第235話 悪意 ②

 ノンさんの攻撃で体勢を崩され、そのまま踏ん張りが効かずに尻もちをつくゲートキーパー。その地面を揺らす音を聞きながら、近寄ってきたピックアップトラックに笑顔を向けるユーヘイ。


「よぉ、なかなか面白い事になってるじゃんか」


 後部座席の窓に腰掛けた状態のダディに言えば、彼は困った表情で小さく手を振る。


「面白くない面白くない。一応、元のゲームではあいつを倒した事あるんだけど、どうやっても倒すギミックが出現しなくて困ってるんだよ」

「ほーん」


 両足を投げ出して無様な姿を晒すゲートキーパーに胡乱な目を向けながら、ユーヘイは気のない声を出す。


「こっちは手詰まり状態で、どうやっても前に進めそうになくてな。そっちで何か案を出してもらいたい」

「案を出せと言われてもなぁ」


 心底面倒臭そうな口調で言われ、ユーヘイは困った視線をゲートキーパーに向ける。


 近接攻撃最強の威力を誇るノンさんのメインウェポンの連撃を食らっても、一切傷を負った様子が見られない現状、仮に近距離でスナイパーライフルを眼球に叩き込んだとしても、あまり効果はなさそうだ、というのがユーヘイの見立てである。だとすると、ダディが言うところのギミックをどうにかして発動させなければ倒せないのではなかろうか? そこいらが落とし所だろうなぁー、と考えた。


 停滞している状況を動かす一手に当たりをつけたユーヘイは、もぞもぞして動き出したゲートキーパーから視線を切り、ダディに確認をする。


「倒した時のギミックって手動?」

「え? いや、このフィールドに入った瞬間に用意されていたギミックだな」

「なーほーねー」


 ダディの説明に頷きながら素早く周囲を見回し、ユーヘイは腕の中のアツミを取り敢えずトラックの荷台部分へ乗せようとしたが、彼女の手が自分のジャケットを離そうとせず、小首を傾げながら名前を呼ぶ。


「あっちゃん?」

「ご、ごめんなさい、て、てがはずれない」

「……」


 夢中で気付かなかったが、よくよく見ればアツミの顔色はかなり悪く、表情なども覇気が感じられず、妙に気怠げでなんなら病気と言われても納得しそうな雰囲気を纏っているではないか。


 この状態のアツミを無理矢理一人にさせるのはよろしくないぞ、そうユーヘイはすぐに察すると、アツミの抱え方を安定した形へ持ち直し、軽々荷台へ飛び乗る。


「タテさん! 向こう側の建造物を調べて欲しい! 多分だけど何かしらの仕掛けがあると思う!」


 荷台からユーヘイが大声で指示を出し顎先で建物を差すと、ヒロシは右手でサムズアップをしながら、ユウナとらいちを乗せたまま、エンジンを噴かして走り去った。


 そんなユーヘイの様子に、まだ気づいてないんだとダディが口を開く。


「大田、もう無線使えるぞ?」

「え? マジで? 先に言ってよ」

「ちなみにインベも復活してる」

「それ大事」

「おう」


 ダディの少し茶化すような口調での指摘に、ユーヘイは苦笑を浮かべて荷台に膝立ちで座り、アツミの下半身を荷台へ降ろし右手を自由にさせると、首のネックマイクを動かす。


「松村課長、タテさんとは逆方向の建造物の探索をお願いします。多分、ダディが言うところのギミックを手動で動かせる仕組みがある、んじゃなかろうかなぁって思うんですよ」

『なるほど……ありそうな感じね……了解』

「よろしく。ノンさんはそのままデカブツの相手な」

『はいはーい』


 まるで幼児のようにゆっくりと、贅肉だらけの下半身をプルプル震わせて必死に立ち上がろうとするゲートキーパーを睨み、逞しすぎる背中で語るノンさん。そんな妻の姿にダディは苦笑を浮かべる。


「トージ、このままタテさんと課長とは別の建屋に向かってくれ、そこでジュラちゃんとスノウさんを降ろしてギミックの仕掛けを探してもらおう。ダディはノンさんの援護を頼む」

