第236話 悪意 ③
ヒロシ・らいち・ユウナ組――
ユーヘイの指示を受けた場所、どのような生産的な活動がされていたか分からないが、多分製造工場的廃屋に入ったヒロシとらいち、そしてユウナは警戒しながら中を調べていた。
「ギミックを作動させる仕組みって、やっぱり大きいのかな?」
インベトリが使えるようになり、やっと出番が来たとピンク色に塗装された課金オートマチックを構え、らいちがユウナに聞く。
「どうだろう? 分かり易い感じだと助かるけどねー」
ユウナは象殺しで有名な実銃モチーフの、自分の顔と同じ大きさな拳銃を構えて、小さく肩を竦める。
「タテさんはどう思う?」
らいちが先頭を歩くヒロシに聞くと、彼は苦笑を浮かべて拳銃のセーフティーロックを外した。
「敵が出る方向にあるだろうね」
「「へ?」」
二人がちょっと間が抜けた声を出すのと同時に、周囲の置物が揺れだし、ありとあらゆる隙間からグロテスクな姿をしたゾンビが這いずり出てくる。
「弾の在庫は大丈夫だな?」
ヒロシはマガジンを引き抜き、中の弾がちゃんと込められているか確認し、再びマガジンを戻しながら二人に聞く。
「かっちょーぅに言われて、火薬庫レベルで仕入れてます!」
「同じく。平穏無事に終われば笑い話、確実に大事になるだろうから課金の金額に糸目をつけるなって言われました!」
妙に嬉しそうに返事をする二人の言葉を聞いて、ヒロシは口を半開きにしながら少しだけ天井を仰ぐ。村松が何に備えたのか、手に取るように分かるだけに何も言えなかった。
――外から見ると、やっぱりユーヘイってそういう風に見える訳ね――
最近はユーヘイだけではなく、『第一分署』全体が色々引き寄せてるように思わなくはないヒロシだったが、このまま黙ってる方が面白そうだとも思ってしまい、微妙な笑みを顔に貼り付けて頷くだけに留める。
「それじゃ、倒しながら進むぞ」
「りょーかい!」
「イクゾー」
景気づけにヒロシが先頭のゾンビの頭にヘッドショットを叩き込むと、らいちがトリガーハッピー気味にオートマチックを乱射し、この手のシューティングを得意としているユウナは、流石のエイム
面白いように倒されていくゾンビを処理しつつ、建物全体の気配を探っていたヒロシが迷い無く一番気配が強い方向へ進む。
「こっちへ進む。このまま正面、一番気配の密度が高い。後ろにもちらほら隠れてる気配を感じるから、後ろも注意」
「「……」」
さらりと言うヒロシに、二人は感心したような呆れたような、微妙な表情で半笑いを浮かべる。
VRは現実に近い環境でプレイ出来るゲームであるから、個人の感覚などが結構ダイレクトに反映される事はままあるが、その中でも敵対NPCやモンスターの気配を感じられるプレイヤーと言うのはそう多くない。
ただ多くのVRゲームで言える事は、その手の超感覚を持っているプレイヤーは、確実にトップ層と呼ばれる超一流プレイスキルを持っている人物だ。
らいちもユウナも周囲の音で判断はするが、気配を感じろと言われると、何言ってますのん? になる。それぐらいに気配を感じられるというのは非常識だ。
自分には縁遠い技術だなぁ、などと思いながらトリガーを引き続けたらいちのオートマチックが、スライドが後退したままの状態、弾切れを知らせる。
「ユウユウ、リロードするからフォローお願い」
「へーい」
ユウナの近くへ寄って、インベトリから弾が込められたマガジンを取り出し、空のマガジンを放り込んで新しいマガジンを装填する。
「これで」
最後にスライドを止めているスライドストップを操作して、カシャコンとスライドを元に戻し、らいちはやりきった表情で息を吐き出す。
「上手く出来るようになったよね、らいちっち」
「分かり易いからシューティング系のゲーム実況って多いからにー、その実はユウユウにお世話になりまして」
「いえいえ、同じ事務所の仲間じゃないですか」
「いえいえこちらこそ」
――結構グロい現場で結構圧迫感のあるシーンなんだけど、この娘達余裕あんなー――
二人のやり取りをチラ見しながら、ヒロシは苦笑を浮かべる。
