き込まれてるの前提だ、気を抜いてると全部持っていかれそうだ」

「ですね」


 サングラスの位置を直し、気持ちも切り替えてヒロシが歩き出す。その背中を追いながら、トージは自分の頬を軽く両手で叩き、気合を入れる。


「どうします? 手分けしますか?」


 NPCとプレイヤー双方でごった返す新八しんぱちがいの入口を見たトージに聞かれ、ヒロシはココアシガーを手に持ち、ふぅーとエフェクトの煙を吐き出す。


「手分けすると言ってもな、闇雲に話を聞きまくるってのは時間が足りんだろう」

「おっしゃる通り」


 しょんぼりするトージに苦笑を向け、ヒロシはザッと周囲を見回し、新八しんぱちがいの入口横、小さなタバコ屋を見つける。


「トージ」

「はい?」


 ヒロシはちょいちょいと手招きをして、その小さなタバコ屋に向かって歩き出す。


 新しくアップデートされた場所ではあるが、建物は使い込まれた歴史を感じさせる、長年の雨風にさらされた感が反映されており、その小さなタバコ屋もずっとそこにあり続けている馴染感が凄く出ている。その鬼気迫る作り込みに感動しながらも、ヒロシは顔馴染みのような図々しさで、店番をしているお婆さんに笑いかけた。


「いらっしゃい、銘柄は何だい?」


 お婆さんはチャキチャキの江戸っ子のような威勢の良さで接客をする。こんなお婆さん相手だったら常連になりたくなるなぁ、そんな苦笑を浮かべつつ、ヒロシは懐からDEKA手帳を出してお婆さんに見せた。


「うちは真っ当な商売をしてるんだけどね?」


 お婆さんは気を悪くした感じで、刺々しい言葉を投げつけてくる。それをヒロシは落ち着いてと手でジェスチャーをしながらDEKA手帳を懐へ戻し、ショーケースの上に置いてある知らない新聞紙を複数手に取り、お札を手渡す。商売の邪魔はしない、と言う意思表示にお婆さんの刺々しさが収まった。


 そんなお婆さんの雰囲気を確認して、お釣りを計算するお婆さんにヒロシが切り出す。


「ちょっと聞きたいんだけど、俺よりちょっとダンディーな感じの男を見かけなかった?」


 この人、何言ってんだ? そんな目をトージから向けられながら、ヒロシがお婆さんに聞くと、お婆さんは面白そうに豪快に笑った。


「自分で言う事かい! あはははははは!」


 目尻に涙を浮かべて一頻り笑ったお婆さんは、溜息を吐き出すような息を出すと、大きく手を打ち鳴らして何かを思い出したように身を乗り出す。


「サングラスのちょいワルな感じで、女連れ?」

「それだ!」

「見たよ! 見た見た! アレはちょっと前だったかな、そこの貴金属店で強盗騒ぎがあったんだよ」


 お婆さんが新八しんぱちがいの入口近くにある貴金属店を指差し、呆れたような溜息を吐き出した。


「どうもあっちこっち物騒で、強盗騒ぎが多くてさぁ。そこの貴金属店も襲われたんだけど、ちょうどそこにアンタが言ってた二人組が来てね、そのバカタレを追ってったよ」


 お婆さんの言葉にヒロシはトージに視線を送り、ニヤリと笑って頷く。


「その二人はどっちに向かったか分かる?」

「ああ、それなら向こう側へ走ってったよ」


 お婆さんは自分の店の前の道を、新八しんぱちがい入口とは反対方向へ指差した。


「ご協力ありがとう」


 ヒロシは新聞紙をインベトリに放り込み、お婆さんが指差した方へチラリと視線を向けてから、貴金属店に向かって歩く。


「ちょいとお待ち! お釣り!」

「何かそれで温かいモノでも食べて」


 ちょっとした情報料のつもりでヒロシは受け取りを断り、困った表情のお婆さんに手をヒラヒラ振り立ち去る。そんなお婆さんにペコペコ頭を下げながら、トージも慌ててヒロシを追う。


「良いんですか縦山先輩」


 小走りで近づいたトージが、チラリとお婆さんの方を見ながらヒロシに聞くと、ヒロシは小さく肩を竦めて笑う。


「硬い事言うなって。リアルじゃ絶対出来ない事だし、それにだろ?」

「いやまあ、確かにやりそうではありますけども」


 元ネタの高嶺之宮だったら、確かにそんなスタイリッシュな事をやりそうではあるが、変な事に影響が出るのが黄物と言うゲームでもあるので、これが後々変な事にならないと良いけど、と結構フラグめいた事を考えてしまうトージだった。


「それより貴金属店で強盗の話を聞いて、ユーヘイ達が向かった場所を調べるぞ」

「はいはい」


 トージが何を考えたか預かり知らぬヒロシは、歩くスピードが遅れたトージを急かせるように声を掛け、新八しんぱちがい入口近くにある貴金属店の中へ入る。


「いらっしゃいませ」


 店に入れば控え目な声で出迎えられ、ショーケースの前に立っている清潔感溢れるスーツの男性が近寄ってきた。


「失礼、こういうモノです」


 ヒロシとトージがDEKA手帳を見せると、男性は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに納得したのか小さく頷いて口を開く。


「強盗は捕まりましたか? あーいえ、強盗未遂ですから強盗とは呼べませんね」


 男性の言葉を聞いたヒロシは、DEKA手帳を懐に戻し、コホンと咳払いをする。


「その強盗の事でお聞きしたい事がありまして、ご協力お願いしたいのですが」

「ええ、ええ、もちろん市民の義務ですから、喜んで協力させて頂きますよ、はい」


 模範的市民的な男性の言葉に微笑みを浮かべ、ユーヘイへとたどり着くヒントを求めて、男性へ多くの質問を投げかけるのであった。

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