第279話 雲間 ④

 聞き込み作業もそれなりに進み、なら聞いた話を少しまとめてみよう、と商店街近くにある近所の子供たちが遊ぶような小さな公園のベンチに、五人は横並びで座っていた。


「聞き込みの成果は、ご近所さんのちょっとやんちゃしているタイプの兄ちゃん、この場合ヤンキーって表現が正しいんですか? が暴れてる、って感じですかね?」


 腕に抱えるようにして持つ紙袋から、香ばしい炒り豆をポイポイ口の中に放り投げ、トージが確認するように聞けば、甘栗の皮むきに苦戦しているユーヘイが頷く。


「ほれ、ぐっ! このっ! この間のコラボ連打で、ちっ! これでどうだっ! ここいらのレベルの低いクエスト、がぁっ! くそっ! 軒並みクリアーしたろ? 多分、アレが影響してるとは思う、くぅっ!」


 上手く割れねぇっ! と叫ぶユーヘイに、簡単に甘栗に切れ込みを入れられる道具を手渡し、ヒロシが甘栗を口に含みながら苦笑を浮かべる。


「あれはなかなかハードだったよなぁ」


 最初のコラボがウィルス攻撃での派手派手な大事件になった事で、他のコラボ希望タレント達が、あの状況に近いもしくは複数のクエストに同行して、という要望だったので複数のクエストで妥協をしてもらったのだが、ユーヘイが疲弊する程度には相当数のクエストを潰しまくった。


「あぁ……最終的に、ここら辺の不良グループ達がDEKAを見るだけで逃げ出すようになりましたっけ……」


 遠くの空を見上げながら、トージがコリコリと炒り豆を咀嚼する。そんな三人の言葉に、リョータは『こいつら、何やってんだ?』という目を向け、ミーコは聞き込みでやたらと差し入れされた食べ物を、あたふたしながらインベトリへ入れていた。


「ちっ、こんな便利な道具があるなら教えてくれよ」

「いやいや、ユーヘイの袋にも入ってるだろ?」

「え? ええっと……あ、本当だ」

「物事はスマートに、違うかな? 大田君」

「へいへい、すみませんね、育ちが悪くて」


 苦労していた甘栗を簡単に剥けるようになって文句を言うユーヘイへ、ヒロシがツッコミを入れ、面白くなさそうに不貞腐れた態度で悪態を吐く。


「んな事よりどうすんだよ」


 二人のやり取りにリョータが口を挟む。


「んあ?」


 ようやく綺麗に剥けた甘栗を、嬉しそうに口の中へ放り込み、リョータへ間が抜けた表情を向けるユーヘイ。そんなユーヘイの態度にイライラしたように、リョータは頭を掻きながら叫ぶ。


「だーかーらー! これからどうすんだよ!」


 リョータの剣幕にユーヘイは表情を変えずに甘栗を噛み続け、二人の様子を見ているだけのヒロシは面白そうな表情で薄く笑い、トージは何かを察した様子で無言で炒り豆を口に運び続ける。


「りょ、来須君。ダメだよ、大人の人にそういう言い方」

「……」


 ようやく差し入れをインベトリに整理し終えたミーコが、ケーキ屋のおばさんからもらったラスクの袋をリョータに渡しながらたしなめる。リョータは瞬間的に反論しようとするが、すぐにグッと堪えるよう口を閉じ、少し乱暴な感じにラスクの袋を奪うように受け取って、袋に手を突っ込みラスクを握りしめるように取ると、口一杯にラスクを頬張ってガリガリわざとらしく音を立てて食べた。


 ミーコが困惑したような、どこか寂しそうな、でも全てを諦めたような、色々と複雑な感情を表情に滲ませるのを見たヒロシが、やれやれと溜息を吐き出しながら、褒められた態度とは言えないリョータの頭に軽くチョップを入れる。


「って」

「そういう態度、おじさん的には許せないな」


 チョップを入れたヒロシを睨むリョータであったが、口元は笑っていても目が笑ってない顔でジッと見られ、挙動不審で目を泳がせる。そんなリョータの頭を掴み、ぐいっとミーコの方へ顔を向け、彼女が浮かべている表情を見せると、リョータは『やっちまった』という表情をして口をパクパクさせるが、具体的にどういう言葉を伝えれば良いか分からず、力なく項垂れてしまった。