ユーヘイやノンさんのように、個人的にサラス・パテを応援してる訳ではないから、彼女達の事は詳しくない。だが、こうやって楽しそうにサツバツとしている場面でも遊べている様子を見ると、今度ちょっと配信を覗いてみようかしら? と彼女達の配信を見たくなるような魅力を感じる。
――なるほど、これがノンさんが言うところの『アイドル
ドヤ顔でサムズアップをかますノンさんの顔を幻視し、ヒロシが衝撃を受けていると、彼の感覚にそれまでとは違う、妙な動きをしている何かをキャッチした。
「何だ?」
ただ寄ってくるだけのゾンビに弾丸を叩き込みながら、ヒロシは気配がする方向へ視線を走らせる。それは床下、壁、天井とありとあらゆる場所を縦横無尽に動き、生物的というよりかは機械的な動きで素早く動き続けていく。
「タテさん?」
「どったの?」
まるでレーザーポインターの光を視線で追う猫みたいな動きをしているヒロシに、らいちとユウナが声をかける。
「妙な気配が――」
ヒロシの言葉が終わる前に、壁から何かが飛び出し、それが近くのゾンビの中へ入り込む。すると、そのゾンビは激しく痙攣を始め、そうはならんやろと突っ込みを入れたくなるような変貌を始めた。
「何これ」
「「うわぁ……」」
ゲームをそもそもやらないヒロシには理解不能であったが、そのゲームを収入の糧として利用しているらいちとユウナはそれが何か分かった。
何かを取り込んだゾンビの体がみるみる膨張し、それまでの貧相だった肉体から筋骨隆々、ボディビルダーのように美しいマッチョ体型になり、崩れかけていた顔面が堀の深い西洋人のような顔へと修復され、体に発光する赤いラインが走っていく。
あはははは、と乾いた笑い声を出していたらいちが、現実逃避をするように、やはり無表情で半笑いを浮かべているユウナに聞く。
「ゾンビ・オブ・ドライバーってバイオなハザードな会社が作ってたっけ?」
「あそこ最優良ソフトメーカーぞ? こんなクソゲー作る会社ちゃうやろ、セツコ」
「誰がセツコか!」
「Rウィルス、完成してたのね」
「それらいちウィルスって言ってるよね!? ちょっとユウユウ?!」
ゾンビシューティングゲームと言えばそこ! と言われる老舗のゲーム開発会社のネタをぶっこまれ、らいちとユウナが半笑いのコントを繰り広げる。
二人のやり取りに、そういうゲームがあるんだ、程度の認識が出来たヒロシは、妙な水蒸気を吐き出してこちらへ向かってくるマッチョゾンビへ弾丸を叩き込む。
しかし、確実に額へと叩き込まれた弾丸を受けてもマッチョは止まらず、かすかに頭部を揺らしただけで歩く速度は緩まない。
「倒せる敵なのか?」
流血すらしないマッチョから視線を外さずにヒロシが聞くと、二人は顔を合わせる。
「これって逃げる系? マーク2? それともマーク3?」
「タイプ的にはリメイクのマーク2っぽいフォルムに見えるから、逃げる系かな? あれ? 無敵?」
「最終局面で倒せるようになったよね? ん?」
「「結構ヤバいのでは?」」
二人の言葉にヒロシは乾いた笑い声を出す。色々と突っ込みどころはあるが、どうやらこれは倒せるタイプの敵ではない、そこは理解出来た。
「はぁ……二人で仕掛けを探してくれ」
色々諦めた溜息を吐き出し、ジャケットを脱いでワイシャツ姿になったヒロシが、二人に言うとらいちが戸惑った表情を向けてくる。
「え? タテさん?」
ジャケットをインベトリへ収納し、拳銃をガンベルトに収め、インベトリからショットガンを取り出したヒロシは、フォアエンドをカシャコンと鳴らして弾を込め、シニカルな笑みを二人に向けた。
「これはさすがに俺が相手するしかないだろう?」
「きゃーヒロシニキーステキー」
そんなヒロシを茶化すようにユウナが平坦な声色でお決まりのセリフを言い、そんな彼女にヒロシは白い歯を見せながら小さく首を横に振る。
「そこはちゃんと感情を込めて欲しいな? ベイビー?」
さぁ行け、二人に合図を出しながらヒロシはマッチョゾンビに向かって走る。
――やっぱ『第一分署』全体で色々引き寄せてるよなぁ――
ユーヘイを悪く言えないな、そんな苦笑を浮かべてヒロシは無敵の相手に肉弾戦を仕掛けた。
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