「了解」

「こっちも了解しました!」


 窓を蹴ってトラックから降りたダディは、小走りで移動を開始し、トージも動き出す。


 全員が出来る事をやるために動き出した状況にユーヘイが頷いていると、腕の中のアツミがモゾモゾと動く。


「ユーさん、ごめん」

「あん?」


 抱えているアツミが弱々しい口調かつ、まるで泣いてるような声色で謝ってくる。そんな彼女を見下ろしながら、ユーヘイは少し不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。


「大丈夫なのに、もう大丈夫になったのに、手が動かなくて」


 ジャケットを掴む手が小刻みに震え、何とか動かそうと努力しているのだろう、アツミは必死な表情を浮かべてどうにかしようとしていた。


 口に出す言葉もどこか悲痛な色が混じり、必死と言うよりかは嘆き悲しみ苦しんでいるような気配がする。ちょっと尋常ではない様子で、全くアツミらしくない感じがして、ユーヘイは困った表情を浮かべる。


 ――何かあった、んだろうなぁコレ……タテさんも何かあったっぽいし、何もこんな滅茶苦茶の状況で消耗するようなイベントを引き当てなくても、なぁ――


 色々と引き寄せる自分の特性はまるっと棚上げし、ユーヘイはやれやれと小さく首を横に振りつつ、小さく息を鼻から抜きながら優しげな笑みを口元に浮かべる。


 何とか自分の意志で引き離そうと力んで震えるアツミの手に、ユーヘイは自分の右手で柔らかく触れると、子供をあやすようにトントンと軽く叩く。


「ユー、さん?」


 迷子のような表情でユーヘイを見上げるアツミ。そんな彼女に、ユーヘイは笑顔で小さく首を横に振る。


「気にするな。困った時に助け合うのが仲間だし、ましてや今はチームで動いてるんだから、仲間を助けるのは当たり前、でしょ?」


 どこかおどけるような口調で言われた言葉に、アツミは何だか体から力が抜けて、少しだけ気が抜けたようにユーヘイの体に頭を預けた。


「ごめんなさい」

「そこはありがとう、な?」


 申し訳なさに謝罪がとっさに口から出るが、それをすかさずユーヘイが違うと突っ込みを入れる。そんな彼の心遣いに、顔が勝手に笑みを作り、自然と口から感謝の言葉が出た。


「……ありがとう、ユーさん」

「大した事じゃないさ」


 ユーヘイはアツミの肩をポンポンと叩き、なるべく彼女を気にしないようにして周囲の様子を見回す。


 うっすらとだがヒロシとアツミに何が起こったのか察しているユーヘイだったが、二人が何も語らないのならば、こちらから聞き出すのは野暮だろうと、意識を今の状況を打破する方向へ切り替える。


「……あの夫婦はちょっと頭オカシイよなぁ」


 ゲートキーパーを相手取る夫婦は、妻が体を張って巨人を翻弄し、巨人の意識が妻へ行きすぎないように旦那が絶妙な合いの手を入れるような狙撃を叩き込み、完全に手玉にとって遊んでいる状況だ。


「タテさんは流石に動きが早い」


 他方、ヒロシが向かった建物の前にバイクが停車しており、すでに探索に向かったのか三人の姿は無い。


「んで課長の車も、もう少しで建物につきそう、と」


 砂塵を上げて走る村松のスポーツカーも、向かっている建物とは目と鼻の先だ。


「んでこっちも、もうちょっと、ってとこか」


 順調に車は速度に乗り、向かう建物がじょじょに近づいてくる。その事に少し安堵しつつも、ユーヘイはこれで状況が動く一手になれば良いな、とちょっとだけ祈るような気持ちになる。


「狙い通りにギミックを動かす仕掛けがあれば良いんだけども」


 何となく感じる悪意と言うか、底意地の悪いざらついた感情というか、あまりありがたくない不穏すぎる気配にユーヘイは面倒臭いそうな口調で呟く。


「ユーさん、着実にフラグを建築してるようにしか聞こえない」


 ユーヘイの胸に頭を預けたアツミが、力が抜けた少し幼い表情を浮かべて、そんな不吉な事を言う。


「こらこら」


 そんなアツミの額を軽く『ツン』と押しながら、ユーヘイはこれ以上無駄なフラグを重ねないように口を閉じ、自分に吹き付ける風に目を細めるのだった。

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