 まだまだ先は長そうだ、そんな感想を持ったヒロシが小さく肩を竦め、甘栗をもぐもぐしているユーヘイの肩へ突っ込みを入れるように手を当てる。その意図を感じ取ったユーヘイは、ヘッと小馬鹿にするような笑い声を出す。


「ダメダメじゃねぇか」

「っ! うっ、うっせぇっ!」

「おーおー、おっさん相手にならイキられるってが? これだから坊やは」

「うっせぇっ! うっせぇっ! うっせぇっ!」


 ユーヘイに煽られて反射的に叫ぶリョータ。それまでの意気消沈していた空気が払拭され、ヒロシは苦笑を浮かべ、トージは呆れながらも収拾をつけようと手を叩く。


「はいはい、これからの事が知りたいんでしょ? そこでイチャイチャしない」

「イチャイチャなんてしてねぇっ!」

「はいはい、遊んでもらってるんでしょ? 話を進めよう?」

「遊んでもらってもねぇっ!」


 ガルルとトージに噛みつくリョータ。これじゃ話が進まないか、とヒロシがリョータの頭をヘッドロックし、ユーヘイが優しく微笑みながらミーコに話を振る。


「君達が決めなさい」

「え?」


 ユーヘイは手に持っていた、まだ皮が剥かれていない甘栗と切れ込みを入れる道具をミーコに手渡す。


「これまでの事で、栗が焼ける所まで聞き込みが出来た。次はその栗に切れ込みを入れるかどうかだけど、現状で君達は綺麗に切れ込みを入れられる道具をゲットしている。ただ、栗に切れ込みを入れて皮を剥くか、それともそのまま別の栗を探しに行って、また別の方法で焼くかの選択があってな、それを決めるのは君達の問題だ」

「……皆さんが決めるんじゃ?」

「んにゃ? 俺らは付き添い。君達が決めた方法で、決めた手段で、決めた考えで、その進む道を共に歩くだけの人よ? もちろん、助けもするし意見も言う、だけど決定権を持つのはリョータとミーコだ」

「……」


 少し動揺したように瞳を泳がせるミーコへ、ユーヘイは少年のような笑顔を向けながら、剥いた甘栗を口に放り込む。その様子にヒロシは笑みを深め、自分の腕の中で唸っているリョータに視線を落とす。


「ちゃんと坊やも考えるんだぞ?」


 ヘッドロックをしていたリョータを解放し、ヒロシがミーコの方へ軽く押しやりながら言うと、リョータはミーコに触れた体の感触に赤面しながら、必死に真面目な表情を作って頷く。


「あ、りょ、来須君はどうしたいかな?」

「……でいい」

「え?」

「リョータでいい」

「あ」

「お、俺もみ、ミーコって呼ぶから、その、リョータでいい」

「あ、うん!」


 ぎこちない感じで会話を始めた二人の様子に、おっさん二人は『ぶるぅーすめぇーる』と呟き、トージは『何だろう、背中がすっごいかゆい』と呟く。


「リョータ君は、その、どうしたい?」

「俺の事は大丈夫だから、その、ミーコがやりたい事をやって欲しい。俺は、その、……から」

「え?」

「何でも無い! どうしたい?!」


 リョータが小声で『今度こそ絶対守るから』と言った事をしっかり聞いていた二人のおっさんは、お互いの顔を見合わせて拳を突き合わせ、トージは『聞いてるこっちが一番ダメージってきっついんですけどっ!』と悶絶する。


「あ、うん……私は解決したい、かも」

「うん」

「えっと……ここの人達はみんな優しくて、とても強くて、だけどちょっとだけ困ってて……そんな良い人達を助けられるなら、助けられる方法があるなら、私は助けたいって」

「……うん、それで良いと思う。俺も手伝うから」

「でも、私に出来るかな?」

「……」


 表情は完全に無を装っているが、醸し出している雰囲気は完全に野次馬状態な二人のおっさんをチラ見し、リョータは悔しそうに口を結びながらミーコに頷く。


「難しかったら、こいつらが助けてくれる」

「こいつらって……リョータ君」

「良いんだよこいつらで、何でも無いような顔してるけど、絶対楽しんでやがるんだから」

「もぉ」


 リョータの投げやりな言い方に、ミーコは明るい表情で笑いながらたしなめる。そんな二人の様子に、オッサン二人はニヤニヤ笑い、トージは『うおぉぉぉぉぉっ!? 全身がかゆいぞっ!』と悶絶するのであった。

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